中天には太陽が輝く夏。歩いている道の先が熱気で歪んでいる。
そこを一人の女子生徒が歩いている。肩にはスポーツバックを掛けているが、そこには部活動に使う水着類が入っている。しかし、今からそれを使う予定はない、つまりは部活帰りなのだ。すでに時は夏休み。彼女のように部活動に従事している者以外は学校に用はないだろう。
彼女は短く切った黒い髪をしている。少し喘ぎながら歩いているのはその額に浮かんだ大粒の汗が暑いのだと物語っている。半そでのブラウスの上から薄いベスト、それに少しだけ短くしているスカートを穿いている。
七咲 逢は緩やかな坂道を上りながら、喉の渇きを覚えた。見上げるのすらも嫌になるような日差しの中、彼女は冷たい麦茶が飲みたくなってくる。だが、家は遠い。財布には千円札が一枚か二枚入っていたと彼女は想いだして、首を横に振る。今お金を使うわけにはいかないのだ。夏休みにお祭りに取っておかなければならない。
七咲は額の汗を拭って、しばし考える。ポケットからスマートフォンを取り出して時間を見るとまだまだ時間は早い。今からあそこに寄っても問題はないはずだ。だから彼女は小さくこういって、踵を返す。
「先輩……」
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「そ、それで麦茶のみに来たの?」
橘 純一は玄関先でそう聞いた。ここは彼の自宅であり、先に書いた通り部活動には入っていない彼は学校には行っていない。それは白いシャツにハーフパンツ。おそらく外に出る時に履いたのだろうサンダルがそれを表している。
その彼の前には七咲がすました顔で居た。ついでにこういう。
「はい。先輩が寂しがっていると思ったので……」
とってつけたようなことを七咲は言う。単に麦茶を飲みに来ただけなのに彼女はさも純一の為、と言ったニュアンスで言う。純一も少々引っかかるところを覚えたが、別に断る理由など微塵もない。彼は「む、むさくるしいところだけど」と礼儀っぽいことを言って七咲を迎え入れた。
「おじゃましまーす」
七咲はよくとおる声で言う。すでに何度かは来たことがあるから、気兼ねは少ない。それに純一の妹とは仲がいい。彼女と一緒に純一の部屋に侵入したこともある。その時には「ひみつのお宝グッズ」なる物を彼の妹があさくろうとしていたのだ。
跡から来た純一によるとそれは大切にとっている玩具のことだったのだ。事実はそんなピュアな物ではないが、ともかく七咲はそう理解している。
「あっ、今日は誰もいないから大丈夫だよ」
「おじゃましましたー」
七咲は玄関から出ていこうとする。慌てて純一が止める。彼は七咲の肩を掴んだ。
「な、七咲っ。まって」
「なんですか先輩。急な用事を思い出したので帰らないといけないのですが」
「じ、自分から来たのにっ? 麦茶は!?」
「……そうですね」
七咲はふうとため息をついてから、くるりと振り返る。空いた玄関からは陽の光が入ってきて、彼女の白い頬を映えさせる。それに近くで彼女を見ると、瞳がきらきらと光っている。少し大人びたその表情だったが、七咲は子供がいたずらを考えた時の様に口元を綻ばせる。
「先輩がどうしても私に帰ってほしくないなら……仕方ないですね」
うんうんと頷く七咲。わざとらしいその仕草に純一も苦笑せざるを得ない。そして彼は「いらんこと」を言ってしまう。
「そうだよ。僕はどうしても帰ってほしくないからさ。七咲もあんな暑い外を歩いてきたんだから、汗をかいているじゃないか! 塩っぽいにお」
ぎらりと光る七咲の瞳。「にお」の言葉に続く最後の一文字を純一は飲み込んだ。一つ下の少女の威嚇に似た眼光が、怖いのだ。ただ、七咲はそれで帰らないことを決めた。彼女は純一の手を緩やかに振り払い、靴を脱いでから綺麗に並べてから居間に直行する。
怒っているようだが、礼儀正しいのが多少滑稽である。それでも純一は彼女を追いかけた。何故いきなり怒り出したのかわからない。
「な、ななさき」
「…………」
勝手知ったる他人の家をズカズカ進む七咲。居間への襖を開けると中からは涼しい風。エアコンを入れているのだろう、彼女は一瞬目を閉じてからそこに入る。純一の入る前に襖を閉めたので、彼を挟んだ。
「いだっ」
畳敷きの居間には中央に食卓がある。他には昼間のバラエティを映したテレビだとか箪笥があり、何故か端には観葉植物が置かれている。七咲がその食卓を見ると幾つかのコップと麦茶の入った透明な容器があった。
七咲はコップの中から純一の物を取り出して、無造作に麦茶をなみなみそそぐ。それからグイッと飲み干した。
「な、なさき」
「ごちそうさまでした先輩」
ちょっと不機嫌な顔で言う七咲。女の子に対して「匂い」のことを言い出した純一にはそれくらいの対応がちょうどよいのであろう。だから七咲はスポーツバッグを肩に掛けなおして立ち上がり、居間から出ていこうとする。
純一にはなぜ彼女が怒っているのかよくわからない。彼は困惑した顔で、出ていこうとした七咲に言う。彼女の好きな物くらいは知っている。
「アイス食べる?」
「…………」
そんなものでつられるものかと七咲は玄関に向かうが、足取りが明らかに重い。未練が滲みだしている。だが、声には出さないし振り返りもしない。純一はそれでも追いすがった。兎にも角にも怒らせたまま帰らせる気はない。
しかし少し慌てていたのだろう、彼は奇怪な行動に出た。
純一は七咲の後ろから腰に手を回して抱き上げた。急な浮遊感に「あっ」と七咲は声をあげるが、当の純一は純粋に彼女を引き留めたいだけなのだ。思ったことをすぐに行動に移す彼の性向はいろいろと問題がある。
「は、離してくださいっ先輩!」
「い、いやだ!」
嫌というのは「このまま帰らないで」という意思表現なのだが、凄まじいほどに難解でわかりにくい。七咲は真っ赤になってもがくが力は純一の方が強い上に、彼は腰を抱いている。その体勢ではどうあがいても拘束から逃れられない。
七咲はそれで観念した。
「わ、わかりました先輩。アイス二つで手を打ちましょう! だ、だから離してくださいっ」
「い、今からコンビニで買ってくるから! 七咲はシャワーでも浴びててよっ」
「しゃ、シャワー!? 何を言っているんですか?」
「すぐ行ってくるから」
純一は七咲をパッと離して、どたどたと二階に上がると財布を掴んで玄関から飛び出していった。後には呆然とした表情で立ち尽くす少女が居た。
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「ぜえぜえ」
純一が戻ってきたのはそれから十分後だった。尋常じゃない汗をかいている。シャツはぐっしょり、額からはとめどなく汗が流れ落ちている。炎天下の元いきなり全力疾走すればこうなるだろう。彼の手にはアイスの詰まったビニール袋が掴まれている。
ふらふらと彼は玄関にあがり。居間へ向かう。彼はその襖をあけて中を窺った。
「あ、あれ。七咲がいない」
さっきまで彼の見ていたバラエティがテレビに映っている。七咲の使ったコップもそのままである。そこではたと彼は思い出した。
「そうか、シャワーか」
純一は自分が言った言葉を覚えていた。彼は風呂場へと直行する。頭が熱でぼやけているのだろう。年頃の女の子が入っているはずの風呂へ、何一つ躊躇なく進む彼は勇者なのか愚者なのか。
彼は風呂場のドアの前に立って、二回ノックする。中から聞こえてくるのは微かな水音。やはり七咲はここにいるらしい。実際純一に言われた「塩のにお」の言葉を気にしていたのだろう。
「七咲っアイス買ってきたよ!」
勢いよく報告しながら突入する純一。もし仮に脱衣所に七咲が居たらどうするつもりかと言われれば、何も考えてはいないだろう。しかし脱衣所には誰もいなかった。ただ風呂場の方でキュキュと蛇口を締める音がする。それから水音も止まった。
『ず、ずいぶん早かったですね……先輩』
「うん。走ったから」
『この暑い中を……ですか?』
風呂場のくもりガラスにうっすらと見える人影。彼女の姿を想像してやっと純一はドキリとする。ワンテンポ遅いとしか言いようがないだろう。しかし、彼の目線はなんとなく下に向かう。何を探しているのか、彼は視線をさまよわせる。
見つかったのはスポーツバッグがひとつ。七咲の制服やその他は見つからないから、その中に入っているのだろう。純一は自分でも無意識のうちに肩を落とす。
もちろんそんなことを知らない七咲は風呂場から声を出す。何故か中ではパチンとゴムをのばすような音が聞こえる。
『それじゃあ、先輩も汗をかいたんじゃないですか?』
「えっ、うん」
大切な物を探していた純一は七咲の問いかけに慌てて答える。いや、スポーツバッグに全てを詰め込んだ彼女は、彼のことをよく知っているのかもしれない。彼女は続ける。
『それでは、先輩もシャワーを浴びた方がいいですよ』
「そ、そうだね」
『……先輩』
「何? 七咲」
『よかったら……一緒に入りますか?』
「!」
ばさっとビニール袋が落ちる。中のアイス類がそこからでた。カップアイスやパッケージに入ったソフトクリーム。いろいろな物が見えた。しかし、今の純一にはそんなことはどうでもいいのだ。彼はごくりと息をのんで言う。風呂場の中で落ちたのだろう、水滴のぴちょんという音がクリアに聞こえる。
「……い、いいの?」
『……先輩。中に入ってきてみてください』
どことなくトーンの低い七咲の声。しかし、純一のは少女の甘い声にしか聞こえない。彼は風呂のドアに手を掛けた。心臓がどきどきとなる。しかし、よくよく考えればこの男の行動には迷い「らしき」ものはあっても迷い自体はない。
純一は曇りガラスのドアを開ける。
そこには七咲が立っていた。しなやかな体つきをいつも部活で使っている競泳水着で包んだ状態で。彼女の細い体つきを紺を基調として青いラインの入ったそれが締め付け、わずかに強調している。
「本当に先輩は立派な変態さんですね」
腕を組んで呆れたような顔で七咲は言う。純一は呆然としてたが、やがて自分がからかわれたことに気が付いた。それはそれで悔しい。
「先輩? 女の子が入っている時には……」
「七咲」
「はい?」
「僕も入る」
「え?」
「待ってて」
ドアを勢いよく閉める純一。そして脱衣所の方からは何かを脱ぐ音が聞こえる。
「せ、先輩! だ、だ、めですよ! 冗談ですよっ」
『僕は入る!』
男らしく宣言する純一。慌てふためく七咲。なんとかやめさせようにも彼女には方法がない。今外に出れば全裸の純一が立っている可能性もあるのだ。風呂場の中できょろきょろと当たりを見回す七咲だが、あるのはシャンプーだとか石鹸のみ。窓はあるがそこから脱出など考えにも及ばない。
外からは何かを脱ぐ音が聞こえる。七咲は手元にあったシャンプーを取って構える。何故そうしたのかは自分でもよくわからない。まるで対変質者の構えだが、間違っているのかも定かではない。
しかし、純一は準備を終えたのかくもりガラスの向こうに立った。そしてドアが開く。
「きゃ……」
本当に女の子らしい悲鳴を上げて七咲が顔の前にシャンプーを持ってくる。それで見えない様にしようというのだろうが、わずかにその影から覗いている。
そこには純一が立っていた。男の上半身を剥き出しにして腕を組んでいる。彼の下半身にはハーフパンツ型の水着が穿かれていた。
「七咲っ。いやらしいことを想像することはいけないよ」
「……」
七咲はシャンプーを投げつけそうになったが、何とか耐えた。
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湯船に張っているのは水である。このような夏の暑い日には水風呂が心地よい。
七咲と純一はそれぞれ向かいあって湯船に入っていた。純一は正座、七咲は体操座りである。お互いに水着である。
七咲はソフトクリームを食べている。がうがうと口を開けては齧る。まさか風呂場で食べることになるとは思わなかった。水風呂にアイスという組み合わせも日本全国を探しても殆どいないだろう。
「先輩は……仕方ないひとですね」
じとっとした目で言う彼女。純一はうなだれたまま正座を続ける。彼も買ってきたアイスもなかを食べている。正直言えば寒い。水風呂は気持ちいいが、その中でアイスを食べるとなると拷問の類かと疑いたくなる。
それは七咲も同じらしい。彼女はちょっと震えるようなしぐさをして、ソフトクリームのコーンを口に放り込む。そしてむしゃむしゃと食べてからペロッと唇を嘗めると、立ち上がった。
座っている純一の前で七咲が立ったから、水しぶきが飛ぶ。彼女の濡れた競泳水着が黒光りしている。胸元を流れ落ちていく水は水着にはじかれているのだろうが、その細い腕や太腿には張り付いた水滴は多少艶めかしい。
「それでは先輩。あとアイスは3個くらいですね。ここで頑張って食べてください」
と言いながら七咲は自分だけ上がろうとする。彼女の背中は大きく開いている。そこには背筋がくっきりとしていて、水着の間から「色の違う肌」がチラリ見えるのは日焼けしていない部分だろう。
「ずるいよ七咲!」
純一はそんな彼女の腰のあたりの水着の生地をひく。お尻を掴むわけにはいかないし、それより上半身を掴めば明確な犯罪である。だから腰のあたりをむんずと掴んだのだが、それがまずかった。
「っ!」
競泳水着とはすべてがつながっている。湯船から上がろうとしている七咲の腰を掴んで後ろに引くと。七咲は体全体が水着に締め付けられるのである。もちろんそんなことは本人しかわからないし、純一もわからない。前から見ないと強調された胸元なぞ見えないのだ。
後ろを向いたままぴたりととまる七咲。前を向いているのでその表情は見えない。だが彼女は手をのばしてシャワーのノズルを取る。それから蛇口をひねった。温度は最低、出力は最大である。
勢いよくシャワーから水があふれる。七咲はそれを純一にはかける。
「うわっ」
湯船で驚く純一だが立っている七咲には敵わない。それでも彼女の腰から手を離していないから、もう一度七咲は水着を引かれる。ちょっとだけ体を捻っているので、食い込む。どこにとは彼女は言わない、ただ感覚だけがあるのだ。
「せんぱい! 離してください」
「ちょっ。いだい、痛い」
水が肌に突き刺さる。純一は悲鳴を上げる。片手には七咲、片手にはモナカ。風呂場で水着という妙ちくりん極まる状況である。それでも痛い物は痛い。彼はさらに七咲を引き寄せた。純粋にシャワーを止めてほしかったのだ。
「わっ」
七咲の体が揺らぐ、勢い良く引き過ぎたのだろう。純一は叫ぶ。
「危ない七咲!」
純一は倒れ掛かる七咲を支えるために抱き付いた。腰に両手を回して、彼女のお尻の少し上で手を組んで支える。そんな格好だから彼の頭は――
七咲の胸に真正面からうずもれた。柔らかい感触が顔を包んで、少し跳ね返されるような弾力がある。しかし、純一にはやましい心は一切なかった。只々七咲に怪我をさせまいと動いたのだ。要するに結果である。だが七咲は顔を紅くしてもがく。
「だ、だめです先輩、やめてください」
「あもがい」
口を胸で塞がれている純一には「あもがい」という謎の言葉しか言えない。そもそもこの格好で七咲がもがくと純一の顔は擦られる。七咲の落としたシャワーは湯船の中に沈んでいく。
「ほ、本当にっ先輩は、変態さんですね!」
少し涙目で言う七咲の声が、風呂場で反響する。
プールの話か海の話かと考えていたら、風呂に入っていた。
そして純一にを書いていると、奴が奴のことが頭に浮かぶ。彼は変態じゃない、変態というなの紳士だっ