アメリカとソ連は冷戦中である。
とはいえ、国交……つまり空の便がなかったのかと言えば嘘になる。
ニューヨーク(JFK)から一つ経由すればモスクワ(SVO)に到着することだって可能だ。
故に、エージェントD・Rの両者は、長い空旅を終えて、モスクワに降り立った。
目的は——『銃の悪魔』の肉片奪取である。
「チィ……めちゃ寒いなここ」
「そんなことないよ? 冬に比べれば全然」
二人の男女はそんなことを話している。
「それにしても、どうすりゃいいんだ?」
男が少し不安げにそう呟く。
なんたって、今回の仕事は実に大変だからである。
KGBにメンバーとして偽装して潜入し、赤の広場クレムリン宮殿に隠された、例のアレをバレずに盗んでくる必要があるからだ。
「大丈夫だよ、”デンジ”くん。そのための偽装証だって、MIBが用意してくれたじゃん」
「いやでもなあ、”レゼ”。そんな上手くいくのか、オレぁちょいとばかし疑問だぜ」
彼らはコードネームではなく、名前で呼び合う。
それは単に、KGBに潜入するにあたって、まともな名前が必要だと判断されたからである。
つまるところ実質的な偽名。
いやまあ……本名なのだが。
「まあいっか。とっとと済ませるのが先だな」
「うん、そうだね。でもその前に……」
レゼが可愛らしく笑みを浮かべる。
「目的地に着く前に、どこかでご飯食べよ?」
デンジの手に彼女の手が絡みつく。
細い、柔らかい、温かい。
「おっ、おう……? そ、そうっすか」
これが女の子の感触なのか。
デンジはそんな思いを顔に出さないよう務めた。
空港からタクシーで南下していく。
そして首都近く、良い感じの場所で下車した。
『☆リン・グルジア料理店』
それは、過去この国を超大国に押し上げた人物の名前を取った、その出生の地の故郷料理が提供される、現地民(タクシーのおっちゃん)イチオシの店だ。
店内に入ると、客の賑やかな声が聞こえてくる。
匂いはスパイシーな香辛料の匂いが強い。
それはグルジアがユーラシア大陸の東西を繋ぐ、シルクロードの中継地点であったことに起因する。
「二人っす」
「二人で〜す」
店のウェイトレスに声をかけられ人数を伝える。
そして長机の端の方の席に案内された。
メニュー表を渡され、デンジはそれを眺める。
「読める……オレ読めるわ」
そこには異国の言語が記されていたが、デンジには過去に翻訳ピルを飲んだおかげで、普通に読めた。
「すっご〜い! デンジくん、天才だね‼︎」
「へっへーん。こんくらい、当たり前よ」
レゼが驚いたように表情を見せ、デンジは自慢するように鼻を擦る……が。
「ウッ〜ソ〜。ウソだよ嘘、デンジくんのソレ、どうせ薬の力でしょ? 私知ってるんだ〜」
デンジはどこか気まずそうに顔を渋くする。
レゼはいたずら大成功、とかばかりに笑った。
「あっーはは! デンジくんったら面白〜い」
「バカにしてんのかオマエ!」
「違うよ、違うちがう。デンジくんが、そんなに自慢げな顔をするなんて、ただ可愛いと思っただけで……あっーははっ!」
「おい! やっぱオレのことバカにしてるだろ!」
そんなこんながあって。
二人はようやく、料理をそれぞれ注文した。
暫くが経ち、雑談を挟みつつ。
机の上にはグルジア料理が並んでいた。
「何だこれ、シュウマイ? 餃子か?」
「ヒンカリだよ? まあ似たようなもんだけどね」
そして二人はその庶民料理で腹を満たしていく。
自分たちの座る席が端っこということもあり、舌鼓を打ちながら、小声で作戦会議をしていく。
「それで? どうやってお城まで入るんだ?」
「クレムリン宮殿だよ。……そうだね、まずはKGBのデビルハンター施設に潜入して洋服を貰わなきゃね」
レゼの作戦はこうだ。
KGBで制服を盗む、クレムリン宮殿に入る、『銃の悪魔』の肉片を回収する。
とても分かりやすい。
「でもよぉ……そんな簡単にいくのか? だって、KGBってFBIみたいなもんだろ? 警備とか固いんじゃねーかって」
デンジの疑問はもっともだ。
しかし、レゼは微笑んで安心させてみせる。
「大丈夫だよ、そのための偽装証なんだから。それに、今回はニューラライザーも持ってきてる。これで記憶をでっちあげれば最強! ってやつだよ〜」
一方その頃デンジは。
「ん、これ案外うめえな」
「デンジくん……? 話聞いてた?」
「おう、聞いてたぜ。偽装証でイケんだろ? おい、レゼも早く餃子食わないとなくなっちまうぜ」
「ヒンカリ、ね?」
「そうそれ、ヒンカリひんかり。」
レゼは深くため息をついた。
「はぁ……こんなので大丈夫かなぁ?」
彼女の不安はもっともだろう。
相棒が一心不乱に飯に集中して、肝心の作戦内容についてあまり理解していなさそうだからだ。
「はい、それ私のね」
「ええっ⁉︎ 最後の一個なのに!」
「デンジくんばっかじゃ、ズルだから」
「ん〜っ、仕方ねえ。ほらやるよ、レゼ」
デンジがヒンカリを掴んで、レゼの口元にやった。
それは実質的に、「あーん」であり……。
「……ちょ、ちょっと⁉︎」
それを受けたレゼはどこか驚いていた。
「なんだ、食わねえのか?」
「いや……そういうわけじゃ」
「なら食えよ、ほら。あーん」
デンジの手からレゼの口に料理が押し込まれる。
「っ……ごくん」
レゼは頰を少し赤らめ、ヒンカリを咀嚼した。
スパイシーな肉汁が口内に広がり、予想外の「あーん」に心臓が少しドキドキしていた。
デンジはというと、無邪気に笑っているだけだ。
「うめえだろ? オレの選んだヤツだからな!」
「う、うん……おいしいよ。デンジくん、ありがとう。でも、次は自分で食べるからね?」
レゼはフォークを手に取り、残りの料理を頰張る。
グルジア料理のスパイスが体を温め、寒いモスクワの街が少しマシに感じられた。
二人は店員にチップを渡し、外へ出る。
モスクワの空は灰色で、冷たい風が頬を刺した。
タクシーを拾い、レゼが運転手に指示を出す。
モスクワの街並みは重厚で、赤い星の看板があちこちにあり、ニューヨークの派手さとは正反対である。
「はあー、なんかスゲエな」
「社会主義国家だからね、資本主義国家とは違うよ」
「何が違うんだ?」
「うーん、皆が幸せになるのを目指す! みたいな」
「最高じゃねえか……? それ」
「皆が平等に貧乏になることを除けばね」
「最悪じゃねえか」
そしてようやく目的地近くまで到着した。
二人はタクシーから降り、とことこ歩みを進める。
KGBデビルハンター本部まで、もう少しだ。
「なあレゼ……オマエってどうやってMIBになったんだ? オレぁJ先輩とKさんに拾われてからだけど」
レゼは人差し指を唇にあて、遠い目をする。
「ふふ、興味あるんだ? そうだね……教えてあげる。実はね、私、昔この国のスパイやってたの」
「すぱい?」
「人を騙したり、裏切ったり、まあ色々する仕事ね」
「なんか大変そうだな……それで?」
「ソ連でスパイやってた頃、Kさんに拾われたの。ある作戦で失敗して、死にそうになってた時にね」
デンジはレゼの横顔を見た。
なんだか懐かしげな表情を浮かべていた。
「オレと似てるな」
「そうだね、デンジくんは日本で死ににかけた」
「いや、一回死んだけどな」
そして、レゼの首のチョーカーに注目した。
引っこ抜けそうな、ピンがある。
「それでね。私、今デンジくんが見ているチョーカーのこのピン、抜いたら私、”超強く”なれるんだけど……それでKさんを脅かしたのに、逆にスカウトされちゃってね。『面白いヤツだ』って」
レゼはくすっと笑った。
チョーカーを指で軽く撫で、ピンがキラリと光る。
「それから、MIBのエージェントRとして、今日までやってるよ。まあ、面白い仕事だよね。悪魔……じゃなくて、宇宙人を相手にするのってさ」
デンジはふーんと頷いた。
「すげえな、レゼ。オレ、Kさんには『パンにジャム』と『コーヒー』で、そんなオマエみたいに、大した理由じゃなかったぜ」
「ふふ、デンジくんらしいね。でも、それでいいんだよ。みんな、MIBに入るきっかけはそれぞれだから。ほら、もう着くよ」
二人は歩みを止める。
目の前には灰色のコンクリートビル。
看板にキリル文字で『KGBデビルハンター本部』と書かれている施設があった。
職員が門に立ち、周囲は厳重だ。
「ここか……セキュリティ高そうだな。オレたち本当にこんな場所入れるのか?」
「だから、偽装証を使うんだよ。デンジくん、笑顔でいこう! 自然にね」
レゼはポケットから偽造のIDカードを取り出し、デンジにも渡す。
MIBの技術で完璧に作られたものだ。
警備員に近づき、レゼが流暢な言語で話す。
「私たち、新人のデビルハンターです」
警備員は怪訝な顔をするが、IDをスキャンし、データが一致したようで、微笑んで門を開いた。
デンジとレゼ。
二人はニヤリと顔を見合わせた。
「じゃ、入ろっか」
「おう! やってやろうぜ」
二人の作戦が、今始まる——。
【進捗】2/4
次回: #7「赤いクレムリン」