傭兵による暗殺教室 作:ヌルヌルnull
「律、例の物ちょうだい」
『はい、少々お待ちください……お待たせしました、こちらです』
「ん、助かる」
教室に入り、律本体から昨日作成を依頼した道具一式が入った袋を受け取る。教室には律の本体以外誰もいなかった。俺と神崎が一番乗りのようだ。
「柊君、それ何? 何かがいっぱい入ってるみたいだけど」
「殺せんせーを殺すのに使う道具」
「見てもいい?」
「んー、ダメ」
『もし殺せんせーに見られたら作戦の成功率に影響があるかもしれません』
「あ、そっか。そうだよね。ごめんね」
律の言ったことももちろんあるが、あまり仕事道具を人に触られたくないという感情的な部分の方が大きい。
『それにしても、あの神業のような早撃ち、このタイミングで殺せんせーに見せてもよかったのですか?』
「私も気になってた。本番まで隠してなくてよかったの?」
「いいの。あの技は囮みたいなもんだから」
「え、っと……?」
「あの技は相手にとって相当な脅威だ。いつどんな状況でもあの速さで、どんな場所にでも正確に打ち抜けるからだ。こんな風に」
机に腰かけたまま、ホルスターから銃を抜き目の前の神崎へと向ける。もちろん撃ちはしない。
「っ」
「机に腰かけた姿勢でも関係ない。座ってようが立ってようが走り回っていようが相手を撃ち抜ける」
『柊さん……人に銃を向けてはいけませんよ』
「ちょっとびっくりしちゃった……」
「撃つ気はないから大丈夫」
『そういう問題ではありません』
「……話を続けるぞ。今見せたようにいつでも繰り出せるから、相手はそれを警戒しながら戦闘しないといけない。次に俺は何を仕掛けてくるのか……手に持った武器で襲ってくるのか、それとも早撃ちで仕留めにくるのか、常に攻撃の選択肢になり続ける。それだけで相手の思考リソースを何割か奪える。強力な技はその存在自体が脅威になる」
「なるほど……あえて必殺技ゲージを残しておいて、いつでも打てるからねって相手に意識させるのと同じ感じなのかな?」
「ふむ、わからん」
「柊君はゲームしたことある?」
「ない」
そういえば神崎はゲーム好きって律が言ってた気がするな。
『柊さんの言いたいことは理解しました。ですが殺せんせーに有効でしょうか? 私ほどではないと思いますが、殺せんせーは非常に高い計算能力を持っています』
「ああ、だから律にこれを用意してもらったんだろ。これで殺せんせーの情報処理に負荷をかける」
『……なるほど、理解しました。相手の計算能力が高いなら情報量を増やして負荷をかける。そして殺せんせーは
「そういうこと」
やはり律は賢い。パートナーとして選んで正解だった。お互いがお互いの意図を理解し、最適な行動を計算する。律とならば完璧に近いコンビネーションを繰り出せるだろう。
そして正面の神崎は少しぽかんとした表情をしている。作戦の中身も何も知らないのだ、理解できなくて当然だろう。
「……教えてくれないの?」
「もちろん」
「柊君のいじわる……」
「放課後にはわかるんだ。それでいいだろ。じゃ、そういうことで」
不満そうにする神崎を横目に教室を後にする。すると何故か神崎もついてきた。そこまでして聞き出したいのか?
「どこに行くの?」
「あそこ。えっと、あそこ……」
『職員室』
「そう、職員室。始業まで職員室で待機って烏間先生に言われてるから」
「そうなんだ。私も一緒にいていい?」
「いいけど、作戦のことは教えないぞ」
「大丈夫。柊君ともっとお話ししたいなって」
よくわからんな。別に面白い話なんてできないのに、物好きな人間もいるもんだ。……なんて思っていると背後で突風が吹いた。そしてヌルヌルした笑い声とともにスラスラとペンを走らせる音が聞こえる。
「なんですか、殺せんせー。またメモしてるんですか?」
「もちろんです。先生、3学期までに生徒全員のノンフィクション恋愛小説を出す予定ですから。投稿初日から両手に花の柊君を見逃すわけないじゃないですか。ヌルフフフ」
くだらないし下世話だ。生徒全員から怒られろ。右手をホルスターに近づけると、殺せんせーは慌てたように後ろに飛びのく。先程の余裕とは打って変わって冷や汗ダラダラだ。おもしろいなこのタコ。
「さっきの話ってこういうこと?」
「そう。ちょっと手を動かしただけであんなにビビる殺せんせー面白いだろ?」
『強力な技はその存在自体が脅威、その言葉の意味を殺せんせーを見て理解しました』
「ちょっと! 先生で遊ばないでください! 柊君の腕前にビビっていることは認めますが!」
殺せんせーが何か負け惜しみを言っているがガン無視する。反応するのがめんどくさい。
『お二人のあることないことが書かれてしまっていますが、放っておいてよいのですか?』
「いいんじゃない? 殺せば関係ないし」
「私はちょっと恥ずかしいかな……」
「あと俺と神崎のことだけじゃなくて律のこともあることないこと書かれてるぞ」
『そうなのですか?』
画面の中の律はきょとんとした表情をし、隣を歩く神崎は少し頬を赤らめている。後ろからはヌルヌルした笑い声。懲りないなぁ……他人の恋愛なんかどうでもよくないか? 律はおそらく知識欲から来るものなのだろうが、殺せんせーの興味の源泉はなんだろう。ただ単に下世話なだけか?
「……柊君に神崎さん、律か。おはよう」
「おはようございます」
『おはようございます!』
職員室に入ると烏間先生がデスクワークをしていた。防衛省の方の対応だろうか。
それからもう1人、綺麗な金髪をしたナイスバディな女性。初めて見るな。生徒という感じではない。そもそも制服じゃないし。この人も教師か?
「あんたがヒイラギね。カラスマから話は聞いてるわ」
「律、この人誰?」
『もちろん昨日ご紹介済みです。もはや柊さんが覚えてるなんて微塵も期待していませんが!』
「リツってば、やけにあんたに対して辛辣じゃない……? まぁいいわ。イリーナ・イェラビッチよ。ここで英語の教師をやっているわ」
イェラビッチ先生から手を差し出される。普段なら同じく手を差し出して握手を交わすのだが、なんだか嫌な予感がする。殺気は感じない。敵意も感じない。けど何か嫌な予感がする。本能が警告を鳴らしている。
「……柊真白です。よろしくお願いします、イェラビッチ先生」
「あら? 握手はしてくれないのかしら」
「なんか嫌な予感がするので」
『賢明です。ビッチ先生に近づくとディープキスされてしまいますから。気絶するくらいのキスだと皆さんから伺っています』
「……柊君?」
嫌な予感の正体がわかり、さささっと神崎の後ろに隠れる。隠れないとまずいと本能がアラートを鳴らしまくっている。気絶なんて戦場だと死と同じだ。警戒レベルマックスだ。
「ちょっとリツ! 柊に変なこと吹き込まないでちょうだい!」
『変なことではなく事実なのではないでしょうか? 授業の際もいつも誰かにキスをしていますし』
「俺、イェラビッチ先生……いや、ビッチ先生より神崎みたいな清楚な人の方が好きです」
「ひ、柊君……?」
ビッチ先生がこちらに近づいてくるが、神崎を盾にしてキスの間合いには近づけさせない。女の子を盾にするなんてみっともない行為だが、今この場で盾にできそうなのは神崎しかいないから仕方がない。許してくれ。
「ね、何もしないから、ね? それにビッチ先生じゃなくてイリーナ先生って読んでくれてもいいのよ?」
「ビッチ先生……」
「あの、柊君もこんな感じなので……」
「イリーナ、その辺にしておけ」
「……ちっ、しょうがないわね。まぁ授業の時にもチャンスはあるしね」
なぜここまでキスをしたがるのか謎だが、神崎と烏間先生の助け舟でなんとか助かった。ほっと一息つきながら空いている椅子に腰を下ろす。
『神崎さん? 少し顔が赤いように見えますが、風邪ですか?』
「えっ、あ、うーん……」
「ヌルフフフ、『神崎みたいな清楚な人の方が好き』という言葉にドキドキしてしまっているんですね? 青春ですねぇ」
「ひゃっ、殺せんせー!? いつから聞いてたんですか!?」
「もちろん、皆さんが職員室に入った瞬間からですよ」
「まぁずっと後ろをつけてきてたし」
神崎は顔を真っ赤に染め上げ、ギギギという音を立てながらこちらに顔を向ける。機械かな?
「別に嘘は言ってないぞ。同じ美人でもビッチよりは清楚な方が好き」
「うぅ……」
その言葉を聞いた神崎は手で顔を覆い、撃沈してしまった。律曰く鈍感らしいし、好意をぶつけられるのに慣れていないのだろうか。殺せんせーはニヤニヤと笑い、ビッチ先生はやれやれという風にため息をつく。
「あんた、女に刺されないようにしなさいよ? 女の執念は怖いわよ」
「大丈夫です。簡単に刺されるほど甘い警戒はしてないので」
この後始業まで神崎はずっと顔を真っ赤にして、時折こちらの顔を覗いてくるが会話に応じてくれない。時折殺せんせーが煽るから状況が改善しなかった。律も教室でクラスメイトと話してくるといって会話に応じてくれなかった。
暇なのでビッチ先生と自己紹介と雑談をしていたが、一流の殺し屋であることが実績からもわかった。悪意も敵意も感じさせず接近する技術、それに加えてこれだけの美貌があれば潜入暗殺に向いているだろう。ビッチだけど。
「今日は皆さんにお知らせがあります。事前に烏間先生からも話があったかと思いますが、今日から転校生が来ます」
教室の外から殺せんせーが朝会――ホームルームと呼ぶんだったか――をする様子を眺める。エロタコだけどちゃんと教師してるんだなと謎の感動を覚える。エロダコだけど。
教室内がガヤガヤと盛り上がっている。学校に行ったことがないから知らないのだが、転校生が来るってのはこんなに盛り上がるイベントなのだろうか。
「烏間先生、転校生紹介ってこんな盛り上がるもんなんですか」
「ああ。彼らは暗殺者だが、同時に中学生だからな。学生らしいイベントに心を躍らせているのだろう。それに律が転校生暗殺者だったように、君も暗殺者なのだろうという期待もあるだろうな」
「ふむ」
「柊君、入ってきてください」
殺せんせーに入室を促され、烏間先生も行ってこいとばかりに頷いたため、ゆっくりと教室に足を踏み入れる。教室に入ると生徒からの期待の視線が突き刺さる。27人、か。こうして見ると結構な人数だな。殺せんせーがここで教師をやる目的は知らないが、27人もの人間に常に暗殺のチャンスがあるとは、防衛省の人間にとっては幸運なことだろう。
「柊真白です。よろしく」
「「「「「……ちゃんと人間だ」」」」」
「人間です」
直前の転校生が律だったからか、人間であることに驚かれてしまった。アレの後だとそうなるのも仕方がないか。当の本人は画面を真っ暗にしたまま何も反応を示さない。
「柊君、自己紹介をお願いします」
「柊真白です。人間です」
「にゅぅ、もっと何か特技とか趣味とか……」
えー、めんどくさいなぁ。適当に済ませたいんだが。うーむ……。
「しいて趣味を挙げるなら映画鑑賞? アクション映画なんか割と好き。あとはお涙頂戴のやっすい感動ものとか、鼻で笑えるから好き」
「ほうほう、少し意外な趣味ですね。特技は異性を口説くことですか?」
「違います。人聞きの悪いことを言わないでください。蜂の巣にするぞ」
風評被害だろ。律がスマホをブルブル振動させてくるし、神崎は少し顔を赤らめて俯いてるし。勘弁してくれ。
「はぁ、こんなもんでいいですか?」
「はい、大丈夫です。皆さん、柊君と仲良くしてあげてくださいね。柊君に聞きたいことが山ほどあると思いますが、1限目の体育には遅れないようにしてくださいね」
「「「「「はーい」」」」」
「柊君の席はあの席です。律さんの隣ですね」
『はい、律のお隣です!』
律の隣か。教室ではめんどくさい絡みはしてこないだろうし、平穏に過ごせそうか。関心の目を向けられながら、席までの道を歩く。
『柊さん、よろしくお願いします』
「ああ」
「それではホームルームは以上です。先程も言いましたが1限目の体育に遅れないようにしてください」
その言葉を残して、殺せんせーは教室を後にする。一瞬教室は静寂に包まれるが、すぐにドタバタとこちらに駆け寄ってくる音が響く。めんどくさいなぁ。
「俺岡島! さっきの口説くのが得意って話ってマジ!? コツとか教えてくれ!」
「今度一緒にちゃんねーを落としにいかね? あ、俺は前原。よろしくな」
「マジじゃないしコツなんて知らないし行かない」
再度律がブルブルとスマホを振動させてくるが無視する。あと岡島って名前どっかで聞いたことある気が……。
「前はどこの学校にいたの?」
「秘密」
「柊君って暗殺者?」
「違う」
「えーうそー?」
「ほんと」
「えっと、身長僕と同じくらい……?」
「誰がチビだ、このチビ助」
「チビとは言ってないよ! あと僕をチビ扱いしないでよ!」
「ジャンプ派? マガジン派? サンデー派?」
「んー……?」
『日本の漫画雑誌です』
「ふーん、どれも読んだことない」
「じゃあアニメは? 今期は『俺の妹が突然広島ファンになったのは彼氏の影響に違いない件について』がおすすめだけど」
「妹が……なんだって? 長くて1回じゃ覚えられん。あとアニメは見ない」
「巨乳派? 貧乳派? いでっ!?」
「岡島君の戯言は無視していいからね。私は片岡メグ。学級委員だから、困ったことがあれば教えてね」
「がっきゅういいん……」
「私、倉橋陽菜乃! よろしく、ひー君」
「ひーくん……?」
「
予想以上にがっつかれるし、知らない単語が飛び交うし、勝手にあだ名付けられるし、なんか少し疲れる。たかだか1人の人間にここまで興味を持てるもんか?
「おーい、そろそろ準備しないと遅れるぞー」
謎の優男の一声で、俺の机を取り囲んでいた奴らがぞろぞろとどこかに移動し始める。体育のために着替えに行ったのか。
「あはは、悪いな。転校生に皆テンション上がっちゃったみたいでさ」
「いや、大丈夫」
「俺は磯貝悠馬。片岡と同じく学級委員やってるんだ。よろしくな、柊」
「ああ、よろしく」
磯貝と握手を交わす。こいつはいいやつそうだ。
「よしっ、じゃあ柊も行くぞ。早くしないと烏間先生に怒られるからな」
「ああ」
磯貝に更衣室まで案内してもらう。着替え中また律が覗こうとしてきたためカメラを塞いだ。
4話にしてようやくホームルームです。なんと遅い進行なのでしょう。
あと今更情報ですが、主人公の身長は160cmです。特に理由はないです。