生意気少年vsクールお姉さん ――俺と奈々さんの夏休み――   作:朝食付き

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2話 俺の秘密と腕相撲

 

「言っときますけど、中にあるものを見ても笑ったりしないで下さいよ」

「はいはい、なるべく見ないようにするから安心して」

「いえ、見ても構いませんけど、笑わないでもらえるなら。言いふらしたりもしないで下さい」

「お手伝いさんとは言え守秘義務は守るとも。だから安心してリビングで待ってなさい」

 

 そう言われても不安はある。だからひよこのように早川さんの後を付いていく。改めて後ろに並んでみると、やはり俺よりも背が高い。多分女性の中ではかなり高い方なのではないかな。すらっとしていてかっこいいスタイルをしている。まあ、俺の理想からは外れるけども。

 

「さ、じゃあ入らせてもらうね。お掃除入りまーす」

 

 一歩。ドアノブを開き俺の部屋へと踏み出した早川さんの足が止まる。理由なんて、俺が一番知っている。油の足りてないロボットみたいに早川さんが俺を振り返る。

 

「これは……ちょっとインパクトあるね」

 

 早川さんが見たのは俺の部屋の壁に貼られたポスターだ。上半身裸でポーズをとるマッチョな男性がいい笑顔を浮かべている、そういう写真が入って正面の壁に貼ってある。その左には銃をぶら下げた兵士が映ったポスター。右側にも崖からぶら下がっている筋肉男。

 

 早川さんから見える範囲全部、壁中にぺたぺたとたくさんのポスターが張られている。もちろん貼ったのは俺だ。どれもこれも、筋肉が非常に深く鋭く引き締まったかっこいいポスターだ。引き締まった筋肉の女性も一部いるけど、大部分はたくましい体の男性である。

 

「ここまで揃ってると壮観だなぁ」

 

 早川さんは臆することなく部屋に踏み込んでいく。地面に転がったままのダンベルを持ち上げて、アームカールのまねごとすらして見せた。

 

「君も、こうなりたい、ってことかな?」

「おかしいですよね。こんな痩せたチビが、こんな風にたくましく成りたいだなんて」

「こらこら、そうなりたいっていうなら、否定はしちゃ駄目だよ」

 

 伏せていた目線を上げる。上目遣いの俺に対して、早川さんはちょっと怒ったように俺に言う。

 

「成りたいと思っているなら、なんで否定するんだ。自分の理想を自分で傷つけてどうするの。こんなに部屋中に理想を掲げるくらい、マッチョになりたいんでしょう? なら言うべき言葉はそうじゃないよね?」

 

 早川さんが俺の目をじっと見る。そのまま揺らがない。俺の言葉を待っている。恥ずかしくとも、いや、恥ずかしくなんてないんだ。さっきの土下座の方がよっぽどなのに、この期に及んで俺はまだ子供のままだった。

 

「……このポスターは、俺の理想の姿──、じゃない。俺のライバルです! 俺はこの人達よりもかっこよいムキムキのタフな男になりたいんです。だから、イメージトレーニングのために貼ってるんです!」

「なるほど? でも納得はしたかな。君の成長期はこれからだからね、同じくらいタフになれると思うよ」

 

 とはいえこの数はちょっと気持ち悪いけど。

 続けられた言葉に俺は膝を突くのだった。

 

***

 

 ごめんごめんと一頻り謝りつつも、早川さんの口は全然大人しくならない。

 

「これだけ並べられているとちょっとね。せめて一枚二枚で納めるとか考えなかったの?」

「一番好きなのはシュワちゃんなんですけど、トムの無駄なく引き締まったスタイルもかっこよく思えて、二枚目を貼ったんです。そうしたら止まらなくなっちゃって」

「気持ちは分からないでもないけどね。ま、これを剥がすのはちょっと大変だよね。きれいに剥がせなさそうだし」

「そうなんです。上からかぶせるのもなんだか嫌で……」

「にしたってやり過ぎ。みんな笑顔なだけに逆にちょっと怖いよ」

「こっちの人達はボディビルダーなので笑顔も大事なんです!」

「はいはい。……でも」

 

 なぜか早川さんが言葉を切る。俺の学習机の上から"何か"を手に取る。それを見た瞬間、一瞬で冷や汗が吹き出てきた。

 

「こっちは隠さなくてよかったのかな? 木を隠すには森の中。写真を隠すならポスターの中。でもこの子は一緒に並ぶにはかわいすぎるかな」

 

 早川さんが持っているのは、一枚の写真立て。俺の、ただ一枚しか持っていない、彼女が映った写真だ。

 

「かわいい子だね。クラスメイト? 良いツーショットだ」

 

 にこにこと、本当に嬉しそうに早川さんが尋ねてくる。言い訳も無用、これ以上ない証拠を押さえられている以上は大人しく言うしかない。楽しげではあるけど、クラスの連中のようなからかいをしようって雰囲気はないからまだマシだと言い聞かせて。

 

「小学校の卒業式で、一緒に撮ってもらったんです。でも白百合──私立の女子中にいったのでそれっきりですけどね」

「そうなんだ。連絡先とか、交換しなかったの?」

「……スマホは最近ようやく買ってもらえたんです」

「あー。……すごい突拍子もないこと聞くけど、もしかしてこの子がポスターの理由だったりする?」

 

 何で分かるのか。今更ながらに、このお姉さんの観察眼というものが恐ろしくなってくる。

 

「そっかそっか! ね、じゃあ君の頑張りを確かめてあげよう。ほら、座って座って」

 

 部屋の真ん中に置いてる小さい机の前に早川さんが座る。俺にも対面に座るように要求しつつ、机に肘を付ける。握った手を開き、いつでもやれると指を動かしてアピールしている。

 

 ──腕相撲だ。

 

 如何に年の差があるとは言え、俺は男だ。女子に負けるわけにはいかない。どっかりと座り、肘を付いて早川さんの右手を握る。暖かくて柔らかい、俺と同じくらいの手のひらに正直ドギマギする。が、これからするのは真剣勝負。俺の頑張りを見たいというリクエストに応えるのが先決だ。

 

「そうだな……もし君が勝ったら何でも一つ言うことを聞いてあげる」

「本当ですか?! なら、さっき見た写真のことは絶対誰にも言わないで下さい!」

「もちろん良いとも。私が勝ったらどうしようか?」

「俺が早川さんの言うことを何でも聞きます」

「いいね! ちょうど一つ聞いて欲しいお願いがあったからちょうどいいや」

「あの……あまり無理なことは言わないで下さいね……?」

「大丈夫大丈夫。簡単なことだから」

 

 さあ、始めるよとカウントがスタートする。3,2,1、スタート!!

 

 合図と共に俺は全力を右手に込める。鍛えた俺の右腕がうなり、早川さんの腕を押さえ込もうとする。だが、敵も然る者。押し込んだかと思えば一瞬の隙を突かれて押し返してくる。筋力はほぼ互角。あとはどれだけ力を保てるかだ!

 

 早川さんと目が合う。顔を真っ赤にしている。多分俺も同じように真っ赤になってるはず。そして早川さんが息を吸ったのが見えた。力を維持したままに息を吸った!? まずい、全力が来る! 今の細い呼吸では耐えられない。でも下手に吸えば力が抜けて押し込まれる。このまま全力を尽くすしかない。

 

 俺の手の甲に机が触れる。結局思い切りが足りず、俺の敗北に終わったわけだ。

 

 ぜえぜえと息を荒げながら、早川さんが勝利のガッツポーズをしている。

 

「これでも女子バレーでキャプテンやってたからね!! まだまだ私も鈍りきってはいないんだよ!」

「ぐぐぐ! つ、次は負けないですよ! もう一回!!」

「こらこら、勝負は一回切りだよ。それに勝者の権利を遣わせてもらわなきゃ」

 

 そうだった。負けたら勝った方の言うことを何でも聞かなければならないのだった……。絶対勝てると思ってとんでもないことを約束してしまった気がする。今更ながらに顔を青くしている俺を、早川さんは楽しげに見ている。

 

「じゃあ、私からのお願いはね──名前で呼んでもらおうかな」

「…………え? それだけですか?」

「うん。それだけ。でもさ、そりゃ私はお手伝いさんでしかないけど、こんな風に仲良くなれたんだから、いつまでも他人行儀じゃ寂しいじゃない」

「それはそうですけど……」

「嫌でも何でも、君は負けて私は勝った。言うことは来てもらわないとねー」

「別にそれは構いませんけど。ちょっと拍子抜けしただけです」

 

 嘘である。女子を名前で呼ぶなんていつ以来だろう? 幼稚園とか小1,2くらいまでだった気がする。え、本当に名前で呼ばないと行けないの?

 

「ほら、私の名前覚えてる? 奈々さんだよ? さ、奈々さんと呼んでみたまえよ?」

「……な、奈々さん」

「ン、よくできました!」

 

***

 

 一勝負が終わって、早川さん──奈々さんが立ち上がる。部屋を見回してぽつりと言う。

 

「それにしても、ふふっ、変な部屋」

「笑うのは酷くないですか?」

「ごめんね、でもちょっとごめん、ふふ、ちょっと見てたら、ツボかも……」

 

 そう言って口元を抑え、体を震わせている。なんて酷い人だと思いつつ、でも確かにちょっとは変な自覚もある。それはそれとして、腹は立つ。

 

「そんなこと言って、な、奈々さんの部屋はどうなんですか?」

「え、私? 私の部屋は……まあ普通かな」

 

 いや、絶対そんなことはない。まだ短い付き合いではあるけれど、奈々さんが普通の部屋に住んでいるはずがない。だって掃除中はいつもよく分からない鼻歌を歌っているし、持ち込んでいる自分のスリッパだってなぜか変な顔をした馬の絵がプリントされている変なスリッパだ。自分で選んでそれなら、部屋はもっとすごいことになっているに違いないのだ。

 

「絶対嘘です。普通の人は中学生相手に腕相撲は仕掛けないし、大人げなくガッツポーズなんてしないはずですから」

「おお、それは確かに……。参ったな、反論できない」

 

 勝った。理屈で負け、腕相撲で負けと、負け続きだったが、これでようやく論破だ。ようやく一矢報いたと俺はにっこりと笑う。煽るようにニコニコとしてみせる。

 

「調子に乗ってぇ……! よし、じゃあこうしましょう。おいでよ、私の家に。招待してあげる。そうしたら普通だって分かるから」

「えっ」

「そうしようそうしよう! それで一緒にご飯食べたら良いよね。今日の夕ご飯は私のうちで一緒に食べよう。ここで食べるのも、私の家で食べるのも変わらないしね。そうと決まったら、まずはこの部屋の掃除をしちゃわないと」

 

 思わぬ話の展開に呆然としていると、掃除の邪魔だよと部屋を追い出されてしまった。

 え、本当に奈々さんの家に行くの??

 

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