DENJI IN BLACK   作:深紫Sιn姉

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6話:モスクワ作戦

 アメリカとソ連は冷戦中である。

 とはいえ、国交……つまり空の便がなかったのかと言えば嘘になる。

 ニューヨーク(JFK)から一つ経由すればモスクワ(SVO)に到着することだって可能だ。

 故に、エージェントD・Rの両者は、長い空旅を終えて、モスクワに降り立った。

 

 目的は——『銃の悪魔』の肉片奪取である。

 

「チィ……めちゃ寒いなここ」

「そんなことないよ? 冬に比べれば全然」

 

 二人の男女はそんなことを話している。

 

「それにしても、どうすりゃいいんだ?」

 

 男が少し不安げにそう呟く。

 なんたって、今回の仕事は実に大変だからである。

 KGBにメンバーとして偽装して潜入し、赤の広場クレムリン宮殿に隠された、例のアレをバレずに盗んでくる必要があるからだ。

 

「大丈夫だよ、”デンジ”くん。そのための偽装証だって、MIBが用意してくれたじゃん」

「いやでもなあ、”レゼ”。そんな上手くいくのか、オレぁちょいとばかし疑問だぜ」

 

 彼らはコードネームではなく、名前で呼び合う。

 それは単に、KGBに潜入するにあたって、まともな名前が必要だと判断されたからである。

 つまるところ実質的な偽名。

 いやまあ……本名なのだが。

 

「まあいっか。とっとと済ませるのが先だな」

「うん、そうだね。でもその前に……」

 

 レゼが可愛らしく笑みを浮かべる。

 

「目的地に着く前に、どこかでご飯食べよ?」

 

 デンジの手に彼女の手が絡みつく。

 細い、柔らかい、温かい。

 

「おっ、おう……? そ、そうっすか」

 

 これが女の子の感触なのか。

 デンジはそんな思いを顔に出さないよう務めた。

 

 空港からタクシーで南下していく。

 そして首都近く、良い感じの場所で下車した。

 

『☆リン・グルジア料理店』

 それは、過去この国を超大国に押し上げた人物の名前を取った、その出生の地の故郷料理が提供される、現地民(タクシーのおっちゃん)イチオシの店だ。

 

 店内に入ると、客の賑やかな声が聞こえてくる。

 匂いはスパイシーな香辛料の匂いが強い。

 それはグルジアがユーラシア大陸の東西を繋ぐ、シルクロードの中継地点であったことに起因する。

 

「二人っす」

「二人で〜す」

 

 店のウェイトレスに声をかけられ人数を伝える。

 そして長机の端の方の席に案内された。

 メニュー表を渡され、デンジはそれを眺める。

 

「読める……オレ読めるわ」

 

 そこには異国の言語が記されていたが、デンジには過去に翻訳ピルを飲んだおかげで、普通に読めた。

 

「すっご〜い! デンジくん、天才だね‼︎」

「へっへーん。こんくらい、当たり前よ」

 

 レゼが驚いたように表情を見せ、デンジは自慢するように鼻を擦る……が。

 

「ウッ〜ソ〜。ウソだよ嘘、デンジくんのソレ、どうせ薬の力でしょ? 私知ってるんだ〜」

 

 デンジはどこか気まずそうに顔を渋くする。

 レゼはいたずら大成功、とかばかりに笑った。

 

「あっーはは! デンジくんったら面白〜い」

「バカにしてんのかオマエ!」

「違うよ、違うちがう。デンジくんが、そんなに自慢げな顔をするなんて、ただ可愛いと思っただけで……あっーははっ!」

「おい! やっぱオレのことバカにしてるだろ!」

 

 そんなこんながあって。

 二人はようやく、料理をそれぞれ注文した。

 暫くが経ち、雑談を挟みつつ。

 机の上にはグルジア料理が並んでいた。

 

「何だこれ、シュウマイ? 餃子か?」

「ヒンカリだよ? まあ似たようなもんだけどね」

 

 そして二人はその庶民料理で腹を満たしていく。

 自分たちの座る席が端っこということもあり、舌鼓を打ちながら、小声で作戦会議をしていく。

 

「それで? どうやってお城まで入るんだ?」

「クレムリン宮殿だよ。……そうだね、まずはKGBのデビルハンター施設に潜入して洋服を貰わなきゃね」

 

 レゼの作戦はこうだ。

 KGBで制服を盗む、クレムリン宮殿に入る、『銃の悪魔』の肉片を回収する。

 とても分かりやすい。

 

「でもよぉ……そんな簡単にいくのか? だって、KGBってFBIみたいなもんだろ? 警備とか固いんじゃねーかって」

 

 デンジの疑問はもっともだ。

 しかし、レゼは微笑んで安心させてみせる。

 

「大丈夫だよ、そのための偽装証なんだから。それに、今回はニューラライザーも持ってきてる。これで記憶をでっちあげれば最強! ってやつだよ〜」

 

 一方その頃デンジは。

 

「ん、これ案外うめえな」

「デンジくん……? 話聞いてた?」

「おう、聞いてたぜ。偽装証でイケんだろ? おい、レゼも早く餃子食わないとなくなっちまうぜ」

「ヒンカリ、ね?」

「そうそれ、ヒンカリひんかり。」

 

 レゼは深くため息をついた。

 

「はぁ……こんなので大丈夫かなぁ?」

 

 彼女の不安はもっともだろう。

 相棒が一心不乱に飯に集中して、肝心の作戦内容についてあまり理解していなさそうだからだ。

 

「はい、それ私のね」

「ええっ⁉︎ 最後の一個なのに!」

「デンジくんばっかじゃ、ズルだから」

「ん〜っ、仕方ねえ。ほらやるよ、レゼ」

 

 デンジがヒンカリを掴んで、レゼの口元にやった。

 それは実質的に、「あーん」であり……。

 

「……ちょ、ちょっと⁉︎」

 

 それを受けたレゼはどこか驚いていた。

 

「なんだ、食わねえのか?」

「いや……そういうわけじゃ」

「なら食えよ、ほら。あーん」

 

 デンジの手からレゼの口に料理が押し込まれる。

 

「っ……ごくん」

 

 レゼは頰を少し赤らめ、ヒンカリを咀嚼した。

 スパイシーな肉汁が口内に広がり、予想外の「あーん」に心臓が少しドキドキしていた。

 デンジはというと、無邪気に笑っているだけだ。

 

「うめえだろ? オレの選んだヤツだからな!」

「う、うん……おいしいよ。デンジくん、ありがとう。でも、次は自分で食べるからね?」

 

 レゼはフォークを手に取り、残りの料理を頰張る。

 グルジア料理のスパイスが体を温め、寒いモスクワの街が少しマシに感じられた。

 

 二人は店員にチップを渡し、外へ出る。

 モスクワの空は灰色で、冷たい風が頬を刺した。

 

 タクシーを拾い、レゼが運転手に指示を出す。

 モスクワの街並みは重厚で、赤い星の看板があちこちにあり、ニューヨークの派手さとは正反対である。

 

「はあー、なんかスゲエな」

「社会主義国家だからね、資本主義国家とは違うよ」

「何が違うんだ?」

「うーん、皆が幸せになるのを目指す! みたいな」

「最高じゃねえか……? それ」

「皆が平等に貧乏になることを除けばね」

「最悪じゃねえか」

 

 そしてようやく目的地近くまで到着した。

 二人はタクシーから降り、とことこ歩みを進める。

 KGBデビルハンター本部まで、もう少しだ。

 

「なあレゼ……オマエってどうやってMIBになったんだ? オレぁJ先輩とKさんに拾われてからだけど」

 

 レゼは人差し指を唇にあて、遠い目をする。 

 

「ふふ、興味あるんだ? そうだね……教えてあげる。実はね、私、昔この国のスパイやってたの」

「すぱい?」

「人を騙したり、裏切ったり、まあ色々する仕事ね」

「なんか大変そうだな……それで?」

「ソ連でスパイやってた頃、Kさんに拾われたの。ある作戦で失敗して、死にそうになってた時にね」

 

 デンジはレゼの横顔を見た。

 なんだか懐かしげな表情を浮かべていた。

 

「オレと似てるな」

「そうだね、デンジくんは日本で死ににかけた」

「いや、一回死んだけどな」

 

 そして、レゼの首のチョーカーに注目した。

 引っこ抜けそうな、ピンがある。

 

「それでね。私、今デンジくんが見ているチョーカーのこのピン、抜いたら私、”超強く”なれるんだけど……それでKさんを脅かしたのに、逆にスカウトされちゃってね。『面白いヤツだ』って」

 

 レゼはくすっと笑った。

 チョーカーを指で軽く撫で、ピンがキラリと光る。

 

「それから、MIBのエージェントRとして、今日までやってるよ。まあ、面白い仕事だよね。悪魔……じゃなくて、宇宙人を相手にするのってさ」

 

 デンジはふーんと頷いた。

 

「すげえな、レゼ。オレ、Kさんには『パンにジャム』と『コーヒー』で、そんなオマエみたいに、大した理由じゃなかったぜ」

「ふふ、デンジくんらしいね。でも、それでいいんだよ。みんな、MIBに入るきっかけはそれぞれだから。ほら、もう着くよ」

 

 二人は歩みを止める。

 目の前には灰色のコンクリートビル。

 看板にキリル文字で『KGBデビルハンター本部』と書かれている施設があった。

 職員が門に立ち、周囲は厳重だ。

 

「ここか……セキュリティ高そうだな。オレたち本当にこんな場所入れるのか?」

「だから、偽装証を使うんだよ。デンジくん、笑顔でいこう! 自然にね」

 

 レゼはポケットから偽造のIDカードを取り出し、デンジにも渡す。

 MIBの技術で完璧に作られたものだ。

 警備員に近づき、レゼが流暢な言語で話す。

 

「私たち、新人のデビルハンターです」

 

 警備員は怪訝な顔をするが、IDをスキャンし、データが一致したようで、微笑んで門を開いた。

 

 デンジとレゼ。

 二人はニヤリと顔を見合わせた。

 

「じゃ、入ろっか」

「おう! やってやろうぜ」

 

 

 二人の作戦が、今始まる——。




【進捗】2/4
次回: #7「赤いクレムリン」
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