「おお……これが最新VRか」
視界が切り替わると同時に、全身の皮膚感覚が研ぎ澄まされる。空気の流れが肌を撫で、土の匂いが鼻腔をくすぐる。足元には柔らかな腐葉土が踏みしめる感触があり、周囲からは鳥のさえずりや遠くの滝の音が聞こえる。
「すげえ……マジでリアルだ」
要は呆然と呟いた。だが次の瞬間──
(うわっ!?)
突然腰に違和感を感じて飛び退く。そこには革製のポーチがぶら下がっていた。初期装備だろう。手で触ると確かに重みを感じる。本物の革の感触だ。
「やべえ、リアル過ぎてビビった……」
(エロ本読みすぎたせいか? こんなところに手を置かれたら普通慌てるだろ……)
思考が完全にスケベ方向に飛んでいることを自覚しながら、要は苦笑した。だがその時、脇腹を何かがかすめた。
チクッとした痛み。見れば木の枝が服を引っ掻いていた。
「痛っ! いや待てよ……これって本物なのか? SP回復してる……マジかよ」
システムメッセージが視界に表示されると同時、ダメージを受けてHPバーが微減する。しかし数秒後、ゆっくりと回復していくのが見えた。
(まさか本当に怪我したのか? いや違う。VR空間なのに身体が誤認した感じか……)
不思議な感覚だった。自分の身体が仮想と現実の狭間に揺れている。これが次世代VRのすごさか。
「こりゃあもう……三次元だよな……」
呟いた直後に自分で首を振る。
「いや違う違う! 俺は二次元至上主義なんだよ!」
両頬を叩いて自分に言い聞かせる。でも視線は前方の樹海を舐めるように探索してしまう。
(あの茂みの中とか……危なくね?)
(あそこにNPC女が落ちてるかも……)
意識せずともエロ本愛好家の血が騒ぐ。その時背後で気配。
(来た!!)
振り返るとそこには。
茂みから飛び出してきた緑色の小鬼が牙を剥く──その刹那。
「はぁ? ゴブリンとか趣味じゃねぇ……」
要が吐き捨てた瞬間だった。
腰に下げた初期装備のボウガン──本来ならば射撃武器のそれを、なぜか野球のバットのように構えられていた。
(あれ? なんでこんな形に……)
疑問が頭をよぎったが遅かった。ゴブリンの醜悪な笑みが眼前に迫る。
「うおおおぉっ!」
本能が反射神経を支配した。ボウガンの先端がゴブリンの横顔を直撃する! バコン! という鈍い衝撃音と共に小鬼が宙を舞った。
空中で悶絶するゴブリンの姿を見て、要は思わず舌打ちした。
そのときだった。不意に手の中のボウガンがズシリと重くなる。まるで「俺を使え」と訴えるように。
倒れたゴブリンが砂埃を撒き散らしながら起き上がろうとする。その歪んだ笑みを真正面に捉え──
チャッ!
指が滑るように弦を引く。木製のボウガンが軋みながら張力を溜め込む。
ガチャリ!
腰のケースから取り出した鉄製の太矢を瞬時に装填。狙いを定める余裕など皆無だ。
シュパッ!
放たれた矢は放物線を描かず一直線に飛び──
ゴキンッ!
ゴブリンの額を正確に貫通。その瞬間、痙攣するかのように小鬼の全身が硬直し、光の粒子となって爆発四散した。
「……あ?」
要自身も唖然とした。この数秒間、全く思考していない。
まるで運動神経が脊髄反射を引き起こしたかのような完璧な連携プレー。
「……俺、ボウガン使ったことないはずなんだけどな」
戸惑いつつも冷静さを取り戻す。右手の指がまだ矢筒を探るように虚空を撫でている。まるで過去に幾度となく戦闘経験を積んだ者の動きだった。
「これってつまり──肉体記憶とかいうやつか? VR技術スゲェな……」
呼吸を整えながらぼんやり考える。汗も息切れもないのに頭が熱くなる。
「しかしなぁ……いくら精密射撃出来ても、肝心の標的が可愛くないとテンション上がんねぇよなぁ……」
と、独り言を漏らしたところで新たな警告音。
「げっまた敵!?」
振り向く先には新たな二匹のゴブリンが斧を振り上げて襲いかかってきていた。
「ひぃっ!? おいおい冗談じゃねぇぞ!」
二匹のゴブリンが涎を垂らしながら追ってくる。斧をブンブン振り回す姿はまさに狂犬だ。
「待て待て落ち着け俺! ここで死んだらエロ本読めないじゃないか!」
必死に逃げながらも視界の隅で矢を補充する。ボウガンが俺の手に吸い付く感触は相変わらず奇妙だった。
パンッ!
一匹の肩をかすめた矢が草むらに消える。命中精度は低いが牽制には十分だ。
「畜生ッ! なんだこのザコどもは!? まるで合コンでモテない奴らの群れみたいだぜ!」
息を切らせながら毒づく俺の耳に不吉な水音が届いた。足元の地面が急勾配になり始めたのだ。
「やべぇ……道間違えたか?」
視界を埋め尽くす翡翠色の巨躯。
鎌首を持ち上げた巨大蛇の眼が冷たく光る──《貪食の大蛇》の登場だった。
「おいおい待ってくれ……レベル2の俺が挑むべきモンスターじゃねぇって!」
視界に浮かぶ警告メッセージ。
『推奨レベル:10』
文字通り歯牙にもかけない相手だ。
大蛇の口腔が裂けるように開き、紫色の毒液が滴り落ちる。
「ぐっ……くそっ! 逃げられないなら戦うしかないってか!?」
ボウガンを構える要の手が震えた。明らかに常識外れの存在感。
(これがエリアボスか……だが待てよ?)
(蛇って……ヘビだろ?)
(つまり……脱皮の時期があるはずだよな?)
唐突に閃いた下ネタ妄想が要の闘志を煽る。
「いいぜ! その硬そうな鱗全部剥いでやる!」
矢を放つ。だが大蛇の体表を覆う水晶のような鱗が無情に弾く。