DENJI IN BLACK   作:深紫Sιn姉

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4話:普通の味

 ニューヨーク・10:45 A.M.

 

 エージェントD——デンジは、MIB本部のロッカールームで黒いスーツを着替えていた。

 

 鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめ、襟を直す。

 黒い生地が体にぴったりとフィットし、なんだか自分が映画の主人公みたいに感じられた。

 サングラスをかけ、ポーズを決めてみる。

 右手を腰に当て、左手で拳銃を構えるような仕草。

 

「よし、今日もオレ、ちょーイケてるぜ」

 

 独り言を呟き、満足げに頷く。

 ロッカーを閉め、廊下に出た。

 

 本部はいつも通り、忙しない雰囲気に満ちている。

 MIBの職員が端末を叩き、人間のエージェントがファイルを抱えて行き来する。

 デンジは軽快に歩き、先輩のデスクへと向かった。

 

 その先輩——エージェントJはコーヒーを片手に、モニターを睨んでいた。

 画面には、地球上のシグナルが表示されている。

 赤い点がちらほらと点滅し、異常を示していた。

 

 「おっす、J先輩! 今日の仕事は何すか? また宇宙人追いかけっこですか?」

 

 デンジの元気な挨拶と質問に、Jはコーヒーを一口啜り、モニターから目を離さずに答えた。

 

「ようD。今日は軽めだぜ。イーストサイドから抜け出した宇宙人がいる。それをとっ捕まえにいくんだ。Kは別件で出払ってるし、俺とお前だけでいくぞ」

 

 デンジは目を輝かせ、拳を握る。

 

「了解っす! オレ、最近調子いいんすよ。スペースガンもバッチリ扱えるようになりましたからね!」

 

 Jが苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、慌てるなよD。お前はまだ新人、スペースガンの使い方が甘いんだからな。昨日の訓練で、標的じゃなくて壁を吹っ飛ばしたの忘れたか?」

 

 デンジは頭を掻き、照れ笑いをする。

 

「あ、あはは……次は完璧に決めますよ」

「まあいい、早速仕事に取り掛かるとするかD」

「了解っす!」

 

 二人はエレベーターに乗り、地上へ到着した。

 ニューヨークの喧騒が迎える。

 ホットドッグの匂い、クラクションの音。

 それぞれが漂い、鳴り響いている。

 

「よし、じゃあ隣に乗れD。シートベルトはちゃんとしたか? 結構ぶっ跳ばしていくぞ」

 

 Jが黒色の高級車を運転し目的の場所へと向かう。

 その道中、デンジは窓から街並みを眺め、興奮気味に話していた。

 

「J先輩、この街すげえっすよね。オレのいた田舎とは全然違う。高層ビルばっかで、みんな忙しそうだ。オレ、最初来た時は迷子になりそうでしたよ」

「ああ、みんな最初はそんなもんさ。ニューヨークは迷子になるにはピカイチの都市だからな」

 

 そんな雑談を二人は挟みつつ。

 目的地に、あっと言う間に着いた。

 デンジとJは車から降りる。

 そこは、路地裏のゴミ捨て場近くだった。

 

「はい到着」

「よっしゃ仕事だ!」

 

 古いアパートの密集地帯。

 レンガ造りの建物がずらっと並んでいる。

 

 周囲を警戒しながら路地に入った。

 空気は湿っぽく、腐った匂いが漂っている。

 するとゴミ箱の影から、奇妙な音が聞こえてくる。

 ぐちゃぐちゃ、という粘つく音。

 

 デンジが指差す。

 

「J先輩、あそこっす! なんか動いてますよ」

「気をつけろよD。スペースガンはまだ抜くな」

 

 Jが静かに頷き、デンジの前を歩く。

 二人は慎重に近づいた。

 

『かゆ……うま』

 

 そしてついに、対象がゴミ箱の陰から姿を現す。

 スーツ姿のサラリーマン風で、茶色の髪に眼鏡をかけた中年男の容姿である……宇宙人。

 肌が少し青みがかってて、耳が微妙に尖っている。

 ゴミを漁ってる最中で、手に空き缶持っているが、慌てて隠そうとして失敗。

 缶が転がってカランカランと音を立てた。

 

「うわ、なんだコイツ」

 

 デンジが思わずつぶやいた。

 すると、宇宙人はびくっと体を震わせた。

 こちらの存在に気づかれる。

 そして逃げようと素早く動き出した。

 

「あっ、まてコラ宇宙人!」

 

 デンジが慌てた様子で追いかけようとする。

 その時、Jがデンジに対して声をかけてきた。

 

「よし、D。お前に任せるぜ。俺は今回、何の手助けもしない。だから一人で解決してみろ。”試験”だ」

 

 Jがニヤリと笑って、後ろに下がる。

 デンジはびっくりして振り返った。

 

「え、オレ一人で⁉︎ ……本当に?」

 

 Jは肩をすくめて、路地の壁に寄りかかる。

 サングラス越しに、試すような視線を送ってきた。

 

 デンジはごくりと唾を飲み込む。

 心臓がドキドキと鳴っている。

 だが、息をゆっくりと吐いた。

 そうして、胸の鼓動を落ち着けると。

 

「よっしゃ! 了解っす。見ててくださいよ‼︎」

 

 そしてデンジは駆け出した。

 路地を走ってどこかに去り行く背中を追う。

 走る、走る、走り続ける。

 

「チイっ、どこ行った⁉︎」

 

 来た時とは反対方向の大通りに出る。

 左か、右か、はたまた向かいの道か。

 デンジは周囲を見渡すが、対象は見当たらない。

 

 ただ一つ分かるのは、汚れた空き缶が足元にいくつも落ちていると言うことだけで……。

 

「あっ、そうか! こっち側に空き缶が落ちてるってことは右だな‼︎ オレちょー天才!」

 

 デンジは閃き、空き缶の軌跡を追う。

 人と人の間を縫うように、右の道を突き進んだ。

 

 だがしかし、中々それらしき姿が見当たらない。

 

「くそ、どこだよおっさん! ゴミ漁り好きなら、オレの昼飯の残りでも食わせてやるのによお!」

 

 独り言をブツブツ言いながら、角を曲がる。

 

 すると、向こうのベンチで怪しい影。

 眼鏡をかけた中年男が、息を切らして座っている。

 青みがかった肌が汗でテカテカ光り、尖った耳をハンカチで隠そうとしてるのが丸見えだ。

 

「はっけん!」

 

 デンジは息を潜め、忍び寄る。

 ベンチに近づき、ぽんと肩を叩く。

 

「おっさん。もう鬼ごっこはお終いだぜ。なぜならオレがもうタッチしたからな」

 

 中年のおっさん——宇宙人は諦めたように、デンジに向けて苦笑いを浮かべた。

 そしてデンジは宇宙人に問うた。

 

「なあ、何だって逃げ出したんだ? ここ……マンタッハン? のイーストなんちゃらから許可なく出るのは禁止されてるんだぜ」

 

 宇宙人はこう寂しそうに答えた。

 ため息をつきながら、ベンチの端に腰を沈めた。

 汗だくの額を拭い、弱々しい声で吐き出す。

 

『ワタシは……ただ、故郷の味が恋しくてね。イーストサイドの制限区域じゃ、手に入らないんだよ。地球の缶詰は、似てるけど全然違うんだ。甘くて、酸っぱくて、懐かしいあの”普通”の味……。だから、こっそり外に出て、探しに行こうかと。ね』

 

 デンジはポカンとして、宇宙人の手元に転がる空き缶を拾い上げる。

 ラベルは、英語で「Peach Coke」みたいな文字。  なんだろう、果物のジュースか?

 

「普通の味……? そっか。まあ、でもわかるぜ! オレもポチタと一緒に、もっと旨いもん食いたかったからな!」

 

 デンジは空き缶をくるくる回しながら、ベンチにどっかり腰を下ろした。

 宇宙人の隣で、まるで親しく肘を寄せる。

 そうして真正面から見つめ返す。

 

「なあおっさん、宇宙ってそんなに旨いもん食えるのか? オレの知ってるジャムパンみたいに、甘くてベタベタするやつとか? それか、もっとヤバくて、毎日ステーキみたいなジューシー? とか?」

 

 宇宙人はくすっと笑い、目の奥を細める。

 尖った耳が、緊張から少し緩んだみたいだ。

 

『いやいや、そんな豪華じゃないよ。ボクの星じゃ、みんなで分け合う、ただの果実のジュースさ。地球のこれ……近いんだけど、甘さが足りなくてね。酸味が強すぎるんだ。星に帰りたくなるよ、時々』

 

 デンジはうんうんと頷きながら、空き缶を鼻に近づけてクンクン嗅ぐ。

 桃の匂いが、ふわっと広がる。

 意外と悪くない香りがした。

 ポチタがまだいた頃、森で拾った実を齧った時みたいな、ソレに近い。

 

「なあ、おっさん。『悪い宇宙人は殺される』らしいぜ。オレはそう言われたんだぜ」

『おや、キミももしかして宇宙人なのかい?』

「わっかんねえ! でもよ、宇宙人か悪魔か知らねえけど、パンにジャムは塗れる。どっちでも良いんだ。だって、初めて手に入れた”普通”だからなっ!」

 

 デンジは胸をポンポン叩き、ニカッと歯を見せて、グッと親指を上げて笑う。

 宇宙人はびっくりした顔で、でもすぐに柔らかい笑みを返す。

 

『そうだね、”普通”とは幸せと同義だからね』

 

 デンジはベンチの背に寄りかかり、空を仰ぐ。

 ニューヨークの朝陽が、ビルの隙間から差し込んで、青みがかった肌の宇宙人を優しく照らす。

 

「”普通”……か。そうだ!」

 

 デンジは立ち上がり、拳を握る。

 

「よし、おっさん。オレがその『普通の味』、取り戻してやんよ。こんな街なら絶対あるぜ! イーストサイドに戻る前に、一緒に探すか!」

 

 宇宙人はぽかんとして、でも目が輝く。

 

『本当に? ワタシみたいなヤツを、助けてくれるの? MIBのエージェントが……』

「エージェントだからこそだぜ。悪い宇宙人は殺すけどよ、おっさんはただの『普通』探しだろ? オレぁ”普通”を手に入れて良かったと思ってる。だから、おっさんにも普通を手に入れて欲しいんだ」

 

 デンジは宇宙人を引っ張り、大通りに飛び出す。

 果物の匂いが漂い、ホットドッグの屋台が並ぶ。

 そして近くのコンビニを指差した。

 

 店内は涼しく、棚に色とりどりのボトル。

 デンジはガサゴソ漁り、桃のジュースやらアップルサイダーやらを次々宇宙人に押しつける。

 

「ほら、会計はオレの奢りだよおっさん」

 

 そしてレジ脇で飲食タイムを始める。

 

「これ、どうよ? 甘え? 酸っぺえ?」

 

 そして十数本目でようやく当たりを引く。

 

『おお、これだ! この甘酸っぱさ、故郷の果実に近いよ。蜂蜜混ぜりゃ、完璧さ。少年、君のおかげだ。『普通』が、こんな近くにあったなんて……』

 

 デンジはニヤリと笑い、サムズアップする。

 宇宙人も、微笑んで親指を立てて見せる。

 二人はがっと握手をした。

 

『ありがとう、キミの名前は……』

「Dだ。ただのエージェントD」

『そうか、D。改めて感謝するよ』

 

 宇宙人はお辞儀をして笑む。

 

『お礼と言っては何だが……受け取ってくれ』

「ん? なんだこれ」

 

 デンジは小さな茶色の紙袋を渡される。

 それはちょうど、缶でも入りそうな大きさだ。

 

 チリンチリン。

 

 鐘の音がなった。

 そして、そこには見知った顔がいた。

 

「あっじ、J先輩……。いやこれは、その何と言いますか、今まさにこの宇宙人をとっ捕まえたところでしてね……へへっ」

 

 エージェントJ。

 先ほど自分にこの宇宙人を任せた先輩である。

 もしかしなくとも、これは怒られコースか?

 デンジはそれを覚悟してJを見ると……。

 

「おいD、よくやったぜ」

 

 逆に、なぜか褒められた。

 

「えっ、でもオレ。この宇宙人を捕まえて戻すことができなくて……それで来たんじゃないんすか?」

 

 Jはニヤリとした笑みを浮かべて近づいてくる。

 宇宙人はびっくりした顔で後ずさりかけるが、Jが軽く手を上げて制す。

 

「ストップ、おっさん。もう演技は辞めていいぜ。Dの試験に協力してくれてサンキューな」

 

 デンジはポカンとして、茶色の紙袋を握りしめたまま固まる。

 宇宙人がクスクス笑い出し、眼鏡を押し上げる。

 Jと宇宙人の二人は謎の会話を始める。

 

『おおJ、ようやく終わりか。ワタシも中々上手くやるもんだろう?』

「ああ、パーフェクトだったな」

『じゃあ、ワタシはこれでイーストサイドに。蜂蜜混ぜたジュース、忘れないでくれよ?』

「もちろんさ」

 

 宇宙人は軽く手を振り、コンビニを出て路地の角を曲がって去っていく。

 青みがかった肌が朝陽に溶け、尖った耳が最後にチラリと見えただけだ。

 デンジはまだ状況が飲み込めず、Jを見る。

 

「ど、どういうことっすか……?」

 

 デンジの問いに、Jは答えた。

 

「あれ、言ってなかったか? これは”試験”さ、D」

「し、しけん?」

 

 すると、Jは事のネタバレを始めた。

 

「ははっ、そうだD。お前、完璧だったぜ。一人で捕まえて、銃を抜かずに説得して、『普通』の話で心掴んでな」

「は、はあ」

 

 デンジの頭は混乱したままだ。

 

「お前、知らなかっただろ? それにしても、いいもん見せてもらったっぜ。まったく!」

「い、痛い痛い!」

 

 デンジの頭をぐりぐりとJが拳で挟む。

 

「実はな、D。これはKのアイデアでな、MIBの新米卒業テストだったんだよ」

「新米卒業……?」

「まあ、言うより見るが早いか」

 

 Jはデンジの持つ、先ほどの宇宙人から渡された茶色の袋を指さして、開けるよう言った。

 デンジは若干訝しみながらも、それに従う。

 茶色い袋をガサっと開けた。

 

 ——すると、そこにはなんと。

 

「これって……! ニューラライザーじゃないっすか! 何でこんなものが袋の中に……?」

 

 銀の細筒。

 記憶消去装置が入れられていた。

 

 Jは笑ってデンジに語りかける。

 

「だから言っただろう? 新米卒業試験だって」

 

 ”新米卒業”、それは、立派なエージェントの一員として認められた証。

 現に、デンジの手元にニューラライザーがあるのが、それを示している。

 

「マジすか! 卒業? つまりそれって……」

「D、お前が”プロフェッショナル”ってことだ」

 

 デンジは喜びで瞳をいっぱいにする。

 

「すっげえ! これでオレも、J先輩やKさんみたいにカッコよく隠蔽すんのか!」

 

 銀筒を握りしめ、胸が熱くなるのを感じる。

 喜びと、嬉しさ、きっとその両方だろう。

 

 そんなデンジに向かってJが問いかける。

 

「エージェントD、この”普通”を続けたいか?」

「それはもちろん! 」

 

 デンジは思いのまま気持ちを伝えた。

 

「オレ、パンにジャムだってコーヒーだって、まだまだ飲み食べ足りないっすから!」

 

 

■ ■ ■

 

 

 一方東京では……なくニューヨーク市街にて。

 紅い髪の女性——マキマが観光に訪れていた。

 この摩天楼が幾つもそびえ立つ街並みは、1920年代からあると聞いて誰が信じるだろうか。

 彼女はそんな都市NYを公安の制服姿、ではなく私服姿でのほほんと観光していた。

 人々が行き交い、車が往来している。

 

「あっ、さーせん」

 

 その時ふと、マキマの肩が誰かとぶつかった。

 よくみると、それは黒服の少年だった。

 

「大丈夫っすか……?」

「うん、大丈夫」

 

 互いに頭をぺこりとさげる。

 そしてそのまま少年が去っていこうとした時。

 その背中に、マキマは声をかけた。

 

「キミ変わった匂いがするね」

「あ、ええ?」

 

 少年が困惑した様子でマキマを見る。

 彼女は続けて、言葉を発した。

 

「人でも悪魔でもない匂い」

 

 マキマは固まった様子の少年に質問する。

 

「キミ、一体何者——?」

 

 少年は深く考え込んだ様子を見せたのち、こうゆっくりと答えてみせた。

 

「そうっすね……なら、ソレを知るにはコレを見てもらえば一発ですよ」

 

 銀の細筒。

 いつの間にか少年はサングラスをしていた。

 

「……?」

 

\ /ピカッ\ /

 

 ニューヨークには高い建物が多く立っている。

 まさかこれが、1920年代からこの景色とは、言われても信じない人が多いだろう。

 さっき通りすがりの若い子が、そんな豆知識を教えてくれた気がする。

 マキマは、そんなことを思いつつ歩みを進める。

 

「そういえば、美味しい珈琲店があるんだっけ」

 

 そうだ、せっかくだ。

 エンパイア・ステイトビルにも訪れよう。

 彼女はニューヨークの街並みを歩き始める。

 

 

 それは何事もなく、ただ平凡で穏やかに——。

 

 

—第一章 完—

 

『DENJI IN BLACK』




【進捗】4/4
……工事完了です。

映画『Men in Black』(1997)と『チェンソーマン』の時代背景(1997)が偶然重なる——この響き合いが、本作のクロスオーバーを後押ししてくれました。
本作では「悪魔=宇宙由来の情報生命体」という仮説(=Outer Pattern)を採用しています。もし現実に当たっていたら……ふはは。

次回: #5「エージェントR」

\ /ピカッ\ /
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