生意気少年vsクールお姉さん ――俺と奈々さんの夏休み――   作:朝食付き

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9話 俺は落ち着かない

 

 それから、木崎の家にお邪魔してしばらく話をした。

 最悪手紙さえ渡せればと考えていたから、これは嬉しい誤算だった。いや、そうなったらいいなと思って時間は取っていたけど。おばさんとも久しぶりに会って挨拶できたのは良かったと思う。おじさんは残念ながら仕事だってことだったけど、仕方ないね。

 

 新しい木崎の部屋に入ると、なんていうか木崎の部屋の匂いがした。考えてみれば木崎の部屋に入るのも初めてだったりする。いつも学校か図書館とかに出かけてばっかりだったから。奈々さんの部屋とはまた違った雰囲気で、これまた同じくらい落ち着かない。まあそれも壁に貼られていたポスターを見るまでのこと。俺の部屋にあるポスターと同じ、シュワルツェネッガーの鍛え抜かれた肉体と鋭い視線が素晴らしいポーズで写っている。

 自分と見比べてみる。体は全く追いついていない。それよりも問題は、心が未熟なこと。シュワちゃんならきっとこんなに木崎を心配させることはなかったし、何なら毎日通えるくらいの気力もお金もあるはず。だから少しだけ弱気がこぼれる。

 

「まだまだ遠いなぁ……」

「私も筋トレはしてるんだけど、こんな風には絶対なれないだろうなぁ」

「……シュワちゃんは骨格からって感じはするよな。俺もここまでは厳しい気がしてる」

「陽真君はトム・ホランドみたいな細マッチョが似合うかもね」

「じゃあ木崎はジーナ・カラーノ」

「えー、頑張るけどさぁ」

 

 憧れの俳優やおいしいプロテインの話。増えるポスターにここまでどうやって来たか。話はなくならないし、予想外のところに飛んで行ってそれが面白い。

 

 新幹線の件ではなぜか木崎がへそを曲げたりもしたけど、それもよくあること。引っ越し先で変わったこと、新しい中学、名古屋の文化。黙っていたらもったいない。だから俺を一度つつくとすぐに話をしてくれる。

 こっちの学校では休み時間を放課と言うだとか、だがやって本当に言うんだよとか、木崎はすっかりこちらになじんでいるみたいだった。

 

「そうだ、手紙見せてよ」

 

 来た。今のところ鞄にしまい込んである手紙の存在を木崎は思い出したようだった。いや、渡すつもりではいる。でも今じゃない。目の前で手紙を読まれたくなんてない。そんなのほとんどさらし者だと思う。

 

「……やだ。後で渡す。俺の目の前で読まれたくない!」

「ええー、手紙渡しに来たんでしょ? ほら、読ませてー!」

 

 ぐいぐい迫ってくる木崎から必死で鞄を守る。

 

「減る物じゃないんだからさー」

「減る! 俺の気力が減るから! 俺が帰った後で読んで!」

 

 楽しいじゃれ合いだったのに、俺がつい言ったその一言に木崎が止まる。

 

「……そっか。そういえば、陽真君帰っちゃうんだよね」

「そりゃあ……そうだよ。でも、別にいいだろ」

「良くないよ。だって、せっかく会えたのに」

 

 声が揺らぐ。震えている。木崎のこんな姿は初めて見る。再開した直後もそうだけど、久しぶりだからかな?

 

「陽真君は、悲しくならないの?」

「なんで?」

「……だって、また離れちゃう」

「そんなの大したことじゃないじゃん。だってさ、俺はここまで来たよ」

 

 そう、一昔前ならいざ知らず、俺は成長している。一人で──奈々さんに見守られながらだけど──新幹線に乗ることもできた。一度できたことなら二度目三度目はもっと簡単だ。

 

「俺はここまで来れるし、木崎だって俺のところまで来れるよ。第一さ、これがあるじゃん」

 

 ポケットからスマホを取り出す。俺は中学になって買ってもらった。木崎だってそういう約束をしたって言ってたのを俺は覚えている。

 というか勉強机の上で充電されているのを俺は見逃していない。

 

「いつでもメッセージ送っていい。俺だってそうする。電話でもいいし、カメラ通話? だってやってみようよ。小学校の時はさ、学校から帰ったらそれきりだったじゃん。でも今は違う。前よりもっと気軽に話ができる。なら、別に距離なんて大したことない」

 

 違うかな? そう思うのは俺だけ? 木崎の言葉を俺は待つ。これでだめなら、頑張って何度も通わないといけないなぁなんて思いながら。

 

「本当に……ちゃんと連絡、してくれる?」

「する」

「いつも私からばっかりにならない?」

「それは……気を付ける。俺から電話だってする」

「本当かなぁ……?」

「ウソは付かない。けど、俺がやらかしたら怒ってくれていい」

「怒らないつもりなんてないよ」

「怒ってくれたらさ、謝りに来るよ」

「名古屋まで?」

「木崎のところまで」

 

 思わず笑う。二つの声が重なって、それがおかしくてもっと大きく声が響く。そうしたらもう、全然止まらないの。お腹が痛くなるまで、なにが面白いのかも忘れるくらい二人で転がりまわって、それでようやく落ち着いた。

 目元の涙をぬぐいながら、スマホの連絡先を交換する。試しに通話をしてみて、俺はその番号をショートカット登録した。カメラ通話を試そうと言って早速電話をかける。お互いの顔が画面に映っていて、それがおかしくてまた笑う。

 

「ほらほら、電話かけてくれたなら話してよ」

「じゃあ、話すけど。今日さ、ここまで来てみて、それで木崎が俺に黙ってた理由を聞いたろ? 正直あまりピンと来てなかったんだけど、ようやく分かった気がする」

「……教えて?」

「ずっと楽しかったよな、小学校。でも木崎は引っ越ししたし、元々学校も違う予定だった。きっと俺たちは変わっていくよな。そうしたら、仲良かったことも蒸発していくみたいにからからになってもおかしくないんだなって。そう思った。だけど、木崎がそうしたみたいに、ズバッと切り取ってさ、それで手紙にいつ気づくか。そういうゲームにしたら、思い出すたびに楽しいもんな。関係が薄くなっても、そういう仕掛けがあるってだけで、楽しかった時の記憶が新しく注がれるって言うか。そういうことだろ?」

 

 木崎に得意げに笑いかける。彼女のそういう寂しさをそんな風に埋められていたなら、俺だって悪い気はしないのだ。

 

「全然違うよ、バカ!」

 

 スマホ越しではなく、直接言われてしまった。ええ……違うの?

 

 ***

 

 5時のチャイムが外から聞こえてきた。結局俺の間違いは教えてくれなかったけど、それはまあ宿題になりそうだ。

 

「こっちでもチャイムの音は一緒なんだな」

「うん。みんな同じCD使いまわしてるんだよ、きっと」

 

 そんなわけないだろうけど、そうだったら面白い。夏だからまだこの時間でも明るくて、まだまだ全然遊ぶ時間があるような気がしている。チャイムも明るさに合わせて融通を効かせてくれればいいのにとこっそり思う。まあ、つまり。俺も帰りたくないなぁって思ってる。まだ遊び足りない、話したりないって。

 

 途切れた会話に、なんだか堪らなくなって何か言うことを探す。今までポンポンと出てきていたのに、肝心な時に言葉が見つからない。

 

「冬に、これから冬になったら冬休みがあるでしょ。そしたら、そうしたら今度は私が遊びに行っていい?」

「……どうせなら俺はこっちの観光とかしてみたいんだけど」

 

 はぁ……と、これ見よがしなため息。

 

「そういうところは、直しておいてほしいかも」

 

 どういう所だ?

 

 ***

 

 目を赤くした木崎と、玄関の門扉で別れの挨拶をする。どこかに出かけていたおばさんと鉢合わせして結構気まずい。送るって言ってもらえたけど、でも俺は無性に体を動かしたかった。歩いて帰りたいですと言って、断りを入れる。おばさんが家の中に入っていき、俺と木崎の二人だけが玄関で向かい合う。それで、今日最後の話をする。直接会ってする話はこれで当分お預け。だから、俺たちは一番言いたい言葉だけを選んで、そうやってその短い最後を楽しんだ。

 

 何を話したかって、そりゃあ一生覚えていられるような楽しい話だ。その中身だけは、俺たち二人だけの秘密なのだ。

 

 ***

 

 すがすがしい気分と汗諾々の体で駅に着く。奈々さんへ到着の連絡を、と思ったら肩を叩かれる。当然奈々さんである。俺に何を聞くでもなく、汗一つないサラリとした奈々さんは、新幹線に乗る前にご飯でも食べようと言う。確かにお腹が減っている。今更ながらに思ったから、名古屋名物の手羽先を食べに行く。

 特に俺になにか聞くでもなく、豪快に肉をかじる奈々さんに、気になっていたことを逆に聞いてみる。

 

「……もしかして、木崎の家に連絡してました?」

 

 俺の質問に奈々さんがせき込む。答えそのもののリアクションに俺は満足した。水を手渡し落ち着くのを待つ。

 

「えっと、なんでそう思ったのかな?」

「おばさんが、すごく落ち着いていたなって。おじさんも残念がってるって言ってました。いきなりだったらそういう風には言わないだろうなって。それに、これは俺も直前に気づいたんですけど、せっかくここまで来たのに空振りになるのはひどすぎるよなって。なら、いるかどうかを聞く方がよっぽどいいですよね」

「キミも頭が回るようになったね。一応ね、本人には内緒にするようにお願いはしていたよ」

「思いっきり驚いていたから、そうだろうなと思ってました」

 

 それから、彼女と話したことを、俺が恥ずかしくない範囲で伝える。どうだったのかって、ここまで協力してくれた奈々さんは知る権利があるはずだから。

 

 木崎は多分不安だったんだと思います。手紙は多分それが理由だったのだろうと俺なりの推測を話す。

 

「……そっか。木崎ちゃんの気持ち、私は分かるよ。一度止まったら、置いていかれるんだって、そう思うの」

「そんなの大したことないと思うんですけどね。あの、奈々さんも、俺に対してはそんなこと思わなくていいです。俺は成長して変わっていきますけど、中身そのままに余裕を増やしていく成長をするので」

 

 奈々さんでもそんなことを思うのかと。不安になることもあるのかと。なら、そういう不安を持たせないようにしてあげたい。そういう気持ちで奈々さんに言ったんだけど、なぜかすごい半目でにらまれる。

 

「それ、木崎ちゃんに言ったでしょ?」

「言いましたけど」

「そういうところだよ。全く、キミときたら。木崎ちゃんも苦労するね、こりゃ」

 

 意味が分からない。けどここで聞くのはさらに良くない気がして、黙って俺は残りの手羽先にかぶりつくのだった。

 

 

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