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仕事終わりに、その足で神社に向かう。先に学校は終わったのか、神社へ続く参道の階段の下に陽田はいた。そして、合流した陽田の手には、
「っ、ありゃ……包丁、だよな」
包丁が握られていた。一目で分かる。アイツの表情はいつも通りじゃねぇ。おぞましい。そう表現するしかない表情をしていた。想像したくもない想像をする。陽田にあの包丁で刺される、そんな想像を。
「っ」
アタシはそのまま物陰に隠れ、スマホで電話をした。相手は陽田本人。包丁を持った姿を見ながら、出方を見ることにする。
「陽田、か?」
『ケラケラケラケラ』『センセ? どうしたんですか?』
電話口からはケラケラと笑う陽田の声。だが、同時に普段の声が二重になって聞こえた。
「陽田、今どこにいる?」
『ケラケラケラケラ』『えっと、神社の下にいますよ? 階段の下です』
「…………」
覗き見ると、すぐ先にいる陽田は包丁を持ったまま、ケラケラと笑っている。口の動きを見ても、普段の方の声の通りには喋っていないのが分かる。
『オイデオイデコロシテアゲル』『センセ? どうかしました?』
「いや……見間違えじゃなけりゃ、オマエ包丁持ってないか?」
『ソウダヨコレデコロシテアゲル』『え? 包丁、ですか……?』
「どうなってんだよクソが……」
目と耳から入ってくる情報がちぐはぐで、どうしても混乱する。陽田は悪くねぇのに、口から暴言しか出てこねぇ。そんな自分にも嫌気が差す。
『ハヤクハヤク』『えっと、もしかして、センセ、また変なものが見えてるとか……』
「ハハッ、そーかもなァ。ついでに、へんな事も聞こえるオプション付きだァ、くそったれッ!!」
思わず怒鳴る。その瞬間、視界が不意に晴れた気がした。改めてそちらを見れば、陽田は困ったような表情で電話を持って立っている。それに、
『センセ……? 大丈夫ですか?』
電話の声も二重になっていない気がした。一瞬、耳をスマホから離して、同時に目を擦る。包丁は、ない。
「あァ……大丈夫、だ。すまん。もう少しで着く」
『はい、待ってますね』
乱れた心拍をどうにか戻し、少しだけ様子を見る。もう陽田の姿が変になることはない。恐る恐る、アタシは陽田のところへ。
「……待たせた」
「いえ。でも、センセ、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ……ねーかもなァ」
正直、かなり心がすり減っているのを自覚してる。精神科医の不養生、なんて笑い事じゃねぇな。ただ原因はなんとなく分かってる。アタシは石段の続く先、例の神社を睨み付ける。
「もしセンセがまた酷い幻覚を見たときは……ちゃんと言ってくださいね。わたしがセンセのことを傷つけるなんてあり得ませんから」
「ン……」
足が重い。だが、どうにか歩を進める。やがて、三度、神社へと脚を踏み入れた。キョロキョロと回りを見やっても、人の気配はない。
「ん?」
それなりの大きさの本殿よりも気になったのが、境内の隅にひっそりと建つ小さな祠。前回は目にも入らなかったそれが妙に目を引いた。
「なんだァ? あの祠」
「? 前に来たときは気づきませんでしたね。なんでしょうか?」
周囲を見渡し、警戒しながらもその祠に近づく。小さな祠に近づき、観察をするだろう。なんの変哲もない小さな祠だ。それを眺めていると、
「これは末社と言います。同じようなものに摂社がありますが、こちらは本殿に縁のある神が奉られており、末社はそれよりも格が下、もしくは縁のない神が奉られているそうです」
後ろから女性の声がした。それは昨日の巫女の声で。
「「!?」」
「またお会いしましたね。ここには近づかない方がいいと申し上げましたのに」
変わらず感情の読めない声色だ。
「なにか、ご用ですか?」
「……神出鬼没だな」
「それは……ここで働いておりますので」
「っ、すまん聞こえてたか」
「お気になさらず」
さて、どう切り出したものか。そう思案していると、その口火を陽田が切る。
「…………おい。お前……巫女じゃないな」
「………………?」
「お、おい、陽田っ」
「っ、しらばっくれるなッ!! お前がセンセに何かしたんだろッ!!!」
感情の爆発。おそらく相当頭にきていたのか止めようとしても、止まらない。いつもの丁寧語ではない、目を見開き、声を荒げていた。
「お前のせいでッ!! センセが危ない目に遭ってる!! 今すぐ止めろッ!!」
「落ち着け! 陽田!」
「っ、ふーっ、ふーっ!!」
どうにか羽交い締めにして、やっと殴りかかろうとするのを止めることができた。それに対して、巫女さんは変わらない調子で聞いてくる。
「ええと……話が見えないのですが」
「いや……ここにきて、花見してから妙なことが続いててな」
「妙なこと、ですか?」
「幻覚やら幻聴……に当たる、か。とにかくそんなのを、アタシが受けてる」
「幻覚、幻聴…………」
巫女さんはそこで手を顎に当て、思案する。その後、ああ、なるほどと言い、
「もしかして、悪夢も見ますか?」
「!」
どうやらビンゴみてぇだな。陽田を一旦、落ち着かせてから……いや、今にも飛びかかろうとしてるが、とにかくなにか知っているなら教えてほしいと、巫女さんに改めて願い出る。すると、巫女さんは別に勿体ぶる様子もなく、お話ししましょうと口を開いた。
「この神社の桜の木の下には『あるお方』が眠ってらっしゃいます」
「あるお方……?」
「詳しくは申し上げませんが、その『あるお方』の体の一部は人間には有毒で、幻覚幻聴、悪夢の類いを見せる力がございます。ここで『青いガラス片』のようなものを見たことはありますか?」
「青いガラス片……」
「あ…………」
それを聞いた瞬間に、陽田の動きが完全に止まる。
「うっ……見、ました」
「やはり。それが『あのお方』の体の一部なのです。そちらを運悪く飲み込んだり、割れたそれを吸い込んだりしたのでしょう」
「あー……なるほどなァ」
「あ、う…………」
そこまで聞いて、陽田が膝から崩れ落ちた。
「それ、つまり、あのガラスを砕いてしまったわたしの、せいでは、ないですか……」
怒りの表情が抜け、愕然とした、絶望にも近い表情を見せる陽田。なんとも言えず、アタシはその肩をポンポンと叩くしかない。
巫女さんはそれを見て、非常に脆いものですから仕方がありませんと伝えるが……まぁ、聞いてなさそうだな。
「それよりもその症状を治す方法なのですが」
「方法があるのか!?」
「ございます。それを治すには『あのお方』の一部から薬を精製する必要があります。もちろん、薬をお渡ししても構いません。ただ、このことは他言無用でお願いしたいのです。それを条件に薬をお渡ししましょう」
「あぁ……」
つまり、黙っとけってことだ。まぁ、それでいいなら別に構わねぇが……嘘は、言ってなさそうだな。
「そちらの方はまだ影響がないようですが、念のため調合しておきましょう」
「頼む」
「…………いいんです、センセを危険にさらしたわたしなんて、わたしなんて」
「ンなこと言うな」
「あう……センセぇ」
いじいじと地面を指でなぞりながら、陽田は涙目でこちらを見上げてくる。ッたく、コイツは。ただ、ここまで支えてもらったのも事実だ。そうだな、たまには礼でもーー
「なぁ、陽ーー」
「ええと……薬の精製をはじめても?」
「……あぁ」
残念だったな、陽田。どうやら神様もとい巫女様曰く、礼を聞くのは今じゃねぇらしい。
「それでは……」
「あ」
「……なんでしょう?」
「そういえば、アンタなにモンだ? ここは今無人なんじゃぁなかったか?」
「ああ、そうでした。申し遅れました。私は『あのお方』の信奉者です」
シンポウシャ……あぁ、信奉者、か。
「はい。『あのお方』がお目覚めになるまで、この桜の木をお守りしております」
「なる……ほど」
これ以上は話すつもりがないのだろう。巫女さんはこちらに背中を向けた。
「…………では、薬の精製をはじめていきます」
「また『向こう』でお会いしましょう」
「「っ」」
巫女さんが手を挙げると、視界がぐにゃりと歪む。立っていられないほどの眩暈を感じた後、視界は暗転した。
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「…………っ」
意識が覚醒する。どうやらそこは階段の踊り場のようで、辺りを見れば、螺旋階段の途中であることに気づく。下を覗き込むと、何も見えない。暗闇に喰われるような感覚さえ覚える。
「おい、陽田。大丈夫かァ」
「んっ、センセ…………ここは……?」
「少なくとも神社、ではなさそうだな」
「……はい」
ゆっくりと2人で起き上がる。お互い痛みはなさそうだ。だが、とにかく暗い。辺りがよく見えない。
「チッ……暗いな」
ポケットを探ると、どうやら持ち物はそのままのようだ。スマホでライトをつけ、その辺と階段の上下を照らしてみる。ここからすぐ上はコンクリートで埋められてる。つまりは、
「これは……下にしかいけなさそうですね」
「だな。ハァァ……いくか」
階段を下りていく。明かりはあるとはいえ、圧倒的な闇が辺りを包んでいるわけで。だから、視覚以外の感覚が鋭敏になるのを感じる。そんな中、
「…………センセ」
陽田がアタシを呼ぶ。なんだと返せば、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……今回の件、ごめんなさい」
今回の件。まぁ、例の青いガラス片を壊したってことだろう。とはいえ、あれは……。
「いや、陽田は悪くねーだろ。知らなかったんだ、しょーがねー」
「あう……でも、やっぱり落ち込みます……センセを危険にさらしたことは事実ですから」
まったく。変なとこで義理堅いというか、繊細というか……。ひとつため息を吐いてから、陽田の頭にポンッと手を置いて、軽く撫でてやる。
「今更悔いてもなにも変わんねーンだ。まずは、この状況をどうにかすることから……そうだろ?」
「っ、はいっ、はい!」
そこまで言ってやって、やっと陽田の表情が変わる。暗くてよくは見えねぇが、まぁ、さっきまでの表情よりはマシになったな。って、やべっ……っ!
「へ、へっ、へっくしょいっ!!」
「ああ、本当にセンセは優しい優しい優しい優しい好き好き好き好き好き♡♡♡♡ やっぱりセンセと結ばれたい繋がりたいずっと一緒に暮らしたい♡♡♡ どうしたらずーっといられるかな、やっぱり監禁かなぁ……ふふふ、やっぱり首輪買っておいて正解だったかも♡♡♡」
「あー」
埃っぽかったからかめちゃくちゃ大きなくしゃみが出た。いやぁ、不意のくしゃみは嫌なモンだ。花粉症時代を思い出す。
「って、すまん。なんか言ってたかァ?」
「いえ、なんでも」
「そうかァ」
とりあえず陽田が元気になったならいい。そのままコツンコツンと階段を降りる音だけが聞こえる。どれだけ下っただろうか。あんなに底の見えかった階段もこれだけ下りれば、底が、最下層がうっすらと見えるようになった。さらに、扉のようなものがあるのも分かる。そしてーー
『アぁ……ァ……』
「っ」
「っ、センセ……なにか……いますっ」
「あぁ……」
一歩、陽田の前に、アタシは出た。何かの声がしたからだ。アタシらの声では決してない。少なくともその声からは正気を感じない。続いて、カツン、ベチャッ、カツン、ベチャッと不規則に何かの音が聞こえた。ここで気づく。何かが階段を上がってきたことに。
「少し、下がれ」
「は、はい」
暗闇で否が応でも目に入る青い光。それは『何か』の眼光。『人じゃない何か』の眼光だった。爛れた肉、腐敗したような臭い。『それ』の青く光る眼光が、こちらを捉えたのが分かった。
「……センセ、なんだか化物が見えるんですが……幻覚、じゃないですよね」
「ハッ! 幻覚であって欲しかったけどなァ……!」
逃げるべきだ。そう、本能が叫んでいる。引き返そうとするが、階段はコンクリで埋められてるわけで。つまり、アタシらは『コレ』とすれ違い、最下層に、あの扉へと駆け込むしかないってわけだ。
「クソっ陽田! いけるか!」
「…………はい」
やるしかねぇ! そう決意を固めたところで、アタシらの足元に何かが落ちているのに気づいた。
「あ…………なんで、これ……」
「ンでこんなところにチェンソーなんかあんだァ?」
手斧とチェーンソー。場違いなものが何故かそこにあって。
「まぁ! こまけーこたァいい!」
迷わずそのチェーンソーを手に取る。不意に1年前。去年の春のことを思い出す。ハッ、操作方法、習得しててよかったぜッ! チェーンソーを起動し、振るう。だが、いつかの『木』のようにはいかねぇな。『ソレ』の左足にチェーンソーは食い込む。だが、
『あ、ァァあ゛……ッ』
「チッ!」
腐ってそうだが、まだ骨は残ってるようで、一気にぶった切ることはできなかった。その隙に『ソレ』の爪がーー
「………………ふ、んっ!」
ーーアタシに食い込む前に、陽田が『ソレ』の首を跳ね飛ばした。ゴロリと首が転がる。『ソレ』は悲鳴をあげる間もなく倒れる。そのまま、動かなくなった。
「………………」
「よし……! よくやったァ、今のうちだ! 行くぞ、陽田!」
「え、あっ、はい!」
放心していた陽田の手を引き、2人で扉へ駆け込んだ。
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「ああ、いらしたのですね」
扉に駆け込めば、すぐに声がした。よく見れば、扉の中はあの螺旋階段とは雰囲気の違うボロボロの日本家屋になっていて。そして、その声の主はあの巫女さんだ。
「おい……っ」
抗議を口にしようとして、それも叶わず膝をつく。眩暈がする。立っていられない程に。
「入口の側にマスクがあるでしょう。そちらを着けてください。ここは『あの方』の気配が濃い。すぐに発狂してしまいますよ」
見れば、確かにガスマスクのようなものが2つ置かれている。この状態だ。考える時間もなく、アタシは自分の口につけ、一呼吸。無害そうだと分かった後、陽田に着けさせた。
「はぁっ!! で、なんなんダァ、ここは!」
「ここは……『あのお方』が眠る場所です」
「眠る場所だァ?」
「はい。あの障子の向こうにいらっしゃいます。そうですね、位置的にはあの桜の木からずっと地下へ潜った場所がこちらです」
息を整える。一瞬、深呼吸のために目をつぶった。次の瞬間、陽田は巫女さんの方に駆け寄っていた。さっきの手斧を振りかぶって。
「…………」
「おまっ…!」
慌てて、陽田を抱き止め、無理やり止める。だが、当の本人はきょとんとした表情でこちらを見上げていた。
「? センセ?」
「なにしようとしてんだ!!」
「? だって、こいつはセンセをまた危険な目に遭わせたんですよ? なら、ちゃんと処分しなきゃ」
「………お前、自分がなに言ってンのかわかってんのか……?」
「?」
その顔に、ゾッとした。コイツ、本気で巫女さんに斧を振り下ろそうとしてやがった。
「っ」
分かっていた、つもりになっていた。コイツはアタシによく愛を囁いてきていた。アタシはそれを思春期特有の気の迷いか、もしくは親がいない寂しさをアタシに向けているんだと思っていた。だが、今の一瞬のコイツはーー
「申し訳ありません。ここに人間を招くこと自体初めてでしたので……本来はこの部屋に直接お呼びするはずが……」
「っ」
その声で思考から現実に戻ってくる。変わらぬ調子で巫女さんはこちらに謝罪してきていた。それに対して、陽田も淡々と続ける。
「謝罪しても遅いんですよ? 事実、センセは化物に襲われたんですから。命で償うべきです」
「…………アタシはこうして無事だ。命で償うとか、カンタンに言うンじゃねぇ」
「…………………………はい」
そこで、やっと陽田は手斧を下ろした。捨てろ、と言えば、彼女はカランと斧をそのままその場に捨てる。どうにか、か?
「どうやら何かそちらの方の地雷を踏み抜いてしまったようですね。使命もありますので、命で償うことはできませんが、こちらを」
そう言うと、巫女さんが振り返り、こちらに『それ』を差し出した。
「これを飲めば、幻覚も悪夢もなくなるでしょう」
「……は?」
巫女が差し出したのは薬ではない。『眼球』であった。青く筋の入ったその『眼球』と目が、合う。
「どうか、されましたか?」
「センセ?」
ひとつ息を吐き、トーンダウンした陽田に訊ねる。
「……陽田、オマエにはこれなンに見える?」
「ええと……青い、粉薬です」
「そうか、わかった」
なるほどな。ここにきても、幻覚が見えてるってわけだな。
「これ、人体に悪影響とかは?」
「ございません、恐らくですが……」
「わかった」
本当に、本当に……。
「はぁ……さいっあくだ」
目をつぶり、それを一気に飲み込む。瞬間感じるのは、粉薬と同じ舌触り。苦い。とにかく苦い。今にも吐き出してしまいそうな味だ。だが、『眼球』じゃねぇンだ。まだマシ、だな。
「ん……ぐっ」
どうにかその苦味に耐え、嚥下する。すると、途端に眠気が襲ってくる。普通の薬じゃあり得ないくらいの即効性。抗い難い眠気に身を委ねて意識を手放す直前、巫女が告げる。
「次の桜の季節、またお会いしないよう願っております」
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「こっちのセリフだ……っ! ンあ……ここはっ!?」
目が覚める。すぐに周囲を確認すれば、そこは神社であった。
「…………んっ、あれ?」
その声がした方を見ると、そこにはアタシと同じようにキョロキョロと辺りを見渡す陽田がいた。たった今、起き上がったところみたいだ。
「あ、センセ……」
「陽田! 大丈夫か? 怪我や体調は!」
「え、あっ……わたしは、なにも……それより、センセは? 幻覚、見えてませんか?」
「ン?」
改めてぱちぱちと瞬きをしてみる。あの『青』も、妙な出来事もない。大丈夫そうだと答えてやると、陽田はほっと安堵の息を吐いた。
「わたしたち、戻ってきたんですかね……?」
「多分な……」
そうであってくれないと困るんだが。とりあえずあの巫女さんがいないか探したが、そこでやっと気づいた。
「あの、桜がねぇ……?」
この神社の中央にそびえ立っていたあの桜の大木、今回の騒動の発端となったあの桜が跡形もなく消えていた。穴や花びらの1枚もない。というか……。
「あ、れ? ええと……!?!? センセ、センセ! 日付!」
「なんだ? は? はぁぁぁぁ!?!?」
陽田に促され、彼女のスマホ画面を見る。特に、日付だ。そこに書かれていたのは『5月1日』
「えっと、4月だったのに……これって……」
「ちょ、おい、嘘だろ???」
アタシも同じようにスマホを確認してみる。そこには職場や知り合いからなど、数十件の着信履歴が来ているのが分かった。つまり、アタシらは1ヶ月近く行方不明で……?
「……どう、説明しろってンだよこんなこと……」
「ふふふ、なんならこのまま駆け落ちでもします?」
頭を抱えるアタシと対照的に、陽田は異様に楽しそうだった。こいつ、本当に……はぁ。
「いや……こーいうのはな、謝るのが早ければ早いほど、いい……はぁ、詫びの菓子買って帰るか」
「えー、帰っちゃうんですかぁ、駆け落ちしましょうよぉ、センセ♡」
「これ以上職場にメイワクはかけらんねぇっての」
軽くチョップをかますと、陽田は嬉しそうに笑う。
「テメェも、学校卒業できなくても知らねーぞ」
「そうなったら、センセのところに永久就職しますもん!」
「……いや、医師免許持ってないと無理だぞ?」
「え、あっ……そ、そういう意味じゃナインデスケドぉ」
「ン?」
「……うぅぅ、なんでもないですっ! センセの鈍感っ!」
そう言うと、陽田はこちらにベーっと舌を出す。え、えぇ……? なんかしたかァ?
「知りませんっ! ほら、行きますよ!!」
「ちょ、待てって!」
そうして、アタシらは神社を後にする。1ヶ月近く行方不明になっていた理由をどう説明しようか、そんなことを考えると気が重い。
ふと空を仰ぎ見る。その視界の端に青い桜の花びらが写った気がしたが、きっとそれは気のせいだったのだろう。
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END『青、花霞にて』
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