DENJI IN BLACK   作:深紫Sιn姉

10 / 10
10話:チェンソーマン

「小僧、まずは落ち着け」

 

 Kが諭すようにデンジに呟く。

 

「落ち着けないっすよ! だってポチタが、オレのポチタがそこにいるんすよ⁉︎」

「そうか、だが落ち着け」

 

 デンジはまだ興奮が収まりきらないようだ。

 

「まず初めに、お前に伝えておかなければいけないことがある。これは地球をひっくり返すようなことだ」

「……地球はひっくり返りませんよ!」

 

 するとふと、Kがポチタを閉じ込めている金属製のゲージを開いた。

 

「よし、出てきていいぞ」

 

 Kその一言を聞いて。

 よろよろと、ポチタが怯えながらも出てくる。

 

「ポチタ……!」

 

 そして地面に崩れ落ちたままのデンジの元に向かうと、そっと頬に、ポチタは割れ物を触るように自分の頭を擦り付けた。

 

「ワンワン‼︎」

 

 その声はデンジの脳内に直接響いた。

 確かに、今ポチタが目の前で吠えている。

 

「ぽ、ポチタ……? お前、喋れるのか⁉︎」

 

 デンジの目から大粒の涙がポロポロこぼれ落ちる。

 そして両腕で、その小さくて温かいオレンジ色の体をきつく抱きしめた。

 

「ポチタぁ……! オレ、オレよぉ……! ずっとお前ともう一回、会いたくて……!」

 

 そこに、Kがごほんと咳を鳴らす。 

 

「感動の再会中悪いが、小僧。話の続きだ」

 

 Kは銀の細筒——ニューラライザーを取り出し、手の中で転がした。

 

「俺たちはこれから、地獄という共有メモリ領域を完全にクリーンアップする。宇宙全体を巻き込む、コイツの力をフル活用した特大のニューラライズ。悪魔という概念そのものを、この宇宙から完全に消去する」

「えっ……」

「だが、お前の心臓のまま、コイツ自身の力で『悪魔』という概念を消去させてしまえば、どうなると思う? 悪魔であるコイツ自身も、宇宙から消え去る運命にあった」

 

 デンジはハッとして、腕の中のポチタを見た。

 ポチタは、穏やかに微笑んでいる。

 

「デンジのためなら、私はそれでもよかった」

「そんなの……絶対に嫌だ! オレぁ絶対嫌だ!」

 

 デンジの愛の告白とも言える咆哮。

 

「心配するな、小僧。コイツは消えない」

「え……? どういうことっすか」

「小僧、初めて会ったあの日——我々がお前を『良い宇宙人』として保護したのを覚えているな?」

「は、はあ……。覚えてますけど」

「その時、一枚の”黒い紙”をお前に渡したはずだ」

 

 デンジの脳裏に過去の記憶が呼び起こされる。

 黒い紙に、白文字。

 『MEN IN BLACK』と刻まれた名刺。

 

「よーく思い出せ。それの使い道を、お前は最近目にしたはずじゃないか?」

 

 ——銃の悪魔。

 ——封印・圧縮。

 ——ペット。

 

「そうだ、Gパターン——銃の悪魔を、MIBのデータベース上で再定義した。アイツは『悪魔(Outer Pattern)』じゃない。正式なビザを持った地球の住人……良き宇宙人『ペット(Pacified Exo-Threat)』になったのを目にしたはずだ」

 

「それってつまり……?」

 

「つまり、だ。概念の法則から外したからには、宇宙から悪魔が消えようと、ペットはただの『ちょっと変わった生き物』として存在が固定される」

 

 デンジの頭が、Kの言葉を必死に処理する。

 つまり、悪魔がいなくなっても、ペット化さえしてしまえば、ポチタは消えない。

 ——一緒に、生きていける。

 

「お前は、それを可能にするモノを持っている」

 

 パチン、とKが指を鳴らすと。

 デンジのMIBとしての黒い制服がさっと現れた。

 

 デンジは立ち上がる。

 そしておもむろに、内ポケットの辺りを探す。

 そして……。

 

「……あった」

 

 デンジの手には、ボロボロになったあの日、Kから渡された黒い名刺が握られていた。

 

「……ポチタ。これ、受け取ってくれ」

 

 デンジは、震える手でその黒い名刺をポチタの鼻先に差し出した。

 ポチタは、不思議そうにフゴフゴと匂いを嗅ぎ、それからその小さな口で、名刺をパクりと咥えた。

 

「ワン!」

 

 その瞬間。

 名刺から黒い、だが温かい光が溢れ出し、ポチタの体全体を包み込んだ。

 光の中で、輪郭が、ほんの少しだけ揺らぐ。

 

 ——そして、少し経ち。

 

「 Pattern: 'Chainsaw Devil' を 'Pacified Exo-Threat' に再定義。よくやった、小僧。これで一段落だ」

 

 Kが淡々と、だがどこか微笑ましげに声で告げた。

 

「これでコイツは、もう『悪魔』の共有メモリ領域には存在しない。MIBのデータベースに正式に登録された、お前の『ペット(PET)』だ」

 

 光が収まると、そこには、変わらないオレンジ色の、愛らしいポチタが立っていた。

 今のポチタは、ただただ温かく、デンジへの愛だけに満ちた、純粋な存在だった。

 

「ポチタ……!」

 

 デンジは再びポチタを抱きしめた。

 今度はもう、失うという恐怖はなかった。

 ポチタもまた、「ワン!」と嬉しそうに吠え、デンジの頬を舐めた。

 

「……さて。準備はいいか、小僧」

「はえ? 何がです? もうこれでもう何もかも終わっちゃんじゃ……?」

「言っただろう? 世界から悪魔の存在という概念を消す、クリーンアップするんだ」

「そ、そういえばそんな話をしていたような」

「それには莫大なニューラライズエネルギーが必要となる。そして今、それをお前が手に持っている」

 

 デンジはポチタをPET化させた、名刺を眺める。

 

「それだ。そして、世界改変——いや、世界を『普通』に戻すMIBとしての最後の大仕事。それはお前がやるべきだろう。その資格が小僧、お前にはある」

「オレに……資格が?」

 

 デンジはもう一度、手の中の黒い名刺を見つめた。

 ポチタの温もりが、確かな質量としてそこにある。

 

 かつて宇宙の共有メモリ領域——「地獄」に蓄積されたあらゆる恐怖を喰らい、なかったことにしてきた『チェンソーの悪魔』の力 。

 

 それが今、手のひらサイズに収まっているのだ。

 

「そうだ。ついて来い」

 

 Kはきびすを返し、本部のさらに奥、厳重なセキュリティゲートの向こう側へと歩き出した。

 

 デンジもポチタを小脇に抱え、その後を追う。

 辿り着いたのは、MIB本部最上階のさらに上。

 

 ——そう、天蓋空間である。

 

 エレベーターのベルが静かに鳴り響く。

 

 そこは超巨大な空洞であり、無人の空間。

 遠く宙には星々が煌めき、中央にはまるで玉座のような謎の台が安置されていた。

 足元を見ると、そこには。

 水の惑星——地球がゆっくりと回っている。

 

「ここって、前にも来た……」

「ああ。前回は銃の悪魔を再構築したが、今回は全く逆だ。概念の解体と、世界規模の再起動を行う」

 

 Kは中央に安置された銀色の玉座を指差した。

 

「あの玉座こそが、MIBの誇る超広域認識改変プラットフォームのコアだ。さあ小僧、その名刺を玉座の端末に差し込め」

 

 デンジはゆっくりと玉座に近づく。

 冷たい銀色の装飾の合間に、黒い名刺がぴったりと収まるであろうスリットが口を開けていた。

 

「あの、Kさん」

「どうした、小僧」

 

 デンジは振り返ると、ニカッと笑い、こう言った。

 

「オレぁ、何だかんだ。この世界、好きでしたよ!」

 

 そしてデンジは覚悟を決める。

 今から、世界を大いに変える。

 

 黒い名刺を真っ直ぐにスリットへと突き刺した。

 

——カチリ。

 

 静かな音が響く。

 

 玉座が低い唸り声を上げ、名刺から莫大なエネルギー——『チェンソーの悪魔』が保有する概念消去の力が、純粋な光となって吸い上げられていく。

 

『Target confirmed. Commencing Global Neuralyzation sequence.』

(ターゲットを確認しました。グローバル・ニューラライゼーションのシーケンスを開始します。)

 

 無機質な音声と共に、天蓋空間の底面から、足元の地球に向けて極太の光の柱が打ち出された。

 

「うおおおっ!?」

 

 光の柱は大気圏を突き抜け、静かに弾けると、地球全体を包み込むように波紋となって広がっていった。

 それは、世界を丸ごと包み込んでいく。

 

 特大のオーロラだった——。

 

 ただの極光ではない。

 恐怖という概念を優しく溶かし去る、この世のものとは思えない色彩の乱舞。

 

 深い宇宙の闇を払拭するような、澄み切った水色。

 凍てつく心を溶かす、暁の空を思わせる淡い赤色。

 

 そして何より、オーロラの縁を彩り、光の波を先導するのは、ポチタの体温を思わせる、暖かく優しいひだまりのような橙色だった。

 

 色彩の波が、絹のヴェールのように揺らめき、交じり合いながら地球を照らしていく。

 

 ニューヨークの摩天楼も、モスクワの赤い広場も、東京の路地裏も。

 世界中のありとあらゆる場所が、夜の闇を忘れたかのように、優しく、明るく照らし出されていく。

 

 地上では、人々が足を止める。

 皆誰しもが、その奇跡の光を見上げていた。

 その美しさに目を奪われ、そして——。

 

 ——忘れていった。

 

 銃の悪魔がもたらした絶望を。

 日常に潜む理不尽な影を。

 『悪魔』という概念そのものを。

 

 人々の記憶が、オーロラの揺らめきと共に、なめらかに『普通』へと書き換えられていく。

 

「これで、世界は変わったんすよね」

 

 デンジがKに問いかける。

 Kは珍しくも表情を和らげて言った。

 

「ああ。一日中この光が地球を照らし続け、共有メモリ領域のクリーンアップは完了する。明日人類が目覚めた時、悪魔は『最初から存在しなかったもの』になっているだろう……だが世界は変わったんじゃない」

「……へ?」

「世界は、『普通』に戻ったんだ」

 

 Kは玉座から名刺を引き抜き、デンジに投げた。

 

「大仕事ご苦労、小僧。いや……エージェントD」

 

 

■ ■ ■

 

 

 数日後。

 朝のMIB本部、エージェントDの一室にて。

 

「いでっ! こらミニ、オレのジャムパンを横取りすんなって!」

 

 デンジの膝の上では、オレンジ色の『ポチタ』と、手のひらサイズの『ミニ銃の悪魔』が、デンジのと甘いパンを取り合って大騒ぎしていた。

 

「ワンワン!」

「キュココココ!」

 

 二匹の愛らしい「PET」がデンジの頬を交互に舐め回し、くすぐったさにデンジはたまらず吹き出す。

 

「あーもう、わかったわかった! お前ら順番な!」

 

 淹れたてのコーヒーの香りが漂う中、デンジは二匹の相棒を両腕に抱え上げると、黒いサングラスをスッと掛け直す。

 

 ——悪魔の消えた平和な世界。

 ——だが、MIBの仕事はこれからも続く。

 ——宇宙人の対応に追われ。

 

「さて、今日も一丁、地球(ココ)を守りますか!」

 

 

 この素晴らしき世界の『普通』を保つために——。

 

 

 

 

——『DENJI IN BLACK』 ——

完結




【進捗】2/2
……工事完了です。

Q. 最後に悪魔が消えちゃったけど、レゼやパワーも消滅したの?
A. いいえ、元気です! ポチタが『PET』として上書き登録されて助かったのと同じ理屈で、レゼは『エージェントR』、パワーは『司法取引中のエイリアン』としてMIBのデータベースに保護されていたため、システムの強制消去を免れました。MIB職員でよかったね!

偉大なるチェンソーマン原作完結に祝福を!
今作品も本当に、これで完結となります。

それでは、この光を見て……?(二回目)

\ /ピカッ\ /

グッバイ、チェンソーマン‼︎
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