豊久を追い、信長・与一・ユウスケの三人は森を駆けていた。
「二人とも、豊久殿に追いつきますよ!」
与一が声を上げる。
必死の追走の末、三人はようやく豊久の背中を捉えた。
「おい、豊久!」
信長が怒鳴る。
「こちとらジジイだぞ! 速度を考えろ、速度!
つーか若いの二人! お前らは走れよ! 原付寄越せ!」
「現代人にこの距離を全力疾走はきついですよ!」
ユウスケが悲鳴を上げる。
「いやぁ、後ろに乗ると両手が空くので」
与一は平然と言う。
「いつでも弓が撃てるんですよね」
「……クソ。これだから若いもんは」
信長が舌打ちする。
「こちとら五十路だぞ」
「なんぞ、凄い音のする馬じゃな」
豊久が振り返る。
「凄いだろ。未来の機械式荷車じゃ」
信長が胸を張る。
その時——
「おっ! おったあ!」
豊久が前方を指差して叫んだ。
その視線の先には、以前、豊久を運んだエルフの少年たち。
そして、丸腰の少年を追い詰め、今にも斬りかかろうとする帝国兵の姿。
「くそ……この足じゃ間に合わん!」
豊久が歯噛みする。
「なら、俺が貰う」
信長は迷いなく短筒を構えた。
——ドン。
火薬の力で放たれた鉄弾は、先頭の兵の頭を貫いた。
指揮官だったのか、兵は何が起きたかも分からぬまま倒れる。
突然の死に、後続の兵士たちは動きを止めた。
誰が、何で殺されたのか、理解が追いついていない。
「ユウスケどの!」
与一が叫ぶ。
「一秒でいい、ハンドルの向きを変えないでください!」
「上下に揺れてるのに弓を撃つって……!」
だが、与一は構わない。
弓を引き、放つ。
矢は正確に兵を射抜いた。
「馬に比べれば、この程度の揺れは問題ありません」
(……これが、日本一の弓使い)
ユウスケは戦慄する。
「ユウスケ殿! 正面! 正面です!」
我に返った瞬間、目の前には兵士。
「やべっ!」
回避は間に合わない。
ユウスケは反射的にクラクションを鳴らす。
——プァン!
だが、兵士は怯まない。
そのまま突撃してきた。
敵兵を一人轢いて原付は横転。
ユウスケは地面に叩きつけられ、与一は身軽に宙を翻り着地する。
他兵士が倒れたユウスケに刀を振り下ろそうとした——
「そこまでじゃ」
豊久だった。
「お前たちの相手は、ここぞ」
次の瞬間、横一閃。
一人目が斬られ、
味方の死に呆然としたまま、二人目も間髪入れずに斬り捨てられる。
三人目の兵士だけが、ようやく恐怖を振り払い、剣を構えた。
豊久の一撃を、辛うじて受け止める。
「……?」
兵士は何か叫んだ。
だが言葉は通じない。
「何を言っとる」
豊久は詰め寄る。
「日本語を話せ。話せんのなら——死ね!」
刀を合わせたまま、敵の言葉を最後まで聞き終えると、豊久は剣ごと、相手を断ち切った。
「……いくら日本刀でも、あんな切れ味なのか」
ユウスケが呻く。
「いや」
信長が答える。
「こいつらの剣を見よ」
信長は死体から一本の剣を引き抜き、ユウスケに見せた。
「丁寧に鍛えられておらん。耐久性はあるが、切れ味は鈍い」
「軍隊ではあっても、後方待機の新兵だろう」
そして、ちらりと豊久を見る。
「あとは、あやつの才だ」
「……つまり、敵は武器にも慣れていない」
ユウスケが理解する。
「その通りじゃ」
信長は頷いた。
「ただし——」
横転した原付を見る。
「お前の原付は、人殺し向きではないな」
再び突っ走っていく豊久の背を置いて、ユウスケは信長に引き留められた。
「お前はこっちだ」
言われるまま、ユウスケは麦畑へと向かう。
信長は松明を投げ渡した。
「……食糧に火をつける理由って、なんですか」
ユウスケは躊躇いながら尋ねる。
「この先を考えろ」
信長は淡々と言った。
「兵を皆殺しにしても、村人は『ありがとう』で終わる。それじゃ足りん。これはエルフの村人を“巻き込む”策だ」
ユウスケは唾を飲み込み、火を放った。
乾いた麦は一瞬で燃え広がり、赤い炎が畑を呑み込む。
熱と煙が立ち上り、夜を昼のように照らした。
「フハハ……やはり火は良いのう」
信長は燃え盛る畑を眺め、どこか懐かしそうに笑った。
「伊勢長島を思い出すわ」
ユウスケは拳を握りしめる。
「……豊久さん。後は、頼みます」
燃え上がる畑を背に、彼は思った。
今、この村を救える可能性があるとすれば——
自分たちしかいない、と。
突如燃え上がった麦畑に、兵士たちは完全に混乱した。
「誰だ!?」「誰が火をつけた!」
「収穫前だぞ!税が……!」
誰もが顔色を失い、次の行動を決められずにいた。
そのとき——
炎の向こうを、疾走する影が横切った。
「……ドリフ?」
アラムはそれを見逃さなかった。
次の瞬間、煙の中から豊久が現れ、数人の兵士を一息に斬り伏せる。
兵士たちは慌てて追おうとするが、豊久は煙と炎を利用し、
稲妻のように現れては消え、斬っては姿をくらます。
迷いはない。
流れるような刀捌き。
わずかな隙も見逃さず、炎の合間を縫って接近し、確実に斬る。
一人が気付いた時には、もう遅い。
次の瞬間、その身体は地に崩れ落ちていた。
煙と火が支配する戦場で、豊久は誰よりも速く、誰よりも大胆だった。
まるで、この混乱すら己のために用意されたかのように。
「ひとぉつ!」
「ふたぁつ!」
「みっいっつ!」
数を数えながら、楽しげに斬り伏せていく姿は、あまりにも異様だった。
兵士たちは理解した。
——これは人間ではない。
恐怖が連鎖し、隊列は崩れる。
指揮官の存在すら忘れ、兵士たちは我先に逃げ出した。
「逃げるな!殺すぞ!!」
アラムの怒号も、もはや誰の耳にも届かない。
豊久は逃げ惑う兵士の向こうに立つアラムを見据え、指を差す。
「大将首だろ?」
「なあ……お前、大将首だろ」
「首、置いてけ」
そう言ってから、豊久は村の中を見渡した。
無惨に殺された村民たち。
怯え、蹲り、泣くことすらできない生存者たち。
豊久の声が、冷え切る。
「……ようも、やってくれたのう」
「お前みたいな糞の首は、いらん」
怒りと軽蔑が、その一言に凝縮されていた。
「これがドリフか?」
アラムは苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「何を言っている、蛮族め」
その瞬間、二人の間に殺気が満ちた。
——命を賭けた戦いが、始まろうとしていた。
一方、少し離れた場所で。
「……やった後に聞くのも何ですが」
与一が静かに口を開く。
「本当によかったのですか、ノブ殿」
「おう」
信長は即答した。
「尊厳がなくとも、飯があれば人は生きる」
「飯がなくとも、尊厳があれば人は耐える」
「だがな——」
信長は炎を見る。
「両方失えば、人はどうでもよくなる」
「そして、なんでも頼る」
ユウスケが不安を口にした。
「……村人、怒らないですか」
「焼けた畑は兵士共のせいにすればいい」
信長は薄く笑う。
「国をかっぱらうには、一番簡単なやり方よ」
その言葉には、戦を知り尽くした者だけが持つ確信があった。