陽田あかりと望月鏡花に関する記録   作:藍沢カナリヤ

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この話には、クトゥルフ神話TRPG『憑忌と紅葉』のネタバレを含みます。
通過者及び視聴済みの方のみお読みください。


9 憑忌と紅葉【月が綺麗ならば】

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 例の青い桜事件から特に何事もなく日々は過ぎ、季節は秋。テレビをつけると、ニュースでは紅葉情報なんてのが流れている。なんとも平和な1日の始まりだ。その平和を壊すような、いつも通りの通知音が鳴った。嫌な予感を感じながら、メッセージアプリを開くと、

 

『センセ♡ 紅葉狩りいきましょ?♡』

 

「はぁ、やっぱりか」

 いつもの如く、陽田からだった。ため息を吐きながら、返事を返す辺り、アタシもお人好しだとは思うが。

『紅葉狩り?何だ急に』

『ほら、最近、秋も短いじゃないですか。だから、行けるときに綺麗な紅葉を見たいなって。センセも今、特集見てましたよね?』

『確かにテレビつけたらちょうど特集やってたが』

『ですよね! 善は急げ、ですよ……センセーー』

 

「ーー待ってますからね~!!」

 

「は?」

 ついに幻聴でも聞こえるようになったかと思ったが、違う。声は確かに外から聞こえてきた。窓を開けて、外を見ると……。

「はぁぁ? 嘘だろ……?」

「あ、センセ♡」

 ちょうど陽田と目が合った。あ、センセ、じゃねぇって。

「……まじかお前」

「来ちゃいました♡ 今日、お休みですもんね」

「そうだけどよ……」

「早く来てくださいね~、待ってまーす♡」

「はぁ……わーった、ちょっと待ってろ」

 正直、突っ込みたいことは山のようにある。だが、予定がないのも事実だったからな。皿洗いは、まぁ、あとでいいか。アタシは着替えを済ませ、財布とスマホを持って、家を出た。

 合流すると、陽田はパァッと顔を明るくしてこちらに駆け寄ってくる。

「セ~ンセ♡」

「ひっつくな、歩きにくい!」

「え~、だって、1週間会えてなかったんですよぉ? このくらいいいじゃないですかぁ」

 いや、普通、主治医に会うのなんて、あって2週間に1回だぞ。それをこいつは週2ペースで来やがって。元気なのが分かっていいはいいが、それにしても加減ってもんがあるだろ、加減ってもんが。

「それにせっかくのデートなんですから、くっつかなきゃもったいないじゃないですか!」

「デートじゃねぇ……ッたく、家にまで押しかけやがって……」

「迷惑、でしたか……?」

「大事な休日だったんだぞ今日」

「…………ごめんなさい」

「………………」

 コイツにしちゃ珍しくしおらしい表情で、俯く。

「あ゛〜、なんだぁ、まぁ、来たもんはしょうがねぇ」

「フフッ、センセ優しい」

 うまーく乗せられてる気がしないでもないが、まぁ、別にいいか。

「んで、どこ行くんだ?」

「あ、今日はですね、『永遠の紅葉樹』っていうところに行きたいなって! 特集やってたんです!」

「あー、なんかテレビに映ってたような…」

「そうそう、そこです」

 テレビ、紅葉狩り、というと、どうしてもこの間の桜の件を思い出すが、観光スポットっぽいし大丈夫、か。どうにも最近考えすぎる。それもこれも元を正せば、『杉』が始まりだ。なんだ、アタシは木と相性がいいのか悪いのか……。

「センセ?」

「あァ、すまん。なんでもねぇ」

「そうですか。無理はしないでくださいね」

「あァ。で、その『永遠の紅葉樹』ってのはなんなんだ?」

「そうでした! なんとですねーー」

 陽田の話を聞きながら、不意に空に意識がいって、見上げる。そこには『満月』があった。そう、『満月』だ。日は高く、晴天。そんな中でその『満月』は煌々と輝いていた。それを見た瞬間に、

「っ」

 ぐらりと立ってられないほどの眩暈が襲ってきやがった。思わず目を閉じ、その場で膝をつく。

「ンだ、こりゃ……」

 遠くで陽田の声が聞こえる。心配する声。大丈夫だ、すぐ治る。そう言えた気もするが……。

 

「…………っ、あ゛ァ…………あ?」

 眩暈が収まった後、何が起きたかと辺りを見渡すと、暗くなっていることが分かった。体感はそこまで経っていないにも関わらず、だ。

「おい、おいおいおい」

 またか、と思う。杉、桜ときて、次は紅葉かよ。まだ少しくらくらとする。だが、アタシが想像する通りのことが起きてるなら、一刻も早く状況を確認しねぇといけねぇ。

「あ、え……?」

 その声はアタシの背後からした。振り返る。一瞬、陽田かと思ったが、違う。そこいたのは、髪の長い大人の女性だ。恐らくだが、アタシと同じくらいの歳か。そんな女が、アタシを見て、困惑していた。

「え…………?」

「誰だアンタ」

「っ!!」

 アタシがそう聞くと、その女は、急に涙ぐんだ。訳わかんねぇと思いつつも、ふと気づく。コイツの眼鏡、アタシと同じだなと。まぁ、どうでもいいことだけどな。そんなことをボーッと考えていると、その女は、

 

「きょうかセンセっ!!」

 

 急にアタシに抱きついてきやがった。

「はぁ!?!?」

 いきなりのことに困惑する。

「うわっ!」

「っ、センセっ、センセっ」

 その女はこっちを抱き締めたまま、なぜか泣き始める。おい、なんなんだよ、コイツは!?

「ちょっ…離せって…っ」

「うえぇぇぇぇんっ、センセぇぇっ」

「はぁぁぁ??なんなんだァ???」

「泣き止めって……んで、離せって……」

 このまま泣かれ、その上抱きつかれてたら、いつまで経っても状況が分からねぇ。どうにか離れようとするが、変な体勢で力を入れたせいか軽く脇腹をつる。

「いって!? あ゛〜〜〜」

「え、あっ、ご、ごめんなさいっ」

 だが、そのおかげで女は我に返ったようで、パッと離れ、謝罪をしてきた。結果オーライだな。

「つ、つい取り乱してしまって……」

「どうしたんだ、アンタは一体……」

 そこまで言って、目の前の女とアイツの姿が重なった。いくらなんでも違いすぎる。その上、あり得ない話だ。だが、アタシはもうその『あり得ない』を体験しちまっている。だから、口にした。

 

「陽田?」

「っ、はい。きょうかセンセ。わたしは陽田あかり、です。お久しぶりです」

 

 そう言って、目の前の女……陽田?は笑った。

「て、センセにとっては、久しぶりでもないんですかね」

「久しぶりって……オマエが紅葉狩りに行こうって無理やり連れてきたんだろうが」

「あ……そっか。そのタイミングで……」

「?」

 なにを言ってるのかわかんねぇ。そんなアタシの内心が伝わったようで、慌てたように陽田は謝り、説明をしようとした。その言葉を遮るように、

 

『わ゛……ン……ぅ』

 

 『何か』が声をかけてきた。いや、声といっていいのかも分からねぇ。そこにいたのは黒い大きな犬だった。だが、ただの犬じゃねぇ。皮膚は爛れ、あばら骨が露出し、右目には真っ黒な眼窩が見える。腐った肉の臭いもする。

「っ、あれは……」

「なんだあれ!?」

「犬、だったものです。下がっててください、センセ」

 そう言って、陽田はバッグから手斧を取り出した。嫌に慣れた様子だが。

「いや、オマエこそ下がれ!」

 年齢が上がったからって、陽田は陽田だ。患者を危険にさらす医者はいねぇだろうがよ。そう言っている間にも、犬が陽田へと噛みつこうとしてくる。

「っ」

「あぁ!? ッたく、何なんだ! おい、逃げるぞ!」

 こっちとら武器もない。陽田の手をとって駆け出そうとするが、

『ゥ、お……ェ……』

「ッ、血ぃ!?」

 こちらの行く手を阻むように、犬は血を吐き出した。そのせいで機会を逃す。

「……センセ、下がってて」

「おい!?」

 手斧を振る陽田。だが、犬はそれをかわす。逆にバランスを崩したように見えるが。

「大丈夫か!?」

「……大丈夫、です」

『オ……ぅェ…………ッ』

「は?」

 気を取られていた。だから、目の前に血が広がったことに気づくのが遅れてしまった。

「っ、センセ!!」

「チッ」

 血が粘膜に触れないように、咄嗟に顔を庇う。その甲斐あって、不快感はあれど、痛みはない。

「うげっ……」

「あ、あっ……センセっ」

 陽田はそこで腰が抜けたのか、座り込んでしまっている。アタシはそんな陽田の腕を引っ張り、立ち上がらせ、叫ぶ。

「とりあえず逃げるぞ!」

「あ……は、はいっ」

 逃げようとしたその瞬間、背後でぐしゃりと音がした。見れば、犬の体はぐちゃぐちゃと聞き苦しい音を立てて、朽ち果てていった。死に際に『それ』は言う。

 

『ァか、まワ……レ……』

 

「は…ぁ??」

 訳が分からねぇ。アタシはそのままその場に腰を下ろし、足を投げ出した。そんなアタシを見て、陽田は声をあげてくる。

「っ、センセっ!! 血、大丈夫!?」

「ん? あ、あぁ、多分……?」

 まぁ、粘膜接触してたら感染症とかヤバかったろうが、服で顔は守れたから恐らく大丈夫だろ。それに痛みはないし、とりあえずどっかでこの血だけ洗い流せばいい。そんな風に考えていると、

「……っ、ちょっとだけ、待ってくださいねっ」

「お、おい、それ!?」

 陽田はそう言うと、懐からメスを取り出し、自分の指を切った。切った傷口からは血が溢れ出ていた。

「痛っ」

「はぁ!? 何してんだオマエ!!」

「黙って!! センセ、口あけてください!!」

「は、はぁ!?!?」

「はやく!!」

「何すんだよ!」

「もう! 埒が明かない!!」

 陽田はアタシの口に無理矢理指を突っ込むと、そのまま口に血を流し込んでくる。

「飲んでください!!」

「んがっ!」

 口の中に広がる鉄の味。さっき回避したってのに、なんで今度は陽田の血を飲ませられなきゃならねぇんだ!? 混乱しつつも、その勢いにやられ、血を飲んでしまうアタシ。それを見届けた陽田はやっと離しやがった。

「おえっ! だぁ……っ! な、何考えてんだ!」

「……とりあえずはこれで。って、ごめんなさい、センセ! 無理矢理こんなっ!」

 アタシの抗議に、陽田はすぐに頭を下げてきた。少し予想外の反応だった。いつものコイツなら、センセの一部になれてうれしいです~とか言い兼ねないと思ったんだが……。そんな、らしくない言動に、アタシは嘆息して、改めて陽田に向き直る。

「はぁ……最初から説明してくれ」

「そう、ですね。その前に場所を変えませんか。センセ、血まみれですし……とりあえず水道のあるところにでも……」

「あ、あぁ、そうだな」

 確かに、とりあえず顔を洗って、上着だけでも脱ぎたいってのは同意だ。アタシは陽田に続き、歩を進めた。

 

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