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わたしとセンセの話をする前に、わたし自身のことについて話さないといけません。
今からお話しするのは、わたし『陽田あかり』のつまらない身の上話と、わたしの愛する『望月鏡花』センセとの運命の出会いのお話です。
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家族構成と職業。父親は病院の院長。母親は政治家。兄は税理士。そして、わたしはお受験にも成功して、私立中学校に通っている。都内の一軒家に住み、家にはお手伝いさんなんかもいる。他の人からうらやましがられるくらいには裕福で、何一つ不自由のない生活を送っていました。
そんな中で、わたしはずぅっと『空っぽ』でした。
記憶のある頃から思い返してみれば、胸の中にずっと『穴』が空いていたような気がします。幼稚園の頃はまだマシで、出会う新鮮な出来事や人が、わたしを満たしてくれると思っていた。ただ、それも小学校に上がると、そんなことはないのだと思い知らされてしまいます。同級生はもちろん、教員も、たまに講師として来るお偉いさんも、わたしの『穴』を埋めてくれる人はいなかった。両親の指示で、私立中学校を受験し、合格しても、なんの達成感もなかった。友人との関係もそれなりに取り繕っていて、相談ができるような深い仲の相手もいない。きっと一生このままなんだ。そう思っていました。
転機は中学2年生の時。忘れもしない。9月10日のことでした。
その日は中学校の職場体験の日で、親の職業を知るなんていう目的で、わたしは父が院長を務める病院に、職場に行きました。とはいえ、職場体験なんて名前だけで、実際は施設を見学したり、仕事着を来たりとそれだけ。特に、わたしに対しては、ほとんどのお医者さんがゲストのような、いいえ、腫れ物にでも触れるような扱いでした。別に何かを期待していたわけではなくて、ただ「ああ、ここでもそうなんだ」と、それだけ。
だから、お昼の時間、病院にあった自販機で飲み物を買おうとしたあの時だって同じで……。
ーーーー2年前・螢川総合病院ーーーー
「………はぁ」
酷く億劫な気持ちを抱えたまま、わたしはため息を吐いた。そのため息を聞いていたのは、目の前の自販機だけで、勿論、何かを返してくれるはずもありませんでした。
「……………………退屈」
ポツリと零れた言葉。いつもなら周りにそれなりに気を張っているのだけれど、ここが父の病院だったこともあって、そんな本音をつい溢してしまった。それを聞いている人間がいるのにも気づかずに。
「あァ? なんでガキがここにいンだよ」
「っ」
慌てて振り返る。そこには眼鏡をかけ、白衣を着た若い女の人が立っていました。ボサボサの髪と目の下の隈が、こちらにくたびれている印象を与えていました。手元には、財布があって、明らかにわたしのことが邪魔そうな雰囲気です。
「あ、ごめんなさい。お邪魔でしたよね」
「あァ」
わたしのことを気にする様子もなく、その女の人は自販機にお金を入れてボタンを押す。夜勤明けかなにかなのか苛立ちながら、ボタンを押す姿にわたしは少し気圧されてしまいました。ゴトンと音がして、その人が取り出したのは……。
「……ホットミルク?」
「あ゛? ンだよ、文句あるかァ?」
「あ、ごめんなさい。そういうわけではなくて……」
かわいいな。そう思ったのは決して言えないけれど。誤魔化すように愛想笑いを返すわたしを、その人はじーっと訝しそうに見て、改めて聞いてくる。
「…………で、なんでここに」
「ああ、ええと、中学校の職場体験で」
「あー、そうか。今日だったか」
夜勤明けで日付感覚狂ってやがる。そんな風に独りごちた彼女は、そのまま自販機脇のベンチにドカッと座りました。わたしもそれに倣うように、1人分の間隔を開けて、隣に座ります。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………なんで隣、座ンだよ」
「あ」
別に何か意図があった訳ではなく、気づけば座っていただけで。その質問への答えがなかったわたしは、また愛想笑いを返す。そんなわたしに、
「チッ」
舌打ちをする彼女。まだ若いとはいえ、人生のほとんどをそうして過ごしてきたわたしのそれなりに上手い愛想笑いに、舌打ちを返してくる人は初めてでした。何か気に障ることをしましたか? そう尋ねると、ミットミルクを飲みながら吐き捨てるように言ってきます。
「ガキが、ンな愛想笑いすんなよ」
「え……」
「理由は知らんが、ソレが気に食わねェ。ガキがする笑顔じゃねぇだろ。そんなにつまんねェか?」
「………………」
会って数分。そんな短い間に、わたしの本質を『穴』を、この人は見抜いてきました。
「……ええと、その……」
「………………」
言葉が出なかった。何も返せなかった。そんなわたしの様子を見て、何を思ったのかは分かりません。けれど、その人はひとつため息を吐いてから立ち上がり、自販機でもう一本飲み物をを買って。
「ほれ」
「わっ!?」
投げ渡されたホットココアの缶の熱が手に、伝わる。
「ガキは甘いものでも飲んで、喜んでろ」
「あ、ありがとうございま、す」
「そンでーー」
「ーー本当に辛くなったら、アタシンとこに来い。話くらいは聞いてやるよ」
そう言って、笑った。隈はあるし、髪はボサボサ。お化粧だってしてない。世間一般からしたら、印象は悪いタイプの人。けれど、わたしはその笑顔から目が離せなかった。じゃあなと言って、ヒラヒラと手を振る後ろ姿を、固まったまま見送るしかありませんでした。その時、ネームプレートを確認する余裕もなかったわたしは、後日、父から彼女の名前を聞きました。
その人の名前は『望月鏡花』。
わたしを理解ってくれた人。
わたしの心を見抜いてくれた人。
つまり、わたしの『運命の人』。
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望月先生……ううん、キョーカセンセと一緒になるために、わたしはそれから考えました。どうしたら、センセと近づけるのか、振り向いてもらえるのか。彼女のことを探って、探って、探って。思い付いたのは、彼女の患者になること。センセは精神科医だから、その患者になるためには精神を病まなければならない。しかも、ただの患者とかじゃダメ。絶対、センセが診てなきゃダメなくらい心を病まなければいけない。そうして、わたしは1つの答えに辿り着いたんです。
両親と兄に、わたしの恋のための犠牲になってもらおうって。
それを実行に移した時、もしかしたら本当に悲しくて心を病んでしまうかなと思ったけれど、そんなことはありませんでした。むしろ、その時のわたしは笑っていたと思います。それはきっと心からの笑顔で。きっとこの笑顔ならセンセも喜んでくれるかなぁ、そんな風に思って、手斧を振り下ろしたことを覚えてます。
ああ……センセ♡ センセ♡ あなたと結ばれるためなら、わたし、全部捧げますから♡ この身体も、お金も、命も。あなたが望むものをすべて捧げますからね♡
だからーー
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