きみがいるところ   作:バーベナ/Verbena

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遠い夕暮れ

 

 「今日この後予定とかあるの?」

 同級生のネオは長い銀髪を垂らし、自分に向かってそう言った。ホームルームは終わり、各々の生徒はそれぞれ教室から出ていく。

 「いや、特に予定はないけれど」

 自分はネオに向かってそう言った。彼女の長い銀髪が窓辺から吹く風で揺れる。

 「じゃあ、ちょっと音楽室に寄ってもいい?」とネオは言った。

 「音楽室?」と自分は言った。「どうして?」

 「忘れ物しちゃったから。」と彼女は言った。「いつもバンドの練習で使わせてもらってるから、先生に言ったら鍵渡してくれると思う。」

 「わかった。じゃあ帰る前に寄ろうか」

 自分がそう言うと、ネオはほほえんで、スクールバッグを肩に掛けた。

 「うん、一緒に行こう。」

 

 

 「おい、一緒に帰ろう」

 自分とネオが職員室にむかって廊下を歩いていると、別のクラスの友人が声をかけてきた。

 「ごめん、ちょっと用があって」と自分は友達に向けて手を合わせた。

 「なんかあるの?」と友人は不思議そうな表情をしていたが、自分の横にいるネオの存在に気が付くと、自分の肩を軽くたたいて、向こうの方へ行ってしまった。

 それから急に周りの目が気になるようになってしまった。自分たちが周りから浮いている存在である気がしたから。

 「大丈夫」とネオは言った。「別に気にしてないから」

 ネオは特に表情を変えずに、ただ廊下を歩いている。

 

 職員室についた。ネオはクラスと氏名を名乗って、中に入った。

 自分は壁の前でたたずんで、目の前にあるポスターをぼんやりと眺めていた。防災のポスターだ。一人の女の子が映っている。髪の長い、女の子のイラスト。何の作品のキャラクターだろう?印象的な大きな目、制服、長い黒髪──長い銀の髪。青い瞳──

 「受け取ってきた」とネオが扉からでてきて、自分に声をかけた。

 「ああ」と自分。「いこう」

 

 

 ネオに鍵を開けてもらい、自分たちは音楽室に入った。黄昏時だからか、いつもの音楽室とは一風変わって、今はどこか幻想的な雰囲気が感じられる。

 「あった。」とネオはいって、楽譜を持ち上げてこちらに見せる。

 「バンドのやつ?」と自分。

 「うん」とネオはいった。「文化祭でやるやつ」

 楽譜には緻密にメモが書き加えられている。

 「家帰って読み込まないと」

 ネオはじっと楽譜を見つめている。

 「そういえば、ネオは自分で楽器とか書いたりしないの?」

 自分はなんとなく気になって、ネオにそう聞いた。彼女はバンドでは楽器を演奏せず、ボーカルだけを担当している。

 「少しピアノは弾ける。」とネオはいった。「ちょっと弾いてみようかな」

 そういってネオは音楽室においてあるピアノに近づいた。スカートを抑えて椅子に座る。重々しい鍵盤蓋をあけ、指を添え、一呼吸し、メロディーを奏で始めた。

 ピアノの美しい音色が響き渡り、音楽室はより幻想的な雰囲気につつまれる。窓の外に目をやると、各々の生徒たちは正門を出ていって、それぞれの道を歩いていくのが見えた。ネオは身体を少しだけゆらし、ピアノから流れ出る音に身を任せている。

 彼女の奏でる楽曲は、まるで移ろい流れていく日々のようだった。窓辺からさす夕暮れの光がネオとピアノを照らしている。

 「・・・こんな感じかな」

 ネオは鍵盤蓋を丁寧におろし、椅子から立ち上がった。

 「すごいよ」と自分はネオに向かって拍手をした。

 「ありがとう」と彼女は言った。嬉しかったのか、少し頬が緩んでいた。

 「ほかに何か弾けないの?」

 「じゃあ…」

 

 

 「じゃあ、また」

 そういって自分はネオに手を振った。陽はとっくに沈み込み、あたりにはすでに夜の気配が立ち込めていた。

 「今日はありがとう」と自分は言った。「またピアノ弾いてよ」

 「うん」とネオはうなずく。そうしてお互いに手を振って別れた。彼女とは正門でいつも別れる。

 自分は前を向いて、もうとっくに誰もいなくなった道を一人で歩き始めた。しばらく道を歩き続けた後も、あのときのピアノの音色が、いつまでも自分の中で流れ続けていた。

 

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