TAKAMURA廻戦 作:日三汐理
漏瑚の気配が完全に消えた。
荒れ果てた渋谷の一角に残されたのは、両面宿儺と篁だけだった。少し離れた場所には、上半身と下半身を両断された花御が倒れている。辛うじて呪力は残っているものの、もはや戦いに加われる状態ではない。
宿儺は漏瑚との勝負の最中に負った傷を反転術式で塞ぎながら、改めて正面の老人を見た。口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。ただし、それまで漏瑚を弄んでいた時のものとは、少し意味が違っていた。
「さて。邪魔者も消えたな」
「~~~~~~~~~~」
篁は返事らしい返事をしない。ただ何事かを呟きながら、右手を日本刀の柄へ添えた。
それだけの動作だった。
だが、宿儺はすぐに変化を感じ取った。呪力量が急激に増えたわけでも、何らかの術式を発動したわけでもない。それにもかかわらず、先ほどまでとは明らかに圧が違う。
「……まだ上がるか」
宿儺が楽しげに口角を吊り上げた、その瞬間だった。
篁の姿が視界から掻き消える。次に捉えた時には、抜き放たれた刃が宿儺の首筋へ迫っていた。
宿儺は咄嗟に上体を沈め、横薙ぎの一閃を潜る。ところが篁は振り切った刀をそのまま返し、今度は胴を狙った。宿儺は腕を差し込んで軌道を逸らしたものの、刀は前腕の肉を深く裂き、骨の近くまで食い込む。
「ほう」
宿儺は後方へ跳びながら反転術式を回した。裂かれた腕が見る間に修復されていく。その間にも指を動かし、不可視の斬撃を放つ。
「解」
篁が刀を横へ払った。
耳をつんざくような金属音が響き、「解」が別方向へ弾かれる。逸れた斬撃はそのまま背後の建物を斜めに断ち切った。
(やはり俺の斬撃を見切っているのか)
宿儺は間を置かずに二発目、三発目を放った。一つは刀で弾かれ、もう一つは最小限の身のこなしで避けられる。
(見えているのか? いや、違うな)
反応が早すぎる。
斬撃そのものを視認してから動いているのではない。もっと前の段階――宿儺がどこを断とうとしたのか、その意志そのものへ反応しているように見えた。
考えている間にも篁は距離を詰める。宿儺は振り下ろされた刀を首を傾けて避けたが、刃先が頬を浅く裂いた。血が一筋流れ、すぐに反転術式で塞がれる。続く一撃には宿儺も踏み込み、篁の腹部へ拳を叩き込もうとする。篁は刀の柄でその腕を逸らしながら、ほとんど同時に切っ先を返した。
斬る。
避ける。
返す。
受け流す。
漏瑚がいた時とは明らかに違った。先ほどまでの宿儺は漏瑚との遊びを成立させるため、篁に対して回避を重視していた。反撃することはあっても、戦いそのものを篁の攻略へ最適化してはいない。
今は違う。
宿儺も篁へ攻撃を返し、篁もまた、それまで以上の出力で宿儺を斬りに来ている。
それでも攻防が続くにつれ、少しずつ宿儺が押され始めた。
篁の刀を腕で受ければ肉が裂け、真正面から軌道を逸らせば身体ごと押し込まれる。宿儺の打撃も篁には届いているが、一度吹き飛ばした程度では何の意味もない。老人は着地するとすぐに態勢を戻し、再び同じ速度で斬り込んでくる。
(昔ならいざ知らず、今の俺では出力の点で分が悪いようだな)
現在の宿儺は指十六本分。全盛にはまだ届いていない。
対する篁は、戦いながら強くなっているのではない。最初から持っていたものを、少しずつ出しているだけだった。
(大した問題ではないが)
宿儺の表情に焦りはない。
純粋な出力で劣っているのなら、出力勝負をしなければいい。それだけの話だ。
むしろ興味深いのは、別のところにあった。
ここまで戦い続けても、篁は生得術式らしいものを一度も使っていない。
(やはり術式は持っていないか)
刀、身体能力、呪力操作、そして異常な水準の簡易領域。それだけだ。
(呪力操作。出力。身体操作。剣術――どれも術師なら誰でも身につける基本に過ぎん)
宿儺は篁の一閃を避け、反撃に掌底を叩き込む。篁の身体が数メートル後方へ飛ぶが、老人は片足で地面を削って勢いを殺し、すぐに刀を構え直した。
(だが、その全てが馬鹿げたところまで研ぎ澄まされている)
宿儺は千年前、数え切れないほどの術師と戦ってきた。特異な術式を持つ者もいた。莫大な呪力量を誇る者も、領域を極めた者もいた。
しかし。
(ここまで基本を極めた人間は見たことがない)
そこで宿儺は僅かに笑った。
(――俺を除けば、だが)
もう一つ、宿儺にも判然としないものがある。
膂力だった。
呪力による身体強化が卓越しているのは間違いない。しかし、それだけでは説明がつかない。刀を受けた時の重さも、踏み込みから生まれる瞬間的な加速も、老人そのものの肉体が尋常ではない力を生み出している。
天与呪縛でもない。呪力はむしろ有り余るほどある。
(何だ、この身体は)
答えは出ない。
(まあいい)
宿儺はすぐに思考を切り替えた。
分からないからといって、殺せないとは限らない。
◆
宿儺は何度目かの「解」を放った。
篁はまた刀で弾く。
(殺意や殺気に反応し、それに対応してきているのか)
漏瑚が篁へ殺意を向けた時、老人の反応は露骨なほど鋭くなっていた。それは今も同じで、宿儺が篁自身を断とうとした斬撃ほど、発動とほぼ同時に処理される。
(だから斬撃は弾かれる。ならば――武器の方を狙うか)
宿儺が指を動かした。
「解」
飛んだ斬撃の狙いは、篁の身体ではない。
握られた日本刀。
篁が刀を動かした瞬間、その刀身に宿儺の「解」が食い込んだ。甲高い音とともに火花が飛び、刃の一部が小さく欠ける。
宿儺は続けて斬撃を放つ。一本は弾かれたが、もう一本が刀身を削り、新たな刃こぼれを生んだ。
(これで刀の切れ味は相当に落ちた)
宿儺は篁の反応を観察する。
(だが、これだけで終わるとは思えん。さて、どう来る?)
さらに「解」を飛ばした。
篁は避けなかった。
代わりに、刀を僅かに傾ける。
斬撃が刀身へ触れ、火花が散った。
宿儺の眉が僅かに動く。
弾いていない。
受け止めてもいない。
斬撃そのものを刀身の縁に沿わせるように流している。
もう一度。
篁は角度を変え、宿儺の「解」で刀身の一部を薄く削らせた。
そこで宿儺は気づく。
「……!」
先ほどまで欠けていた刃が消えていた。
刀身そのものは僅かに細くなっている。だが、その代わりに新しい刃が形成されている。
(『解』によって刃こぼれした刀を研いだのか……!)
一瞬だけ宿儺の目が見開かれた。
次の瞬間。
「ゲラゲラゲラ!」
宿儺は声を上げて笑った。
「いいぞ、爺!」
「~~~~~~~~~~」
篁は何も答えず、研ぎ直した刀で再び踏み込む。
◆
戦いはさらに続いた。
宿儺は篁の攻撃を捌きながら、ふと意識を別の方向へ向けた。
確認しておきたいことが一つだけあった。
(伏黒恵は――)
気配を探る。
生きている。
しかも、ここからは十分に離れていた。
現在、伏黒恵は家入硝子のもとで治療を受けている。少し前、伏黒を追い詰めていた重面春太は、駆けつけた七海建人によってすでに殺されていた。七海が間に入ったことで、伏黒は影の奥に眠る最後の切り札を呼び出す必要もなく、そのまま治療を受けることができている。
もちろん、宿儺がそこまでの経緯を知る由はない。
ただ、伏黒恵が生きていること。そして、これから自分が巻き込もうとしている範囲から十分に離れていること。
それだけ確認できればよかった。
宿儺はすぐに意識を篁へ戻した。
ただ、伏黒恵が生きていて、これから自分が巻き込もうとしている範囲から外れている。
それだけ分かれば十分だった。
しかし宿儺には、もう一つ考えなければならない問題がある。
時間だ。
虎杖悠仁はいずれ身体の主導権を奪い返してくる。十本の指を一度に取り込んだことで今は宿儺が表へ出ているが、それがいつまでも続く保証はない。
篁の刀が首へ迫った。
宿儺は左腕を差し込む。刃が肉を通り、腕が宙を舞った。その代わり首は残る。切断面から即座に新しい腕を再生させながら、宿儺は考えた。
(それまでにこの爺を殺せればよかったが、この調子ではそうもいかん可能性があるな)
首だけは通せない。
反転術式を回す頭と、呪力を練る腹。その繋がりを完全に断たれた場合、これまでのように再生できる保証はない。胴を完全に上下へ分断される斬撃も同様だった。
腕ならば切らせる。肩も、脇腹も、治せる傷なら構わない。
だが致命部位だけは、多少無理をしてでも守る。
虎杖が戻った後のことも問題だった。
主導権が戻った直後、篁が虎杖を斬ればどうなるか。器ごと殺されれば、中にいる宿儺も無傷では済まない。
(ならば、この場で伏黒恵へ移るか?)
宿儺は一瞬だけ、本気でその選択肢を検討した。
方法はある。
だが。
(いや、まだ早い)
即座に却下する。
伏黒恵の魂はまだ折れていない。今この瞬間に肉体を奪ったところで、内側から抵抗される可能性がある。完全に抑え込まれなくとも、出力を落とされたり肉体の操作を阻害されたりすれば、目の前に篁がいる状況では致命的だった。
(やるなら、もっといい時がある)
ならば今は、現在持っている手札の中から最も有効なものを切る。
宿儺は篁の刀を弾き、大きく後方へ距離を取った。
そして両手を組む。
「領域展開――伏魔御廚子」
禍々しい御廚子が、現実空間そのものへ姿を現した。
閉じた結界はない。
それでも、宿儺の術式効果は広大な範囲へと広がっていく。
無数の斬撃が降り注ぐ。
建物を裂き、道路を刻み、ありとあらゆるものを切断していく中で、篁の周囲だけに薄い領域が広がった。
我流簡易領域。
伏魔御廚子の必中斬撃は、篁へ届く直前にその性質を失った。
宿儺はそれを見て笑う。
予想通りだった。
漏瑚の領域で崩れなかった簡易領域が、今の宿儺の出力で容易く消えるとは思っていない。
もし偽夏油がこの場を見ていれば、この次に宿儺が領域範囲を狭めると予想しただろう。範囲を犠牲に出力を集中させ、篁の簡易領域を正面から押し潰す。
宿儺が選んだのは、正反対だった。
伏魔御廚子の範囲がさらに広がる。
限界まで。
渋谷一帯を大きく巻き込みながら。
建物が削られる。道路が粉砕され、車も看板も柱もガラスも、無数の斬撃によって細片へ変えられていく。細片はさらに砕かれ、やがて膨大な量の粉塵となって空間へ漂い始めた。
篁には斬撃が届かない。
それでいい。
(必中が通らんなら、それで構わん)
宿儺は最初から、簡易領域との出力勝負をするつもりではなかった。
斬れないのなら。
斬る必要がない。
先ほど確認した。
伏黒恵は、この範囲から十分離れている。
宿儺が構える。
「竈」
篁が一歩踏み込んだ。
宿儺の笑みが深くなる。
「開」
炎が放たれた。
一瞬の静寂の後、渋谷が爆ぜた。
伏魔御廚子によって生み出された大量の粉塵へ炎が着火し、連鎖する爆発が広大な空間を一気に呑み込む。熱と衝撃が地面を揺らし、視界の全てが炎と白光に覆われた。
◆
しばらくの間、何も見えなかった。
炎が燃え、黒煙が天へ昇っていく。熱によって空気そのものが歪む中、宿儺だけが静かに爆心地を見つめていた。
直撃した。
間違いない。
篁は避けなかった。刀で斬ったわけでも、我流簡易領域で爆発を消したわけでもない。炎も、熱も、衝撃も、その身体でまともに受けている。
だからこそ。
黒煙の向こうから足音が聞こえた時、宿儺は僅かに目を見開いた。
コツ、コツ。
「~~~~~~~~~~」
煙を押し分けるように、老人が歩いてくる。
黒い背広の一部は焼け落ち、露出した皮膚には火傷もある。頬や腕には赤く焼けた痕が残っていた。
だが、それだけだった。
歩き方は変わらない。
刀も握っている。
戦闘能力に大きな影響を受けているようには、到底見えない。
(直撃した)
宿儺は篁を見据えた。
(ほとんど防いでもいない。それで――あれだけか?)
ほんの一瞬。
宿儺は黙った。
「ケヒッ……」
喉の奥から笑いが漏れる。
やがて、それを抑える理由すらなくなった。
「ゲラゲラゲラゲラ!」
宿儺は声を上げて笑った。
これまでで一番、楽しそうに。
「いい! いいぞ、爺!」
その目には、明確な歓喜があった。
宿儺の斬撃を捌く。
純粋な出力で押し返す。
刀を壊そうとすれば、敵の斬撃を砥石に変える。
そして今。
宿儺が現状考え得る中でも極めて有効な一撃を、正面から受けてなお立っている。
ようやく。
本当に楽しめる。
そう思える相手だった。
もっとも。
状況だけを見れば、宿儺は明確に危機へ陥っていた。
(これは少し不味いな)
伏魔御廚子を展開した直後。
術式は焼き切れ、一時的に使用できない。
その状態で。
篁がほとんど無傷のまま歩いてくる。
それでも宿儺は笑う。
(まあいい)
篁の身体が沈む。
(だから面白い)
次の瞬間、刀が来た。
宿儺は両腕で軌道を逸らす。片腕が深く裂けるより早く篁は刀を返し、今度は脇腹へ刃を走らせた。宿儺は身体を捻って致命部位から軌道を外すが、背中まで長い傷が刻まれる。
反転術式で治す。
篁は待たない。
一撃目を避ければ二撃目。二撃目を防げば三撃目。
宿儺は拳と蹴り、純粋な呪力強化と身体操作だけで応戦する。時には篁の頬を拳が掠め、時には蹴りが胴へ入る。それでも篁の攻勢そのものは止まらない。
横薙ぎが首へ迫った。
宿儺は右腕を差し込む。
腕が落ちる。
首は残った。
反転術式ですぐに再生し、その腕で次の斬撃を受ける。
笑っている。
だが、余裕ではない。
宿儺自身が一番よく分かっていた。
術式が戻るまで。
この老人の攻撃を。
致命傷だけ避けながら凌ぐ必要がある。
何十度目かの攻防の後。
ようやく。
宿儺の中に感覚が戻った。
術式。
使える。
「……」
篁が斬り込む。
宿儺は半歩ずれて避け、指を動かした。
「解」
不可視の斬撃が飛ぶ。
篁は刀で受けた。
甲高い音。
そして。
これまでとは違い、老人の腕が僅かに押し込まれた。
「~~~~~~~~……」
宿儺の口元が上がる。
斬撃の鋭さが増している。
術式が回復したからではない。
篁との戦いの中で、見ていた。
刀を振るう瞬間。
呪力をどこへ集中させ、どのタイミングで対象へ通すのか。身体、刀、呪力、対象――その全てをどう一本の斬撃へ繋げているのか。
全ては分からない。
理解できない部分の方が多い。
それでも。
(使えるところはある)
宿儺は二発目の「解」を放つ。
篁が弾く。
刀身が大きく震えた。
三発目。
篁は身体をずらして避ける。
背後の地面が、先ほどより明らかに深く断たれる。
(全部は拾えん。だが、この程度なら俺にも使える)
「ケヒッ」
宿儺が楽しげに歯を見せた。
「貴様との斬り合いも、無駄ではなかったようだな」
「~~~~~~~~~~」
篁は何も答えない。
ただ刀を構える。
宿儺も構え直した。
まだ続けたい。
どこまで行けるのか。
もっと見てみたい。
だが。
その時だった。
宿儺の指先が僅かに震えた。
「……?」
身体の内側から、強く引き戻される感覚。
宿儺の顔から笑みが僅かに薄れる。
(時間か)
虎杖悠仁。
器の主導権が戻り始めている。
「チッ」
宿儺が舌打ちした。
篁はもう目の前まで来ている。
まだ戦える。
あと少しなら。
しかし、顔の紋様が少しずつ薄れていく。
「次は――」
最後まで言い終えることはできなかった。
◆
虎杖悠仁が目を開けた。
最初に目へ入ったのは、自分の手だった。
宿儺の紋様はない。
身体の主導権が戻っている。
けれど。
喜びなど。
どこにもなかった。
虎杖は知っていた。
身体を奪われている間も、完全に意識を失っていたわけではない。何が起きていたのかは、ずっと知覚していた。
宿儺が漏瑚と話していたことも。
篁と殺し合っていたことも。
伏魔御廚子も。
あの大爆発も。
全部。
虎杖はゆっくりと周囲へ視線を向けた。
何もない。
そこには本来、建物があった。
道路があった。
人がいた。
それが今では、瓦礫と焼け跡ばかりになっている。
自分の身体で。
宿儺が。
これをやった。
「……俺が」
声が震えた。
違う。
やったのは宿儺だ。
自分ではない。
そんなことくらい分かっている。
それでも。
宿儺が使った身体は。
自分のものだった。
「違わない……」
膝から力が抜けた。
虎杖は地面へ手をつき、砕けた石を握りしめる。
「俺が生きてたから……」
喉が詰まる。
息がまともに吸えない。
「俺の中にあいつがいたから……」
涙が地面へ落ちた。
「俺は……ただの人殺しだ……」
その時。
足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
虎杖が顔を上げる。
篁が歩いてくる。
背広は焼け、肌にはまだ火傷の跡が残っている。それでも刀を握り、先ほどまでと何も変わらない様子で、真っ直ぐ虎杖の方へ歩いてきていた。
「……篁さん」
公園で会った時のことを思い出す。
あの時、この老人は自分の首へ刀を振った。
確かに刃は通った。
それでも傷は残らなかった。
そして自分は言った。
死ぬのは怖い。
それでも宿儺の指を全て取り込んだ後なら。
死ぬ。
そう言った。
今は。
違う。
「……殺してくれ」
篁は歩き続ける。
「~~~~~~~~……」
「俺を……殺してくれ」
虎杖は立ち上がった。
逃げない。
むしろ自分から一歩、篁へ近づく。
「俺が生きてるから、こんなことになった。俺の中にあいつがいるから、こんなに人が死んだ」
声は震えていた。
それでも。
自分の首を晒した。
「もういいんだ」
篁との距離が縮まる。
「俺は……ただの人殺しだ」
虎杖は目を閉じた。
「だから、殺してくれ」
足音が近づいてくる。
コツ。
コツ。
すぐ目の前。
虎杖は刃を待った。
これで終わる。
自分も。
宿儺も。
もう誰も。
自分のせいで死ななくて済む。
そう思った。
けれど。
いつまで待っても。
刀は来なかった。
「……?」
足音が横へ移る。
虎杖が目を開けた。
目の前にいたはずの篁は。
もう。
自分の横を通り過ぎていた。
「……え」
振り返らない。
足も止めない。
「~~~~~~~~~~」
いつもの意味の分からない呟きだけを残し、篁は瓦礫の向こうへ歩いていく。
「……待って」
篁は止まらない。
「なんで……」
返事はない。
「俺は……人を殺したんだぞ……」
それでも。
老人は振り返らなかった。
許したとも言わない。
生きろとも言わない。
お前は悪くないとも言わない。
ただ。
斬らなかった。
それだけだった。
「……なんでだよ」
虎杖の声は、篁に届いているのかさえ分からない。
コツ。
コツ。
黒い背広の老人は瓦礫の向こうへ消えていき、やがてその足音も聞こえなくなった。
魔虚羅「またキャンセル!?」