通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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例の青い桜事件から特に何事もなく日々は過ぎ、季節は秋。テレビをつけると、ニュースでは紅葉情報なんてのが流れている。なんとも平和な1日の始まりだ。その平和を壊すような、いつも通りの通知音が鳴った。嫌な予感を感じながら、メッセージアプリを開くと、
『センセ♡ 紅葉狩りいきましょ?♡』
「はぁ、やっぱりか」
いつもの如く、陽田からだった。ため息を吐きながら、返事を返す辺り、アタシもお人好しだとは思うが。
『紅葉狩り?何だ急に』
『ほら、最近、秋も短いじゃないですか。だから、行けるときに綺麗な紅葉を見たいなって。センセも今、特集見てましたよね?』
『確かにテレビつけたらちょうど特集やってたが』
『ですよね! 善は急げ、ですよ……センセーー』
「ーー待ってますからね~!!」
「は?」
ついに幻聴でも聞こえるようになったかと思ったが、違う。声は確かに外から聞こえてきた。窓を開けて、外を見ると……。
「はぁぁ? 嘘だろ……?」
「あ、センセ♡」
ちょうど陽田と目が合った。あ、センセ、じゃねぇって。
「……まじかお前」
「来ちゃいました♡ 今日、お休みですもんね」
「そうだけどよ……」
「早く来てくださいね~、待ってまーす♡」
「はぁ……わーった、ちょっと待ってろ」
正直、突っ込みたいことは山のようにある。だが、予定がないのも事実だったからな。皿洗いは、まぁ、あとでいいか。アタシは着替えを済ませ、財布とスマホを持って、家を出た。
合流すると、陽田はパァッと顔を明るくしてこちらに駆け寄ってくる。
「セ~ンセ♡」
「ひっつくな、歩きにくい!」
「え~、だって、1週間会えてなかったんですよぉ? このくらいいいじゃないですかぁ」
いや、普通、主治医に会うのなんて、あって2週間に1回だぞ。それをこいつは週2ペースで来やがって。元気なのが分かっていいはいいが、それにしても加減ってもんがあるだろ、加減ってもんが。
「それにせっかくのデートなんですから、くっつかなきゃもったいないじゃないですか!」
「デートじゃねぇ……ッたく、家にまで押しかけやがって……」
「迷惑、でしたか……?」
「大事な休日だったんだぞ今日」
「…………ごめんなさい」
「………………」
コイツにしちゃ珍しくしおらしい表情で、俯く。
「あ゛〜、なんだぁ、まぁ、来たもんはしょうがねぇ」
「フフッ、センセ優しい」
うまーく乗せられてる気がしないでもないが、まぁ、別にいいか。
「んで、どこ行くんだ?」
「あ、今日はですね、『永遠の紅葉樹』っていうところに行きたいなって! 特集やってたんです!」
「あー、なんかテレビに映ってたような…」
「そうそう、そこです」
テレビ、紅葉狩り、というと、どうしてもこの間の桜の件を思い出すが、観光スポットっぽいし大丈夫、か。どうにも最近考えすぎる。それもこれも元を正せば、『杉』が始まりだ。なんだ、アタシは木と相性がいいのか悪いのか……。
「センセ?」
「あァ、すまん。なんでもねぇ」
「そうですか。無理はしないでくださいね」
「あァ。で、その『永遠の紅葉樹』ってのはなんなんだ?」
「そうでした! なんとですねーー」
陽田の話を聞きながら、不意に空に意識がいって、見上げる。そこには『満月』があった。そう、『満月』だ。日は高く、晴天。そんな中でその『満月』は煌々と輝いていた。それを見た瞬間に、
「っ」
ぐらりと立ってられないほどの眩暈が襲ってきやがった。思わず目を閉じ、その場で膝をつく。
「ンだ、こりゃ……」
遠くで陽田の声が聞こえる。心配する声。大丈夫だ、すぐ治る。そう言えた気もするが……。
「…………っ、あ゛ァ…………あ?」
眩暈が収まった後、何が起きたかと辺りを見渡すと、暗くなっていることが分かった。体感はそこまで経っていないにも関わらず、だ。
「おい、おいおいおい」
またか、と思う。杉、桜ときて、次は紅葉かよ。まだ少しくらくらとする。だが、アタシが想像する通りのことが起きてるなら、一刻も早く状況を確認しねぇといけねぇ。
「あ、え……?」
その声はアタシの背後からした。振り返る。一瞬、陽田かと思ったが、違う。そこいたのは、髪の長い大人の女性だ。恐らくだが、アタシと同じくらいの歳か。そんな女が、アタシを見て、困惑していた。
「え…………?」
「誰だアンタ」
「っ!!」
アタシがそう聞くと、その女は、急に涙ぐんだ。訳わかんねぇと思いつつも、ふと気づく。コイツの眼鏡、アタシと同じだなと。まぁ、どうでもいいことだけどな。そんなことをボーッと考えていると、その女は、
「きょうかセンセっ!!」
急にアタシに抱きついてきやがった。
「はぁ!?!?」
いきなりのことに困惑する。
「うわっ!」
「っ、センセっ、センセっ」
その女はこっちを抱き締めたまま、なぜか泣き始める。おい、なんなんだよ、コイツは!?
「ちょっ…離せって…っ」
「うえぇぇぇぇんっ、センセぇぇっ」
「はぁぁぁ??なんなんだァ???」
「泣き止めって……んで、離せって……」
このまま泣かれ、その上抱きつかれてたら、いつまで経っても状況が分からねぇ。どうにか離れようとするが、変な体勢で力を入れたせいか軽く脇腹をつる。
「いって!? あ゛〜〜〜」
「え、あっ、ご、ごめんなさいっ」
だが、そのおかげで女は我に返ったようで、パッと離れ、謝罪をしてきた。結果オーライだな。
「つ、つい取り乱してしまって……」
「どうしたんだ、アンタは一体……」
そこまで言って、目の前の女とアイツの姿が重なった。いくらなんでも違いすぎる。その上、あり得ない話だ。だが、アタシはもうその『あり得ない』を体験しちまっている。だから、口にした。
「陽田?」
「っ、はい。きょうかセンセ。わたしは陽田あかり、です。お久しぶりです」
そう言って、目の前の女……陽田?は笑った。
「て、センセにとっては、久しぶりでもないんですかね」
「久しぶりって……オマエが紅葉狩りに行こうって無理やり連れてきたんだろうが」
「あ……そっか。そのタイミングで……」
「?」
なにを言ってるのかわかんねぇ。そんなアタシの内心が伝わったようで、慌てたように陽田は謝り、説明をしようとした。その言葉を遮るように、
『わ゛……ン……ぅ』
『何か』が声をかけてきた。いや、声といっていいのかも分からねぇ。そこにいたのは黒い大きな犬だった。だが、ただの犬じゃねぇ。皮膚は爛れ、あばら骨が露出し、右目には真っ黒な眼窩が見える。腐った肉の臭いもする。
「っ、あれは……」
「なんだあれ!?」
「犬、だったものです。下がっててください、センセ」
そう言って、陽田はバッグから手斧を取り出した。嫌に慣れた様子だが。
「いや、オマエこそ下がれ!」
年齢が上がったからって、陽田は陽田だ。患者を危険にさらす医者はいねぇだろうがよ。そう言っている間にも、犬が陽田へと噛みつこうとしてくる。
「っ」
「あぁ!? ッたく、何なんだ! おい、逃げるぞ!」
こっちとら武器もない。陽田の手をとって駆け出そうとするが、
『ゥ、お……ェ……』
「ッ、血ぃ!?」
こちらの行く手を阻むように、犬は血を吐き出した。そのせいで機会を逃す。
「……センセ、下がってて」
「おい!?」
手斧を振る陽田。だが、犬はそれをかわす。逆にバランスを崩したように見えるが。
「大丈夫か!?」
「……大丈夫、です」
『オ……ぅェ…………ッ』
「は?」
気を取られていた。だから、目の前に血が広がったことに気づくのが遅れてしまった。
「っ、センセ!!」
「チッ」
血が粘膜に触れないように、咄嗟に顔を庇う。その甲斐あって、不快感はあれど、痛みはない。
「うげっ……」
「あ、あっ……センセっ」
陽田はそこで腰が抜けたのか、座り込んでしまっている。アタシはそんな陽田の腕を引っ張り、立ち上がらせ、叫ぶ。
「とりあえず逃げるぞ!」
「あ……は、はいっ」
逃げようとしたその瞬間、背後でぐしゃりと音がした。見れば、犬の体はぐちゃぐちゃと聞き苦しい音を立てて、朽ち果てていった。死に際に『それ』は言う。
『ァか、まワ……レ……』
「は…ぁ??」
訳が分からねぇ。アタシはそのままその場に腰を下ろし、足を投げ出した。そんなアタシを見て、陽田は声をあげてくる。
「っ、センセっ!! 血、大丈夫!?」
「ん? あ、あぁ、多分……?」
まぁ、粘膜接触してたら感染症とかヤバかったろうが、服で顔は守れたから恐らく大丈夫だろ。それに痛みはないし、とりあえずどっかでこの血だけ洗い流せばいい。そんな風に考えていると、
「……っ、ちょっとだけ、待ってくださいねっ」
「お、おい、それ!?」
陽田はそう言うと、懐からメスを取り出し、自分の指を切った。切った傷口からは血が溢れ出ていた。
「痛っ」
「はぁ!? 何してんだオマエ!!」
「黙って!! センセ、口あけてください!!」
「は、はぁ!?!?」
「はやく!!」
「何すんだよ!」
「もう! 埒が明かない!!」
陽田はアタシの口に無理矢理指を突っ込むと、そのまま口に血を流し込んでくる。
「飲んでください!!」
「んがっ!」
口の中に広がる鉄の味。さっき回避したってのに、なんで今度は陽田の血を飲ませられなきゃならねぇんだ!? 混乱しつつも、その勢いにやられ、血を飲んでしまうアタシ。それを見届けた陽田はやっと離しやがった。
「おえっ! だぁ……っ! な、何考えてんだ!」
「……とりあえずはこれで。って、ごめんなさい、センセ! 無理矢理こんなっ!」
アタシの抗議に、陽田はすぐに頭を下げてきた。少し予想外の反応だった。いつものコイツなら、センセの一部になれてうれしいです~とか言い兼ねないと思ったんだが……。そんな、らしくない言動に、アタシは嘆息して、改めて陽田に向き直る。
「はぁ……最初から説明してくれ」
「そう、ですね。その前に場所を変えませんか。センセ、血まみれですし……とりあえず水道のあるところにでも……」
「あ、あぁ、そうだな」
確かに、とりあえず顔を洗って、上着だけでも脱ぎたいってのは同意だ。アタシは陽田に続き、歩を進めた。
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