DENJI IN BLACK   作:深紫Sιn姉

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第一章
1話:パンにジャム


 廃倉庫の内部は、濃密な血の臭いで満ちていた。

 

 死体、死体、死体。

 静寂の中、腐敗の気配を放っていた。

 

「先を越されたね」

 

 紅髪の女性——マキマがそう呟く。

 

「全員死んでますね」

「悪魔もいないようです」

「みたいだね」

 

 三人は公安のデビルハンターである。

 しかし、知らせを受け向かった先は”無”であった。

 

 凄まじい破壊痕。

 まるで空間を抉り取ったかのような空洞。

 それは、文字通りあり得ない光景。

 

「知らない匂いがするね……」

 

 マキマの言葉が途切れ、視線は虚空をさまよった。

 

 

■ ■ ■

 

 

 まだ倉庫に血の匂いがしていなかった頃。

 デンジは仕事だ、と爺さんに連れて行かれていた。

 

「こんなトコに悪魔出たんすか? 見当たらないっすけど……どっか隠れたんすかね」

 

 しかし、寂れた倉庫にはデビルハンターとして狩る悪魔がいなかった。

 埃っぽい空気が彼の鼻腔を突く。

 いつもの夜の静けさが不気味に感じられた。

 

 どういうことだろうと、爺さんの独り言を聞き流していると——突然、後ろから何かが体を貫いた。

 遅れて、激痛と衝撃がデンジの体を襲った。

 

「ぐあっ⁉︎」

 

 振り返ると背後には、屍体の群れが広がり、そしてその主人である悪魔が立ちはだかっていた。

 腐った人間の臭いが漂い、うめき声が倉庫に響く。

 

 血が滴り、視界がぼやけ始める。

 

 彼、デンジは”普通の生活”をしたかっただけだ。

 パンにジャムを塗って食べるような、平凡で穏やかな日々を。

 

「くそぉ……んな事も叶えられねぇのかよ」

 

 だが訪れるのは——死のみ。

 

 自身が肉塊に変わっていく。

 痛みさえも遠ざかり、闇が彼を包む。

 

「ああ」

 

 ポチタとの夢を最期に心地よくみて……。

 

 

 

 ——ゴミ箱の中で、目を覚ました。

 冷たい金属の感触で、ゆっくりと意識が戻る。

 

「傷が……生きてる?」

 

 体を起こし、傷口を確かめる。

 奇跡的に、血は止まり、痛みは引いていた。

 

 そして、目に入ってくる光景に絶句する。

 倉庫内は一変し、惨劇の舞台へと化していた。

 

「な、なんだよこれ……全員死んでんじゃねえか」

 

 血飛沫と重なった死体の数々。

 ゾンビにされたやつらが皆全て、死んでいた。

 空気はさらに重く、死の静けさが支配している。

 

「ひっ」

 

 デンジは息を潜めた。

 心臓が激しく鼓動し、体を縮こまらせる。

 

 死体の山々の中心に、二人の黒服がバカでかい銃? のようなものを携えて立っていたからである。

 威圧的なシルエットが、暗闇の中で際立っていた。

 

 黒いスーツに黒いサングラス。

 

 こいつらがやったんだ。

 そうだ、間違いない。

 

 こんな凄惨な現場を作り上げたのは彼らだ。

 デンジの直感が、そう告げていた。

 

 すると、息を潜めていたデンジに、二人の黒服が気付き、彼に声をかけてくる。

 ゆっくりと近づき、視線を向けてくる。

 

「Yo, this the guy?」

「Yup. Japan’s special case」

 

 デンジはポカンとした。

 

「……何言ってんだこいつら?」

 

 困惑した表情で、彼は周囲を見回す。

 状況が理解できず、ただただ警戒心を強めた。

 

「He doesn’t understand. ”K”, you got the pill?」

「Always, ”J”」

 

 Kと呼ばれた白人の男と、Jという黒人の男。

 彼らはポケットから銀色の小瓶を取り出すと、中から一粒の薬のような何かを落とした。

 光沢を帯びた小さな粒が視界に映る。

 

 それがデンジの手に渡される。

 強引だが、拒否の余地は感じさせない。

 

「Take it. It’ll help you listen」

「Yep, it’s very spicy. But it works」

 

「……飲めってことか?」

 

 二人の黒服は同時に頷く。

 

「ちっ、仕方ねーか。二度も殺されたくねえし」

 

 そう言って、デンジは渋々といった感じながらも、眉をしかめつつ薬を飲み込んだ。

 喉を通る感触が、奇妙に冷たい。

 

 数秒後——。

 世界の音が歪み、耳鳴りが波のように押し寄せる。

 体が熱くなり、舌に異常な刺激が走る。

 

「かっっっらッッッ⁉︎ な、舌が燃えるッ!」

 

 猛烈な辛さが口内を襲い、顔を歪めてしまう。

 

「Ha! Told ya, K. Works every time」

(ほらな、K。百発百中だ)

「All right. Now he can understand」

(よし、もう通じるな)

 

 だが次に聞こえた声は、

 不思議なことに——日本語に聞こえた。

 まるで翻訳機が頭の中に詰め込まれたかのように。

 

「おお……今、何つった? なんでわかんだオレ?」

 

 デンジは驚きの声を上げる。

 自分の耳を疑い、二人の顔を交互に見つめる。

 

「副作用だ。今から24時間、何を食っても激辛になる。気をつけろよ。俺もあれは参ったからな」

「……最悪じゃねぇかよ」

 

 デンジは舌を出してげんなりとした。

 

 そんな彼の前に、Kが一歩近づいた。

 静かな足音が、倉庫に響く。

 

「心配はいらん。言語理解の効果は恒久的だ」

「は……はあ」

「ほら、これを受け取れ」

 

 ゆっくりと黒い名刺を差し出される。

 シンプルだが、重みのある一枚。

 デンジはおずおずとそれを受け取った。

 

『MEN IN BLACK』

 

 デンジは名刺を凝視した。

 黒い背景に白い文字で刻まれている。

 

「メン・イン・ブラック……?」

 

 Jが笑みを浮かべ、Kが無表情で答える。

 

「ああ、俺たちは今のところお前の敵でも味方でもない。俺たちはお前と話し合いがしたい」

「はなしあい?」

 

 デンジは名刺を裏返したり透かしたりして、まじまじと『MEN IN BLACK』の文字を眺めた。

 

 どこからどう見ても、ただの黒い紙切れだ。

 だが、その背後に立つ二人の黒服からは、どう見ても「ただ者ではない」圧が漂っていた。

 空気を支配する存在感が、デンジを圧倒する。

 

「俺たちは地球に出入りする異常存在の監視をしている。良い宇宙人、悪い宇宙人。まあいろいろだな」

「こいつ、何言ってんだ?」

 

 デンジはさっきから彼らが何を言っているのか、わけがわからなかった。

 

「おいガキ、口には気をつけろよ。じゃないと悪い宇宙人として処理しちまうかも……なんてな!」

 

 Jという男がおどけてみせてそう言った。

 

「それは、イヤだなあ……」

 

 デンジはそう言って、自分の体を見下ろす。

 胸には“ポチタの尻尾”のようなものが光っていた。

 

「そうだ……ポチタ」

 

 デンジは何かを思い出し、そっと胸をさすった。

 

「それでだ、小僧。今のところ一番危険なシグナルが——お前のその胸から出ている」

「どういうことっすか?」

 

 デンジの疑問に対してKが淡々と答えた。

 

「俺たちはそれとまた別のシグナルを追ってここまで出張して来たんだが——」

 

 Kがふと後ろを振り向いた。

 死体の山々が築き上げられている。

 

「とまあ、こっちの処理は終わったんだ——とはいえ、小僧。今度はお前が問題だ」

 

 デンジは首を傾げた。

 自分に何の問題があるかさっぱりだ。

 

「え、オレすか?」

 

 Kに代わり、Jが頷いてそれに答えた。

 

「そうだ、お前の胸から超ヤバーイシグナルが出ている。それがある限り、俺たちは両手をあげてハイ解散とは言えない」

 

 お前に選択肢を与える、とデンジは言われた。

 

「いいか? シグナルが出ているとはつまり、お前は”宇宙人”なんだ」

 

 Jが銃のようなものを光らせて断定した。

 そこに異論の余地は残されていなかった。

 

「お前は、良い宇宙人として保護されるか、悪い宇宙人として処理されるか。二つの選択肢がある。それなら、どっちがいい?」

 

 デンジは考える仕草を見せてから、こう言った。

 自分が宇宙人かなんだかわかんねえ、でも一つ確かな己の願いがあった。

 

「なあ、その”ほご”ってのはよ……パンにジャムを塗って、食えたりするのか……するんですか?」

 

 Jは笑い、Kはほんの少しだけ口角を上げた。

 

「コーヒーも」

「セットでな」

 

「……最高じゃねぇか」

 

 その一言に、二人の黒服は頷いた。

 

「なら決まりだな」

「ようこそMIB——地球で一番クレイジーな場所へ」

 

 Kは背広の内ポケットから何かを取り出した。

 黒光りするサングラスだった。

 それをデンジに放り投げる。

 軽やかに弧を描き、彼の手に収まった。

 

「ほら、とりあえずソレを付けておけ」

「お前は良い宇宙人だからな。プレゼントだ」

 

 デンジはグラスをかけ、レンズ越しに周囲を見る。

 するとどこか、世界が大きく変わって見えた。

 血の海が、まるで映画のセットのように。

 

「じゃあ行くとするか」

「さあついて来い、小僧」

 

 KとJが、デンジを促す。

 

「一体どこに……?」

 

 デンジの問いに二人はニヤリと答えた。

 

 

「「——ニューヨークだ」」




【進捗】1/4
次回:#2「エージェントD」
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