傭兵による暗殺教室 作:ヌルヌルnull
カラン――
コインが床に落ちる。と同時に殺せんせーの姿が消える。早撃ちを警戒して俺の視界から最速で脱出したのだろう。想定通りの動きだ。懐から手榴弾を4つ取り出し、後ろに放り投げる。振り返らずともそこにいるのはわかっている。
「くっ!」
背後で手榴弾が炸裂する。火薬で大量の対先生BB弾を拡散させるお手製の手榴弾だ。初撃として使うこれは火薬とBB弾の量は減らしている。故に爆発の被害が律に及ぶことはない。
殺せんせーにはこの程度の威力なんだと認識させ、威力を上げた本命の手榴弾の効果を高める。いわばこれは見せ球のようなのような役割だ。
今頃拡散したBB弾が教室の後ろ半分を覆いつくしているだろう。こちらにも飛んできてちょっと痛い。これで殺せたとは思わない。脱皮をここで消費させられればラッキー程度だ。
「ふぅ、危ないところでした」
「……液状化、か」
『ドロドロですね』
「はい。お二人にお見せするのは初めてでしたね」
背後には殺せんせーの衣服が落ちているのみ。代わりに教卓の中からドロドロになった殺せんせーが出てくる。なるほど、これが液状化か。通常形態と比べて非常に小さいサイズ。そして液状故に、今のように教卓の中に逃げ込むことも可能。おそらくだがスピードも通常形態と同様だろう。うむ、これは厄介だ。
「敵意も殺気も隠した、非常に自然な投擲でした。寺坂君と渚君の暗殺を経験していなければ、反応が遅れて今のでやられていたかもしれませんね」
「……わざわざ脱いだ服を着るんですね」
「ええ、これ以外に服を持っていませんので……」
一度脱いだ服に潜り込み、通常形態に戻る。先程の爆発で服の一部が焦げているが、そこは気にしないらしい。初撃では何もダメージを与えられなかった。だが問題ない。もともと脱皮を使わせられればラッキー程度の攻撃なのだ。
「プランに変更はなしだ。このままいくぞ」
『了解です。ターゲットは殺せんせー、攻撃に移行します』
律が殺せんせーに銃口を向ける。昨日俺が見惚れたものと同じく濃密な弾幕だ。だが昨日と違い、今日の律の弾幕は殺せんせーの動きを制限するための弾幕だ。逃げ道を塞ぎ、誘導する。弾幕と殺せんせーの癖から回避ルートを計算し、殺せんせーの移動先にショットガンを放つ。
「濃密な弾幕ですが、先生のスピードなら逃げ道はたくさんあります」
だが、ショットガンの弾が殺せんせーに届くよりも前に、上に飛ぶことで弾幕から逃れ、反対側に回り込まれる。
律の弾幕は問題ない。むしろ最高だ。俺の計算通りに殺せんせーは逃げてきた。しかし俺の読みが律についていけていない。律と同じビジョンを導き出すまでに時間がかかりすぎている。もっと早く計算しなければビジョンがズレる。そうなれば弾が届く前に躱されてしまう。
『柊さん』
「悪い。すぐ追いつく」
『はい、待っています』
律に追いつくために必要な条件、それは殺せんせーの動きに慣れること。だが今のままでは厳しい。律のハイスピードカメラならともかく、俺の目では初動以外は動きを捉えきれない。動きを追えなければ慣れるもクソもない。
どうにかして殺せんせーのスピードを下げる必要がある。そのためにこれを用意したのだ。懐から棒状の装置を取り出し、起動させる。すると装置の両端からワイヤーが飛び出し、壁に張り付いて固定される。
「なるほど、ワイヤー……対先生物質が練り込まれていそうですねぇ」
「さあ、どうでしょうか」
律に用意してもらった秘密兵器、ボタン1つでオンオフできるワイヤーだ。殺せんせーの推察通り、ワイヤー自体には対先生物質を練り込んである。1本張ったでは足りない。律が作り出す弾幕を身に受けながら教室全体にワイヤー張って、殺せんせーの動きを阻害するワイヤー陣を作り上げる。
本当は壁に突き刺して固定するタイプにしたかったのだが、壁に穴が開くからダメだと律に怒られてしまい、吸盤で張り付けるタイプになった。殺せんせーのマッハの風圧に耐えるだけの強度はあるが、ワイヤーを利用した立体軌道をするには強度が足りない。不満ではあるのだが、この条件を飲まないと律が作ってくれそうもなかったのでしぶしぶである。
「それに随分とカラフルで……少し目が痛いです」
ワイヤーには大きく分けて2種類の彩色を施してある。1つ目が赤や青などの目立つ色。2つ目が教室の木材や黒板と同じ、風景と同化する色。この2種類のワイヤーを組み合わせて陣を組み上げる。
目立つ色のワイヤーは規則性なく、ランダムで配置する。さらには同じ色でも濃い色から薄い色までバリエーション豊富に用意している。目立つ色故に自然と意識してしまう。少し注視すれば色の濃度にも差があることも気づくだろう。色の意味、その配置の意図、殺せんせーに考えさせて脳のリソースを奪う。考えないように意識しないよう努めても、それはそれでリソースを消費する。意識しないよう努めるのも意識するのと同じだ。
そして意識から抜け落ちた、風景と同化した2種類目のワイヤーが活きる。ワイヤーに引っかかって動きを止められれば、その瞬間蜂の巣にしてこちらの勝ち。……が、そううまくいかないようだ。2種類目のワイヤーに気づいた瞬間、急停止して方向転換することで回避している。急停止できるよう全体的に移動スピードを落としているのだろう。
「先生の動きを封じたつもりかもしれませんが、まだまだ甘いです。こんなに大きな隙間があれば簡単にすり抜けられてしまいます。このようにヌルヌルと。ヌルヌルヌルヌルヌル」
『ヌルヌルうるさいです、殺せんせー』
殺せんせーの言う通り、ワイヤー間の隙間は殺せんせーが通り抜けるには十分すぎる大きさだ。これでは殺せんせーの動きを封じ込めることはできない。だが問題ない。このワイヤー陣の狙いはすでに達成している。
2種類目のワイヤーを躱すため、そして入り組んだワイヤー間をすり抜けるために殺せんせーはスピードを落としている。複雑に入り組んだワイヤー陣の間をすり抜けるためには何度も方向転換しなければならない。何の制限のない空間ならともかく、何度も何度も方向転換をしなければならないこのワイヤー陣の中では最高速度を出すことはできない。故に速度を落とさざるを得ない。
殺せんせーが最も警戒していたであろう早撃ち、この暗殺の中では今の今まであえて使ってこなかった。一番効果的なこの瞬間に使うために。先程までの殺せんせーは超高速で動き回っており、銃弾を当てるなんてできなかった。だが、今殺せんせーは速度を落としている。その動きを常に補足できるほどに。そしてワイヤーと律の弾幕を躱すことに脳のリソースを使っており、俺からの攻撃への注意力が落ちる頃。
「ぐっ! これはまずい……っ!」
放った弾丸は3発。1発目は殺せんせーに気づかれる直前に触手に命中。触手が吹き飛んだことで回避の動きを取られるが、動き始めるよりも先に2発目が命中。だが殺せんせーの回避が間に合い、3発目は空を切る。
「ふぅ……ほんの少し、柊君の攻撃が意識から抜け落ちました。柊君はその隙を逃さなかった……素晴らしい攻撃でしたね。柊君のことは十分評価しているつもりでした。ですがまだまだ甘かったようです。ここまでの戦術レベルだとは思っていませんでした。そしてまだ底が見えない。律さんとの連携も段々精度が上がっている……ヌルフフフ、暗殺され甲斐がありますねぇ」
「どうも。……絶好のタイミングだった。のに躱された。想定以上に反応速度も速いですね」
本来であればショットガンで追撃し、脱皮を使わせるつもりだった。だが追撃の可能性に気づいたのか、3発目を躱すと同時に死角に回り込まれ、撃つことすらできなかった。
「いえいえ、先生の反応もギリギリでしたよ。柊君からは敵意も殺気も何一つ感じ取れない。それどころか何の感情も感じない。だから攻撃の予兆が非常に分かりにくい。避けるのも一苦労です」
「ショットガンは撃つことすらさせてくれませんでしたけどね」
「ほとんど直感です。柊君ならまだ何か仕掛けてくるだろうと思い、ただひたすら死角に逃げ込んだだけですよ」
『ですが触手2本、十分なダメージではないでしょうか』
「再生するしダメージの蓄積に意味があるかわからないけどな」
経過時間はおよそ3分くらいか。問題ない、想定通りの進行だ。まだまだここからだ。
ワイヤー陣を作り、殺せんせーの速度を低下させ、その動きを目で追えるようになった。俺にとってはこれでようやくスタートラインだ。怪物2人に追いつくためのスタートライン、2人の背中はまだはるか遠くにある。脳をフル稼働させろ。2人に追いつくために。
「律、まだ行けるな」
『もちろんです』
* * *
「律、お前は明日俺の動きに合わせる必要はない。律が計算した理想通りに動けばいい。俺も自分の理想に従って動く」
いきなり何を言い出すのだろうか。初対面でいきなり告白紛いのことをされたり、明日には作戦を実行すると言い出したり、ちゃんと説明があれば理解できるのだが、どうも一言目は言葉足らずな傾向がある。
『ですがそれでは動きが合いません。お互いの個人技をただぶつけるだけでは殺せんせーは殺せません』
「俺とお前は似たタイプだ。直感やなんとなくでは戦わない。目の前の情報をもとに最も合理的な行動を計算して動くタイプ」
『はい、その通りです』
「俺らは同じ場所で同じ相手と戦うわけだが、それはつまり2人とも全く同じ情報を得られるということだ」
『……話が見えません』
戦闘経験があまりなく、柊との付き合いもまだ短い律にとっては、今の話は複雑難解だ。律の頭脳をもってしても結論が見えないあたり、想像をはるかに超えたとんでもない……あるいはろくでもないアイディアなのだろう。
「数学ってさ、全く同じ情報を使って全く同じ計算をすれば絶対同じ答えが出てくるだろ。それと同じだ。戦闘においても同じ情報を合理性という軸に基づいて同じように計算すれば同じビジョンを導き出せる。俺と律がそれぞれ自分の思う理想通りに行動したとしても、ビジョンを共有してお互いの理想を完全に一致させれば、声掛けなんかしなくても連携できるとは思わないか」
『……お互いの動きを予想して動く、ということですか?』
「んー、まぁそれの超発展版かな。お互いの動きだけじゃなく戦場全体を予測する。周りの人間は今何をしているか、何を考えているか、何をしたいと思っているか……戦場からありとあらゆる情報を拾い集め、周りの人間は次どう動くか、その上で自分は何をすべきか、互いに予測する。そしてこの予測結果が完全に一致すれば、誰も俺達に追いつけない、最速で最高の連携ができると思わないか」
本当になんてことを言い出すのか。理屈は理解できる。だが到底実現性があるとは思えない。最新の技術を使って生み出された律と人間の柊の間では計算能力に圧倒的な差がある。柊がそれを理解できないような人間でないことは知っている。無謀なことを言い出す人間でもない。故に律は理解できない。
『柊さんが非常に高い計算能力を持った方であることは理解しています。ですが私の計算能力には遠く及びません。柊さんのことを下に見ているわけではありませんが、何の声かけやサインもなしに同じビジョンを共有できるとは思えません』
「かもな。少なくともいきなりうまくいくなんてことはないだろうな。俺が律のビジョンに追いつくまでに少し時間がかかるだろう。……だがもしビジョンを共有出来たら殺せんせーを殺せる。そう思わないか?」
柊は感情がほとんど表に出さない。それは傭兵として仕事をこなす中で、敵意や殺気を隠すために身につけたものだ。そんな柊が出会ったばかりの律でも分かるほど自信を顔に出すのは非常に珍しい。本当にわずかに表情に出ている程度だが。
「律の言う通り、計算能力ではお前には勝てない。だが俺には膨大な戦闘経験がある。足りない計算能力は経験で補う。それに加えて、殺せんせーの動きに慣れれば予測精度もスピードも上げられる。これじゃ足りないか?」
『……柊さんの実力は私にとってまだまだ未知数です。これまでの柊さんを知らないので、どのような戦闘経験を積んできたのかも分かりません。ですが柊さんのことを信じてみようと思います』
「決まりだな」
『ですが最低限の方針だけ決めておきましょう。私は回避ルートの封鎖や誘導に徹し、柊さんが殺せんせーを仕留める役割を担う。これがもっとも合理的だということはお互い認識が一致しているはずです』
「ああ、それでいい。それで行こう。だが状況によっては律が仕留めにかかった方がいいパターンも出てくるかもしれない。基本はその方針通りに動くが絶対のものじゃない。こだわりすぎるなよ」
『はい、わかっています。もしも計算した理想がその方針から外れてしまうものだったとしてもその理想通りに動きます。その時はきっと柊さんも同じ理想を思い描いているはずですから』
律にインストールされた協調のためのアプリケーション。誰かと協調して暗殺する時のシミュレーションを行う演算ソフトだが、そのソフトでは律の性能をおよそ60%程度に抑えてシミュレーションを行っている。理由はただ1つ。律が100%の性能を出した場合、現時点のE組では誰も律の射撃についてこれず律のワンマンプレー、あるいは何の連携もとれていない射撃になってしまい、むしろ暗殺成功率が下がってしまうからだ。
そのことに何も不満はない。100%の実力を発揮すること自体は目的ではない。そして律単独よりもクラスメイトと協調して暗殺に臨んだ方がはるかに暗殺成功率が高いことを知っている。クラスメイトに、そして殺せんせーに教えてもらったから。殺せんせーを殺せるのであれば喜んでサポート役にも徹する。
だがもし、もしも律がその性能を100%と発揮した上で誰かと協調することができたのなら――自分の想像を超えた進化の可能性を見せてくれた柊に感謝するとともに、早く作戦決行の時間が来ないものかと胸を躍らせる。
1話で暗殺を終わらせるつもりでしたが、想像以上に長くなりそうだったので分割をば。