天羅万象・零 真なるサムライの詩   作:白水つかさ

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最終話 香澄とエルと響

 複雑そうな顔で、エルが(ひびき)と、気を失い縛り上げられたサムライの姿を交互に見やっていた。

 その姿は、すでに常の少女のものに戻っている。

 響のいう、式を破壊する式、によってサムライ化を解除された男はその反作用で倒れ伏し、頭目を失った野盗たちは我先にと逃げ散っていった。

 香澄(かすみ)の傷も癒え、一息ついたところで、響はふたりに向き合っていた。

 

「なにか、不審でもあるかい? 彼を代官所に突き出せば、まあ大したことはないだろうけれど、金一封くらいはもらえるだろうしね。盗賊団は吊し首か斬刑か、どちらにしたって後腐れもない」

「でも……」

 

「まさか、逃がしてやれなんて言うつもりじゃないだろうね。殺されるだけの罪は重ねてきたんだし、まして、解放でもしたら真っ先にするのはこの村を襲うことだよ。

 もうサムライではないから、分のいい賭けとは言えないかもしれないけど、どちらにせよ無用な危険を負わせる気かい」

 

「それは、そうかもしれません、いえ、そのとおりだと思いますけど……でも、やっぱり誰も死なないほうがよくて」

「人がいいね、嫌いだとは言わないけれど。ただ、誰も傷つかない結末なんてそうないのさ――こんな世界じゃね」

「……」

 

 エルは黙りこんだが、納得――というよりも、諦めはしていないようだった。

 響も、必ずしも皮肉にではなく、うっすらと笑みを浮かべた。

 

 とはいえ、少なくとも今ここでできることが変わるわけではない。

 ふたりの間に落ちた沈黙を咳払いで破って、香澄が響に声をかけた。

 

「なあ、ええと……」

「響でいいよ。サムライさん」

「……」

 

「ああ、いや、今のは皮肉じゃない。彼女が君のことを本当のサムライだと言っていたから、ちょっと真似をしてみただけだ、他意はないよ」

 

 やや慌てた様子で、響が手をばたつかせた。

 そうしていると、珍しくもというべきか、年相応の少年の表情に見える。

 香澄も思わず笑って、言葉を続けた。

 

「分かったよ、陰陽師(おんみょうじ)さん」

「と、呼ばれるのは好きじゃない――と言ったのを知った上でからかっているね。ついさっきまで大騒ぎしていたのに、たくましいものだよ」

 

 釣りこまれて、エルも唇をたもとで覆いながら、かすかに微笑んだ。

 だが、香澄は次の瞬間には真面目な表情に戻って言った。

 

「呼び名はともかく、陰陽の術が使えるっていうなら――あたしを、本当のサムライにすることもできるのかい?」

 

 一瞬、響は即答を避けるかのように黙りこんだ。

 エルがはっと息を呑んで、香澄の面差しを見つめる。

 ふたりの緊張にも、尻込みすることなく、香澄はまっすぐに響の目を見つめていた。

 

「――少なくとも、試みることはできるよ。ただ、成功できるかということになると、自信はないね」

「……そうか」

「いや、君の素質がどうこうということじゃなくてね、僕が自信が持てないということだよ。方法は書物で知ってはいるけれど、やったことはないから」

 

 目を伏せた香澄に、響は冷静な口調で言葉をかけた。

 

「それに、サムライになると、子供を残すこともできなくなるしね」

「……えっ?」

 

「ほんとうに、サムライのことは知らないんだね……これからぼろを出さないように頼むよ。サムライは子をなすことができない、これは厳然たる事実だ。

 まあ、僕自身、力のためならばサムライにもなろうかと考えたことがあるから、知っているまでのことだけれど」

 

 さらりと言って、響は肩をすくめた。

 それは彼がかつて言った、気楽な放浪者という言葉とはあまりに隔たりのあるものだったが、軽い仕草にはそれ以上の追求を拒む明瞭な気配があった。

 いずれにしても、香澄には少年の事情を問い詰めるような気も、またその余裕もないようだった。

 

「なんにしても、いま頼んでも駄目ってことだな」

「まあ、ね。――いつか思い出したら、また立ち寄ってもいい。でも、サムライになるのは人を捨てることだ、それは忘れないようにね」

「……ああ」

 

「とりあえずは――これを渡しておくよ」

 

 そう言うと、響はたもとから二枚の紙を取り出した。

 二枚とも、両面に墨で鮮やかに文様と、いくつかの文字が描かれている。

 それがサムライの文様とも類似していることに、香澄も気づいたようだった。

 

「こっちは、畑仕事のとき君が見たような、大きな人型の式を作り出す――サムライを相手にできるものじゃないけれど、そのあたりの盗賊や破落戸(ごろつき)あたりなら相手取れるし、こけおどかしにもなる」

 

 細く器用そうな指で一枚をはさみ、ひらひらと振ってみせて、響は言った。

 

「もう一枚は……爆発する、ただそれだけの式だ。

 運がよければ、さっきのサムライくらいなら倒せるかもしれない――ただ、同じだけの威力を、使った君も受けることになるけれどね。

 本来は式札というのは再利用がきくものだけれど、これは自分が爆発するんだから使えばそれきりだ」

 

 こちらを見せるときには、彼の手つきはやや慎重だった。香澄は真剣な目つきで、それを見つめていた。

 

「まあ、使い方は、君に任せるよ。どう使おうと、あとは君の問題だ」

 

 そう言うと、彼は式札を香澄に渡した。

 自らの手に握られたそれを、じっと見つめて、香澄はなにごとかを考えていた。

 

 やがて彼女はうなずくと、二枚の札を大切そうに、たもとへと押し込んだ。

 そして深く、響に向かって頭を下げる。

 

「……ありがとう」

「なに、一宿一飯の恩義、という奴さ――サムライを相手に踏み倒すと後が怖いらしいからね」

「……悪かったよ」

 

 真剣な表情から、ややぶすっとしたものに転じて、香澄はうめいた。

 ふっと薄く、響が微笑んだ。

 

「あの……香澄さん?」

 

 そこにおずおずと、エルが口を挟んだ。

 

「ん?」

「香澄さんは、やっぱり……」

 

「……まあ、な。あいつらがもう少し大きくなるまでは、実はサムライじゃありませんでしたごめんなさいって言うわけにもいかないだろ。

 まだ、しばらくは――偽サムライでもなんでも、やっていくしかないさ」

「そう、ですよね……」

 

 自分でも、いつばれるか怯えていたと口にしたことを覚えているからだろう、香澄は苦笑を浮かべたが、それでも響とは違う意味でエルの忠告を聞き入れるつもりにはなれないようだった。

 もっともエル自身も、偽りを止めるようにというよりは、考えがまとまらないままにとりとめなく言葉をこぼしたという気配だったが。

 

「わたしも――いつかまた、この村に来たいと思います。そのときには、わたしも香澄さんや、響さんに胸を張って言えるような、なにかを見つけていたいなって」

「……ああ」

「君の優しさも――それはそれで、大切なものだと思うけれどね。それならそれを、貫いてみせればいいさ」

 

 エルの言葉に、香澄と響が、それぞれにうなずいた。

 穏やかな風が、あたりを吹きすぎて、三人の髪を撫でていった。

 

 おのおのの、行く手を見つめて――かれらは再び、歩き出そうとしていた。




ハーメルンではほかになさそうな「原作」の小説におつきあいいただきありがとうございました!
エルと響はTRPGのほうのキャラクターでして、こちらの、エルは「オンセシリーズ」2話めから、響は「消えゆく者への祈り」に登場しています。時系列的にはエルは踊る人形と第二の血痕の間、響はセッション以前というイメージです。
それでは、またどこかで!
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