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『5』の扉を開け、くぐる。部屋に入って最初に感じたのは香り。どこか蠱惑的な香りがした。暗さに目が慣れたことで分かる。そこは寝室だった。天蓋つきの大きなベッドが部屋の中央を陣取る寝室だった。
「………は???」
その声に振り返る。そこにはセンセがいた。スケスケのネグリジェに身を包んだセンセが。
瞬間、わたしは飛び付いた。角度を調整し、そのままセンセをベッドへ押し倒す。そして、そのえっちな衣装を剥ぎ取ろうと
「てめェっ!!」
「なんで抵抗するんですかー?!? あつらえたように、ベッドがあるんですよ!?!? ここでする『労働』ってそういうことでしょう!?!? ほら! ほら! ほら! ほらぁぁぁぁ!!!」
「っざけんな! ンだよ、その怪力は!? あ゛〜〜……おらぁぁ!!」
「っ、いたっ!?」
見事に決まるセンセの巴投げ。わたしは見事にベッドから転がり落ちてしまう。
「はっ、はッ!! ほんっとに、ふざけてやがんなァ……!!」
「ふぅぅぅぅ……ふぅぅぅぅ……」
「落ち着け、陽田ァ」
「ガマン、ガマン、スル……」
「そうだ。落ち着け、落ち着け」
「…………落ち着いたら抱きついてもいいですか?」
「はぁ? 何言ってンだァ??」
「あ、間違えました。落ち着いたら揉みます」
「寝言は寝て言え。物理的に寝かしつけてやろうか」
「ぐぬ」
センセに投げ飛ばされるのも一興ではありますが、初めてはちゃんとしっぽりしたいところです。今回は耐えましょう。一大決心をしつつ、体勢を整えていると、センセは慣れたものでもう部屋を調べ始めていました。
「窓、ベッド、ローテーブル。まぁ、普通の寝室だな」
「…………そうですね。って、あれ?」
さっきベッドで暴れた(物理)からか、メモが1枚床に落ちていた。何か書いてあるけど、文字の上に文字を重ねてありよく読めない。 読み取れるのは『我々の神』『素晴らしき存在』など、宗教的な話でしょうか。それをセンセに伝えると、眉をひそめる。
「神様ァ? ハッ、ずいぶんシュミのわりぃ神様がいたもんだなァ? あァ?」
「コスプレの神様ですかね?」
「だとしたら、余計にふざけてやがる……」
読みにくい。けれど、辛うじて雰囲気の違う1文が読み取れる。
「『こんな素晴らしい神様を信仰できる僕は幸せなはずなんだ』」
「あァ?」
「あ、いえ、ここにそう書いているんですよ」
「…………」
「センセ?」
「あ、いや、なんでもねぇ」
「? えぇと、あとは……あ、窓もありますね」
カーテンのかかった窓。カーテンを開ければ、室内も暗いからか外がなんとなく見える。
「あ、れ……?」
ふと視界の隅に写る奇妙な影。人? いや、違う。羽のようなものが生え、歪で妙に長い口が垂れ下っていた。それは身体を引きずるように歩きながら、どこかへと去っていく。
「っ、センセ……っ」
「あァ? どうかしたかァ?」
「その、窓の外……に、その怪物が……」
「ンだとォ?」
センセは窓に張り付く。けれど、どうやらあの怪物はもうどこかに行った後みたいで。見間違いじゃないかと言われてしまう。
「…………」
「強がってはいるが、お前も疲れたんだよ」
ぽんっと頭に手を置いてくれるセンセ。とっとと出るぞ。そう言って、ベッド脇のローテーブルを調べ始める。
「……ありがとう、ございます」
「気にすンな。お前はアタシの患者だからな」
「…………はい」
目を閉じ、ひとつ息を吐く。改めて、ここを出るのに調べなきゃ。テーブル上には、小さなオルゴールとラベンダーの香りがするルームフレグランスが置かれている。また、それとは別に小さなメモ帳も置かれていた。センセはそれを開いて、一緒に中を確認してみる。中には、
『君がこんなところで人生を消費する必要なんてない。君はしたいことをするべきだ。 こんな場所の管理より、もっと楽しいことがある。何より、信仰は強要されるものじゃない。 君は外に出た方がいい。外にはもっと楽しくて、君を幸せにするものがあるはずだ』
そんなことが書いてあった。
「管理……信仰。センセ、これって……」
「あァ、恐らくだがーー」
『~~~~♪』
わたしたちの言葉を切るように、突然オルゴールから柔らかい音色が溢れ出した。 そして、それは少しずつ人の声になり、歌うようにこちらへ告げる。
『さぁ、あなた。おやすみの時間だわ。眠らないと鍵は貰えないわ。さぁ、そのベッドで眠ってちょうだい』
ベッドで眠れ、とオルゴールは言った。
「ベッドに、入る……? センセと一緒に……? それってぇぇぇぇ」
「ゲ、まじかよ……」
「ほらぁ、センセ? ベッドに入るのが今回のミッションみたいですよぉ??」
センセよりも先に、わたしはベッドに飛び込み、布団をめくり、センセを誘う。
「フフフフフフフフ♡」
「……くそがヨォ!!」
「よいしょ……ほら、どーぞ、センセ♡」
「……チッ」
仕方ないと言わんばかりに、恐る恐るベッドに入ってくるセンセ。しかも、こっちに背を向けてくる。そこまで露骨だとわたしでも傷つきますよ?
「はよ寝ろ」
「…………はーい」
センセの方を向きながらも、目をつぶる。視界が暗くなったことで他の感覚が機敏になる。シーツはさらさらで柔らかく、マットレスはぎゅっと身体を支え、軽くもなく重くもないほどよい重さに包まれる。それに、ラベンダーの落ち着いた香りが広がっている。
眠くなるのにはかなりの時間がかかった。まぁ、理由は明確ですけど、それでも段々眠気がやってくる。瞼はとろんととろけ、身体は心地よい重みに包まれる。そして、すぅと意識がとけ眠りに落ちた瞬間、
『ガンガンガンガン』
「「っ!?」」
オルゴールからけたたましい音が鳴った。決して綺麗な音色ではなく、金属を叩くような甲高く不快な音だ。まるでフライパンを叩いたような……。
『眠ったわね。もう起きていいのよ、ほら、起きなさい。それとこれが鍵よ。持っていきなさい』
寝た瞬間に叩き起されたせいで、気分はあまりよくない。けれど、オルゴールはそんなの気にした様子もなく、ぱかりと蓋を開けた。その中には、小さな鍵が入っていた。
「あー、くそがッ、中途半端に寝かしやがって……」
「センセ? もっと寝ててもよかったのに……そうしたら……フフフ♡」
「はぁぁ……ほんっとにお前はよォ……これで鍵は5本だ。とっとと出るぞ、んなとこ」
「はーい」
ベッドから身体を起こし、そのまま2人で這い出る。扉はまた開いているようで、ノブにそのまま手をかける。
「…………少し名残惜しいですね」
「あァ? なんか言ったか?」
「いえ」
センセの質問を誤魔化し、わたしは扉を開けた。
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残念ながら衣装の戻ってしまったセンセと共に、例の曲がり角の玄関の前へ。5本の鍵で無事すべての南京錠が外れた。
「こっちも外れましたよ」
「あァ」
「?」
「………………」
「センセ? 出ないんですか?」
「……そうだなァ。ちっと気になってな」
こんこん、こんこん、こんこん。6回、玄関の扉をノックしたセンセ。
「管理者の部屋、でしたっけ」
「文句の1つでも言わねぇと割に合わねぇだろ」
そう言うと、センセはそのまま扉を開けた。目の前に広がるので、教室でも寝室でもない、何も映ってないモニターが壁一面に嵌め込まれた部屋。床には壁際に置いてある本棚に入りきらなかった本が積み上げられていた。そして、部屋の中央にはキャスター付きの椅子が置いてあって、
「センセ……」
「誰か、いるな」
椅子の上には毛布にくるまった何者かがいる。センセはズカズカと近づくと、その毛布をバッと取り去った。そこにいたのは、すやすやと眠る1人の小柄な少年だった。わたしと同い年、くらいでしょうか。
「ガキがなんでこんなとこに……?」
「センセ、どうしましょうか」
「まぁ、話聞かないわけにわいかねーわなァ」
おい、起きろとセンセが少年を揺さぶれば、彼はうぅと小さく声を上げたあとそっと目を開けた。
「あ、れ……」
彼はそのままあっちこっちを見つめた後、最後にわたしたちの顔をじっと見つめた。
「う、うわぁ!?!?」
そして、驚いて勢いよく椅子から落ちた。どんくさそうな人。
「こここここ、今回来た人たちだ! ど、ど、ど、ど、どうしてここに!? なっ、なっ、なっ、なんで!?」
少年はかなり動揺しているのが分かる。
「あァ!?!? なんではこっちのセリフだァ!! なんなんだこのふざけたところはよォ!!」
目の前の彼の発言から、彼が例の管理者であろうことを判断したようで、センセは大声で怒鳴り付けた。挙動不審に視線を動かした少年は、深呼吸をした後、小さな声で語り始めた。
「……あの、その……」
「ぼ、僕は神様の従者として、両親に捧げてもらったんです。そしたら神様は僕をここに連れてきて、ここに置いていったんです」
「ここはその神様が作った場所みたいで……。僕が置いていかれたってことは、きっとここの手入れや管理を任されたんだろうなと思って……」
彼の声はどんどん小さくなる。表情は酷く申し訳なさそうで。チラリと隣を見ると、センセの怒りのボルテージが下がっているのが分かりました。少年は言葉を続ける。
「ここには……定期的に人が来るんです。そして、みんな鍵を集めて脱出していく。何でこんなことをしているのか分かりませんが、それが神様のご意向なら僕は従うまでで……」
「……だから、今回もそうしました。ごめんなさい」
彼は、そのままぺこりとこちらに頭を下げた。たぶんそれで怒りの行き場を無くしたセンセは、ボリボリと頭をかきながら、しゃがみこむ。
「…………あ゛ー、なンだ、怒鳴って悪かったァ」
「あ、い、いえ、その……」
バツの悪そうなセンセと未だにキョドる少年。
「センセ……この子、どうします? センセの怒りが収まらないのなら、殴り倒すのもありだと思いますけど」
話が進まないのが分かって、わたしはそんなことを言ってみる。もちろんセンセの答えは分かっているけれど。
まぁ、わたしとしても最初は危ないことにセンセを巻き込んだと思ってキレていたけど、今回は役得だったのでよしとします。
「殴ります?」
「バカ、相手がちげぇだろォ」
相手が違う。センセはそう言った。それに、と続ける。
「んなとこに置いてけるわけねーよなァ」
「……はぁ、言うと思いましたけど」
センセらしい。子供を放っておけない善人なんですから。
「おい」
「は、はい」
「アタシ達はここを出る、が……オマエはどーする」
「え、あ……神様が僕をここに置いていったんです。お父様もお母様も神様を信仰するのが一番幸せだって、そう言ってて……その、だから、えっと……」
もじもじと指を合わせて、小声で呟く少年。その少年の頬を両手で挟み、無理やり目線を合わせて、センセは問う。
「オマエの両親はかんけーない、オマエがどうしたいかだ」
「ぼ、僕は…………外に行ってみたい、です。学校とかも、興味があって……」
それだけを聞いて、センセは満足げに笑った。
「ハッ、最初っからそー言え! おら、行くぞ」
「わ!? あ、え、えっと!?」
そのまま少年の手を引くセンセ。って、おい!!! なに、センセと手を繋いでるんだ、それはわたしだけの特権なんですが!! とっとと離さないとその腕ーー
「……ありがとう、ございました」
わたしが行動を起こす直前に、彼はセンセの手を離した。そして、その後に言う。この空間の後処理をするから、その扉から先に出てください、と。
「ちゃんと、来いよ?」
「もち、ろんです」
「ん」
センセは彼の言葉に頷き、扉を開いた。その先には、灰色の空間が広がっていた。どこもかしこも同じ色合いで、どこが床でどこが壁でどこが天井なのか曖昧。
「おい、陽田。行くぞ」
「はい」
一歩、足を踏み入れると同時に浮遊感に包まれる。その直後、落ちる。景色が変わらないせいで落下している実感がない。けれど、風が頬を叩き、肌が少し冷たくなるから、その感覚をどうにか感じとることができた。底のない、どこまでも落ちていく感覚とともに、わたしは意識を手放した。
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「あ?」
「あ、れ?」
目を覚ます。
開いた瞼の先にあったのはいつも通りの光景でした。わたしがセンセの診療を受けにきた診療室にわたしたちはいました。服はいつも通りで、持ち物もいつも通り。何も変わったことはありません。まるであの時の出来事が夢だったように感じますが……。
「あァ……肩が……」
どうやらセンセの疲労具合を見ると、現実、だったようで。ともかくもう終わったこと。この後、センセのお仕事終わりを待って一緒に帰りたいところではありますが、スマホに例の写真が残っているかの確認をしないといけません。
「じゃあ、センセ、また明日、です」
「明日は休診日だ。来ンな」
奇妙な出来事はこうして過去の出来事になっていく。今日もまた、いつも通りの日常が流れていく。
病室を出たところで、ふと少年とすれ違う。その少年はセンセの診療室に入り、声をあげた。
「あ、あの……っ!」
診療室の扉が閉まる。その少年が、一体誰で、何を話したのか、わたしは知らない。
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END「ドレスコード」
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