天羅万象・零 真なるサムライの詩   作:白水つかさ

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第三話 香澄とエル

 藁布団(わらぶとん)のなかにもぐりこんで、香澄が大きく息をついた。

 日はすっかり落ちて、月明かりはあるとはいえあたりはすでに暗い。

 獣脂や蜜蝋(みつろう)の明かりなど、孤児たちの家はもちろん村長の家ですら使われておらず、村はすっぽりと暗闇に包み込まれていた。

 風の音、虫の声だけが、外からは聞こえてくる。

 

 彼女の隣では、エルがこちらも藁布団をかぶって、夜の音を聞くともなく聞いていた。

 小柄でかよわくも見える彼女だが、旅には慣れている様子で、質素な寝具にも不満の表情はおろか驚いた気配すら見せなかった。

 今にも寝入りそうな彼女の静かな息づかいが、夜闇にそっと染みわたる。

 

「……なあ」

 

 その横顔に目を向けるために、藁布団を鳴らして体を動かして、香澄が小声で言った。

 まばたきをして、エルが振り返った。

 

「寝るときくらい、その布を取ったらどうだい? 額にそんなもの巻きつけてたら、春とはいっても寝汗をかくぜ」

 

 そう言われて――エルの表情が、びくりとこわばった。

 額に両手を当て、布を外そうというより、押さえつけようというような感じで、小さくふるえている。

 言葉を探しているかのように、桜色の唇が開いていた。

 

 彼女の肩に、香澄は両手をかけた。

 怯えたように、エルが後ずさろうとする。

 身動きが取れないというほど、強い力をかけられているようではなかったが、ためらいがあったのかふりほどくことはできなかった。

 横になったまま、目と目を合わせて、香澄が頬に笑みを刻んだ。

 

「って、まあそういうわけにもいかないやね。あたしはともかく、なんかのはずみで子供たちに見られたら、余計な誤解を招いちまうかもしれないし。

 ましてあの響とかいう奴じゃあ、どうするか分かったもんじゃない」

 

 エルは目を大きく見開いて、身をこわばらせていた。

 一度二度、目をしばたたく。

 こくりと、喉を鳴らして、かすれた声でかろうじて言葉を返した。

 

「知って……たんですか?」

「あのなあ、あんたは気を失って倒れてたんだぜ。怪我をしてるのか熱があるのかどうなのかって、そりゃあ額に手を当てもするさ」

 

 どことなく得意げなふうの笑みを唇に浮かべながら、香澄が言った。

 だが、表情に皮肉の色はない。

 彼女の面持ちに、何を感じたのか――エルはわずかに力を抜いて、ゆっくりと、額にゆったりと巻いていた布を外した。

 

 布の下に隠されていた額には、二本の角が生えていた。

 オニ――人里離れた山の中に住み、心のままに人を食らうと言い伝えられる、人外の種族の証である。

 昔話や伝説ばかりではなく、領主などとの抗争は現実の脅威として村人たちにも知られているはずだ。

 しかし、彼女のふるえる瞳は、伝説のような恐ろしい存在とはかけはなれた気配しか、ただよわせてはいなかった。

 

 その瞳をのぞきこんで、苦笑いのような表情を、香澄は浮かべた。

 おびえる彼女を励まそうというかのように、ぽんぽんと肩を叩く。

 

「ま、そう怖がるなって、悪いことしたような気になっちまうよ。あたしはもともと知ってたんだから、いまさらふるえることはないって」

 

 ふっと目を伏せて、エルが答えた。

 

「隠していて、ごめんなさい――確かに、わたしはオニです。いえ、オニと人との間に生まれた、半鬼ですけど」

「半鬼ねえ……そこまでは、気づかなかったな」

「でも、オニはみなさんが思っているような、悪いことをする怪物じゃないんです。人を食べたり襲ったりなんて、そんなことはしません。わたしの母さんも、父さんや一座のみんなととても仲がよくて――」

 

 そこで、エルの言葉は不意に途切れた。

 香澄やほかの誰かがさえぎったというわけではなく、ただ灯火が風にゆらめいたというように。

 風の音だけが聞こえる沈黙を、香澄が咳払いをして破った。

 

「まあ、なあ」

 

 エルの表情を見るのが恥ずかしいというように、視線を泳がせつつ、彼女は刺青のある頬を掻いた。

 

「ほかのオニがどうかまでは知らないけど、あんたを見てれば、少なくともあんたがそういう怪物じゃないってくらいはな。

 角があるったって、それ以外じゃほんとにあたしらと変わりないみたいだし」

 

「わたしが、オニだって知っていて……助けてくれたんですか?」

「ま、気を失ってたけど、可愛い顔してたからな。これでほんとのお伽噺の鬼みたいな姿形だったら、ちょっと見なかったことにして通り過ぎたかもしれないけど」

「あの……」

 

 少し、気分に余裕が出てきたか、エルが困ったような声をこぼした。

 自身が角をもったオニという存在であるだけに、容姿であろうとも外見で判断されることには、反射的に抗議のような気持ちが浮かぶようだった。

 とはいえ、香澄の声に悪意がないことを写して、彼女の口調にもそこまで強いものはなかった。

 香澄も軽く笑って、その声を受け流す。

 

「なに、自然の摂理だよ。子供が可愛くつくられてるってのは、神様もうまいことするってことさ。

 あたしたちがなんとかしてやらないと――って、大人たちが思うからな。そうじゃなきゃ、とっくに人間がいなくなってるだろ」

「そうですね……香澄さんは、偉いと思います。自分の力で、そうやって子供たちを助けていて」

 

 素直な表情で、エルが言った。

 照れくさそうに、香澄は横を向き、話題を切り替えようという風で口を開いた。

 

「と、それはさておき、一座だって? あんた、旅芸人かなんかかい」

「……ええ。でも――」

 

 しかし、エルの声は、ふっと暗く沈んだ。

 意外そうに、だが何かを理解したような色も同時に漂わせて、香澄はふたたび彼女の目を見つめた。

 月明かりの下で、エルの瞳はわずかにうるんでいた。

 

「悪いこと、聞いちまったかな。別になにか無理強いして聞きだそうってわけじゃないから、なんだったら流してくれて構わないぜ。身分がどうだろうと、気にするつもりはないからな。ただ、あたしも昔は――っと」

 

 中途で言葉を切って、香澄は肩をすくめた。

 苦笑のような表情を浮かべ、きょとんとしているエルに答える。

 

「こんなによく喋るなんて、あたしとしちゃ珍しいかもしれないね。あんた、聞き上手って言われたことはないかい?」

「いえ、そんな――」

「さてま、寝るとするか。明日もどうせあいつら、早いからな」

 

 片目を閉じて、香澄は微笑んでみせた。

 エルもまだ緊張の気配を残しながらも、唇をほころばせた。

 そして、ほんの数呼吸のうちに、疲れがたまっていたのだろう少女は安らかな寝息をたてはじめた。

 香澄は両手を頭の後ろで組んで、暗闇のわだかまる天井を見上げていた。

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