天羅万象・零 真なるサムライの詩   作:白水つかさ

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第四話 響

「――ねえ」

 

 少年の声が、風に流れた。

 朝の透明な光が、土壁の小さな家をも美しく浮かび上がらせているなか、柔らかな栗色の髪で光を跳ねちらばらせてエルが振り返った。

 朝食を作るために、火の前にかがみこんでいる彼女を、(ひびき)という名らしい少年が腕を組んで見つめていた。

 

「どうして、君は旅をしているんだい、この物騒な世の中を。率直に言って、女の子ひとりで旅をするなんて、大胆なことに君が向いているとは思えないんだけどね」

 

 言葉のわりに、批判するような景色は彼の声にはなかった。

 といって、気遣うようでもなく、ただ確認してみるだけというようなそっけない雰囲気だった。

 なまじ心配されるよりは答えやすかったのか、エルは揺れる炎をゆっくりと扇ぎ、見つめながら、静かな声で答えた。

 

「わたしには――確かめなければいけないことがあるんです。それが、簡単なことじゃないというのは、分かっていますけど」

「――なるほど、ね」

 

 そう言っただけで、彼は言葉を続けようとはしなかった。

 エルは彼の横顔を見て、問いを返す。

 

「響さん……で、いいですか?」

「ああ、ぼくは白月(しらつき)(ひびき)、響でいいよ」

 

「響さんは、どうして旅をしているんですか? 男の子は事情が違うって言われるかもしれませんけど、(とし)だったら、わたしとそんなに変わらないですよね」

「まあね――僕の場合は、とくに理由はないさ。なにか必要があって旅をしているわけじゃない、君のようにはね。

 ただ、ひとつところにとどまって毎日おなじような生活をしていくのに、馴染めないだけさ」

 

 まだ細い肩を、響はすくめてみせた。

 冷たい金属の輝きを見せる右手と、同じような気配をただよわせる左目が、彼が口にしたような気ままな放浪者と見るにはやや危うげな雰囲気をまといつかせていた。

 中性的とも言える整った顔立ちも、どことなく鋭い(とげ)を窺わせる。

 

 そんな少年の雰囲気に、気づいているのかいないのか、エルは鍋の蓋を取って料理の状態を確かめた。

 満足がいく出来だったのか、微笑んで立ち上がると、彼女は響のほうへ向き直った。

 わずかに、響が(かかと)を引いたようだった。

 

「落ち着いて料理ができるのも、久しぶりですけど、まあまあうまくできたと思います――味見してみますか? 響さん」

「そうだね、まあ、早いところ食事をして早いところ出発させてもらうさ」

「えっ?」

「もちろん、お礼はするけど。でも、こんな村に、特に長居をするつもりはないからさ。君がどうするかは知らないけれど、一緒に行くわけにもいかないだろうね」

「そうですか……」

 

 突き放した口調に、エルは気持ちをくじかれたように目を伏せた。

 

「これでも、陰陽(おんみょう)の術を使う身だからね――そのほうが君のためでもあるだろう、というくらいは、考えているよ。もっとも……」

 

 響の言葉は、中途で消えた。

 本人も考えがまとまっていない、という風で、小さく首をかしげて中空に目を据えている。

 

 しかし、エルはそんな彼の様子に注意を向ける余裕もなく、投げかけられた言葉に息をのんでいた。

 火の粉の立てるぱちぱちという音が、どこか緊迫した空気の()ぜる気配のように響いた。

 

陰陽師(おんみょうじ)……ですか?」

「と、名乗るつもりはないけれどね。その名前はあまり好きじゃない」

 

 苦い笑みを、響が頬に刻んだ。エルの視線を避けるように、彼は身を斜めにした。

 

「君も、理由は違うにしても、そのようだけど」

 

 エルが額に巻いた布の下を、見透かすように目を細めて、響は言った。

 エルは否定の言葉も見つからない風で、うつむいていた。

 肩がこわばっている様子は、かすかな気持ちの沸騰をも窺わせる。

 響は、それ以上なにか踏み込もうとはせず、くるりときびすを返しかけた。

 

 そのとき、場に流れ込んできたのは、子供たちの陽気なざわめきだった。

 ひとつしかない家の入り口から小さな姿が次々と飛び出してきては、エルと、それに一部は響にも構ってもらおうと駆け寄っていく。

 

「みんなぱっぱと顔を洗え、支度しろ。今日はご馳走、かもしれないぞ」

 

 その後ろから、寝癖で髪の散らかった香澄(かすみ)が目をこすりながら現れた。

 エルは先ほどまでの会話の衝撃を、少なくとも表には出さない様子で、子供たちの相手を始めた。

 まだ熱い鍋に触れようとする子供を止めたり、身支度の手伝いをしたりと忙しく、優しいしぐさには動揺の影は残っていなかった。

 一方の響は、子供たちの騒がしい声にもとりあわず、香澄に声を掛けた。

 

「じゃあ――僕はそろそろ、出発させてもらうよ。なにか道中食べられるものを包んでもらえればありがたいけれど、無理なら、それは別にかまわない」

「おいおい」

 

 一方的な宣言に、香澄は眉を跳ね上げた。

 不機嫌になる以前に、あっけにとられているという顔だった。

 

「一宿一飯の恩義には、お礼は言うし、それなりのものは村長にでも君にでも支払うつもりだけど。

 ただ、僕もそう長居はできないんだ、悪いけれどね。それに、予想していなかった事情も加わったようだし」

 

 分かり切ったことを告げるような、淡々とした響の声に、子供たちと、それにエルの表情がかげった。

 子供たちは、がっかりした様子を示しているが、年長でもあり鋭い雰囲気もある響には正面から文句を言うこともできないようだった。

 彼らの様子を横目で見て、香澄は悠然とした様子で言った。

 

「まあ、待ちなよ」

「――何かな」

「それこそ一宿一飯の恩義って奴で、畑仕事をしていってもらうよ、多少はね。子供たちも、外のことを知りたいだろうし。

 それとも、サムライ相手に恩義の踏み倒しをしてみせるかい?」

 

 片目をつぶり、得意げに見得を切ってみせた香澄の背後で、子供たちが歓声を上げた。

 今度こそ怖いものはないといった様子で、響に駆け寄っていく。

 その様子、というよりも香澄の顔を――響は、どんな顔をすればいいのか分からない、というような表情で見やった。

 

逆戸(さかと)の名代の気持ちが……少し分かるな」

「……は?」

 

 ややぽかんとした顔で、香澄は響を見つめた。

 その目の前で、ひらひらと手を、機械であるという右手を振ってみせて、響はくるりときびすを返した。

 反射的に手を伸ばしかけた香澄の前で、彼は肩をすくめた。

 

「まあ――いいさ。そこまで言うなら、少しくらい仕事はしていくよ」

 

 足下に集まっている子供たちには、目を向けず、響はつまらなそうな、だがどこかおもしろがってもいるような声で言った。

 そして彼の右手が、複雑な印を切り、会話とはまったく異なる種類の音が唇から流れ出た。

 子供たちが、そして香澄が、思わず一歩退いたようだった。

 

()く来たれ、我が命のもとに!」

 

 その一言とともに、大気が悲鳴のような叫びを上げ、何もない空間から突如としてひとつの姿が生み出された。

 人間ではない何者かの産声(うぶごえ)のような叫びは、その姿から発せられていた。

 怯えきって、子供たちが我先にと逃げていった。

 

「なっ――」

「見るのは、初めてかな? 陰陽術、っていうものだよ」

 

 唇に薄く、多少得意げな笑みを刻んで、響が告げた。

 呼び出された姿は、基本的な造形こそ人間のものだったが、粘土を乱暴にこね上げて作った人形のようで目鼻などはない。

 が、生み出した主の意志を汲んでいるのか、響の脇にあたかも命令が下されるのを待っているような様子でたたずんでいた。

 

 その姿と、それに響からできる限り距離を取ろうというように、子供たちは家の壁に背中をつけて固まっていた。

 エルは彼らの前に立ち、まっすぐに異形の存在を見つめていた。驚きは、彼女の表情にはあまり浮かんでいなかった。

 一方、いささか狼狽した様子で、香澄が問い返す。

 

「陰陽師?」

「と呼ばれるのはあまり好きじゃない、と、さっきは彼女に言ったけれどね。まあ、君に分かりやすいように言うとするなら、そういうことさ」

 

 軽くうなずいて、響は彼女の言葉を肯定した。

 

「怯えることはないよ、この式はぼくが生み出したものだ、ぼくの命令には絶対に従う。見てのとおりぼくはそれほど力に自信もないからね、代わりに、式に畑仕事でもさせようというだけさ」

「あたしは、怯えちゃいないけどな。それならそうと一声かけてくれ、子供たちが怖がるだろうが」

「式が作り出されるというのは、そのとおり誕生だからね――赤子と同じように、産声を上げるのさ。

 もっとも、サムライというのも自らの身に呪紋(じゅもん)によって式を刻んだ存在だから、そのことは身をもって分かっているだろうけど」

 

 金属質の輝きをたたえた左目を、響がすっと細めた。

 なにかカラクリの立てるような音が、かすかに空気を揺らした。

 

「まあ、な。あんたが体を機械化してることは気づいてたけど、それだけに、機械の腕で刀でも振るう兵隊だろうと思ってたからな。ちょっと意外だったが、分かってみれば、そういうことか」

 

 無理に浮かべたような苦笑を頬に刻み、香澄が言った。

 おそるおそるといった様子で、子供たちが一歩ずつ式に近づいていく。

 響が軽く手を振ると、式は音もなく歩き出して畑のほうへと向かっていった。

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