TAKAMURA廻戦 作:日三汐理
五条悟の提案は却下された。
彼は「せっかく器が現れたのだから、20本ある指をすべて飲み込ませてから処刑すれば、宿儺という呪いを完全に消滅させられる」と主張したのだ。
「私が宿儺に負けるとでも?」
五条の案の最大のリスクは、指を取り込むほどに宿儺が力を取り戻す点にあった。
虎杖がやがてそれを抑えきれなくなり、万が一にも暴走した場合──止めることは極めて難しい。
五条は「そのときは自分が止める」と約束したが、それでも上層部は首を縦には振らなかった。
「そうではない。たった一人の小僧を殺すだけで、両面宿儺の指を一本葬れる。これだけで十分な収穫だ。貴様の案はリスクが大きすぎる」
「へぇ。じゃあその場合、誰が死刑を執行するんです? 両面宿儺だってバカじゃない。殺されそうになれば、何らかの手段で防ぎますよ」
それはブラフだった。
五条は虎杖が完全に宿儺を抑え込めることを確信していた。
ただし──普通の高校生に過ぎない虎杖が、死を恐れて宿儺を表に出す可能性は否定できない。
「たった一本とはいえ、両面宿儺に勝てる人間はそう多くない。おそらく今の段階でも、一級術師が束になっても敵わないでしょう」
特級術師であれば勝機はある。だが現在、日本にいるのは五条ただ一人。
当然、五条が上層部の言いなりになって死刑を執行するはずもない。
つまり、宿儺を殺せる手駒は存在しないのだ。
「一人いるであろう。我らと同じ考えを持つ強者が」
五条は内心で舌打ちした。
特級術師ではないが、確かに一人だけ──宿儺を殺せる可能性のある男がいる。
「篁は悪しき抹殺対象を必ず殺してきた。今回も同様、やつならば良い結果をもたらすだろう」
議場に不快な沈黙が流れ、古びた木の壁に掛けられた時計の針の音だけが響いた。
五条は腕を組み、深く息を吐く。どれだけ言葉を尽くしても、上層部は動かない。
理屈など最初から求めていない。最初から彼らの中にあるのは自己保身のみ──結論ありきで話を進めているのだ。
「良い結果、ねぇ」
五条は皮肉を込めて笑った。
「それは“あなた方の基準”の話でしょ。それに、篁さんが忠実に遂行してくれるとでも?」
「確かに、篁は扱いが難しい。ボケているのかまともに話も通じぬ。だが、これまで数多くの呪霊と呪詛師の討伐を依頼してきた。一切のやり取りができぬわけではない。さらに言えば、やつは悪と断じた相手には容赦せん。この件を知れば、自主的に殺しに行くであろう」
「じゃあ、まずは篁さんをここに呼んできてくださいよ。結局は彼が了承するかどうかでしょ」
返答はなかった。無視とも、肯定とも取れる沈黙。
五条は肩をすくめ、踵を返す。議場の扉を開けた瞬間、背後から低い声が響いた。
「篁を召集し、再度審議の場を設ける。結果は決まっておるがな。貴様でも篁は止められまい。力で制することはできぬ」
五条は立ち止まり、わずかに顔だけを振り返る。そこに表情はなかった。
「おじいちゃん達さぁ、僕をなめすぎだよ」
そう言い残し、扉を閉めた。
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——篁。
一見すれば殺戮マシンのようで、その実、秩序の体現者とさえ言えるほどの功績を上げてきた存在。
上層部の指示に素直に従う人物ではないが、“生かしておけない悪”と判断した相手は、確実に殺す。
五条自身、その剣を間近で見たことがある。
刃は彼に向けられたものではなかったが、切り裂かれるような感覚に襲われた。
無下限さえ越えて刃が本当に触れたような錯覚に陥った。
報告によれば、篁は簡易領域を使うことができるらしい。
領域展開を用いる特級呪霊と対峙した際に発動したという。
シン陰流ではなく独学で習得したもののようだが、その精度は日下部が驚愕するほどだったらしい。
術式は、濃い領域によって中和できる。
ただし通常の簡易領域は出力が足りず、それを実現するには至らない。
しかし、篁ならば超高出力の簡易領域によって術式を中和できる可能性がある。
そうなれば──五条にも攻撃が届く。
「めんどくさいことになったなぁ……」
五条は廊下を歩きながら、思わず呟いた。
篁に依頼を出せれれば、虎杖の命は確実に失われる。五条は伏黒との約束を守れなかったことになる。
宿儺の器である以上、篁の基準では“生かしておけない存在”だ。上層部はそれを理解して強気に出ている。
五条が処刑に割って入ることはできる。だが、そうなったときにどんな決着になるのか──明確なビジョンが見えない。
「どうしたもんかな」
思考の底で、五条は珍しく焦りを覚えていた。
彼は“最強”だ。どんな相手にも勝てると信じて疑わなかった。
だが、篁に関してだけは違う。勝てるかもしれない。だが、無事では済まない。五条自身のこともそうだが、戦いになったらその周辺の地域が壊滅することになることを懸念しているのだ。
それに、下手をすれば反転術式すら間に合わず両断される可能性すらある。『最強』が勝てない可能性があるのだ。
篁はそういう存在だった。
理不尽なまでの力、それを何の躊躇もなく振るう──それが、今まで見てきたどんな呪いよりも恐ろしいと五条は感じていた。
「……ったく、あの人さえいなけりゃな」
五条はポケットに手を突っ込み、夜空を見上げた。
満月が淡く雲に覆われ、その光は静かで、どこか冷たかった。