傭兵による暗殺教室 作:ヌルヌルnull
『柊さん、朝です。起床のお時間ですよ』
「……目覚ましは頼んでないんだが」
『確かに頼まれてはいませんが、この時間にアラームが設定されているのを確認したので折角ならと』
何が折角なのかわからないが、まぁいいか。律なりに気を利かしてくれた結果だろうし、ちゃんと起きられてるんだから咎めるようなことでもない。
「おはよう」
『はい、おはようございます。今日は初登校の日ですね。クラスの皆さんへの挨拶は考えていますか?』
「適当でいいだろ。名前が伝わればそれでいい」
『それでは皆さんに柊さんのことを知っていただけませんよ? おまかせください、私が柊さんの自己紹介をサポートしますから』
「保護者か」
どうせ今日の暗殺が成功すれば関わりのなくなる相手だ。律も、他の奴らも。
『あの、カメラを塞がないでいただけないでしょうか? 真っ暗で何も見えません』
「着替えるから塞いでるんだよ」
『私は気にしませんよ』
「ちょっとは気にしてください」
元が軍事用AIだからか、なんとかって奴にエロ本を学習させられたせいか、性に対して恥じらいとかがないんだよな。そもそもAIにそんなもの求めるなという話かもしれないが。
にしても制服か。こんなもの着る日が来るなんて思わなかったな。憧れなんてものは何もなかったけど、平和な生活とは程遠い俺なんかが着るのかと少し不思議な気持ちになる。
『柊さんは寝起きがいいんですね』
「んー、仕事してたら自然に鍛えられたな。仮眠して起きたらすぐ仕事とかざらにあったし。あと仮眠中に襲われそうになって即戦闘とか、頭をすぐに活性化させないといけない状況ばっかだったから」
『……私、柊さんのこと何も知らないんですね。人柄はある程度理解したつもりですが、これまでどんなことしてきたのかとか全く知りません。他の方のことを知ってもらおうとする前に、まずは私が柊さんのことを知ろうとするべきでした』
「真面目だなぁ」
まぁ確かに、これまでしてきた仕事のこととか教えておいた方が連携しやすいかもな。今日どこかで雑談がてら話してあげるか。
ネクタイに少し手間取りながらも着替え終えたので、スマホの上にかぶせていたタオルを外してあげる。こんなめんどくさいのを毎日着るなんて、学生って大変だな。
『着替え終えたんですね。視界が明るいです。……柊さんは初めての制服ですか? お似合いですよ』
「ん、ありがとう」
『試しにくるくる回ってみてください。ほら、記念ですから』
何が記念なのかわからないが、律の言われるがままにその場でくるくる回る。無視するとまた大音量アラームを鳴らしかねないからな。
『ありがとうございます! 保存させていただきました!』
「おい」
『初めての制服にウキウキの柊さん、殺せんせーにもお見せしましょう』
「やめろ。いたずらっ子か」
くそ、まんまと律に乗せられた。騙されたなんて俺のプライドに関わる。何か仕返しをしてやりたいが、今日使う道具の作成を律に依頼している以上、仕返しなんかして機嫌を損ねたら作戦がおじゃんだ。賢い律のことだ、ここまで計算してやっているのだろう。
『そういえば今日は1限目に体育があります。ジャージの準備は大丈夫ですか?』
「これ?」
『はい、それです。サイズが合っているか、念のために着て確認してはいかがでしょうか?』
「嫌」
『むぅ』
どうせ律が見たいだけだろうし。それ以前に着替えなおすのがめんどくさい。わざわざ制服を脱いで、もう1回着なおさないといけないのがとにかくめんどくさい。
「あざといことしてないで行くぞ」
『朝ご飯は食べないのですか? 朝ご飯を食べないとエネルギーが不足して作戦に影響が出る可能性があります』
「コンビニで買って食う」
『買い食いはダメだと以前片岡さんがおっしゃってましたよ?』
「片岡?」
『昨日ご紹介済みですよ? 柊さんは聞いていなかったのでしょうが』
「うん、聞いてなかった」
その片岡とやらが誰かは知らないが、そいつに怒られたところで痛くも痒くもないので律の忠告は無視することにする。武器をブンブン振りまわして追いかけてくるような怖い人だったらちょっと考える。
『たくさん買いましたね』
「昼飯も一緒に買ったからな」
おにぎりやパンが入ったビニール袋から1つの紙袋を取り出す。
『チキンですか。一番人気の商品、とHPには書かれています』
「これが美味いんだ」
揚げたてのアツアツのチキンを口いっぱいに頬張る。日本に来てから驚いた。コンビニの飯が美味い。噂には聞いたことがあったけど、想像以上に美味かった。しかも手軽に食べられる。しかも安い。なんて素晴らしい国なんだ、日本。
ガキの頃は日本にいたから食べたこと自体はあるんだろうが、全く記憶にない。昔の俺はこんなに美味しいものを毎日食べたりしていたのだろうか。
『……柊さんもこんなに楽しそうな表情するんですね』
「俺のことなんだと思ってるんだ」
『合理性の塊、私の性能にしか興味ないくらいに。それから感情がない、声に抑揚があまりありません』
「感情くらいあるわい」
まぁ言いたいことはわかるが。なるべく感情を表に出さないようにしてるし。特に戦闘中、他の傭兵どもが化け物すぎて感情を隠さざるを得ない。敵意や殺気を出そうものなら奇襲しようとしているのがバレるし、いつどこに攻撃を仕掛けようとしているのかまで察されてしまう。なんなんだあいつら、エスパーか何かかよ。
「……」
「……なんか見られてるんだけど」
チキンを食べながら律と喧嘩していたが、ふと顔を上げると少し遠くの女の子からじっと見られていることに気づいた。同じ制服を着ているから椚ヶ丘の学生か。あの黒髪ロング、どこかで見た気がするんだが……誰だろう。散歩している時に見かけたりしたのかな。
『神崎さんですね。そういえば今朝烏間先生から柊さんの写真が送られてきていました。それを見て、この買い食いをしている悪い子が柊さんだと認識したのではないでしょうか』
「……ああ、神崎さんね。神崎さん。もちろん覚えてたよ」
『忘れていたんですね……』
昨日唯一教えてもらったE組の生徒だ。Bカップの神崎さん。胸の話を忘れようと思ったら名前まで忘れてしまっていた。で、名前を聞いたら胸の話まで思い出してしまった。
「……」
「なぁ、まだ見られてるんだけど」
『折角なので挨拶してきてはいかがでしょうか。これから一緒に学ぶ仲間ですし、何より柊さん好みの方ですから』
「あー言ったな、そんなこと」
『ええ、言いました。私の容姿はちっとも褒めてくれないのに、神崎さんのことは美人だとおっしゃっていました』
「めんどくさいなお前……律のこともちゃんと褒めてるだろ、あざといって」
『あざといは褒め言葉ではない、とインターネットから学習しています』
「あのー……」
『あっ、神崎さん! おはようございます!』
「おはよう律さん」
やいのやいの言い合いをしていたら、気づけば神崎に近くまで接近されていた。
「えっと、この方が……」
「今日E組に転校する柊真白です。よろしく」
「E組の神崎有希子です。よろしくね」
神崎と軽く握手を交わす。ふむ、こうして間近で見るとマドンナと呼ばれるのが納得なくらい美人だ。
「よかった、ちゃんとしてそうな人で……」
『そんなに危なそうな人に見えましたか?』
「う、うん。だってずっと1人で話してたから、変な人なのかなぁって……」
「そりゃそうか。あの位置からだと律なんて見えないからな」
「それに律さんがスマホにいるなんて思ってなかった。あの大きな律さんしか知らないから」
「ん? 神崎のには律入ってないの?」
「入ってないよ?」
『はい! まだ柊さんの端末以外にはインストールされていません!』
なんで俺のにだけ……便利だからいいけど。
「一応気を付けておいた方がいいぞ。勝手にハッキングされてるから」
『ハッキングではありません、インストールです』
「……なんだか仲良しだね。知り合いだったの? 転校の時期も近いし」
「いや?」
『いえ、柊さんとは昨日が初対面でした。柊さんと転校時期が近いのはたまたまです』
「4月には防衛省から仕事の話をもらってたけど、仕事の都合でこんな時期になってしまった」
「……柊君って暗殺者なの?」
周りに配慮してか、耳打ちでそんなことを尋ねてくる。殺せんせーのことも暗殺のことも国家機密だったな。話すなら少なくともコンビニの前はやめた方がいいか。
「移動しながら話そうか」
「うん」
コンビニを離れ、E組の校舎がある山へ向かって歩く。隣の神崎がチラチラとこちらを見てくる。そこまで気になる話なのだろうか。
「結論から言うと、俺は暗殺者じゃない。傭兵だ」
「傭兵?」
「そう。知らない?」
「言葉は聞いたことあるけど、どんなことしてるかは……」
「そうだなぁ……一言で言うと何でも屋、かな。戦場やデモの鎮圧のために戦闘したり、要人警護したり、潜入調査したり、時には運び屋をやらされたり」
もちろん人によって依頼の方向性に偏りがあるが。俺は戦闘依頼が一番多くて、次点で潜入調査かな。運び屋なんてほぼやったことない。
『……インターネット上をくまなく調べた結果、最も強い傭兵としてクレイグ・ホウジョウという方がヒットしました』
「あぁ、ホウジョウな」
「ちょっと怖そう……知ってるの?」
「一度だけ戦場で……まぁ撤退戦だったけど」
2年くらい前だったか、任務を完了して戦場から撤退しようとしたその時に奴が現れた。突如戦場に現れ、あっという間にその場にいる人間を蹂躙し尽くした。
「そいつは化け物だ。正面切っての戦闘であいつに勝てる人間は存在しない」
そこら辺の雑兵を囮にして何とか逃げ切ったが、戦っていれば無事では済まなかっただろうな。
『柊さんがそう断言するほどですか……』
「烏間先生でも敵わないのかな」
「絶対無理。あの人も相当な手練れだと思うけど、そいつは次元が違う」
「そ、そうなんだ。すごいんだね、傭兵の人達」
「ああ、俺はそいつほど強くないからあんまり期待しないでくれよ」
神崎からほんの少しだけキラキラとした目を向けられ、俺への期待値が上がりすぎている気がしたので断りを入れておく。さすがにあんな化け物と同じと思われては困る。
「こと暗殺という観点では俺より神崎の方がすごいんじゃないか。烏間先生から訓練受けてるんだろ? 俺は暗殺は専門外だし」
「ううん、私なんてまだまだだよ。ナイフは烏間先生に当てられそうにないし、射撃も狙ったところに当たらないし……」
あの人も軍人だからな、素人が攻撃を当てられるほど甘くない。射撃も同様、どんな状況、どんな姿勢でも狙ったところに当てられるように反復練習することが大事なんだ。
「柊君は得意?」
「射撃はね。狙撃は苦手だけど、近~中距離での射撃戦なら負けない。どんな状況、どんな姿勢でも絶対ターゲットを殺せる」
ナイフはあんまりかな……刀くらい長い獲物ならもっとうまく扱えるのだが、ナイフはどうもな……投げナイフは得意だけど。
「すごい自信……今日は射撃訓練だから、柊君に教えてもらいたいな」
「いいよ。気が向いたら」
『柊さんは本当に気が向かないと教えてくれませんよ。そういう人ですから』
「正解」
「ふふっ、ありがとう。気が向いたら教えてね」
神崎がどの程度の射撃の腕なのか知らないが、教えて鍛えたところで即戦力にはならないだろうし、本当に気が向いたらだ。そもそも今日殺せんせーを殺せば射撃を学ぶ意味なんてなくなるし。
「おやおや、昨日は律さん、今日は神崎さんですか。両手に花ですねぇ」
山を登りきると、校庭で殺せんせーが待っていた。顔をピンクに染めて。感情によって文字通り顔色が変わると律が言っていたが、これはどんな感情なのだろうか。なんとなく、なんとなくだがろくでもない感情な気がする。
「おはようございます、殺せんせー」
『おはようございます!』
「はい、おはようございます、神崎さん、律さん、柊さん」
「神崎とは道で会いました」
「ほうほう、道で……なんとも運命的な出会いですねぇ、ヌルフフフフフ」
「……なぁ、あのピンクの顔ってどういう意味?」
「あれは……その、え、えっちな本読んでる時とか……」
「あーわかった。もう大丈夫、それ以上は言わなくていい」
やっぱりろくでもないじゃねぇか、このエロダコが。生徒の前でエロ本読むなよ。律にエロ本を教えたなんちゃらって奴も読んでるっぽいし、このクラスはどうなってんだ。
あとなんかメモ取ってるけど、生徒の恋愛事情メモってるのか? 律があんなに恋愛に興味津々っぽいのは殺せんせーの影響もあるのか? というかメモってどうするつもりだ。
「殺せんせー、今日の放課後時間ください」
「にゅ?」
「殺します、今日」
「初日から殺しに来てくれるとは、先生嬉しいです。ですがそう簡単に殺されるつもりはありませんよ」
緑の縞々模様の顔、こちらをナメている時の、余裕があるときの表情だ。まずはこの余裕を奪わなければならない。
「ええ、知ってます。でも殺せますよ。俺と律なら」
ホルスターから銃を抜き、触手めがけて1発放つ。
「にゅや!?」
「え、うそ……」
たった1発の弾丸が触手を打ち抜き、本体と触手を切り離す。マッハ20の殺せんせーが動くよりも早く。殺せんせーが飛びのいた時にはすでに触手の再生が始まっていた。
得意の早撃ち。ホルスターから銃を抜き、銃弾を放つまで、もっとも調子が良かった時の記録は0.1秒。毎回そんな速度を出せるわけないが、それでも早撃ちに関しては世界一の自信がある。しかも俺はそれをノーモーションで繰り出せる。殺せんせーにも有効なようだ。
「ふむ、本当に効くんだなこの弾」
『映像では見ていましたが、実際に目にすると本当に早いです』
「すごい……初めての暗殺で、正面から殺せんせーに当てられた人なんていないのに……」
『はい、私の時も2回目の攻撃でしたから』
「最高速は早いですが、初速、反応速度は大したことないですね、殺せんせー」
「にゅぅ……少しナメていたのもありますが、想像以上の早業でした。君への警戒レベルを上げないといけませんね……」
「授業中は撃たないので安心して授業してください。授業の邪魔はしないって契約ですからね。それでは」
冷や汗を流す殺せんせーを横目に教室へと向かう。あの体でも冷や汗とかかくんだな。
「……あっ、待って」
「ん」
「いきなりのことだからびっくりしちゃった。どうやったの?」
「特別なことは何もしてない。ただの早撃ち」
『先程の射撃、ホルスターから銃を抜いて撃つまで、およそ0.23秒でした。神業といってよい領域だと思います』
「早いね……何かコツとかあったりするの?」
「んー、ホルスターの形状とかはあるけど、基本的には反復練習で身に着けるものだ。ホルスターから抜く動作、そこから照準を合わせて撃つ動作、これを何度も何度も何度も繰り返して体に叩き込む」
「そっか、血のにじむような努力をしてきたんだね。私も練習して、柊君ほどじゃなくても早撃ちできるようになりたいな」
「いいんじゃない、でもその前に命中精度を上げる訓練をした方がいいぞ。早く撃てたところで当たらなきゃ意味ないから」
「うん、もちろんそっちも頑張るよ。だから気が向いたら教えてね」
本当はどんな姿勢でも、例えば走り回りながらでも早撃ちで命中させられるようにも訓練すべきなんだが。フラットな姿勢でしかできないとなると実践では使えない。だが発展的な内容だし、今は言わなくてもいいか。
のび太君と同じ速度の早撃ちです。