天羅万象・零 真なるサムライの詩   作:白水つかさ

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第六話 偽サムライ

「どうしても……手伝ってはくれないってのか?」

 

 表情をゆがめて、香澄(かすみ)が言った。

 彼女の眼前には、なかば背を向けるように冷たく立っている、(ひびき)の姿があった。

 すでに旅装を整え、足下も足袋(たび)(くつ)で固めた少年は、そっけなく答えた。

 

「くどいよ。どうして僕が、サムライの相手を好きこのんでしなければならないんだい、一文の得にもならないのに」

 

 一文のとまでは言わないにせよ、彼に相応の報酬を用意できるほど、村に余裕があるはずもなかった。

 むろん、香澄個人も同様である。

 旅人の行動原理は理解せざるを得ないのか、香澄は唇を噛みしめながらも、強引に引き留めることはできない様子だった。

 が、かたわらのエルは、胸元を押さえて必死な様子で彼に訴えた。

 

「でも――もし村が襲われたら、ここの子たちが」

「それが、どうかしたかい? 奪われたくなかったら、自分で守るしかないんだ、大切なものは。守れないなら――それまでさ」

 

 さすがにこの交渉の場に、子供たちは同席していない。

 だが、仮に子供たちがいても同じことを言っただろうと思わせるような突き放した気配が、彼の言葉にはまとわりついていた。

 エルは何を思い出したのか、言葉に詰まってうつむいた。

 

「人の心配をする前に、君も、逃げたほうがいいと思うけどね。君のような少女を彼らがどうするか、あまり考えて愉快なものでもないし、まして」

 

 ちらりとエルの額の布に視線を投げて、響は肩をすくめた。

 その姿に、香澄も彼が少女の正体を悟っていることを理解したようだったが、だからといって何ができるものでもなかった。

 エルに手を出さないだけでも幸運というように、悔しげに彼女は拳を握りしめていた。

 

「わたしのことを、少しでも心配してくれるなら、あの子たちのことも」

「……悪いけど、僕ひとりが苦労するつもりはないんだ」

「えっ? そんなことはありません、香澄さんが、それに何ができるかは分からないですけどわたしだって――」

 

 エルの言葉にはもはや答えず、響はくるりと背を向けた。

 その背中をにらみつけ、香澄は吐き捨てるように言った。

 

「ああ、分かったよ、さっさと行っちまえ」

「そのつもりさ、言われなくても――サムライさん」

 

 振り返りもせず、響が言った。

 激昂したように、香澄が腕を振り回し、傍らの木に拳を打ち当てて鈍い音を立てた。

 

 

 心配そうに、だが何をすることもできずに二人の姿を交互に見つめているエルのことを、彼女はようやく思い出したようだった。

 息を静め、平静な声をつくろって声をかける。

 

「ちょっと……あんたに話があるんだがな。子供たちに聞かれないところで」

 

 こちらもはっとした顔で、エルが振り向く。

 ふたりは連れだって、孤児たちの家から少し離れた、大樹の陰へと歩いていった。

 響の姿は、その間にもすでに遠ざかり、ほとんど見えなくなっている。

 

 穏やかな春の風が、二人の髪を揺らした。

 (くすのき)に背をもたせ、子供たちが着いてきていないことを振り向いて確かめてから、香澄はひとつ息をついた。

 

「さて、と、こんなところで大丈夫かな」

「ええ」

 

 香澄の言葉に、さしたる意味はなかった。

 ただ避け得ない瞬間を先に延ばすためだけのように、彼女は確認の言葉を発し、エルもうなずいた。

 そのまままた、しばしの沈黙が落ちた。

 

「……さて。話ってのは、ほかでもない、あいつらのことだけどね。あいつらのこと――頼めるかな」

「えっ?」

 

「野盗どもが来なければいいと願ってたが、どうやらそうもいかないようだからな。親玉のサムライとは刺し違えてでも、その覚悟はあるけど、そのあと生きて帰ってこられる気はしなくてね。

 あたしがいなくなった後、村の連中がちゃんと面倒を見てくれるか、あるいはもし村が野盗にやっぱり荒らされるようなら、なんとか連れて逃げてほしいんだ」

 

「でも、村の人たちも戦うって言っていますし、香澄さんはサムライでしょう?

 ふつうの盗賊の人相手だったら、村の人たちが来るまで時間を稼ぐくらい簡単に」

 

 彼女自身、サムライを知っているといったためか、エルはやや意外そうな表情で言いつのった。

 そんな少女に、いつかの響とわずかに似た顔で深くため息をつき、香澄は短く答えた。

 

「いや」

 

 なにかが心を走ったように、エルがぴくんと身を跳ねさせ、まばたきをした。

 その瞳を、意を決したようにまっすぐに見つめ、香澄は言葉を続けた。

 

「あたしはね――サムライなんかじゃないのさ」

「……」

「サムライみたいに見える文様だけを刻んでもらった、偽サムライなんだよ。あたしなんかが本当のサムライ化手術を受けたら、とうてい耐えられずに狂い死んでるだろうね」

 

「そんな――」

「あいつは、自分が陰陽師(おんみょうじ)だとか言ってたくらいだし、どうやら気づいていたみたいだけど。

 名代がなんとか言ってたのも、そういうことだろうさ、美人のつもりで言いふらしていたらとんだ目に遭うってな」

 

 どうして、とは、エルは問わなかったし、香澄も説明しようとはしなかった。

 それは彼女のしていることが、すでに十分な説明になっていた。

 

 いくら比較的豊かな村であるとはいえ、純粋な慈善だけで孤児を養うような余裕はない。

 そうした村人を納得させるのに、サムライが村に留まってくれるという理由はいかにも説得的だっただろう。

 エルは緊張した顔で、こくりとうなずいただけだった。

 

「それでも、こんな時のためにいる、いさせてもらってるんだからな。夜中にこっそり忍んでいって、親玉の寝首だけは掻いてやる」

「……」

「でもま、夜中に潜入じゃ、うまくいっても色めき立った残りの連中相手に生きて帰ってこられるとは思えない。サムライじゃない、あたしじゃね」

 

 乾いた笑みのようなものを、香澄が頬に刻んだ。

 

「村の奴らと一緒に正面から行きたいとこだけど、そうするとサムライ化できないってのが分かっちまうしな。

 今まで村を(だま)してたって思われるのは、ちょっとあいつらの後々(のちのち)のため、ありがたくないってもんだ」

 

 そういうことだよ、と言って、香澄はぽんとエルの肩を叩いた。

 その手を握ろうとするかのように、あわただしく腕をのべて、エルは一歩踏み出した。

 香澄の表情が、わずかに動いた。

 

「でも、それならわたしも」

「……冗談だろ? あんたが来て、何ができるってのさ」

「それは……」

 

「あんたを助けたのは、こんなところで野盗の餌食にするためなんかじゃないぜ。

 ま、これでも、サムライじゃないけど少しは鉄火場もくぐってきたんだ。血なまぐさいことは、あたしに任せときな」

「いえ、わたしは――」

 

「オニだから何かできる、っていうなら、それこそあいつらを守るために使ってやってくれよ。まだ、自分を守ることもできない子供たちをな」

「……」

「正直に言えば、いつばれるかってびくびくものだったからな。ここで思い出になれるなら、それであいつらのためになるなら、それこそこっちの幸いってもんさ」

 

 そう言った香澄の表情は、いささか大仰である一方、くっきりとした決意の輪郭を描いてもいた。

 エルはうなだれ、言葉を失った。

 にっと形のよい唇をつり上げてみせると、香澄は袖をたくし上げた。

 

 サムライ、のものを模したただの文様が、陽光の下に浮かび上がった。

 

「それじゃ、あいつらに話しにいくか……もちろん、偽サムライだなんだってことは伏せといてくれよ。あたしだって、帰ってこられないと決まったわけでもないんだしね」

「……はい」

 

 こくり、とうなだれるようにうなずいて、エルは香澄の後について歩き出した。

 大股に歩く香澄は、ともすればエルを置き去りにしそうなほどだった。

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