【前世で一生懸命踠き回っていた君は転生する】 作:supiringa
私の名前は瀧口優香。黙々と鍛錬を重ねて任務を遂行し、トップアサシンとして上り詰めていた暗殺者の女だ。
「ん〜、良い子でちゅね〜!」
私はどうやら、所謂転生というものをしたらしい。転生など完全なる夢物語だと思っていたのだが、まさかこんな現象が実現しようとは。
転生という解釈をすると妙にストンと胸の中に収まるような謎の納得感が芽生えてくる。
見知った人間が一人もいない所か、全く知らない景色が目の前に存在している。やはり、夢ではない。それなら、この状況を『生まれ変わり』という名称で解釈するのは一応合っているんだろう。でなければ、このような超常現象など起きる訳があるまい。
まぁ、本当に死んだならそれは仕方がない。新しく生まれ変わったこの現象が紛れもない現実ならば、このまま慣れていくだけの話。
「君は大人しいでちゅね〜、
……そう思っていた矢先に衝撃的な言葉が耳を通過する。なんですかその名前。まさか、私の名前でしょうか? キラキラネームにも程があるように感じるのですが。
「何かして欲しいことはありまちゅか〜? お腹は減ってる? それともお昼寝?」
今世の名前が宝石の名称とは、キラキラネーム以上にキラキラし過ぎている。どうやらこの人、ネーミングセンスが完璧に死んでいるようだ。
「ばぶ?」
「あ、
そんな時、もう一人の住民がソファから起き上がる。
今世での私には弟と妹がいる。話に聞けばなんと三つ子らしい。通りで兄弟でもよく似ている筈である。
私をソファに置いた後に抱っこされているのが弟の星野愛久愛海。名前を聞けばなんて言えばいいか迷うところはあるが、とても個性的な名前だと思う。
この子は普通の赤ん坊にしては意外と大人しい部類に入るのではと思っている。赤子ならまだ話すこともできないため、泣くことでしか感情表現ができない。この体になってからの記憶を思い返す限り、一度も泣いているのを見たことがない。
それに加えてジタバタと暴れたりもしなければ活発に動き回ることもない。表情も含めて本当に騒がしくない。
「ふぇぇぇぇぇん!!」
「あっ、どうしたのかなぁ?
そうこうしているうちにも最後の一人が目覚めたようだ。
この子が妹の星野瑠美衣。こちらは私達よりダメージの少ない名前をしている。ギャン泣きではあるが、こちらも静かな時は大抵静かだったりする。
「どうしたの? ほら、高い高いしてあげまちゅね〜、高い高〜い!」
……他界他界? 今、他界他界って言ったか?
「ひっぐっ……ぶぶぅ、ばぁ……」
泣き止んでる? 他界他界と言われたことによる恐怖で泣き止んだのだろうか。……まさかこの人、現役アイドルの他に裏の顔がある? 殺し屋か?
「ん〜君達は本当可愛いね〜! ほっぺもモチモチだし、お肌も柔らかいし、これが俗にいうプリン肌ってやつ?」
「ばばぶぅ!」
「ば、ばぶぅ……」
嬉しそうな顔と照れている顔。そして、そんな2人にメロメロな様子……うん、裏の人間ではないな。体付きを見てもほぼ一目で分かる。私じゃないのだから、さっきのも普通に「高い高い」だ。落ち着け私。
「よぉし、くすぐっちゃうぞ〜?」
「キャハハハッ!」
「うっ、ぷっ、ふふっ……!」
くすぐられて笑いが込み上げるのを抑えきれない様子。あっという間に笑顔にしてあやしてみせるとは、母親って凄いとは思う。
さて、新たな家族の拝見も終わったところで今世での情報収集だ。
今私のことを抱っこしているこの綺麗な紫髪と瞳を持つ女性の名前は星野アイ。芸能事務所、苺プロダクションに所属している現役アイドルだ。
所属するグループも少し掴むことができた。彼女は『B小町』というグループのセンター……所謂リーダ的ポジションにいて、大勢のファンがいるほど有名なアイドル。
最近では体調不良により活動休止となっていた彼女だったが、まさか子供を身籠っていたことによるものだったとは。しかも三つ子……父親である相手の存在は分からないが、一般的に人気アイドルのセンターが三つ子を身籠って出産したのを余所に父親不明というのは一般的に闇ではある。
2人がキラキラ輝く金髪なのに反して私は紫髪。どうやら私はこの人の髪色を受け継いだようだが、残りの2人を見ると相手の父親が金髪なのは遺伝子的に明白だ。
「ルベ〜、アクア〜、ルビー〜。みんな柔らかくて良い匂いしまちゅねぇ〜、落ち着きまちゅよ〜」
そういえば赤ちゃんが良い匂いなのは成長ホルモンであるステロイド化合物を含まず、「ノナナール」という甘い香りのする揮発性有機化合物が多いことが理由とされると聞いたことがある。これも一生の内数年だけの一時的な効果なので嗅いで摂取するならまさに今の内である。
「ふ、ふぇ……ふぎゃぁぁぁぁ!!」
あら、今は機嫌が悪いのだろうか。泣いたり笑ったりと赤ん坊ってのは忙しいものだな。
「あらあら、どうしたのアクア? なんだかご機嫌斜めでちゅね〜」
「そっちはルビーだろ?」
泣きじゃくる彼女を見ながら気配のする扉にも目を向ける。入ってきたのは2名。苺プロの代表取締役である斉藤壱護さんと、その夫人の斉藤ミヤコさん。壱護さんの方は若干アラサーくらいの見た目だが、奥さんのミヤコさんは何処を見ても若々しくて綺麗な人だ。
「それでも母親かよ、お前は……」
「人の顔と名前覚えるの苦手なんだからしょうがないでしょ? 嫌でちゅねぇ〜、日本の男は“母親”というものを幻想視し過ぎてて」
いや、どう考えても日本の男しか知らない気がする。
「パスポートも持ってない奴がグローバルな事言うな! 第一、仕事で海外ロケNG入れてるだろお前は」
なるほど、海外は滅法駄目なのね。パスポート無しなら行ける所もないけど。
「でも私、才能あるなって人の顔と名前は覚えられるよ? 佐藤社長」
「惜しい……俺の名前は斎藤だ、このクソアイドル……!」
結構仲良いなこの2人。まるで親子みたい。
「はぁ……まぁ兎も角だ。本日よりアイドル・アイは復帰となる。それを巡り、今後の活動を話し合うぞ」
アイさんの復帰第一弾目は今夜に行われる歌番組。生放送という話だが、アイさんは余裕そう。アイさんが出演する間、私達のことは夫人であるミヤコさんが見てくれるらしいので、思考可能と自力歩行可能以外で不便なこともある分、ここは有難くお世話になろうと思う。
「それにしても奥さん若いよねぇ〜。社長の若い子贔屓にはメンバーの子達もマジで引いてるよ」
「……初耳だ。気を付けよ」
社長、今の発言に少し傷付いたと推測。ミヤコさんにジロッと横目で見られる中、アイさんは直球で容赦なし。流れるようにダメージを入れていくタイプか。
「ねーねー社長〜、この子達可愛いし、一緒に連れてっちゃダメ?」
「ダメに決まってるだろ!」
社長さん、驚愕の表情。可愛いだけで生後何ヶ月ほどの三つ子を堂々と連れて行けるのなら苦労はしない筈。
「いいか、肝に銘じろ? 16歳のアイドルが三児の母だと世に知られたらアイドル生命即終了! その監督責任も問われて俺の事務所も終わり! そうなれば俺達全員まとめて……地獄行きだぁ〜……!!」
多少大袈裟な動きにも感じられるが、言ってることは至極真っ当な事実である。子を持つ母となったアイドルを推す人間など、最早物好きしかいない。世間の目というのはおのですぐに批難殺到である。アイさんはのんびりな雰囲気でそれを聞いているが、それが分かっているのだろうか。
「役所の手続きも買い物も全部子連れはNGだ! どうにもならない火急の用事がある際には俺達の子供を預かっているという設定で出ること! これは絶対のルールだからな!」
「えぇ〜? 面倒くさいね、ルベ〜?」
「って、そっちはアクアだろ……姉貴はこっち! お前と同じ紫の髪だ」
「あ〜、そうだったそうだった!」
そのどうにもならない火急の用事が起きた時には、私達のことを間違えて“自分の子”だと絶対言わないようにして下さいね。……三つ子で顔が激似なせいで尚更「顔と名前を覚えるのが苦手」という点が進んでますけど。
だが有難いことに社長達のフォローは手厚いのでこれから何かある度に支えてくれることだろう。本人の適応力にも一応少しだけ期待を乗せておく。
まあ、このまま何とか上手く行ってくれればそれが一番いいのだが。
暗殺者らしく冷淡なルベさんへ仕立て上げました。鉄仮面なのでね、そう簡単には崩れません。