その日、エルフの村は薄曇りの空の下、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
畑では女たちが土を耕し、子どもたちは木陰で遊び、老人たちは家々の前で穏やかに語らっていた。
——異変に、最初に気付いたのは村長だった。
金属が擦れる音。
重く、揃った足音。
村長は顔色を変え、すぐさま近くの子どもたちに向き直った。
「シャラ。皆を連れて森へ行け」
「急ぎなさい。今すぐだ」
「父さん?」
子どもたちが戸惑う。
「理由はいい。走れ」
村長は低く、しかし強く言い切った。
その声音に、子どもたちはただ事ではないと悟る。
シャラは一瞬だけ村を振り返り、歯を食いしばって頷いた。
「……行くぞ!」
子どもたちは散るように森へ駆けていく。
その背を見届けてから、村長は深く息を吸い、振り返った。
——すでに、オルテ帝国の兵士たちが村へ踏み込んでいた。
先頭に立つのは、指揮官アラム。
無機質な鎧と、感情の読めぬ目。
村の空気が、一瞬で凍りついた。
村長は前へ進み出る。
胸の奥に不安を抱えながらも、必死に穏やかな表情を作った。
「……これはアラム様。何用で来られたのでしょうか」
村長の頭に浮かんだのは、税のことくらいだった。
だが、まだ納期ではない。
アラムは薄く笑った。
その笑みには、温度がない。
「村長。なぜ来たと思う?」
「……はて。思い当たる節は……税の納期は、まだ先のはずですが」
アラムの表情は変わらない。
「思い出せぬなら、思い出させてやろう」
彼は背後を振り返り、短く命じた。
「おい」
一人の兵士が前へ出る。
次の瞬間——老人の胸に、槍が突き立てられた。
「——っ!」
老人は声を上げることもできず、血を吐いて崩れ落ちた。
その瞳には、何が起きたのか理解できないままの光が残っていた
。
「……まだ、思い出さぬか?」
アラムは冷ややかに村長を見下ろす。
「な、何をするのですか!!」
「何を、だ?」
「税の支払いですね……! 今すぐ、今すぐ納めます!」
「遅い」
アラムは振り返りもせず命じた。
「おい。もう二人、殺れ」
兵士たちは躊躇なく動き、村民が次々と地に伏した。
悲鳴と血の匂いが、村を満たしていく。
アラムは周囲を見回し、ふと問いかけた。
「……子どもは?」
「思い出しました……! 思い出しました、アラム様!」
村長は涙を流しながら叫ぶ。
「遅い」
アラムの声は冷たい。
「後、五人ほど始末せよ」
村長は膝をつき、地面に額を擦りつけた。
「どうか……村の子どもが、森に入り……ドリフターズを助けたのです」
「子どものしたことです。どうか、慈悲を……!」
「エルフが森に入ること」
アラムは淡々と数える。
「弓を作ること。ドリフターズに関わること」
「——その全てが、大罪だ」
「子どもがしたことです……どうか……!」
「子どもだから許せ、と?」
アラムは嘲るように笑った。
「本当に、厚かましいな。エルフは」
兵士たちは命令通り、村民を殺し続ける。
その時——
「ふざけるな!!」
怒号が響いた。
森へ逃げたはずの村長の息子、シャラが前へ飛び出す。
「森に入らなければ薪も手に入らない!
木の実も採れない!
農業を強制され、女たちは連れて行かれる!
それで生きろと言うのか!
俺たちエルフに、死ねと言うのか!!」
「そうだ」
アラムは即答した。
「恨むなら、戦に負けた親や兄を恨め」
「貴様ら亜人種は、生きていてはならん」
次の瞬間、彼の手がわずかに動いた。
村長は、その場で命を奪われた。
アラムは、まるで獲物を選ぶように視線を巡らせる。
「さて……半分までは殺していいと言われている」
「どこまでやろうか」
村は、完全な恐怖に包まれた。
「やめろ!! やるなら俺をやれ!!」
シャラが叫ぶ。
アラムは薄く笑う。
「お前はまだだ」
「若い身体だ。これから帝国のために、農奴として働け」
そして、残酷な言葉を続けた。
「だが、弟たちは駄目だ」
「張本人だからな。今頃、我が部下に追われ……殺されているだろう」
村は絶望に沈んだ。
救いはない。逃げ場もない。
——だが、それでも。
エルフたちは、胸の奥に、かすかな希望を抱いていた。
この地獄を断ち切る“何者か”が、現れるのではないかという——
そんな、祈りにも似た期待を。