「主ら……そこの旗を見るに、織田の残党か?」
豊久は部屋に掲げられた織田木瓜を顎で示した。
まだ喉元に残る殺気を隠しもせず、目だけは冷たく光っている。
「残党……? むしろ本軍よ」
信長が鼻で笑う。
「何のことや。織田秀信の城は関ヶ原本戦の前に落ちたはず」
豊久が言い切る。
「おいユウスケ、説明しろ」
信長が雑に振る。
「……島津豊久。信長が死んだ後、秀吉が天下を取って、さらに秀吉も死んで——天下を二分する大戦が起きた。関ヶ原です」
ユウスケは咳き込みながら息を整える。
「……豊久は西軍。負けた側の武将です。たぶん敵中突破の退却戦のあと……ここに飛ばされた」
「今なんつった?」
信長の声が一段低くなる。
「大戦にて負けた武将——」
「ちげぇよ、そこじゃねぇ!」
信長がユウスケの襟元を引っ張る。
「織田家どうなった。滅んだのか!?」
「そうじゃ!」
豊久も乗ってくる。
「織田家は太閤のお茶汲みじゃろ!」
「ええぇ!?」
信長の叫びが城内に反響した。
「息子ども何してんだ! てかユウスケ、お前未来人なんだろ、一番最初に言えや!」
「悲惨な末路を最初から説明してどうするんですか!!」
ユウスケがキレる。
「二人とも話が逸れてますよ」
与一が淡々と割って入る。
「今は、そこの島津の御人の話では?」
「お、おお……そうじゃったな」
信長が咳払いをして姿勢を正す。
「質問があるならせぇ」
豊久が言う。まだ疑いは消えていない。
「なんだ? 答えてやるぞ」
信長はニヤリと笑う。
「何故、関ヶ原の動向を知る織田残党が、信長死亡後の事を知らん」
豊久が鋭く突く。
信長の笑みが深くなる。
「それはな」
信長は指で自分の胸を叩く。
「儂らがそれぞれ違う時代から飛ばされて来たからよ。儂は織田信長。こっちは那須与一資隆」
そして親指でユウスケを指す。
「で、お前が首絞めてたのが未来人のユウスケじゃ」
「那須与一? 信長? 未来人?」
豊久が鼻で笑う。
「馬鹿言うな。そんな嘘があるか」
「ユウスケ、そいつに“戦の後”を教えてやれ」
信長が命じる。
「……島津豊久は関ヶ原で叔父の義弘と共に、前代未聞の敵中突破の退却戦をやった」
ユウスケは言葉を選びながら続ける。
「千人規模だった島津兵は、最後は五十人ほどまで減って……薩摩まで撤退した」
豊久の表情が、一瞬だけ固まる。
「……大方その通りじゃ」
だがすぐに眉を吊り上げる。
「だが、儂は死んどらん。適当に方便を吐いたじゃろ」
「では、島津の人間にしか分からぬ事を聞けばよいのでは?」
与一が穏やかに提案する。
「歴史に残ってないことは……俺、知らないことの方が多いです」
ユウスケが渋い顔をする。
「歴史書にありそうで、織田残党が知らぬ質問……」
豊久が顎に手を当て、ふっと笑った。
「井伊直政は、やはり生きちょるか?」
「……生きてます」
ユウスケは頷く。
「けど、島津軍追撃のとき肩に受けた銃創が原因で、数年後に死にます」
豊久の口角が上がった。目が、獣のように喜ぶ。
「そか」
静かに、しかし確かな満足を含んだ声。
「首は取れなんだが……あの傷は効いたか」
そして豊久は、ようやく肩の力を抜いた。
「さっき……眠ってたとしても、数日前の出来事を織田残党が知る由もあるまい」
豊久は小さく笑う。
「分かった。未来人なのを認める」
張り詰めていた空気が、すっとほどけた。
「……死ぬかと思った……」
ユウスケが床にへたり込む。
「いや~、未来人は背が高いのに虚弱ですねぇ」
与一が悪気なく言う。
「うるさい! こちとら戦争なんて経験してないんですよ!」
ユウスケが叫ぶ。
信長がケラケラ笑う。
「いいじゃねぇか。ここじゃ“経験”はこれから積むもんだ」
それから数日。
新たに一人増えた日本人四人は、今日も飯のために鶏の羽をむしっていた。
すっかり板についた作業だが、慣れたからといって楽になるわけではない。
「しかし……何故、日本人ばかりがこんな、どことも知れぬ土地に呼ばれているのでしょうか」
与一がぽつりと呟く。
「この世界に来る直前に会った、あの眼鏡の“転送者”が意図してるんでしょうけど……」
ユウスケは羽を引き抜きながら答える。
「向こうから何の説明もなく、放置とはな」
信長が鼻を鳴らす。
「やはり、ここは地獄じゃなかか?」
豊久が真顔で言った。
「地獄なら、お前、閻魔大王とか出てくるだろうが普通」
信長が即座に突っ込む。
「腹も減るし、景色も地獄って感じじゃないですしね」
ユウスケが首を振る。
「やっぱり、どこか別の世界なんでしょう」
「異世界? 日ノ本じゃなかか?」
豊久が眉をひそめる。
「もう、その話はいいですよ」
与一が軽くため息をつく。
「我々も何度か確かめましたが……どう考えても日ノ本ではありません」
そのとき、ユウスケが手を止めた。
「……なんか、今日はやけに明るくないですか。手元がよく見える」
「そりゃ、遠くで火事が起こっとるからじゃ」
豊久が何気なく言う。
「少しは目も利くようになるやろ……ん?」
「……ん?」
信長と与一が同時に顔を上げる。
三人は、ぼんやりと羽をむしっていた手を止め、外を見る。
「……あの方向、エルフの村ですね」
与一が静かに言った。
「えるふ?」
豊久が首を傾げる。
「覚えておられませんか」
与一は穏やかに続ける。
「豊久殿を、ここまで運んでくれた方々ですよ」
「……ありゃ、ただの火事じゃねぇな」
信長の声が低くなる。
「そんなの、分かるんですか?」
ユウスケが問う。
「山火事なら、もっと広範囲に燃える」
信長は遠目に炎を見据えたまま言う。
「だが、燃えとるのは一点。しかも、消火の気配がねぇ。
……恐らくは——」
「ノブ、ユウスケ」
与一が遮る。
「豊久殿が、話している間に出ていきました」
「何だと?」
信長が振り返る。
すでに豊久の姿はなく、外へ向かう足音だけが遠ざかっていく。
「……すぐ追うぞ!」
信長が立ち上がる。
三人は急ぎ、豊久の後を追って駆け出した。