通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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『こんにちは、センセ♡』
春のある日、午前7時に陽田から電話がかかってきたのが、今回の件の始まりだった。
「早朝からなんのようだァ?」
『またまたぁ、今、ココア淹れたところですもんね』
「あ゛!? ンで知ってんだよ」
『あ、急なんですけど、今週末、お花見なんてどうですか? ちょうど満開らしいですよ?』
本当に急な話だ、とは思ったが、朝のニュースも桜前線が北上してきており、ここらも週末が満開だと伝えている。天気予報によれば、雨も降らないらしい。確かに花見日和ではあるな。
『センセ、土日どちらも勤務じゃないですもんね?』
「土日は空いてるが……ってなんで知ってんだ……?」
『いやですねぇ、センセのことなんですから何でも知ってるに決まってるじゃないですか♡』
こいつ、本当に盗聴機か何か仕掛けてやがらないだろうな。今度、徹底的に確認しなきゃならねぇなと思いながらも会話は進む。
『あ、それでお花見、どうですか?』
「……まぁ、暇だし、行ってもいい」
実際、この土日は特にDIYのイベントもなく、適当に過ごす予定だった。たかが花見だし、付き合ってやってもいい。というか、とある一件があって、花粉症は完全に治ったわけだしな! 絶対できなかった花見なんてイベントをやってみるのはやぶさかではねぇ。
『え、本当ですか! やったぁ、じゃあ、センセの好きなおかず入れたお弁当作っていきますからね』
「んな、わざわざ……」
『『楽しみに』しててくださいね♡』
それからお仕事頑張ってくださいね、と告げ、陽田は電話を切った。それにしても……。
「花見、か」
柄にもなく、ウキウキしているのを自覚しながら、アタシはちょうどいい温度になったココアを飲み干したのだった。
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週末。天気予報の通り、快晴で雨が降る気配は一切ない。やり取りはしていたから、駅前に待ち合わせをして、桜の綺麗なところに向かう。だが、
「…………おい、陽田。花見ってのは、こんなにしんどいのか」
あまりにも人が多く、アタシはすっかりグロッキーになっていた。
「うーん、ここまでじゃないんですけどね。ほら、世の中はいろいろな規制から明けたばかりですから、その影響かと」
「あァ……なるほどな」
花見の文化に触れてこなかったのもあり、花見とはこんなに辛いものかと思ったが、どうやら例の流行り病のせいだと言われ、得心がいった。
「…………センセ、センセ。あっちの方、少し空いてます」
「行くぞ……」
ふらふらと2人で人混みを抜ける。そこは神社であった。不自然なほどに人はいない。まぁ、用がなけりゃわざわざ神社なんて入らねぇか。
「あ、綺麗」
「ん?」
ふと陽田が声をあげた。視線を辿ると、そこには立派な桜の大木が植わっていた。樹齢は数百年は超えていそうな雄大なその姿に一瞬、心を奪われる。不意に一陣の風が吹き、桜吹雪が舞い踊る。景色が一瞬青く輝いたように思えた。だが、それも一瞬のこと。まばたきをする間に、視界は桜色に戻っていた。
「?」
「センセ? どうかしましたか?」
「ん、あァ。なんでもねぇよ」
まぁ、気のせいだろう。疲れだな、疲れ。
「それにしても、人混みすごかったですね。ただ、不幸中の幸いです。どうにかいいお花見スポットを見つけられてよかった」
「だなぁ、人多過ぎて酔うかと思ったわ……」
「そうですね。いろいろな規制があけた後ですから、仕方ないのかもしれません……とりあえずレジャーシートあるので、ここに広げますね」
「ん」
陽田が鞄から出したレジャーシートの反対側を持って、広げる。
「ふふ、ありがとうございます、センセ。ささ、座ってください。お茶でいいですか?」
「あぁ、あンがとな」
「お弁当も広げていいですか?」
「ん、あァ」
時計を見れば、11時過ぎ。陽田が気合を入れて弁当を作ったというから、朝は本当に軽くしてきた。だからだろう、確かに腹は減っていた。
「ふふふ、じゃーん!」
得意気な表情で、陽田は弁当を開けた。中に入っていたのは、アスパラベーコン巻きと肉焼売、豚肉の生姜焼にほうれん草のごま和え。確かに、この間言っていたように、アタシの好物が大量に詰まっていた。なんで好物を全部把握されてるかは知らんし、今は考えないどく。
「あ、玉子焼きはもちろん甘めです♡」
「おぉ! ウマソーじゃねぇか!」
「でしょう? いつでもお嫁さんに行けるように、練習はいっぱいしてるんですよ!」
「嫁ェ? ハッ! 確かに、こんだけ作れりゃぁいい嫁になれるだろうな」
「♡♡♡♡♡」
こんだけ好物を並べられりゃ、上機嫌にならない奴はいねぇだろう。アタシは差し出された紙皿と箸を受け取り、何を食おうかと思案する。
「そう、思います? えへへへ、えへへへ♡」
「ん? あぁ、これだけ作れりゃ十分だろ。将来の夫は幸せモンだなぁ、ほら早く食おうぜ」
「夫……夫、ね」
「?」
一瞬、声色に違和感を感じ、顔を上げたが、陽田はにこにこしたままだ。気のせいか。
「じゃあ、センセにはわたしが食べさせてあげますね♡」
「あ゛ぁ? 自分で食うわ自分で」
「えー? でも、お箸一膳しかないんですよぉ」
そんな風に言う陽田だったが、普通に割り箸を見つけているアタシ。指摘してやりゃ悔しそうに顔を歪めた後、往生際悪く箸を渡してくる。
「……おいしく、食べてくださいね?」
「そりゃ、わざわざ作ってくれたモン美味く食うに決まってンだろ」
「……ふふふ、ホントにセンセ、やさし♡」
「んじゃ」
「「いただきます」」
アタシは別に口が達者なわけではないから、月並みな感想しか言えねぇが、とにかく旨かった! 流石に満腹で、食後の茶を飲んでいると、不意に陽田が声をあげた。
「あれ? これ、なんでしょう?」
「ン? なんかあったか?」
腹を撫でながら、そちらを見れば、陽田は確かに何かを持っていて。
「これ、青いガラスで…………あっ、砕けちゃいました……」
「砕けた? 怪我してねーかァ?」
「はい。本当に欠片も残らないくらいに砕けちゃったので」
聞けば、青いガラスの破片のようなものだったらしい。
「なんだったんでしょうか」
「さァな」
青いガラス。まぁ、人工物だろうが、大方、酔っ払いが割った酒瓶とかなんかだろう。まったくマナーの悪い奴もいたもんだ。
とにかく人生初の花見は、美味いものを食い、綺麗な桜を『花粉を気にせず』見れて大成功だった。誘ってくれた陽田には、感謝しねぇとな。
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その日の夕方のことだ。アタシは夕飯の準備をしながら、テレビをつけっぱなしにしていると、ここらの住所が耳に入ってきた。一旦、手を止めてニュースを見る。花見の特集か何かかと思ったが、どうやら違うらしい。
つい先ほど、花見をしたあの桜の木の下で腐乱死体が見つかったという。
腐乱死体は死後2日ほど経っているらしく、また近くには死体を運んだであろうバッグも落ちていたという。報道側も生放送で混乱しているのか、規制が緩く一瞬そのバッグが映る。それには見覚えがあった。あれは
「……陽田のじゃねぇか……?」
見覚えがある。というか、今日も持ってきていたバッグと同じ、に見えた。
「…………あ?」
不意にニュースに映るバッグの中に何かが見えた。それは『眼球』だった。その『眼球』と目が合った。
「っ」
思わずテレビ画面から目を反らそうとする。だが、例の桜の木からどうしても目が離せなくて……。どのくらい経っただろう。10秒? それとも1分か? 時間感覚が狂う。そんなアタシの頭の中に声が聞こえる。それはあの木から聞こえるのだと直感的に分かった。
『恨めしい。お前たちが恨めしい。許さない。許さない』
アタシだけに語りかけるような低い、女の声。瞬間、体が重くなる。息もしづらく、手足の感覚がなくなっていく。
「っ」
不意によろけ、アタシは軽く頭を椅子に打っていた。だが、そのお陰で、自分を取り戻す。
「っ……くそっ、なんだァ、いったい……」
もう一度ニュースを見るが、先程の事件についてはもう終わりらしく、ここ数日世間を賑わせている別の話題が流れている。だが、本能的に察するだろう。
『あの桜に呪われた』と。
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その日の深夜のこと。カフェインをとったわけでもないというのに、寝付きが妙に悪かった。その理由は明白。例のニュースのせいだ。
「…………あれは……」
ーーピンポーンーー
「ッ」
チャイムの音に飛び起きる。反射的に時計を見ると、時刻はちょうど0時。真夜中も真夜中で、宅配便が来ることなどあり得ない時間だ。
「………………」
恐る恐るインターフォンを見る。そこには
『センセ、こんばんは』
「は?」
陽田がいた。混乱する頭で、そのまま玄関のドアを開けると、陽田はこちらのことを心配そうな目で見てきて言う。
「……体調、大丈夫ですか?」
「……なんだぁ急に。というか、真夜中だぞ」
「…………すみません、でも、わたしはただ心配になっただけなんです。来ちゃった♡ってよくやったりするじゃないですか、恋人とかでも」
「………………はぁぁ、とりあえず上がれ。」
流石に深夜に彼女を1人で帰すわけにもいかない。ひとまずこいつを部屋に上げることにした。
「ここに来るのは?」
「おばさんたちには伝えてあります。なので、心配しなくても大丈夫ですよ」
ならなおさらだ、と思う。ガキを1人こんな時間に表に出すのを許すとは……。一応、次の面談の時に注意だけはしとかねぇとな。そんなことを思っていると、そんなことよりも、と陽田は話を切り出してきた。
「頭、怪我したりしてないですか?」
「頭ァ? 大したこたァないが……なんで知ってる」
「愛の力、じゃないですか、ふふふ」
……本当に仕掛けられてねぇだろうな、盗聴機。
「それよりも、何か変わったことがあったんじゃないですか、センセ」
プライバシーの危機を感じているアタシに、陽田はそう訊ねてくる。何か変わったこと、だァ? その感じ……。
「なんか知ってるような口ぶりだなぁ? ンン?」
「いいえ、わたしは何も知らないですよ? わたしが知ってるのは、センセが頭をぶつけちゃったってことだけです。あとは少し過呼吸になってたってことくらいですね」
「いや……それを知ってるのも十分おかしーんだが……」
本当に、こいつは……。いや、とりあえず次の週末に越水にも声かけて金属探知機で家捜しするとして、今はこいつにも例の件を教えとかなきゃな。こいつも当事者なわけだし。
「……今日行った桜ン下で、死体が見つかったんだとよ」
「桜の木の下に死体…………へぇ」
「……まだネットニュースにはなってねぇみたいだがよ」
あの後一応調べてみたが、この死体についての情報は一切ネットにも載ってなかった。逆に不気味なもんだが。
「それは…………怖い、ですね」
「あァ……お前はなにかしらねーか?」
「いいえ。わたしもその話は初めて聞いたので」
「……そうか」
頭の隅に、例のバッグのことは引っ掛かってはいたが、まぁ、嘘は吐いていなさそうだ。そもそも変なところはあるが、こいつが人を殺すなんてのも想像つかねぇしな。
「それよりセ・ン・セ♡」
「あ?」
色んな可能性を考え、端から潰していると、陽田がなにやら引っ付いてきた。いつものごとく、引き剥がしながら、なんだと訊ねると、奴は言う。
「そんな事件があった中、女子高生1人、こんな深夜に帰れなんて言わないですよねぇ?」
「…………お前……」
深夜にわざわざ連絡もなく押しかけといて図々しくねーか、とは思うが……。
「んなこと事件がなくてもいうわけねーだろーが、はぁ……しょーがねぇ」
「えへへ、やっぱりセンセ、優しいから好きです♡ ホントに結婚しましょ? ね?」
「ハッ、しねーよ」
「いけずぅ」
こうして、陽田を家に泊めることになった。明け方、使わせてたベッドがなにやらうるさかった気がしたが、考えるのもバカらしくなって、アタシはぐっすり眠った。
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