色々あってダウナーマリーに襲われる話 作:社会の犬の首輪
駄文投下。
この世界での懺悔は、一体何処に届くのだろうか。
空をボーッと眺めて気持ちいっぱいに溜息を吐く。青い空と、この世界に冠する幾重もの光輪。知り合いの不審者の言葉を借りるなら、テクスチャをベッタベタに貼られて『学園』とか『青春』とか、そーゆーのに変換された世界。
何処かの誰かが設定した世界観に浸りながら、今日も溜息を吐く。何度も何度も、吐き続ける。
神なのか天使なのか、或いは悪魔なのか。崇高を取り戻した姿なんてジブンには分からないけど、この世界に溜め続けた後悔と溜息の大半は彼女に向けてのモノだ。
――穢してはいけないものを穢した。
詳細は省くが、ジブンの愚行に単調な説明書きを付け添えるなら、そうなのだろう。真っ白なシャツを泥で汚したら、簡単には元に戻らない。時間が経てば消えなくなる。
だから、気がついた時には手遅れだった――それだけの話。それ以上に言い訳のしようがない、愚か者の戯言。つまりジブンという人間の浅はかさの発露だ。
そう思えば、ジブンが懺悔と決め付けていた行為にも別の名前があったのかもしれない。ソレは決して純粋無垢な懺悔ではなくて。贖いを求めての贖罪などではなくて――
――懇願、と言えよう。
あの時間を無かったことにしてください。縁を、記憶を、胸に巣食う激情を清算させてください、と。
無論、都合の良い世界なんてない。神様が一人の願いを叶えて特別扱いして、無償で忌々しいもの全てを無かったことにする物語なんて嘔吐物にも等しい駄作だ。
また、空を眺めた。
大きな雲が世界に半分だけ蓋をする。陰る光臨、でも変わらず存在する。太陽で煌めく側は神秘的で、光の当たらない部分は怪しく恐怖的だ。果たして、あの光臨の本当の姿はどちらなのだろうか。或いは全てを含めて、いっそ崇高的なまでに、全てを覆うような真名があったのかもしれない。
そう考えると必然、ジブンはジブンという人間についてよく分からなくなる。人間なのか、という至極当然なまでに問いにも答えられなくなるのだ。
ジブンはジブンでしかないのに。『学園』やら『青春』やらのテクスチャを介さない、それこそ『生徒』ではない自分自身を一切想像出来ないのは、ジブンがまだ子供で、大人を知らなくて、悩みに悩む思春期だからだろうか。或いはこの世界がゲームや小説の中で、ジブンには『大人』としてのテクスチャが、そのデータが存在しないからだろうか。
長々しく無駄な事を考えていると、空から雲が晴れる。晴れて、でも違う影がジブンの頭部を覆う。
「こんにちは、匿名さん」
「……どうも、御機嫌よう。シスターさん」
今日もあのシスターは弁当を持ってきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
たいそうご機嫌な御様子で、シスターは隣に腰を下ろした。シスター服の黒い部分が汚れると思ったが、そも、春風と同時に強かな爆風が頬を撫でるキヴォトスで、払えば落ちる程度の砂汚れを気にする生徒なんて居ない。
シスターは淡々とバスケットから包みを取り出して、空を眺めているジブンの胸に置く。地面よりは綺麗だから、との事。実に猫らしい感性だ。
「今日はサンドイッチです。具は色々とあるので、好きなモノからどうぞ」
カラフルな包み紙。めくると、下にはもう一層のラップで包まれている。透けて見える具材は様々で、卵、ハム、レタス、トマトにコロッケまで。
ジブンの感性からして偏見なのだが、昼飯に力を入れる人間はたいそう自分の努力に酔っていると思う。悪いことでは無い。その充実感に酔いしれて、手間のかかる『綺麗な暮らし』を演出し続けれるのは一種の才能だ。称賛すべきだ。
面倒臭がり屋でナマケモノで、暮らしの一端すら他人には見せたくないジブンには、いっそ狂気的にも見えてしまう。観えてしまうのだ。そう観測してしまうと言うだけの話だ。
「ありがとう、シスターさん。代金は正義実現委員会に請求しておくれ」
「………この前は図書委員会と言っていましたね。実際に訪ねてみても、匿名さんらしき生徒は所属していませんと言われました」
「おぉ、それはごめんよ。ジブンの勘違いだったようだ。因みに次はティーパーティーって言うよ」
「そうですか」
「冷たいなぁ。みんなに優しい、慈悲深く清楚で、献身的な可愛いシスターちゃんは
少しだけ涙を流してみる。造作もない。自然に流れて頬を濡らすソレも、然しシスターは特に気にする素振りもなくポケットにしまっていたハンカチで、いっそ事務的に拭くのだ。異様な光景に、果たして彼女は自覚あるのだろうか。
彼女の変化の一端をジブンが担っていると思うと、案外ジブンの性質も『観測』と『干渉』、総じて『主人公感』とも言える『先生』の性質と似通っているのかもしれない。
そも、主人公と観測者は異なるのだが。先生がこの世界の主人公であると仮定する場合、同時にこの世界は物語となり、そして物語の全てを観測するのは先生ではなく画面や本を観る者だ。故に世界的には先生は観測者なのだが、物語的には観測者足り得ない主人公でしかないのだ。
その性質の一端がジブンにもあるのだとしたら、存外、主人公ではなくとも語り部の一員ではあるのかもしれない。
………なんて、妄想をしてしまうのは『虚像』と『非実在』を象徴する二人組の不審者のせいだ。
「先月は補習授業部に所属していましたよね?匿名さんだけ戻ってこないと、ヒフミさんが嘆いていましたよ」
「嘆くとは大袈裟な………ま、補習授業部でやりたい事はやれたし。もう用はないから、いいかなぁって。先生って存在も観測出来たし。てか観測されたし。そのせいでジブンのテクスチャが良くも悪くも強固になってしまったから、それなりに有意義だったけど」
「………匿名さん。また悪巧みですか?」
「
「あまり、御学友に迷惑を掛けてはダメですよ」
「そうかい。心得たよ」
「嘘ばっかり」
「ククク……ッ」
大人っぽく笑い、シスターの作ってきたサンドイッチを齧る。
咀嚼して、機械的に飲み込む。やはり味はしない。役に立たない味覚は、今日も今日とて働かないらしい。
然し乍ら、ジブンはあまり悲観的ではない。食事という事柄にそこまでの執着がないのも理由の一つだが、そも、ジブンにとって食事とは栄養補給の一環であると同時にコミュニケーションの場なのだ。
だから大切なコミュニケーションの場を敢えて壊す意味もなく、今日も明日も自分は同じ言の葉を紡ぐのみ。
「ん、おいひい」
「ありがとうございます……何を食べても、同じ事を言うのですね」
「味覚音痴なのでね。粘土を食べても美味しいと豪語できるさ。食感的には食べたくないが」
「なるほど。では硬いものは好きですか?」
「ハリがあるモノが好み。シスターさんの、二の腕くらいの柔らかさが良いな」
「………………」
「コリコリしてるのも好きだよ。そうだな……ちょうど、シスターさんの耳の付け根くらいがベスト。舌で弄んで、甘く咀嚼するのが
「………残りのサンドイッチ、全部食べてください」
「む?なんだい急に……一つ食べた程度で満腹になるほど少食でもあるまいし。前回の邂逅では、確かキミは二度もラーメンの替え玉を――」
「口を開けてください。全て、余さず、力の限りをもって、アナタの喉奥に捻り込むので」
「え、ちょっ!?怖いって!な、何するの!?むぐっ!むごごごごごごごごッッ!?」
はて、と暴れるシスターに襲われながらジブンは考える。果たしてこの猫シスター、出会った頃からこうであっただろうか。最初はもう少しだけ優しくて、純粋無垢なシスター見習いで、悪意のあの字も知らなそうな少女であったと記憶しているのだが、なにぶん、ソレを証明する術をジブンは知らない。
今のように顔を赤くする事はあった。然し他人に対して攻撃的に、何も気にせずに身体を密着させてまで喉奥にサンドイッチを捻り込む姿は、ジブン以外には観測出来ないだろう。一つ問題を上げるとしたら、ジブンが死にかねないという事のみ。
「ふぅ…、ふぅ……っ!………よしっ」
「何が『よしっ』だ。シスターが殺しなんて駄目だと、ジブンは思うのだが」
「この程度で死んでしまうのでしたら、
「ジブンが何をやらかしたと?ちょっと先生を死なせかけたり、ちょっとシスターさんを殺しかけたり、ちょっとトリニティとゲヘナを内部崩壊させかけたりしただけじゃないか。なに、頑張ればシスターさんだって可能さ。アドバイスかい?そうだな……世界観から逸脱した行為が効果覿面だよ。取り敢えず制服と銃を捨ててだね――」
「あ、まだサンドイッチが残ってました。どうぞ」
「待ってくれ、それはサンドイッチじゃなくて石――まっ、えっ……まじ?マジで?よし、シスターさん。一旦落ちつ………ふぐぉ!?」
もしシスターが賞金ハンターだったら、きっと今頃は大金持ちになっている事だろう。ジブンは一応、高額賞金首として各学園から指名手配されている。実名では裏に関わっていないので未だにトリニティ学園に所属はしているが。因みにシスターには殆ど知られている。こればかりはジブンのミスだ。
先月までは、まだ色々とバレてなかったので実質的には真っさらな状態だったのだが……某マダムの計画を崩したせいで、その腹いせなのだろう。ゲマトリアに協力的だったところから犯罪に関わった経歴まで、全てをバラされたというワケだ。
無論ジブンだって予想外だったのだ。
マダムが何年も練って練って、アリウスを支配してまでやろうとした計画が、ジブンにとっては小石を蹴った程度でボロボロになるだなんて予想外だったのだ。
そも、テクスチャを付与された存在を戦力の一つとして扱ったのが間違いなのだ。その実はロイヤルブラッドを利用して崇高を観測する事だったのだろうが、その手段を、その腕を、その骨組みを生徒で補ったのが、ジブンという存在ととことん相性最悪だったのだと考察する。
ジブンの知り合いの大人は、何処までも生徒をモルモットとしてしか見ていない。更に言うなら、その『神秘』と『
何処の世界でも、『大人』というのは『独自の世界観』で生きているモノだ。故にジブンの自論は、大人には『成る』のではなく『至る』という事だ。人を大人と断ずるのは、いつだって身体ではなく心なのだ。
「はぁ………このまま正義実現委員会に突き出してもいいのですよ?」
「うっぷ……けほっ、アリバイ工作はしているから問題ないよ………ジブンの罪でジブンとは無関係な一般生徒が捕まるから、お優しいシスターさんが心を痛めるならば止める事を勧めるよ」
「なんて悪辣な…」
「自己防衛に優れていると言って欲しいね」
「やはりもう一つ、石を捩じ込むべきでしょうか……」
「やめて?ほんと切実に」
「ですが私だって心が痛いのです。キヴォトスを転覆させかねない凶悪犯が目の前で、正体を隠しながら普通に学園で生活していると知って、通報すら出来ないのです。心が痛いですよ、本当に」
「……もっと感情込めて?先生達の前ではもっと明るいし、感情豊かでしょ?ジブンにも優しくして欲しいよ」
「匿名さんに優しいシスターさんは、ちゃんとアナタに殺されてしまったので。穢されてしまったのです」
「ドンマイ」
「悔い改めて下さい」
「いてっ。人にデザートイーグルを発砲しないで?世界観が世界観なら、殺人だよ」
「?……人が撃たれた程度で亡くなる筈がありませんよ」
「先生は死ぬよ。身体的な問題ってよりも、キヴォトスという箱庭においてあの人が異端側、まるで画面の外から覗いてるような存在に近しく構成された、構造された人物だからだろうけど」
「はぁ……そうですか。では私は学園に戻ります。匿名さんも、午後の授業には出席してくださいね」
「努力しよう」
嘘ばっかり、と呟いてシスターは立ち上がり背を向けた。果たしてジブンの言葉の真偽は、誰が判断するものなのか。少なくともジブンに決める権利があるのであれば、コイントス程度はする。どちらにも答えを定めないというだけで、"選ぶ"といった姿勢だけは取るのだ。それが生徒から逸脱した大人の選択肢であると識る故の幼稚な真似事に過ぎないのだが、そんなのは些事だ。
極論、大人で在ろうとする者は子供であり。子供の在り方に意見を示す事こそが大人なのだろう。つまり大人の真似事で、毒にも薬にもならない水のような見栄っ張りをするジブンはさながら思春期真っ盛りだ。
「………さて」
周りには誰もいない。
ここで日向ぼっこで思い耽るのも一興、思い続けて老ける事も本望なのだが、過程を重んじる姉とは違い、長い人生を無駄に浪費するのは少しばかり抵抗がある。あの人の場合は惰弱な身体故に無駄にせざるを得ない、とも言えるが。
兎にも角にも。要するにジブンは面倒臭がり屋なクセにせっかちなのだ。
シスターとの邂逅に時間を割いたのもまた、現実逃避と同時に現実を直視する為だったとも言える。この世界が夢でないことを、犯した罪が現実であった事を認識するために。ジブンはシスターと話し、安堵と後悔を繰り返す。有意義な無駄を咀嚼する。
ピクリと、予鈴がジブンの狐耳を揺らす。
ジブンを学生たらしめる本分、学業に勤しむ時間だ。ジフンとて授業には出席して、ある程度の優等生、優等性を示さなければいけない。それが秩序だ。それが平和を享受する者に課されるルールなのだから。
とどのつまり。この物語の終着点は何処なのか。
愛しのヒーローやヒロインとのゴールインか?或いは何者にも成れない無価値を示すのみか。人生ではなく、物語の終着点。最終話で語られるべき文言。
まだ見えない、見るべきではないソレが。せめて陳腐な事柄ではない事を、切に願うのみだ。
「……さて、色彩からは何を観測出来るのか。ジブンは何者に至るのだろうか」
喉から笑みが溢れる。
これは破滅の物語。
大人に成りたいジブンと、色々あって破滅する事になる世界の物語。きっと、そうあるべきなのだから。
―――これは破滅の物語。或いは思春期の、それだけの物語。
匿名さん
・匿名希望な思春期陰謀家。色々な学園から指名手配されているが、表の顔はバレていないのでノウノウと暮らしている。姉がいる。尻派。
シスターさん
・シスターマリーさん。