生意気少年vsクールお姉さん ――俺と奈々さんの夏休み――   作:朝食付き

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6話 俺のお出かけ計画

 

 昼に出たのに帰る頃には夕日で空が滲んでいた。なぜか体が重く感じる。理由はわかっているけど。玄関を開けて、妙に暗く感じる廊下を歩く。

 でも、廊下の先、リビングからは光が漏れていた。もしかしたらまだ奈々さんが残ってくれているのかもしれない。扉を開けるとおかえりと、そう迎えてくれた。

 

「……ただいま」

 

 奈々さんは俺の顔を見て表情が変わる。ピザの配達を待っている人みたいに光っている目が、訝しげに様子を見るものに変わる。聞いていいのか、そっとしておくべきか。そう悩んでいるように見えた。

 

 俺は奈々さんの向かい側に腰を下ろす。

 

「彼女、木崎はいませんでした」

 

 これだけじゃ、わからないよな。だから続ける。

 

「引っ越して、ました」

 

 奈々さんが目を見開く。ただでさえ大きな丸い目が、すごく大きく見える。それが少しだけおかしい。

 

「木崎の家に行ったら、雑草が茂ったままで、カーテンもないままに空き家になってました。それで、近所の人に聞いたら、春には引っ越して行ったんだって、そう言ってました」

 

 情けないことに、体が震える。俺は、木崎と仲良かった。なのに、俺だけそれを知らされていなかったのだ。悲しくて、寂しい。でも今の今までそんなこと知らずに楽しく過ごしていたのだ。知らされなくて当然だろって、自分を責めたくなる。

 

 奈々さんは何も言わない。みっともなく、震えている。語りと椅子が動く音がして、奈々さんはそっぽをむいた。それが優しさだなぁと思って、だから俺は少しだけ泣いた。

 

 泣いてしまったのは仕方ない。悲しいから仕方ない。

 教えてもらえなかったのも仕方ない。俺が薄情だったから仕方ない。

 でも、それでおしまいにするのは仕方なくない。

 

 奈々さんが俺の様子をチラリと横目に見て、"おや"という顔をした。

 

「もうこっち向いていいです。泣いてなんていないので」

「ちょっと壁の汚れが気になっていただけだよ」

 

 奈々さんが俺に向き合ってくれている。だから俺も真剣にこれから何をするかを話せる。

 

「ショックでした。でも、納得できなくて、木崎と仲良かった女子の家に行って、引っ越し先について聞いてきました」

「……よく教えてくれたね、その子も。こう言うと厳しいかもしれないけど、君だけには教えなかったのに」

「俺もそう思いました。でも、代わりに発破かけられたような気もします」

 

 逆に口止めされていてもおかしくなかったのに、なぜか呆れながらも頑張りなよと言われた。その意味はよく分からない。でも、手紙を渡す。それだけをまず考えたい。

 帰り道、俺は考えた。うろうろと街中を歩き回りながら、このあとどうやって行動するべきか。この手紙をどう渡せばいいのかを。

 

「それで彼女、名古屋にいるらしいです。明日行ってくるので、家ことはよろしく頼みます」

 

 俺はお小遣いをそれなりに貯めているし、いざという時のためにお年玉も半分以上貯金してきた。だから新幹線の往復分くらい問題ない。マップアプリに行先の住所は登録したし、乗り換えアプリもスマホに入っているから迷うこともないはずだ。

 いきなり教えられてもないのに家に行くのって、ちょっとストーカーっぽいと思うけど仕方ない。だって彼女は手紙に書いていた。返事をくれたらうれしいって。俺の性格を木崎は知っている。自分でもどうかと思うけど、書いていることを俺は間に受けるのだ。つまりそう書いた木崎にも責任がある。嫌な顔をされたら手紙を押し付けてそのまま帰るつもりだけど、そのくらいは許してもらう。

 

「そういうことで、俺は準備がありますから部屋に戻ります」

 

 椅子から立ち上がり、部屋に向かう。が、奈々さんの焦ったような声に振り向く。

 

「待て待て待った待った!!」

「なんです?」

「なんですじゃないよ、まったく!」

 

 奈々さんが立ちあがり、俺とドアの間に立ち塞がる。仁王立ちするように腕組みまでしている。

 

「座って」

「いや、準備が……」

「座る」

 

 奈々さんから発される圧に負けて椅子に戻る。忘れ物とかしないようにきっちり準備時間取りたかったのに何なんだ?

 

「……私もね、ちょっと君の行動力を舐めてた。直接渡せばって焚きつけた責任を感じてます。ね、住所が分かっているなら郵便で送るのでもいいって思わない?」

「思いません。聞きたいことも話したいこともあります。木崎が嫌がるっていうなら別ですけど、俺は直接渡したいです」

「引っ越し先を教えなかったのは嫌がった、ということにならない?」

「この手紙が隠されたのも、引っ越しをしたのも今年の3月です。俺に会いたくないなら手紙を隠すのはおかしいし、そう書くべきです」

「無責任に手渡せって言った自分が恨めしいよ……」

「俺はアドバイスに感謝してますけど」

 

 奈々さんが天を仰ぐ。白くて細いすらっとした首が俺からは見える。

 

「私はお手伝いさんという立場であるけど、君のご両親から保護者として君のことを任されてもいる」

「もう中学生です。大人とは言いませんけど、そこまで心配されるほど子供ではないつもりです」

「今心配されていることから逃げないの」

 

 う、と言葉に詰まる。奈々さんは畳みかけるように続ける。

 

「名古屋でしょ? ちょっと遊びに行ってくるって距離ではないよね。仮に今ご両親がいたとして、二つ返事でいってらっしゃいって言われるかな? 私はそう思わないけれど」

 

 俺を放って1か月も出張している両親だけど、無関心だからとか放任主義だからってことはない。奈々さんというちゃんとした保護者を付けてくれているし、毎日メッセージをくれる。初めの3日間は毎日電話をしてくれてた。俺が大丈夫と言ったから出張に行ったのだ。俺を信用してだ。でもそれは俺が自由に過ごしていいってことにはならない。普段の生活であれば問題ないという、そういう認識の上で信用してくれているんだ。その信用にあぐらをかいて、実は一人で名古屋まで出かけていたなんて許されるだろうか? たぶん、驚かせることになるし、それは違うと言われると思う。……これは俺の考えが浅かった。

 

「……分かりました。確かに、勝手に行こうとするのはやり過ぎでした」

「うん。分かってくれて助かるよ」

「なので行っていいか聞いてみます」

「うんうん、聞いて──?」

 

 スマホで父の名前をタップして電話をかける。今の時間なら特に問題ないはずだ。母ではなく父にかけたのは、母より父の方がこういう行動を許してくれそうだから。ちょっとずるいけど、俺はどうしても手紙を手渡したいのだ。

 

 が、駄目ッ!

 

 父のスマホにかけたというのに、聞こえてきたのは母の声。

 

「もしもし、陽真? 元気にしてる? それで何企んでるの?」

 

 話が早すぎる。母はこういう勘の鋭いところがある。確かに普段は履歴から母にかけ直している。わざわざ父を相手に選んだという時点で何かあると思われても仕方ない。でも早すぎる……。

 

 いや、考えを変えよう。結局は母にも伝わるのだ。父からのとりなしがないとしても、母を説得する必要はある。それは俺がしなくてはならないことだ。行動を認めてもらうには、その理由を説明できなくてはならない。いつぞやの感情まかせの駄々では意味がないんだ。だから俺は名古屋へ行きたいことと、なぜ行かなければならないのか、その理由と考えを母へ丁寧に説明する。恥ずかしい気持ちもあるけど、そこを省いたらいけない気がして、気持ちまで全部をみせる。その上で、母を説得する。

 

 母は俺の話を最後まで何も言わずに聞いていた。そして少しの沈黙の後に口を開く。

 

「……そこに奈々ちゃんいる? いるなら変わってもらえる?」

 

 なぜ奈々さんに代わる必要があるのか。俺の今の保護者だから、事実確認とかするのかな? 疑問はあるけどとりあえず奈々さんにスマホを渡す。

 

「あの、奈々さん。母が変わってほしいと言ってます」

「うん、変わるよ。あの、お電話変わりました──」

 

 母が奈々さんに何を言うのかが気になる。気が気でなく、奈々さんの顔を伺う。いや、母さんが何を言おうと構わないんだけど、おかしなことを言ってなければいいけど。

 しばらくして、奈々さんから携帯が差し出される。奈々さんはなぜかちょっと疲れたような表情だ。気にしつつも電話を取る。

 

「陽真。名古屋行きについては認めます。ただし! 奈々ちゃん同伴であること! 奈々ちゃんの分の交通費と食費は全部あんたが出すこと。そして奈々ちゃんについてきてもらえるようにちゃんと説明して納得してもらうこと。この三つが条件よ。それでどう?」

「分かった。奈々さんについてきてもらえるようにお願いする」

「……全く、変なところで頑固よね。誰に似たんだか」

 

 電話口に、”母さんにだよ”と父さんの声。俺もそう思う。電話の先で母さんが父さんに文句を言う声が聞こえる。いつも通りの二人になぜか安心する。

 そのあといくつか話をして電話を切る。そして、奈々さんに改めて向き直る。

 

「あの、いきなりお願いすることになってしまってアレなんですけど、明日、お願いします!」

 

 勢いよく頭を下げる。まさか母さんから奈々さんを連れて行けって条件が出るとは思わなかったから、本当にいきなりだ。奈々さんからは返事がない。でも奈々さんのヘンテコなスリッパは俺の目の前にあり、きっとどうするかを考えている。直角に体を曲げたままでいると、俺の後頭部に何か──多分奈々さんの手だ──が乗せられる。がしがしと髪を掻きまわされている。

 

「まったくねー、今日だけでも君には驚かされっぱなしだよ。ほんとに」

 

 なんといえばいいのか分からないから、黙ったまま髪を掻き回されたままでいる。

 

「キミがどうしても行きたいって言うなら、保護者として私が付いていくことになるって想像できなかったのかな?」

「確かに、その通りです……」

「なら、そういうお願いは先に私にしておくべきだったよね。確認しておく必要があったでしょ、私の予定とかもさ」

 

 全くその発想がなかった。今更ながらに冷たい汗が出てくる。

 

「そりゃ毎日のお手伝いがあるから日中はキミに付き合えるけれどね、夜は予定がある可能性もあるでしょう? まさか行ってすぐ帰るようなつもりはないでしょうし」

 

 ぽんぽんと、頭のうえで奈々さんの手が跳ねている。

 

「さあ、それらを踏まえてキミはなんて言うの?」

「ご、ごめんなさい。反省します……」

「そうだね。反省してくれないと困るよ。こんなこと何度も付き合えないからね」

「気を付けます……」

 

 実際俺は奈々さんに甘え過ぎていた。母さんに許可をもらうにしても、奈々さんに話してからじゃないとおかしい。母さんに一緒に行ってと頼まれたら奈々さんは簡単に断れないのだから。

 ずーんとお腹の底に重い気分が溜まったような感じがする。頭の中で後悔がぐるぐる巡り始めた。

 

 それを止めたのは奈々さんだった。俺の頭がガッと両手で挟まれ、そのまま持ち上げられる。

 俺の目の前には、奈々さんの顔。じぃっと目を覗き込まれる。こんな近くで目が合ったことはない。蛍光灯の明かりで奈々さんの睫毛が作る影さえ見えた。さっきまでとは違う理由で汗が出てくる。何かが俺を焦らせるけれど、でも目は逸らさない。逸らせない。

 

 何秒か、何十秒か。奈々さんの手が離れて、俺と目線を合わせるためにかがんでた奈々さんの背がまっすぐに伸びる。

 

「ま、いいでしょう。ちゃんと反省してくれたみたいだしね」

「じゃあ……?」

「うん、いいよ。ついていってあげる」

「怒ってないですか?」

「ちょっとは怒ってたよ。ちょっとね。でもキミの気持ちも分からないではないから、許してあげる。貸しイチだよ?」

「一番大きい借りになった気がします……」

 

 だろうねと奈々さんが軽快に笑う。さっきまでの肌を刺すような雰囲気から、涼しい風が吹いたみたいな雰囲気になってホッとする。

 

「じゃ、計画を考えてもらおうかな。ちょっと席を外すから、その間に出発時間とか、どの電車に乗るかを調べてもらおう。そうだな、駅に9時集合で考えてみて」

 

 そうしたらアドバイスしてあげるからと言って奈々さんは部屋を出る。俺もスマホを取り出してポチポチと乗り換えを調べる。

 怒られた後にいうことではないけど、自分で時間も電車も新幹線さえも選んで予定を決めるのは──楽しい。

 

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