陽田あかりと望月鏡花に関する記録   作:藍沢カナリヤ

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8 青、花霞にて【青と死体】

ーーーーーーーー

 

 夢を見た。

 陽田が隣にいて、何かを話しかけてくる。なんてことはない、ただそれだけの夢だ。だが、何故か違和感を覚える。隣の陽田が陽田ではないような……。

『あハ……ッ』

「っ」

 不意に、その笑顔が崩れる。破顔したとか、表情を亡くしたなどという詩的な表現じゃなく、顔の肉が削がれ、どろどろと落ちていく。そうして、残った頭蓋には『眼球』が2つ、こちらを凝視していた。

 

「……センセ、センセ?」

 

「う、ぅ……」

「センセ! センセ!」

 その声で、覚醒する。

「ぅ……うわっ! はぁ……はァ……な、ンだ……陽田、か」

 目の前で心配そうにする陽田。違和感は感じない。ちゃんと、陽田本人、だと思う。

「これ、お水です…………珍しくうなされてましたよ? どうかしたんですか……?」

「あぁ、すまん。いや、珍しく夢を見てな。悪夢ってやつかァ……?」

「悪夢……本当に珍しいですね……」

 本当にそうだ。アタシは睡眠の質は悪くないのかなんなのか知らないが、夢を見ること自体少ない。だからだろう。こういう悪夢には耐性がないみてぇだな。

「あ、あの、センセ。わたしもひとつ夢を見たんです」

「ン? なんだぁ?」

「今日、行った神社に桜の木ありましたよね。あそこにセンセが青い鎖でぐるぐるに縛られていて……どうにか外そうとしても外れない。そんな夢でした」

「ハッ、そりゃあ……」

 ずいぶんと趣味の悪い夢だ。しかも、タイムリーで縁起でもねぇ。

「ほら、センセもニュースを見たって言ってたじゃないですか、あの桜の木の下から死体が見つかったって……」

「まぁ……」

「だから、もしかしたらあの神社になにか…………センセ、もしよかったら明日、神社に行ってみませんか?」

「そう……だな、行くか」

 正直、気が進まない。だが、実際に他に心当たりがないんだ。

「何もなかったら、それでいいかなって。それよりセンセがうなされてるくらい苦しんでるならーー」

 

「ーー排除、しなきゃ……」

 

「……? 何か言ったか?」

「いいえ。とりあえず寝ましょう? 悪夢見ないように、隣で添い寝した方がいいですか」

「いや、暑いだろーが」

「…………必要ならすぐ抱き枕になりますからね♡」

「ハッ、いらねーよ」

 こういう時は、こいつの妙な明るさに救われるわな。

 再度眠りにつく。今度はどうやら悪夢は見ずに済んだようだった。

 

ーーーーーーーー

 

 翌日。例の桜の木がある神社に向かうと、もちろん周囲には『立入禁止』のテープが張り巡らされていた。

「まぁ、昨日の今日だし、貼ってあるよなァそりゃ」

「見たところ警察の人もいないみたいですし、バレなきゃいいんですよ」

「……まぁ、しょーがねーかァ」

 バレたらなんか適当にでっちあげてやろう。こんなんで補導されちゃ、こいつにも悪い。テープを手で持ち上げ、中へと入るアタシと陽田。

 改めて、境内を見回す。どこにでもある少し寂れた神社だ。管理する人間が常駐しているわけではなさそうで、人の気配はない。

「人は……いなそーだな」

「そうですね。そもそも管理してる人が常駐してれば、神社の木の下に死体を埋めるなんてできないでしょうし」

「ま、それもそうか」

 後ろを振り返ると、苔むした鳥居。

「大きな鳥居ですね」

「だなぁ……ん?」

「どうかしました?」

 鳥居の柱に何かが刻まれているのに気づく。何かの印みたいだが、見たことはない。

「? なんでしょう、これ……?」

「さぁ」

「何かはわかんねーなぁ」

「そうですね」

 わかんねぇモンをずーっと見ててもしゃあねぇ。アタシらは早速例の桜の木に向かうことにした。

「……穴だな」

「穴、ですね」

 確かに昨日の日中、ここで花見をした。だが、今、木の根元には何かが掘り返されたような大穴が開いている。十中八九、ここに例の腐乱死体とやらが埋まってたんだろう。だが、

「だいぶ大きな穴ですね。これを昨日の夕方にほれるんでしょうか?」

「いや……無理だろうな」

「ですよね……」

 昼……確か13時半くらいまではここにいたはず。それから夕方、仮に17時に遺体が見つかったとすれば、約3時間半。いや、もっと短いか。ともかく、あの花見の人混みを避けて遺体を運び、この大穴を掘り、埋める。そんなことはほぼ……。

「ん?」

 ふと気づく。大穴の底に何かが落ちている。あれは陽田が冬につけていた手袋じゃねぇか?

「おい、陽田、あれーー」

 

「ここは立ち入り禁止ですよ」

 

「「!?」」

 不意に女性の声がした。見れば、そこには巫女服を着た女がいた。病的なほどに白い肌がどこか浮世離れした雰囲気さえ感じさせる。そんな、巫女だった。

「神社の入口に、テープ貼っていませんでしたか?」

「ん、あ、あぁ、すまん……」

「いいえ。もしかして参拝の方でしょうか? だとしたら、すみません。少々、立て込んでおりまして」

「そう、だよな。いや、すまん……」

 常駐してないんじゃなかったか? そうは思うが、ここは謝るしかないだろう。幸い向こうもこちらを参拝客だと思ってるようだし、このまま適当に謝って、この場を切り抜ければいい。そう思っていたんだが、

「……センセ」

「あ?」

 くいっとアタシの裾を引く陽田。小声でやり取りをする。

(例の死体のこと、聞いてみませんか?)

(聞くのか…!?)

(はい。調べたって分かりませんでしたし)

(ま……ぁ、ニュースにはなってたし知っててもおかしくはない……か)

 陽田に頷きを1つ返し、アタシは口を開く。

「あー、そーいやニュースで見たんだが桜の下に死体が埋まってた…とか…」

「……ええ。女性の遺体です。恐らく年齢的には28歳くらいだと警察の方が言っていました」

「そう、なのか」

「はい。あまり進展がなかったので警察の方々も引き上げていかれましたが」

 淡々と巫女さんは答える。

「その死体、見ました?」

「いいえ。流石にそこまでは。私はここで雇われたただの巫女ですので」

「そうですか」

「他に何かありますか? なければ、そろそろ……」

 あまり感情を読み取れない声色で、巫女さんはそう言う。まぁ、そうだよな。時間を取らせて悪いなと告げると、巫女さんは静かに首を横に振った。

「いえ。ただ、やはりここには近づかないことをオススメいたします。まだ辺りに、人を殺して埋めた方がいるかもしれませんからね」

「そりゃ……恐ろしーこったな」

「えぇ、とても」

「………………」

 なんだろうな。精神科医って職業をやっているからか、それとも何か話し方が気になったのか分からねぇ。この巫女さんが何か嘘を吐いている。それだけは分かった。

「陽田、帰るぞ」

「あ、はい」

 そうして、アタシらは神社を後にすることにした。後ろに巫女さんの「お気をつけて」という声を受けて。

 

ーーーーーーーー

 

 神社から繋がる石段を下る。その途中、ジョギングする男とすれ違った。その姿に違和感を覚える。

「あ、おい」

 振り返る。その瞬間に、男の首が180度回転した。そして、そのあり得ない首の動きをする男と視線が合う。さらに、そいつの眼球がドロリと溶け出し、アタシの足元に転がった。

「ッ、おい、陽田…………は?」

 

「ケタケタケタ」

 

 笑っていた。人が死んだその光景がまるでおかしいと言わんばかりに、笑っている陽田。

「……お、おい、なにを笑って……」

「フフフフフフ、アハハハハはは」

「おい」

「あハハハハはハハは」

「おい……陽田? 陽田!」

 

「センセ!!!!」

 

 声が聞こえた。

「……ッ、はっ、はぁっ」

 気づけば、アタシは石段にしゃがみこんでいて、陽田がアタシの背中を撫でていた。それはあの壊れた笑顔じゃなく、本当に心配そうな表情で。

「また、過呼吸みたいになってましたよ? 本当に、大丈夫ですか……?」

「はァッ……ぁ、え……」

 辺りを見渡す。何も変わらない。ジョギングする男はそのまま石段を登っていたし、陽田も……。

「センセ……?」

「……いや、すまん。心配かけた、もう大丈夫だ」

「ほんとう、ですか……?」

「あぁ、大丈夫だ大丈夫……」

「なにかあったら……ちゃんと教えてくださいね、センセ。わたしだって……センセに助けてもらったんですから。センセが困ってる時は支えになりたいんです」

「ははっ……あぁ、そうだな」

「とりあえず、ふらふらとかしてないですか? 手、繋ぎます?」

「ン? いや、大丈夫そう……だ」

「……辛くなったら言ってくださいね」

 分かったよ。素直にそう返し、アタシらは帰路についた。

 

ーーーーーーーー

 

 月曜日になった。妙なことはあったが、何か怪我をしたわけでもない。今日、うちに診療に来る患者もいるし。

「休むわけにはいかねぇよな」

 悪夢を見なかっただけマシ。そう自分に言い聞かせ、いつものようにニュースを流し見していると、昨日の神社が写っていた。あの桜の木も写っている。だが、それがなんのニュースかは分からない。そもそも、それを桜だと認識できなかったからだ。なぜなら、

 

「……!? 青、ぃ……桜だ?」

 

 花びらがすべて『青色』だったから。思わず目を擦る。すると、画面は別の映像を写していて、視界が青いなんてこともなかった。

「ッたく、ホントによォ……」

 椅子の背もたれに体重を完全に預け、天井を仰ぐ。本当になんだってンだ……。そうして、朝から少し参っていると、

 

ーーピピピピピーー

 

 スマホが鳴る。姿勢はそのままで画面を見れば、相手は陽田。もしかして、さっきの青い桜のことか? そう思い、アタシは電話に出る。

『センセ、おはようございます』

「どうした、陽田」

『今日なんですけど、もう一度あの神社に行ってみませんか』

「いや、仕事があるんだが。それにオマエも学校だろ」

『はい。でも、さっき朝のニュースであの神社が映ってたんです。見てませんか?』

 やっぱりコイツもさっきのを見たのか、そう思い訊ねてみれば、返ってきたのは予想外の答えだった。

『見たなら話が早いです。あの巫女、たぶん偽者だと思います』

「偽物?」

『はい……って、あれ? センセ、もしかしてニュースの内容、ちゃんと見てませんか? ほら、あの神社の神主が行方不明で、あの神社は今、無人だってニュースで……』

「朝の準備しながらだったからな。そんな詳しくは……」

 そんな風に誤魔化す。昨日の今日だ。また陽田に変に心配をかけるのも、まぁ、イヤだしな。

『そうでしたか。とにかくあそこを管理してる神主が行方不明……無人……じゃあ、あの巫女はなんなんでしょうか。少なくとも"なにかしら"は知っているのではないかと』

「まぁ嘘をついている気はしたが」

『! なら、行きませんか? センセが変になってるんですから、問い詰めなきゃ……場合によっては……あ、いえ』

「…………」

 もちろん気にはなる。気にはなるが、仕事があると返せば、その状態で患者の応対ができるのか、と痛いところを突いてくる陽田。ハッ、患者にその心配をされるとはな。

「……なんとかするさ、それが仕事だからな」

『………………ふふふ、センセはやっぱりセンセですね♡』

 惚れ直しちゃいました。そんな風にいつものような口調で続ける陽田。アタシもいつも通りを心がけ、言ってろとだけ返した。

『分かりました。じゃあ、お仕事終わりならどうですか? お迎えに行きます』

「まぁ……それなら、神社集合でいいだろ」

『はい、分かりました。くれぐれも……』

「無理するな、だろ?」

『はい』

 アタシの返答に満足したのか、通話が切れる。

「…………ふぅ。とりあえず仕事だ」

 どうなるかは分からねぇ。だからこそ、アタシはいつも通りを演じるしかない。どちらにせよ、今日、きっと何かが分かるはずだ。そんな予感がしていた。

 

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