午後十時。本来ならば生徒はもちろん教師も帰宅して誰もいないはずの童守小学校で一室だけ、美術室の明かりだけがついていた。
美術室では眼鏡をかけた男の子が目の前に座っている女の子をモデルにして粘土の像を作っており、その様子を数時間前に星徒と話していた三人の子供達、そして担任教師と思われる二十代の男が見守っていたのだが、担任教師はどこか落ち着かない様子であった。
「なぁ、ぬ~べ~? どうしたんだよ? さっきから怖い顔なんかしちゃってさ?」
「い、いや……? どうもさっきから誰かに見られているような感じがしてな……?」
(へぇ? あの人、俺の気配に気づいたのか?)
半袖と短パンの子供に聞かれて担任教師、ぬ~べ~こと鵺野鳴介が周囲を見回しながら答えると、美術室の隅で魔術を使って姿を消していた星徒は内心で感心する。
(こうして見ているだけでも分かる……。
そこまで考えて星徒は先程まで聞いていたぬ~べ~と彼の生徒達の会話を思い出す。
どうやら今真剣に像を作っている眼鏡の男の子は、昔から運が異常に悪くてどれだけ努力しても、いや努力すればするほど大きな災難が降りかかって、それまでの努力が無駄になってきたらしい。そんな不幸が続いたせいで眼鏡の男の子は努力することを諦めかけていたのだが、そんな彼を励ますためにぬ~べ~は彼に美術コンテストに参加することをすすめ、こうしてコンテストに参加するための作品を作るために美術室を使う許可を取り、監督役も買って出てくれたそうだ。
この話だけでもぬ~べ~は優秀な霊能力者だけでなく生徒指導に熱心な良い教師で、霊能力を悪用するような人物ではないと分かる。
今回星徒がコエンマから受けた任務は、数年前に行方不明となった二体の地獄の鬼の捕獲、あるいは退治。そして鬼の一体を封印してその力を使っているぬ~べ~への何らかの対処だ。
しかしぬ~べ~が霊能力者を悪用する人物でないのなら、鬼の力を悪用しないよう念を押すだけで良いのではと星徒は思うようになっていた。
(鵺野鳴介の件はそこまで心配する必要はなさそうだな。だとしたら問題はもう片方の鬼の方か。一体どこに……っ!?)
美術室の外から突然妖気を感じた星徒はとっさに戦闘態勢をとり、同じく妖気を感じたらしいぬ~べ~は美術室のドアを警戒しながらまるで世間話をするように眼鏡の男の子に話しかける。
「なぁ? そう言えば晶は数年前、川で溺れて臨死体験をしたんだっけ?」
「え? ……ああ、うん。そうなんですよ。幸いその時はすぐに助けてもらいましたけど、何か恐ろしい怪物に追われている夢を見て……。今思えばあの時からどれだけ頑張っても不幸な目に遭うようになったかな……?」
眼鏡の男の子、晶はぬ~べ~に急に話しかけられて首を傾げながら答えると、ぬ~べ~は美術室のドアを睨みつけながら話を続ける。
「知っているか、晶? 地獄にはな、親より先に死んだ子供達が墜ちる賽の河原という場所があるんだ。賽の河原の子供達は親を悲しませた罰として、河原にある石を積み上げて父母の為の供養塔を立てなければならないが、塔が完成間近になるとどこからか鬼が現れ、せっかく積み上げた供養塔を金棒でバラバラに崩してしまう。そして子供達はまた塔を積み上げては鬼にそれを崩されるのを何度も繰り返し、永遠に嘆き悲しんで苦しむそうだ」
『『………』』
ぬ~べ~から賽の河原の話を聞いた晶、そして他の子供達は何か嫌な予感を感じて黙り、それと同時に美術室のドアが勢い良く開かれる。開かれたドアから美術室に入ってきたのは、胴体は人間だが頭部は三本の角を生やした牛という姿の鬼で、鬼の姿を見た晶が悲鳴を上げる。
「うわぁああっ!? ぬ~べ~! コイツだよ! コイツが夢で見た怪物だよ!」
「やはりそうか……。コイツの名前は地蔵虐。今話した賽の河原の鬼だ」
晶の悲鳴にぬ~べ~は納得したように頷くと、彼に美術室に入ってきた鬼が何者なのかを説明する。
「晶、お前は臨死体験をした時に賽の河原に堕ちて、この鬼に取り憑かれたんだよ。そしてこの鬼は晶の努力が実る直前に不幸を起こしてそれを無にしてきた。……賽の河原で子供達の塔を崩すようにな」
(なるほど、そういうことか……って! これ、地獄のやらかしが酷すぎますよ、コエンマ様!)
ぬ~べ~の説明を聞いていた星徒が心の中で叫ぶ。
要するに行方不明になった二体の鬼の一体がこの地蔵虐で、地獄が数年間地蔵虐の行方を特定できなかったせいでその間晶は理不尽な不幸に見舞われてきたということで、これには星徒も抗議の声を上げたくなっても仕方がないだろう。
「皆、下がっていろ。地蔵虐は知性の欠片も無いから説得には応じない。ここは一気に方をつける」
ぬ~べ~はそう言うと子供達を地蔵虐から庇うように立ち、左手にある手袋を外す。そして手袋から姿を現したぬ~べ~の左手は人間のものではなく、鋭い爪を生やした禍々しい異形の左手であった。
(……っ!? あれは間違いなく鬼の妖気! まさかあの人、鬼の妖気で自分の左手を具現化しているのか!? それじゃあまるでオーバー……!)
「行くぞ、地蔵虐! 生徒達は俺が守る! 南無!」
「………っ!!」
ぬ~べ~の異形の左手から感じる鬼の妖気に星徒が驚いていると、その間にもぬ~べ~は地蔵虐に向けて異形の左手を振るう。するとぬ~べ~の左手の爪は地蔵虐の肌を容易く切り裂き、地蔵虐の身体から大量の血が噴き出る。
そしてぬ~べ~からの一撃がよほどこたえたのか地蔵虐はその場で膝をつき、それを見た者は皆ぬ~べ~の勝利を確信したのだが、地蔵虐は予想外の行動に出た。
「……!」
「何っ!? しまった! 晶!」
地蔵虐は立ち上がると自分に深手を負わせたぬ~べ~を無視して晶へ向かって突撃し、地蔵虐の予想外の行動にぬ~べ~は対応に遅れてしまう。
「ひっ!? ……………え?」
「………っ!?」
『『……………!』』
自分の方にと突撃してくる地蔵虐に晶が短い悲鳴を上げたその時、どこからか飛んできた光の砲弾が地蔵虐の頭を吹き飛ばした。その突然の光景に晶だけでなくぬ~べ~や他の子供達も驚き絶句し、光の砲弾が飛んできた方を見るとそこには右手と一体化した大砲を構えている星徒の姿があった。
「ああっ!? アイツ、ぬ~べ~について聞いていた皿屋敷中学の!?」
「俺を? 君は一体……?」
星徒の姿を見て帽子を被った子供が声を上げ、それを聞いたぬ~べ~が質問をすると星徒は右手と一体化した大砲を消して自己紹介をする。
「こんばんわ。そして初めまして。俺は皿屋敷中学二年、灰間星徒。霊界探偵をやっています」