ゾンビパンデミック世界でバッタ怪人になった話   作:半田五手

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始まり

 自画自賛になってしまうが、私こと『緑間 ハヤト』として生を受けた二度目の人生は、最初の人生を反面教師にして上手くやれていたんじゃないかと思う。

 

 物心ついてからの勉学や社会の人間関係の構築。両親の理解を得られたがゆえに比較的自由にやらせてもらえた自己投資。父さん母さんと語り合うための一環で、前世では後年になって始めた資産形成を未成年ながらに学び直し、家計管理について話し合って比較的裕福な中流家庭の暮らしを謳歌していた。

 

 全く子供らしくない子供であると我ながら思うが、前世の経験で形成された自我など早々消えるものではない。

 

 前世のころとそっくりだが世の中の出来事が少し違う世界の中で、前世の記憶という大きなアドバンテージを利用して余裕を持って両親と妹の四人で暮らし、これから私たち家族の人生はもっと良くなっていくんだと楽観的に考えていた。前世で猛威を振るった疫病が流行した時代が来るまでは。

 これまで前世とほんの少しだけ違っていた世界は私に対して今まで潜めていた牙を剥き、日常は突如終わりを告げた。

 

 全くもって已む無しとは誰が言った言葉だったか。

 たしか、投資に際してどれだけのリスクを許容するか基準を設けるという話の中で耳にした言葉だ。リスクを許容する。それは言葉として正しいが、そのリスクはどの程度かというと最悪も最悪の想定である。

 言うなれば、何かに投資するに際してリスクをあれこれ気にするのは大変結構であるが、しっかりと学んでもなお想定をはるかに上回る未曽有の大災害や戦禍によって自らが投じた資産が水泡に帰すようなことが起こってしまったならば『全くもって已む無し』と潔く諦める心構えを持っておけという話である。

 

 なぜ、私がこんな取り留めもない思考を頭で巡らせているかというと。今私が置かれている人生が未曽有の災いによって、人類の文明もろとも崩れ去ろうとしているからだ。

 

 

 

 

 今私が、いや全人類が直面している文明が崩壊するレベルの災いとは何か……大量絶滅レベルの隕石? 前代未聞の異常気象? はたまた世界規模の核戦争? どれも違う、正解はゾンビである。

 

 ニュースで二度目の新型ウイルス蔓延を知った時、一度目のころとは格段に違う恐ろしい症状を耳にして嫌な予感と冷や汗が止まらなかった。

 

 一軒家で家族と同居している一般人の私に出来ることなんてたかが知れていたし、家にこもってやり過ごす以外どうすることも出来ないことも分かってはいた。感染速度の違い故か1度目のころより蔓延速度が遅いため若干の猶予があったのでできうる限りのことはした。

 

 1度目のころの例に習って、巣ごもり需要を満たすための食糧備蓄や衛生日用品、医療品を遥か以前から買い溜めていたのに加え、家のコンクリート塀と玄関門を用意できうる限り最も頑丈なものに取り換えと補強を行い家中の窓にいつでも取り付けられる簡易的なバリケードも作成したのだ。少しでも抗うことが出来るのならと抗った結果がコレである。

 

 

 ゾンビウイルスに感染した家族は今や悉く死滅してしまった。父も母も妹も全員ゾンビになってしまったのだ。

 

 

 物音に反応して玄関から入りこもうとするゾンビ数体の撃退に際して父が不覚を取って足を噛まれた。

 

「すまない……すまない……」

 とつぶやく父を後ろに下がらせ、力任せに二体のゾンビの頭を動かなくなるまで叩き続けとっくに動かなくなった死体に何度もバットを振り下ろし、しばらくしてこんなことをしている場合じゃないと正気に戻った私は玄関の門を力任せに閉じた。その時に妹の悲鳴が聞こえた。

 

 感染してから発症するまでに個人差があるとテレビのニュースで情報として知っていたが、実際に目の当たりにするのでは感じ方は大きく違う。ましてや家族が相手だ、迅速な判断など私には無理だった。

 まだ助かるかもしれないのに殺すなんてそんな……どうにか出来ないのか……はやく怪我の手当てを……そんな私の現実逃避にも似た思考をあざ笑うかのように、父は緩慢な動きで妹に向かって足を引きずって歩き出した。

 

 

 濁った眼で妹に襲い掛かろうとする父から、妹を庇い母が腕を噛まれもみくちゃになっている隙に父の頭をバットで無我夢中になって叩き割り母の腕の止血を急いだ。

 

 私と妹は半狂乱になりながらも「お父さん……」と静かに泣く母の怪我の応急処置と玄関の死体の処理や片付けを行い。半ば呆然としていた。

 

 野ざらしにするわけにはいかないという義務感で父の亡骸をブルーシートで覆い隠して塀の端に安置した。

 父と2人で殺したゾンビ数体は敷地の外へと放り投げた。生前は自分と変わりない人間だったはずの化け物を……私はどうしても同じ人間のように弔うことはできなかった、彼らも被害者であるというのに。

 

 幸いにも家の周辺にもうゾンビはいなかったようで、夜中も静かに過ごすことが出来た。だが、父を殺してしまった罪悪感と恐怖から胃の辺りの不快感と手の震えと神経が高ぶって眠れなかった。トラウマになってしまったのかバットを握ると手が震えるようになり、力が上手く入らなかった。

 

 数日の間、母は痛ましい傷に反して痛くないと私と妹に返した。父がいなくなった悲痛な雰囲気が私たち3人に流れている中で母は私に対してこう言った。

 

「あんたの言ってたイヤな予感あたってたね」「こんなことならもっとあんたの言うこと聞いときゃよかったね」

 

 その声色には私を責める色はなかったが、それでも申し訳なくなってうつむいてしまった。

 母にどう返せばいいのかわからず、結局母の言葉は私の不安を掻き立てる結果となった。それから2日後、母に変化が起きたのだ。

 

「お腹が減った」

 

 しきりにそう言って母は私たちを見つめていた。明らかに焦点があっておらず、顔には生気がなく眼は淀んでいた。私はこのままではいけないと直感で感じ取って、椅子にロープを縛り付けて母を拘束した。

 

「きっと大丈夫だから」「ワクチンとか治療薬が出来るまでオレとリナで母さんの面倒を見るから」

 

 そう告げると母さんは諦めたようにふっと笑って

 

「ワクチン作るのにどんだけお金と時間がかかると思ってんのよ ハヤト もう無理そうだから殺してちょうだい 殺すのがイヤなら外に放り出してくれてもいいから」

 

 妙に冷静で悟ったようなことを、諭すように優しく語りかける母に、私と妹のリナの厚意を無碍にされたようなどうしようもない遣る瀬無さと怒りと哀しみが頭の中でごちゃごちゃになって、今世で物心ついたころから一度も流したことのなかった涙が箍を切ったように両目から流れた。

 

「そんなこと言わないでよ 大丈夫だよお母さん ほら薬飲んで」

 

 怪我をしてから気休めで飲ませていた痛み止めの薬を持ってリナが思わずと言った調子で声を震わせて近づいたほんの一瞬、母の目が血走りリナの腕に嚙みついた。咄嗟にもう片方の腕を掴んでリナを下がらせたが手遅れだった。母は正気に戻ったのか呆然としている。

 

「リナちゃん……違うの」「ひっ」

 

 リナは手の噛み傷を押さえて自分の部屋へと逃げ出していってしまった。

 

「行かないで……ごめんなさい……リナちゃんリナちゃん……」

 

 失意の中で言葉を繰り返し涙を流す母を宥めようとするも、甲斐虚しく。しばらくすると母の意識は混濁し始め、今度は言語野も奪われ始めたようで母は意味不明なことばかりを呟くようになった。

 そして、最終的には言語能力はほぼ消え失せてしまい呻き声を漏らして動くだけになってしまった。まるで理性のない獣だ、ゾンビになっても人の形をしているものだから余計に胸が苦しくなってくる。そうやってしばらく母の世話をした後、変わり果てた母の姿を目の当たりにして塞ぎ込んでいた妹の様子を見に行っていた。

 

「リナ……返事してくれ」

 

 妹の部屋の扉を開けると、妹はベッドの上で膝を抱え込んで小さく蹲っていた。声をかけても返事がない。

 

「お兄ちゃん……私どうすればいいの……? これからどうすればいいの……? お父さんもお母さんも……私どうしたらいいのかわかんないよ……」

 

 こちらに気づいていない様子なので声をかけようと口を開いたが被せるように妹の嘆きの声が響いた。

 

「リナ……」

 

 自分も辛いのは同じだったがそれでも慰めるべきだと思いそっと名前を呼び抱き寄せる。嗚咽を漏らしながら妹の体は小刻みに震えており肩越しに表情が見えたが酷く泣いていた。

 そしてまたひとしきり泣き終えて落ち着くとぼそりとこういった。

 

「私もお父さんとお母さんみたいになっちゃうのかな……」と

 

 実際問題どうなのだろうか。時間の問題かもしれない……そう考えて頭のなかにふと浮かんだのは先程自分が言ったことだ。

 

「もし……もし本当にそうなってもオレが面倒見てやるさ……だから安心して寝ておけ」

 

「……うん……おやすみなさい……」

 

 精一杯の作り笑顔でそういってなんとか元気づけることに成功したのか妹はベッドの中に潜り込み眠りについた。

 

「……はぁ」

 

 思わず深いため息が出るくらいには参っていたのだと思う。

 

 翌日になると母の世話を終わらせてから妹のいる自分の部屋に行った。

 まだ朝早くなのもありぐっすり眠っているようだったのでそのまま寝かせておいてやることにする。母のほうを見ると何やら呻き声のようなものを上げて俯いているようだった。

 

 それから昼過ぎになりやっと起き出した妹だったがやはり精神的に相当参っていたらしくフラフラとした足取りでリビングに向かったと思えばテーブルに突っ伏してしまっていた。流石に可哀相なので何か食べるものを作ろうと思ったが妹が突っ伏したまま呟いた。

 

「お腹すいたけどご飯いらない……」

 

「……リナ?」

 

「お母さんがなんでずっとお腹すいたって言ってたかわかった ご飯食べても意味ない……」

 

「お母さん私に嚙みつくまで人間のままだった……でもわたしはダメ……」

「お兄ちゃんの肉おいしそうって……終わりなんだと思う……」

 

「リナ……!」

 

 思わず肩を掴んでしまうくらいには衝撃的だった。だがリナはぼーっと空を見つめ続けるだけで反応はない。

 もう駄目なのか? そんな考えが頭によぎるがすぐに首を振って追い出す。まだ希望はあるはずだ。

 

「リナしっかりしろ」

「ひっ」

 

 びくりと身体を震わせてようやく反応を見せてくれた妹だがやはりどこかおかしい。

 

「ごめんなさい……お兄ちゃんのこと食べたくなんてないよぉ……」

 

「お前は人間だ お前は何も変わってない」

 

「お兄ちゃん……わたしきっと人間に戻れるよね?」

 

「もちろんだ 大丈夫だから今はゆっくり休め」

 

「おにいぢゃん……お兄ぢゃん……」

 

 泣きながら俺のことを抱きしめてくる妹を受け入れ頭を撫で続けることしかできなかった。このままではいずれ妹まで同じようになってしまう。

 

 解決策もなく物資がじりじりと削れていく日々にハッキリ言ってもう精神的に限界だった。妹はだんだん部屋に籠りきりになり、母の世話にかかりきりになった私は一人の時間になるとうずくまって頭を抱えて必死になんとかなると自分に言い聞かせていた。

 そんな日々に終わりが来るのもそう長くはなかった。妹の部屋に行くといつものようにドアノブを捻ってみるも扉が開かない。

 鍵がかかっているわけではないので妹が内側から押さえているんだろうと思い何度か声をかけてみたが返事が無い。

 

「リナ? おいリナいるのか? 大丈夫か? なぁ……!」

 

 流石におかしいと思い強い力で扉を押し開けると、妹がドアノブにロープを括り付けて首を吊っていた。

 その光景を見た瞬間、私は驚愕と同時に思わずホッとしてしまった。この生き地獄がようやく終わると、心のどこかでそう思った途端に自己嫌悪が襲って半狂乱になりながら妹をロープから助けようとした。

 暖かい……体温がまだある……? 妹はまだ生きて ……? ……!

 そう逡巡している間に首筋を妹に噛まれてしまった。

 

 嗚呼終わった、もう自分は生きられないし母やリナの面倒を見てやることも出来なくなってしまう。

 濁った眼でこちらを見据えて立ち上がる妹のリナを前にして、私の中の決定的な何かが切れる音がした。せめて自分の意識がはっきりしているうちに楽にしてやらなければ。

 

「いつになったらこの地獄は終わるんだ」

 

 よたよたと近寄ってくる妹を押し倒して馬乗りになり、細首に両手をかけて一気にへし折る。

 ゴキリと嫌な音と感触が手に伝わると同時に、妹はビクリと痙攣してから二度と動かなくなった。白目を剥いた目を閉じてやり、部屋のベッドに横たえてその前で私は突っ伏した。

 

 神様……私は前世で何か悪いことをしてしまったのですか? 前世でも今世でもあまり意識していなかった神様に私は本気で問いかけ、そして呪った。

 

 アドレナリンが出て痛覚がマヒしているためかあまり痛みは感じないが首からの出血は止まらない。噛み傷は頸動脈に達してはいないようだがそれでも私に遺された時間はそう長くはないだろう。

 

「許してくれ 母さん」

 

 私は父さんを殺すのに使ったバットを手に母さんの前に立って呟いた。

 もはや言葉は理解できないだろうがせめて謝罪だけでもと思いそうした。すると、母は私を見上げた後に自身に何をしようとするのか悟ったかのように目を閉じて項垂れた。まるで見つめられていては殺し辛かろうとこちらを気遣っているかのように錯覚する仕草に私は激しく動揺した。

 そんなはずはない、母はもう人間じゃないやめてくれ中途半端な期待を持たせようとするのはやめろ。やめろやめろやめろ!

 

 私は渾身の力でバットを振り上げ振り下ろす。

 頭蓋骨が陥没し血と脳漿が飛び散り床に広がっていく。その光景を見て私の瞳からは自然と涙が溢れていた。

 

「ああ……疲れた……」

 

 私は誰にいうわけもなくそう呟く。全て終わった。終わったのだ。

 

 そう思った瞬間、全身から力が抜けていくのを感じた。そしてそのまま私は床に倒れ伏した。

 意識が遠くなる中で最後に思い出したのは父と母に手を引かれ妹と一緒に街を歩く暖かな家族の情景だった。それが幻想で現実はゾンビウィルスによるゾンビ災害で家族がバラバラになってしまっていることを理解していてなお懐古してしまうほどにはこの記憶は大切な思い出となっていた。

 

 両親と私の家族の形を振り返って、我ながらなんてかわいげのない子供だろうかとフッと笑い。

 

 そして、平凡な人生を他者より一回多く経験しているだけの自分に、死者が動き出して襲いかかってくるこんな馬鹿げた事態でいったい何が出来たのかと嗚咽にも似たクックッという自嘲の笑みが思わずこぼれ。

 せっかくの新しい人生が何もかも壊れてしまったという実感と共に、また涙があふれてきた。

 

 私はゆっくりと瞼を閉じていった。薄れゆく意識の中で最後に思い浮かんだのは……思い浮かんだのは……

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