TAKAMURA廻戦 作:日三汐理
「――あーあ、だから言ったのに」
夏油は足を止め、面倒そうに前方を見下ろした。そこには、地面に手をつきながら必死に呼吸を整える真人がいた。肩が上下に波打ち、喉からは掠れた空気しか漏れてこない。顔面は泥でぐしゃぐしゃだ。
「……うるせぇ……っ」
真人がかすれ声で吐き捨てる。睨むようにこちらを見るが、その目はまだ焦点を結んでいない。恐怖と疲労と、理解できない怒りが混ざった目だ。
羂索は小さく笑った。まるで面白い玩具が壊れかけているのを見ているように。
「ほら見ろ、だから言ったろう? “あの老人には関わるな”って」
真人の口角がわずかに引きつる。呼吸を整えようとしても、喉が鳴るばかりでうまくいかない。
「……あんなの、人間じゃ……」
「うん、それは正しい。よく見てきたねえ。君にしては上出来だ。」
夏油の声は柔らかい。だがその柔らかさの裏には、徹底した冷淡さがあった。
真人は地面を拳で叩いた。湿った音が響く。
「ふざけんなよ……何が、何が起きたんだよ……」
真人の恐怖は単に攻撃を受けたことや自分よりも強い者に会ったことによるものではない。まるで呪いをただ殺すためだけの存在、その異物感と底知れなさに震えたのだ。
「彼はただ自分の本能に従っただけさ。君という呪いを殺す。それだけだよ。私が助けてなければ、間違いなく殺されていただろうね」
夏由は一歩、また一歩と真人に近づく。足音がやけに静かに響く。
「世界にはああいう化け物もいるということさ」
真人は顔を上げる。だが夏由の瞳と目が合った瞬間、再び視線をそらした。
さっきまでの恐怖が、まだ骨の奥に残っているのだろう。篁という名の“何か”が、彼の中に深い刻印を残していた。
「……殺されかけた……」
「うんうん、怖かったねぇ。」
まるで幼児をあやすような調子で、夏油は真人の髪をくしゃりと撫でた。真人は不快感を感じつつも、振り払うことができない。体がまだ震えて自由に動けないのだ。
「だが、いい経験だったろう? 死に触れるってのは、呪いの本質を学ぶにはうってつけだ。」
「ふざけんなよ……もう二度と、あんな奴に」
「“もう二度と”ね。」
夏油の笑みが少しだけ深くなる。
「私としてもあれと接触するのは避けたい。もう二度と会わないと言うなら好都合だ。だが、次に会ったらその時は間違いなく君という存在が終わる時だ。それだけは覚えておいてくれ」
真人は答えない。
ただ、両手を握りしめ、唇を噛んでいた。血の味が滲む。
夏油は背を向ける。夜風が二人の間を通り抜けた。
「さ、戻ろう。あんな存在に構ってないで、こっちの計画を進めよう」