村を離れて数時間後――
村を離れてから数時間。夜が明け始める頃、信長たち四人は再びエルフの村へ向かっていた。
朝靄の残る森は静かで、昨夜の騒ぎが嘘のようだった。
そんな中、一番疲れを隠せていないのはユウスケだった。慣れない異世界生活に加え、ほとんど休まず歩き続けているのだから無理もない。
「一度村を離れる必要があったんですか……眠い。」
欠伸を噛み殺しながらぼやくユウスケに、信長は振り返ることなく答えた。
「必要だ。」
短く言い切ると、そのまま続ける。
「昨日のうちに村人を従わせることも出来た。」
「だが、それじゃ奴らは"俺達に従った"ことになる。」
人差し指を立て、信長はゆっくりと言葉を重ねた。
「奴ら自身に考えさせ、自分達で決めさせる。」
「そうすりゃ俺達は支配者じゃねぇ。」
「自分達で立ち上がった奴らを助ける英雄になる。」
ユウスケは思わず感心した。
「そこまで考えてたんですか……。」
信長は肩を竦め、小さく笑う。
「戦なんざ、人の心をどう動かすかよ。」
その言葉に、豊久も腕を組みながら頷いた。
「なるほどの。」
四人が歩き続ける中、不意に与一が足を止めた。
普段と変わらぬ穏やかな表情だったが、その目だけは森の一点を見据えている。
「……見られてませんか。」
静かな一言に、一同の空気が変わる。
「村人ですか?」
「いえ。」
与一は視線だけを草むらへ向けた。
「あそこの草むらです。」
「向こうは、まだこちらに気付かれているとは思っていません。あまりジロジロ見ないように。」
言われるまま、一行は何気ない様子を装いながら視線だけを動かす。
草木の隙間で、一瞬だけ何かが光った。
だが、人影までは見えない。
「……光ったの。」
豊久が呟く。
「何の光だ?」
信長も目を細める。
ユウスケは考え込むように口を開いた。
「スナイパー……いや、ないか。」
信長が首を傾げる。
「なんじゃ、それ。」
「遠くから一人だけを狙って撃ち殺す専門の兵士です。望遠鏡を銃に付けて、何百メートルも先から狙撃するんですよ。」
信長は感心したように頷く。
「俺の足撃ち抜いた糞坊主の進化系か。」
ユウスケは苦笑した。
「でも、この世界はまだ剣と槍が主流の中世みたいな世界ですし……考えすぎですね。」
与一は静かに弓へ手を添える。
「何であれ、こちらを見ているのは確かです。」
その瞬間だった。
「撃たれる前に斬る!」
豊久だけが一直線に草むらへ飛び込んでいく。
「お、おい!」
「豊久!」
止める間もなく、草を掻き分ける音だけが森へ響いた。
ガサガサッ――。
数秒後。
「離せぇぇ!」
甲高い悲鳴と共に豊久が戻ってくる。
その片手には、一人の少女がぶら下げられていた。
「なんか……此奴がおった。」
少女は豊久の腕の中でもがきながら抗議する。
「放してくださいよ! 何もしてないじゃないですか!」
ユウスケは思わず目を丸くした。
「女の人?」
与一は少女を観察し、小さく首を振る。
「エルフ……ではありませんね。耳の形が違います。」
信長は少女には目もくれず、手に持っていた双眼鏡を取り上げた。
「あっ!」
少女が慌てて手を伸ばす。
「壊すなよ! お師匠様から預かってる大事な物なんだから!」
「捕虜がギャーギャー五月蝿いの。」
豊久は呆れたように少女を軽く揺する。
「少し黙っとれ。」
信長は双眼鏡を覗き込み、興味深そうに頷いた。
「儂の時代の南蛮製より、ずっと進んどるな。」
そう言ってユウスケへ放る。
ユウスケは受け取ると、刻印を確認した。
「双眼鏡には詳しくないですけど……一九〇〇年代前半くらいでしょうか。私の時代から百年くらい前のヨーロッパ製だと思います。」
信長は改めて少女を見る。
制服も帽子も、この世界の人間には見えない。
「珍妙な格好もしとる。」
「お前も元の世界の人間か?」
少女は胸を張って言い返した。
「お前じゃない! オルミーヌだ!」
「それに元の世界じゃなくて、こっちの世界出身!」
「あと、この珍妙な格好は十月機関の制服だ!」
その様子を見ていた与一が静かに呟く。
「元の世界の人間ではない。」
「それなのに未来の双眼鏡を持ち歩き、私達を監視していた……怪しいですね。」
信長は不敵な笑みを浮かべ、一歩前へ出た。
「さて――。」
オルミーヌを見据え、ゆっくりと口を開く。
「お前、何者だ?」