TAKAMURA廻戦   作:日三汐理

11 / 11
三つ巴の殺し合い

 

「始めるか」

 

 宿儺がそう告げた直後、最初に動いたのは篁だった。

 

 それまでと変わらない、何の予備動作も感じさせない踏み込みだった。老人の身体が僅かに沈んだかと思えば、次の瞬間には抜き放たれた刀が宿儺の首筋へ迫っている。

 

 宿儺は笑みを浮かべたまま上体を反らした。

 

 刃が鼻先を掠める。篁は止まらず、そのまま刀を返して胴を狙った。宿儺は半歩後ろへ滑るように退いたが、今度は完全には外れなかった。胸元を刃先が浅く走り、一筋の血が飛ぶ。

 

「ほう」

 

 宿儺は傷口を一瞥した。

 

 だが、その程度で表情を変えることはない。次の瞬間には反転術式によって傷が閉じている。

 

 篁はさらに踏み込んだ。

 

「~~~~~~~~~~」

 

 袈裟斬り。

 

 宿儺が身を捻る。

 

 刀身が肩口を浅く裂いた。

 

 もう一度、血が飛ぶ。

 

 宿儺は避けながら篁の腹部へ蹴りを返した。老人は刀の柄で軌道を逸らし、ほとんど体勢を崩さない。そのまま振り下ろされた刃を、今度は宿儺が大きく後方へ跳んで躱した。

 

 床が斜めに割れる。

 

「ケヒッ」

 

 宿儺が笑った。

 

 避けることを優先してはいる。

 

 しかし、ただ逃げ回っているわけではない。反撃できる場面では返すし、完全に避け切れない斬撃については軽傷を承知で受け、即座に反転術式で修復する。

 

 ただし今の宿儺は、篁を倒すことそのものを目的として戦ってはいなかった。

 

 漏瑚へ提示した遊び。

 

 あの呪霊が自分へ一撃を入れられるかどうか。それを見物しながら、篁との攻防を続けている。

 

 もし篁を仕留めることだけを考えるなら、戦い方はまるで違うものになるだろう。

 

 今は、そこまでやる必要がない。

 

 一方の漏瑚は、二人の攻防を目で追いながら歯噛みしていた。

 

(速い……!)

 

 見えないわけではない。

 

 だが、割り込めない。

 

 篁が斬る。

 

 宿儺が避ける。

 

 時に宿儺の身体へ浅い傷が走り、直後には消える。

 

 宿儺が反撃する。

 

 篁が最小限の動きで捌く。

 

 二人の位置は目まぐるしく変化し、漏瑚が狙いを定めた時には、すでにそこからいなくなっている。

 

 ならば、点を狙う必要などない。

 

「――!」

 

 漏瑚が両腕を広げる。

 

 床が次々と隆起した。

 

 一か所ではない。篁と宿儺を囲むように複数の火口が形成され、ほぼ同時に噴火する。

 

 轟音とともに炎が構内を埋め尽くした。

 

 床。

 

 壁。

 

 頭上。

 

 左右。

 

 逃げられる方向そのものを減らしていく。

 

 宿儺と篁の動きが速すぎるなら、狙う範囲を広げればいい。

 

 宿儺は火炎の隙間を縫って跳ぶ。

 

 篁へ迫った炎は、一閃とともに中央から割れた。灼熱の奔流が刀の軌道を境に左右へ逸れ、その間を老人が何事もなかったように抜けてくる。

 

「面の広い攻撃をするのは良い判断だ」

 

 宿儺の声が聞こえた。

 

 篁の刀を紙一重で避け、そのまま漏瑚の炎までかわしている。

 

「だが、もっとよく狙わねば当たらんぞ」

 

「貴様……!」

 

「そら、頑張れ頑張れ」

 

 宿儺がゲラゲラと笑う。

 

 漏瑚の額に青筋が浮かんだ。

 

 完全に遊ばれている。

 

 だが、怒りに任せて宿儺だけを狙えば篁に斬られる。篁へ殺意を集中させれば、あの老人の反応がさらに鋭くなる。

 

 勝利条件は一つ。

 

 宿儺へ一撃を入れる。

 

 篁を殺せれば状況は大幅に楽になるが、それができないからこそ宿儺へ助力を求めたのだ。

 

 ならば、やはり宿儺を狙うしかない。

 

 漏瑚の周囲から、羽音とともに無数の火礫蟲が飛び立った。

 

 一体一体を当てる必要はない。

 

 宿儺の進路を読む。

 

 篁との交戦によって移動できる方向を限定し、周囲で一斉に爆発させる。

 

「弾けろ!」

 

 爆発。

 

 次いで閃光。

 

 炎と煙、粉塵が一帯を覆い尽くす。

 

 漏瑚はその中へ追加の火炎を叩き込んだ。

 

 これならば。

 

 どれか一つくらいは――。

 

 煙を突き破って宿儺が飛び出してきた。

 

「甘い」

 

「――っ!」

 

 漏瑚が反射的に炎を放つ。

 

 宿儺は身を傾け、それをかわした。

 

 その背後から篁が現れる。

 

 刀が宿儺の肩口へ迫り、宿儺が捻るように回避した。だが僅かに遅く、背中に浅い傷が走る。

 

 血が飛んだ。

 

 宿儺は振り向きざまに腕を振るい、篁へ斬撃を返す。老人の身体が横へずれ、背後の壁だけが切り裂かれた。

 

 再び両者が距離を詰める。

 

 その攻防を見ながら、漏瑚の思考が動く。

 

(……当たっておる)

 

 宿儺は全てを完全に避けているわけではない。

 

 頬。

 

 胸。

 

 肩。

 

 背中。

 

 どれも反転術式ですぐに治る程度ではあるが、篁の刀は確かに宿儺へ届いている。

 

 ならば。

 

(わしが自力で隙を作る必要はないのではないか?)

 

 篁に作らせればいい。

 

 今は浅い傷だけだ。

 

 だが、あの刀が宿儺へ深く入る瞬間が一度でもあれば。

 

 腕を落とす。

 

 腹部を深く裂く。

 

 あるいは、さらに大きな損傷を与える。

 

 宿儺が反転術式で立て直す、その僅かな時間。

 

 そこへ自分の攻撃を差し込めばいい。

 

 勝利条件は宿儺を倒すことではない。

 

 一撃。

 

 たった一度。

 

 当てればいい。

 

(これなら――)

 

 漏瑚の攻撃が、僅かに減った。

 

 不用意に割り込まず、篁と宿儺の攻防を観察する。

 

 待つ。

 

 篁の一撃が宿儺へ深く入る、その時を。

 

 宿儺の胸に、再び浅い切創。

 

 違う。

 

 次。

 

 肩。

 

 まだ浅い。

 

 漏瑚はじっと機会を窺う。

 

 そして。

 

 篁の刀が、これまでより明らかに深い軌道で宿儺の懐へ入った。

 

 宿儺が身を捻る。

 

 間に合わない。

 

(今だ――!)

 

 漏瑚の掌へ炎が収束する。

 

 篁の刀が宿儺へ届く。

 

 その直後へ。

 

 撃ち込む。

 

 だが。

 

「ケヒッ」

 

 宿儺が笑った。

 

「――?」

 

 漏瑚が違和感を覚えた時には、もう遅かった。

 

 宿儺が一歩踏み込み。

 

 漏瑚の襟元を掴んだ。

 

「なっ――!」

 

 身体を強引に引き寄せられる。

 

 位置が入れ替わった。

 

 漏瑚が宿儺のいた場所へ。

 

 その眼前に。

 

 篁の刀。

 

「貴様ァッ!」

 

 漏瑚は咄嗟に身体を捻った。

 

 だが避け切れない。

 

 刃が肩口から入り、胸を斜めに深く裂いた。

 

 紫色の血が大量に散る。

 

「ぐっ――!」

 

 漏瑚は炎を爆発させ、その反動で篁から離れた。

 

 傷口を再生させながら宿儺を睨みつける。

 

「宿儺……! 貴様、わしを盾に――!」

 

「何を怒っておる」

 

 宿儺は愉快そうに笑っていた。

 

「俺はお前に攻撃しておらんぞ」

 

「詭弁を!」

 

「斬ったのは爺だ」

 

「貴様がわしを前に出したのだろうが!」

 

「だからどうした?」

 

 漏瑚が絶句する。

 

 宿儺は篁へ視線を戻しながら、笑みを深くした。

 

「他人に隙を作ってもらおうなどと考えるから、そうなる」

 

「……!」

 

 漏瑚の一つ目が大きく開く。

 

 考えを。

 

 見抜かれていた。

 

「言ったはずだ。これは殺し合いだと」

 

 宿儺が一歩進む。

 

「お前だけ傍観していられると思ったか?」

 

「……貴様……!」

 

 漏瑚の怒りに呼応するように炎が吹き上がった。

 

 だが、反論はできない。

 

 三人で殺し合う。

 

 確かに宿儺は最初からそう言った。

 

 篁に宿儺を傷つけさせ、自分だけ安全な位置から機会を待つ。

 

 そんな都合のいい勝負を。

 

 宿儺が許すはずもない。

 

「ゲラゲラゲラ!」

 

 宿儺の笑い声が響く。

 

 漏瑚は歯を食いしばった。

 

 ならば。

 

 待たない。

 

 自分で攻めるしかない。

 

     ◆

 

 その後も、漏瑚は攻撃範囲を広げ続けた。

 

 単発の炎では足りない。

 

 宿儺の位置だけを狙ってもかわされる。

 

 篁と宿儺。

 

 二人が動ける空間そのものを攻撃する。

 

 壁面から火炎。

 

 足元から噴火。

 

 頭上から溶岩。

 

 さらに火礫蟲を散らし、爆発によって進路を限定する。

 

 理屈は間違っていない。

 

 宿儺自身もそれを認めていた。

 

 だが。

 

 当たらない。

 

 宿儺は篁の攻撃を避けながら漏瑚の炎までかわし、時には篁へ反撃を返す。篁の刃が宿儺の身体を掠めれば血が飛ぶものの、傷はすぐさま反転術式によって塞がれていく。

 

 篁もまた、漏瑚の攻撃を避けるか、あるいは刀で斬り開く。

 

 そして漏瑚自身が篁まで巻き込む攻撃を放つたび、あの老人の反応は明確に鋭くなった。

 

「――!」

 

 刀が迫る。

 

 漏瑚は首を傾けた。

 

 頬が切れる。

 

 次は腕。

 

 避け切れず、肘から先が飛ぶ。

 

 再生。

 

 その間に宿儺を狙う。

 

 かわされる。

 

「ケヒッ。忙しいな」

 

「黙れ!」

 

「だが悪くない。最初よりは随分まともになったぞ」

 

「貴様に褒められる筋合いなどない!」

 

「ならば当ててみろ」

 

 宿儺が笑う。

 

 漏瑚が炎を放つ。

 

 また、かわされる。

 

 時間だけが過ぎていった。

 

     ◆

 

 やがて漏瑚は、大きく距離を取った。

 

 消耗している。

 

 再生。

 

 広範囲の術式。

 

 火礫蟲。

 

 何度繰り返しても宿儺へ一撃が入らない。

 

 ならば。

 

 もっと広く。

 

 逃げる場所そのものを。

 

 なくす。

 

 漏瑚の呪力が、これまでとは比較にならない規模で膨れ上がった。

 

 宿儺が足を止める。

 

「ほう」

 

 篁も漏瑚へ顔を向けた。

 

 上空。

 

 巨大な影が生まれる。

 

 燃え盛る天体のような質量。

 

「極ノ番――」

 

 漏瑚の一つ目が宿儺を捉える。

 

 篁も範囲内。

 

 構わない。

 

 宿儺へ当たれば勝ち。

 

 篁を殺せるなら、それもまた都合がいい。

 

「隕!」

 

 巨大な隕石が落ちてくる。

 

 逃走範囲を押し潰すほどの質量と規模。

 

 漏瑚の最大級の範囲攻撃。

 

 宿儺は上を見上げた。

 

 逃げようとはしない。

 

 それどころか、横にいる老人を見た。

 

「さて」

 

 楽しげに笑う。

 

「これはどうする?」

 

「~~~~~~~~~~」

 

 篁の右手が刀へ触れた。

 

 抜刀。

 

 ただ一度。

 

 巨大な隕石の中央へ、一直線の亀裂が走った。

 

「……何?」

 

 漏瑚の一つ目が見開かれる。

 

 次の瞬間。

 

 極ノ番が左右へ割れた。

 

 巨大な質量が完全に両断され、宿儺と篁を避けるように左右へ落下する。

 

 直後。

 

 渋谷が揺れた。

 

 轟音。

 

 衝撃波。

 

 炎。

 

 周囲の建造物が破壊され、膨大な粉塵が舞い上がる。

 

 しかし、その中心。

 

 宿儺は無傷。

 

 篁も立っている。

 

「ケヒッ……」

 

 宿儺の肩が震えた。

 

「ゲラゲラゲラ!」

 

「……!」

 

「惜しかったな、呪霊」

 

「黙れ……!」

 

「今のは悪くなかったぞ」

 

 宿儺は真っ二つにされた隕石を見上げた。

 

「爺が斬らなければ、俺まで届いたかもしれん」

 

「ならば――!」

 

「ならば?」

 

 宿儺が首を傾げる。

 

「爺に斬られぬよう撃てばよかっただけのこと」

 

「……っ!」

 

 漏瑚は言葉を失う。

 

 理不尽。

 

 しかし、この勝負に篁が参加していることは最初から分かっていた。

 

 三人で殺し合う。

 

 宿儺はそう言った。

 

 篁が漏瑚の攻撃を妨害してはならないなどという決まりは、どこにもない。

 

 通常攻撃。

 

 駄目。

 

 広範囲攻撃。

 

 駄目。

 

 篁が作る隙を利用する。

 

 見抜かれた。

 

 極ノ番。

 

 それすら篁に両断された。

 

 まだ。

 

 一つだけある。

 

 だが。

 

 漏瑚は、それを使おうとしなかった。

 

「どうした?」

 

 宿儺が尋ねる。

 

 篁の刀が迫り、宿儺の脇腹を浅く裂いた。

 

 宿儺は直後に腕を振るい、篁へ斬撃を返す。老人が身をずらし、その背後の地面が裂けた。

 

 傷口を反転術式で閉じながら、宿儺は漏瑚を見る。

 

「まだあるだろう」

 

「……」

 

「領域を使わんのか?」

 

 漏瑚の一つ目が細くなる。

 

「俺は縛りでお前に攻撃できない」

 

 宿儺は篁の刺突を首を傾けてかわした。

 

「お前が領域を展開すれば、随分と有利になると思うが?」

 

「……そうすれば」

 

 漏瑚が低く答えた。

 

「あの老人も巻き込むことになる」

 

「だからどうした?」

 

「そうなれば、まず始末されるのはわしの方だ」

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして。

 

「ケヒッ」

 

 宿儺が笑った。

 

「負け犬根性極まりだな」

 

「……何?」

 

「勝てぬと思っているから使わん。それだけだろう」

 

「貴様……!」

 

「違うのか?」

 

 漏瑚は反論しなかった。

 

 いや。

 

 できなかった。

 

 宿儺の言い方は癪に障る。

 

 だが判断自体は間違っていない。

 

 篁を領域へ巻き込めば、その瞬間から領域そのものが老人への明確な攻撃となる。

 

 しかも偽夏油から聞かされている。

 

 篁の我流簡易領域は、通常の簡易領域とは比較にならない。

 

 漏瑚の領域で、あれを押し潰せる保証はない。

 

 むしろ。

 

 恐らく無理だ。

 

 篁には必中が通らず。

 

 自分だけが殺意を最大限に向けたことになる。

 

 ならば。

 

 まず殺されるのは自分。

 

 合理的な判断だった。

 

 だが。

 

 このままなら。

 

 何をしても宿儺へ一撃が入らない。

 

 漏瑚は宿儺を見た。

 

 そして篁を見る。

 

 通常攻撃。

 

 範囲攻撃。

 

 他人の隙。

 

 極ノ番。

 

 全て駄目だった。

 

 残されたのは、必中だけ。

 

「……よかろう」

 

 漏瑚が低く言った。

 

 宿儺の口元が吊り上がる。

 

「ほう」

 

「そこまで言うのなら――見せてやる」

 

 漏瑚が両手を構えた。

 

 篁の足が止まる。

 

 空間そのものが軋み始めた。

 

 膨大な呪力。

 

 結界。

 

 漏瑚自身も分かっている。

 

 篁の注意が。

 

 これまでとは比較にならないほど自分へ集中している。

 

 それでも、退くことはしなかった。

 

「領域展開――」

 

 世界が変わる。

 

 灼熱の岩盤。

 

 噴き上がる炎。

 

 あらゆるものを焼き尽くす、火山内部の如き領域。

 

「蓋棺鉄囲山」

 

 三人の姿が領域へ呑み込まれた。

 

 必中。

 

 これなら。

 

 避けるだけでは逃げられない。

 

「喰らえ!」

 

 漏瑚が術式を発動した。

 

 同時に。

 

 篁の周囲へ薄い領域が展開される。

 

 我流簡易領域。

 

 漏瑚の必中効果が、その範囲へ触れた瞬間に中和される。

 

 篁には届かない。

 

 それは想定していた。

 

 本命は。

 

「宿儺!」

 

 必中効果が宿儺へ迫る。

 

 宿儺の笑みが深くなった。

 

「悪くない」

 

 両手を組む。

 

「彌虚葛籠」

 

「――!」

 

 宿儺の身体を対領域の技が包み込む。

 

 必中が届かない。

 

 漏瑚の顔から表情が消えた。

 

 篁。

 

 我流簡易領域。

 

 宿儺。

 

 彌虚葛籠。

 

 二人とも。

 

 自分の必中を防いでいる。

 

「……馬鹿な」

 

「どうした?」

 

 宿儺が笑う。

 

「必中効果を防げないとでも思ったか?」

 

「……!」

 

 攻撃ではない。

 

 防いだだけ。

 

 縛りは破っていない。

 

 そして。

 

「~~~~~~~~~~」

 

 漏瑚の背筋を寒気が走った。

 

 振り向く。

 

 篁。

 

 簡易領域を纏ったまま、灼熱の領域内部を歩いてくる。

 

「……!」

 

 分かっていた。分かっていたはずだ。こうなることは。

 

 だから領域を使いたくなかった。

 

 宿儺へ必中を押しつけるために、同時に篁まで攻撃対象へ入れた。

 

 老人へ向けた殺意は。

 

 これまでで最も明確。

 

 そして最も強い。

 

 篁の姿が消えた。

 

 漏瑚が術式を向ける。

 

 間に合わない。

 

 次の瞬間。

 

 老人は目の前にいた。

 

「――おのれ」

 

 一閃。

 

 漏瑚の身体に線が走る。

 

 一拍遅れて。

 

 上半身と下半身がずれた。

 

「……あ」

 

 領域が崩壊した。

 

 蓋棺鉄囲山が砕け、荒れ果てた渋谷の景色が戻ってくる。

 

 漏瑚の上半身が地面へ落ちた。

 

 下半身も、少し離れた場所で倒れる。

 

 再生しなければならない。

 

 そう考える。

 

 だが。

 

 呪力がうまく集まらない。

 

 これまで篁に斬られた傷よりも深い。

 

 致命的。

 

 漏瑚自身にも分かった。

 

 篁が近くに立っている。

 

「~~~~~~~~……」

 

 最後まで。

 

 何を言っているのか分からない。

 

 漏瑚の一つ目が、僅かに動いた。

 

 その向こうに宿儺がいる。

 

「……宿、儺……」

 

 ほとんど声にならなかった。

 

 宿儺はしばらく漏瑚を見下ろしていた。

 

 先ほどまでのように笑ってはいなかった。

 

「最後に領域を選んだ判断は悪くなかった」

 

 漏瑚の目が僅かに動く。

 

「だが」

 

 宿儺は篁へ目を向けた。

 

「相手と間が悪かったな」

 

 漏瑚はもう答えなかった。

 

 身体から呪力が抜けていく。

 

 陀艮。

 

 花御。

 

 真人。

 

 百年後の荒野。

 

 それらを思い返したのか。

 

 その余裕すらなかったのか。

 

 誰にも分からない。

 

 やがて。

 

 漏瑚の気配が完全に消えた。

 

     ◆

 

 残ったのは二人だった。

 

 両面宿儺。

 

 篁。

 

 少し離れた場所には、上半身と下半身を両断された花御が倒れている。まだ僅かに呪力は残っているが、もはや戦闘へ参加できる状態ではない。

 

 宿儺は彌虚葛籠を解いた。

 

 篁も我流簡易領域を解く。

 

 宿儺の身体には、三つ巴の最中に受けた細かな切創がいくつか残っていた。

 

 頬。

 

 肩。

 

 胸元。

 

 脇腹。

 

 どれも軽い。

 

 反転術式が巡るたびに、次々と塞がれていく。

 

 その顔に先ほどまで浮かんでいた、漏瑚を弄ぶための笑みが僅かに変わった。

 

「さて」

 

 宿儺が首を鳴らす。

 

「邪魔者も消えた」

 

「~~~~~~~~~~」

 

 篁は何も答えない。

 

 宿儺が老人を見据える。

 

 先ほどまでは、漏瑚とのゲームを成立させるために回避を優先していた。

 

 斬られても軽傷なら治す。

 

 反撃できるところでは返す。

 

 しかし、篁を倒すことだけに意識を集中していたわけではない。

 

 今は違う。

 

 漏瑚はいない。

 

 遊びの条件も消えた。

 

 宿儺の意識が、完全に目の前の老人へ向いた。

 

「さっきまでは、あの呪霊の遊びに付き合ってやっていたが」

 

 篁の右手が刀の柄に触れる。

 

 宿儺の笑みが深くなる。

 

「今度は――」

 

 空気が変わった。

 

「一対一で遊んでやろう」




漏瑚「儂の相手こんなんばっか…」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら(作者:暇人)(原作:呪術廻戦)

最近モジュロやアニメで呪術廻戦熱が高まってきたので、▼出番が少ない歌姫先生と、加茂家に焦点を当てたいな▼という考えから見切り発車で書き始めました。


総合評価:1013/評価:8.44/連載:24話/更新日時:2026年05月12日(火) 18:30 小説情報

おれを誰だと思ってる?ヒグマさんだぞ(作者:親分)(原作:ONE PIECE)

ヒグマさんに転生したお話。▼※再投稿となっております。


総合評価:5830/評価:7.99/連載:8話/更新日時:2026年08月15日(土) 20:08 小説情報

100年に一人の天才と史上最強の弟子(作者:やぶゆー)(原作:史上最強の弟子ケンイチ)

金剛阿含は100年に一人の天才だ。▼勉強、スポーツ、格闘技、何をやらせても栄光を掴むだろう。▼ただちょっと近所が梁山泊なだけ……▼※ケンイチ2発表前から執筆していたため、世界観が異なる場合があります▼現在は毎週月曜夜と金曜夜に固定更新予定です


総合評価:4081/評価:8.32/連載:49話/更新日時:2026年08月14日(金) 19:05 小説情報

死滅回游 泳者 八百歳比名子(作者:螺旋坊主)(原作:呪術廻戦)

「突然殺し合いをさせられて、私だけ生き残って──ラッキーだったなんて思える?」 ▼『私を喰べたい、ひとでなし』と呪術のクロスオーバーです。▼※某掲示板スレの概念が面白かったので書き始めました。スレの設定を一部お借りしています。▼↓元ネタのスレ↓▼https://bbs.animanch.com/board/6508938/▼2026/5/3 追記▼「曇らせ」…


総合評価:2789/評価:8.82/連載:55話/更新日時:2026年08月10日(月) 12:03 小説情報

戦国転生 4歳から始める十種影法術(作者:匿名希望)(原作:呪術廻戦)

R08.06.19完結しました。▼今後日談的なエピソードを更新していきます、3エピソード予定でしたが、長くなりそうです。▼つまみ食いのような感じなので期待せずお待ちください。▼慶長に行われる御前試合から逃げ切りたい転生者くんの話です。▼10〜14歳のどこかの影久のイメージです。AIくんありがとう・・・。▼【挿絵表示】▼下の画像はネタバレあるので気をつけてくだ…


総合評価:4258/評価:8.22/完結:65話/更新日時:2026年07月09日(木) 12:28 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>