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少し歩くと、近くの公園に辿り着く。立地的にも何度か来たことのある場所だった。普段は主婦が子供を連れて話していたり、ランニングをする人がいたりするそれなりに人のいる公園だ。だが、今は人っ子ひとりおらず、街灯もチカチカと点滅を繰り返していて、普段との落差に不安を煽る雰囲気があった。灯りの下、赤い紅葉だけが嫌に目に入る。
「…………センセ、もういいですか?」
「あぁ、多分これで落ちたろ」
顔や腕も洗ったし、一応血がベッタリとついたアウターは脱いだ。正直、このアウターはもう着れねぇな。まぁ、今はいい。それよりも、
「っと、説明、でしたよね」
「あァ」
「ええと……何が知りたい、ですか?」
わたしに答えられることなら全部お話しします。そう言う陽田。まぁ、全部話せとは言いたいが。
「まず…ここはなんなんだ?」
「ここは……一応は地球です。とはいえ、人類が滅亡した後の、ですけど」
「はぁ!? 人類が滅亡?」
「はい。人類は未知の感染症に犯され……滅亡したんです」
「……ンだ、そのトンデモ話は」
変な屋敷やら幻覚やらの次は異世界かとも思ったんだが、まさか人類が滅亡した後の地球、とはな。
「アンタは何者なんだ?」
「わたしは正真正銘、陽田あかりです。とはいえ、センセの知ってる頃から10年くらい経ってますけどね。いわゆる、未来人ってやつです」
「じゅっ!? 未来人!?」
これも予想外の答え
「…………はぁ、わけわかんねぇ」
「ははは、信じられない、ですよね」
「本当にな……」
だが、現実にアタシはこうして見ちまってる。見たことのないものは信じんが、こうして見ちまった以上は信じるしかねぇだろうよ。
「じゃあ、次だ。あの犬みてーなんはなんだ?」
「元々は犬だったもの……あれも感染してしまって、ああなってるんです」
「感染…………治療法は、ないのか?」
「一応、あるにはあります。というか、既にセンセには実践しましたけど、抗体を持つ者の体液を経口摂取すること、です」
「あぁ……それでか」
「はい。わたしには抗体がありますから。感染して手遅れになるまで、あまり時間がなかったので……だから、説明せずにわたしの血を……無理矢理でごめんなさい」
「いや、まぁ、いい」
いいというよりもそれならば納得だ。まぁ、医学の観点でいえば、だいぶ荒療治ではあるがな。であるなら、最後に聞くべきは……。
「ここが1番疑問なんだがよォ、なんであたしはここにいるんだ?」
「それは……わたしにも、分かりません……」
「まじか……」
「たぶん、わたしの時間溯行の影響だとは思うんですけど……詳しいことはわたしの協力者に聞かないと……」
「協力者ァ?」
「はい。その協力者に聞けば……ただ、今、どこにいるか分からなくて……」
「どこにいるのか分からねぇって……嘘だろ」
「ごめんなさい……」
「いや」
謝罪する陽田に少しバツが悪くなる。あの陽田がこんな様子だと、こっちもどうにも調子狂うぜ、本当に。謝らねぇ、省みねぇ、暴走機関車みてぇなヤツが……。
「……? えっと、センセ?」
「あァ……なんでもねぇ。それより、あっ、ほら、あの紅葉やけに赤いな」
「? そう、ですか?」
だいぶ苦しい誤魔化し方だと自分で思う。だが、嘘から出たまことで、なにやら本当にその紅葉の下になにかありそうだった。誤魔化しついでに、アタシはそれに近づく。そこにはーー
「っ、人骨、じゃねぇか!?」
頭蓋骨、肋骨、骨盤その他諸々が転がっていた。それに、その骨の近くには血溜まりができていた。
「感染者、ですね。感染者の末路は、こうなってしまうんです。肉がまるで溶けるようになくなり、血と骨だけが残る」
「ハッ、サイアクだな、そりゃ」
「センセは大丈夫ですか? 一応、わたしの血は飲んでもらいましたけど……」
「ん? あぁ、特に変わったとこはねぇな」
手をグーパーしてみたり、軽く首を回してみたりするが、違和感は特にない。その様子を見て、陽田は胸を撫で下ろしていた。そんなやり取りをしていると、
『カァァ……』
公園の街頭にカラスがいた。こちらを一瞥すると、そのまま飛び立つ。そして、
『『永遠の紅葉樹』にて待つ』
それだけを告げた。だが、高く舞い上がったと同時に、カラスは落ちた。地に墜ちたその肉体は、あの『犬のような何か』と同じく、ボロボロと崩れ落ちてしまった。崩れた肉はそのまま分解され、やはり残ったのは血の池と骨だけ。
「はぁぁ、またかよ」
「『永遠の紅葉樹』…………センセ、そこに行きましょう。たぶん今の、協力者からのメッセージだと思います」
「え、あ、あぁ。なんだァ、生き物も操れんのかその協力者とやらは」
「……詳しいことはわたしも知りません。不思議なことをできるってことしか」
「不思議な奴もいたもんだな……」
まぁ、前の巫女さんみてぇなもんか。
「行きましょうか」
「あぁ」
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『永遠の紅葉樹』へと続く道。神社でいうところの参道のような石段を歩く。階段は思ったよりも多い。
「大丈夫かァ、陽田」
「は、はい」
数段下にいる陽田を見れば、少し息があがっているようだった。
「センセはスゴいですね。あんまり息、あがってないから」
「まぁ、休日多少運動ってか、趣味で動いてるしな。イベント事はそれなりに体力も使うし」
「フフッ、センセとおんなじ歳になって分かりますけど、やっぱりセンセはすごいですね」
「ンだよ、急に」
「いいえ、ただ……センセといるだけで、少し元気がもらえてるから」
そう言う陽田には、どこか陰のようなものを感じた。まぁ、人類滅亡した世界?から来てるならそれも当然か。
「………………」
「……ん」
「わ、センセ……?」
なんでだろうな。不意に、コイツの頭を撫でてやりたくなった。それに慌てる陽田。らしくねぇことをしたし、らしくねぇ反応が返ってくる。
「ん……」
「なんで涙ぐんでんだよ」
「ん、えへへ」
『お、かァ…………ん』
「「っ」」
不意に話しかけられる。
『はなれ、ばなれ、さみしいよぉ』
それは『少女』だった。ただ、異形だ。『それ』は右足をずるずると引きずり、呼吸音は口からではなく、裂けた喉から鳴っている。そして、左腕は肘から先がなかった。
「……チッ。おい、陽田ァ、どうにかならねぇのか、ありゃ」
「……センセ。『永遠の紅葉樹』はこの先です、逃げるのは、無理でしょう。倒すしか、ありません」
「あぁ……そうだな」
手遅れだ。陽田は遠回しにそう言った。
「っ、ちくしょうがッ」
飛びかかる。とりあえずこの場から退かす。化け物とはいえ、少女の姿をした奴に殴りかかれるほどアタシは覚悟ができちゃいないんだ。組み付いて、投げ飛ばす。抵抗なく投げ飛ばし、『少女』の体は石段の横の林へと転がった。
「……センセはここにいてください」
「お、おい!」
「すぐに終わらせますから」
そう言うと、陽田は林へと入る。その手には手斧があって。
「………………くそっ」
それが何に対する声なのかは自分でも分からない。こんなくそったれな世界か、それとも陽田に任せちまった自分か。
「……お待たせしました」
少しして林から出てきた陽田は、こちらににこりと笑顔を向けた。けど、
「無理に……笑うな」
「……行きましょう」
「ん」
石段を上がる。さっきよりも、なんだか足が重いのは疲労のせいだけじゃないだろう。それから数分間、お互い無言で参道を歩き、頂上へ辿り着く手前で、先に行く陽田が止まる。
「なんだァ?急に止まって」
「あ、ごめんなさい。なんかせっかくセンセと会えたのに、ずーっとバタバタしてたから……ちょっとだけ、お話ししてもいいですか?」
陽田はまた笑う。無理に笑顔を作って、こちらに向けてくる。無理に笑うなとは言ったが、きっとこうでもしないとやってられない世界、なんだろう。だから、陽田のその言葉を否定することなんてできなかった。
「ありがとうございます」
って言っても、なに話したらいいかな、あはは。そんな風に陽田はまた笑う。
「そ、そうだ! センセは元気、ですか?」
「あ? あぁ、元気だな」
「っ、ならよかった……。えっと、じゃあ、センセの生きてる世界はちゃんと平和、ですか?」
「あぁ」
「……うん、なら、よかったです」
1年くらい前から、変なことに巻き込まれてるってのは、まぁ、きっとこの陽田も知ってはいるだろうから、言わんでもいいだろ。
「あっ、そっちの時代のわたしは、センセにその、迷惑かけてないですか?」
「そりゃ……迷惑だらけだな」
「あ、あぅ……」
そこで頭を抱える陽田。もうなにやってるんですか、なんて自分で自分に突っ込んでやがる。おもしれぇ反応だった。
「あ、あのっ! 本当に迷惑なら、遠ざけてくださいね!? たぶん2度と目の前に現れるなって言えば、従いますから!」
「………………たぶん」
視線を反らしながら、たぶんと2回言う。普段がアレだからなァ。自分自身と言えど自信はないだろうよ。
正直、迷惑はかなりかけられてるし、鬱陶しいことこの上ないのは事実だ。だが、まぁーー
「くくッ……ま、最後まで面倒みるさ、大事な患者だからな」
「っ…………おねがい、します」
まーた泣きそうになってやがる。なんでコイツ、こんなに涙脆くなってるかねぇ。歳か?
……いや、違うか。ここまでのコイツの反応を見てりゃ察しはつく。
「なぁ、そっちの時代の……いや、やっぱいい」
「?」
「いや、気にすんな。ほら、早くいくぞ」
「あ、はいっ」
参道をそのまま上がっていく。
ギリギリで思い止まってよかった。『そのこと』を聞くのは、今の陽田にとってあまりにも酷ってもんだ。この推測は恐らく当たってて。なら、余計にコイツにはアタシといる今の状況だけを考えさせてやりたい。そう思った。
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アタシらは長い石段を登りきり、『永遠の紅葉樹』に辿り着いた。そこには樹があった。樹齢千年は超えているだろう、今までに見たことのない大きさの2本の巨木。その間には川が流れており、赤い橋が1本だけかかっている。さっきまでの犬や人骨、少女がいた世界と同じ場所とは思えない不気味なほど綺麗なその光景に、アタシは思わず息を飲んだ。
「なんだァ、ここ……まるで別世界だな」
「…………カラスの言っていたのは、ここだと思うんですが……」
キョロキョロと陽田が辺りを見渡している。何かを探してるみてぇだが。
「どうした?」
「どこかに……『満月』があるはずなんです」
「満月? あれか?」
アタシは一足先に見つけていたそれを指差す。赤い橋の下、水面に満月が映っていた。
「あ! あれです、センセ!」
「おわっ! 急に走ンな!?」
手を引かれ、アタシと陽田は赤い橋の上へ。ちょうど真下を覗き込めば、満月が綺麗に水面にいた。
「おい!! いるんですか!!」
陽田が水面に向けて話しかける。すると、水面がざわざわと揺れて、
『ああ、よかった。生きていたか』
「おわ!?」
水面に映った自分達が話し出した。アタシと陽田、どちらも同じように口を動かし、声が重なって聞こえてくる。ンだこりゃ……!?
『て、おや? そちらのキミは……ああ、そうか、どうやら巻き込んでしまったみたいだね』
「時間溯行は! 今、どうなってるんですか!!」
『…………』
陽田が水面に話しかけるが、返事はない。これはこっちの声が聞こえてねぇのか?
『そして、ふむ……残念ながらそちらの声はこちらには聞こえないようだ。なら、聞いてくれ』
『今回の時間溯行は失敗だ。抗体があるとはいえ、君は一度『感染』した身。そのせいで今回の時間溯行が上手くいかなかった。今すぐ君をこちらの時代に戻そう。そして、キミも元の時代へ戻す』
『その橋の上からこの水面へと2人同時に飛び降りてくれ』
実に簡潔に、水面の自分達はそう言った。なるほど、この状況を解決するにはそうすりゃいいのな。それはいい、分かった。だが、
「感染……? おい、陽田、お前も感染してたのかよ」
「あ、あー……あはは」
「はぁ……まだ隠してたことがあったか」
「え、えっと……話した方が、いいですか……?」
恐る恐る、アタシの顔色を窺うように、陽田はそう言う。どう見てもそれは言いたくなさそうな表情だった。アタシはため息を吐きつつ、それに答える。
「いや、話したくないならいい」
「ありがとう、ございます。と、とにかく、もう抗体はできて、こうして生き長らえてますから。それに、わたしの血を摂取したセンセも大丈夫なはずです、そこは安心してください。あ、もし不安ならもうちょっと飲みます?」
「いや、いい」
「なんなら、唾液でも…………なんて」
「………………」
「ご、ごめんなさい、忘れてください……」
そこまで言って、陽田は顔を赤くしてうつむいた。照れるなら言うなよ、とも思うが。
「はぁ……時代が変わってもオマエはオマエだな」
「…………だって、センセ、結局全然手出してくれなかったんですもん……」
「? なんか言ったか?」
「あ、あははっ、なんでもないです! それよりもっ!」
陽田はそこで話を区切って、水面のアタシたちに身振り手振りで合図を送る。こちらは話し終わった、と。それを見て、水面から返答。
『あ、そうそう。ここでの記憶はまぁ、なくなってしまうかもしれないが、元の生活を送る上でなんら支障はないだろう』
『さぁ、飛び込んでくれ』
橋の上から水面を見る。そこまで高くも、深くもなさそうだ。飛び降りれば何か起こるんだろうが、万が一起こんなくても怪我はギリギリしないだろ。そんなことを考えていると、
「…………センセ」
「なんだァ」
「えっと、その…………最後に、手を繋いでもらってもいいですか……」
「……まぁ、いいか」
ここで拒否するのも違う気がして、アタシは陽田に左手を差し出した。
「っ、センセの……手……っ」
「あったかい、です……っ」
「……そうか」
陽田の顔を見ないようにする。アタシだって、そこまで野暮じゃねぇからな。しばらくして、陽田は目元をごしごしと拭ってから、こちらにまた笑いかけてくる。
「…………っ、ご、ごめんなさいっ」
「いや……」
「は、早く飛び込みましょうか。センセのこと、元の時代に帰さなきゃ」
「そうだな、行こう」
手を握ったまま、アタシたちは橋の縁に立って、そして、飛ぶ。その直前、陽田の声がした。
「センセ、大好きです」
「あぁ……陽田、よく頑張ったな」
「っ、うんっ!」
『満月』が近づき、体が水に包まれる。苦しさはない。ただ体が沈んでいく感覚だけがあった。そして、不意にそれが反転する。体が浮かび上がる感覚があって……。
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「あ゛ぁ? ここは……?」
意識が覚醒する。キョロキョロと辺りを見渡せば、まごうことなきアタシの家だった。しかも、隣には、いつもの陽田が眠っていた。
「なんでアタシん家に……?」
記憶を辿るように、頭をトントンと叩くと……あぁ、覚えてはいる。あの『終わっちまった紅葉の世界』でのことは。あの陽田は無事、帰れたのか。帰って、一体どうするつもりなのか。聞いときゃよかったな、そんなことを思っていれば、
「すんっ…………!! ここは!!!」
陽田が飛び起きた。
「よう」
「え!? この香り! センセのお家!?!?」
「うるさっ」
「わっ、センセもいる!?」
「そりゃ、アタシん家だからな」
「え、なんですか、これ……え、もしかして、わたし、センセに連れ込まれちゃったんですか!?」
「陽田がいるのにアタシがいなかったら大問題だろ。つか、連れ込んでねぇ!」
う、うるせぇ……。くそっ、あの陽田と取り換えてくれ。
「女、陽田あかり……いつでも覚悟はできてます!! さぁ、どうぞ!!」
「なんもしねぇよ!!」
そんなまるであれがなかったかのような、陽田の勢いが、少しだけ懐かしくはあった。それだけ『あの世界』での経験が、だいぶ残ってる。
「あ゛〜、ハッ、オマエらしいなぁ」
「えー、なんですかぁ、そんなわたしが好きって告白ですかぁ?」
「んなこと言ってねぇだろうが!」
ッたく、あれはなんだったんだか。頭を抱えていると、陽田は少しトーンを落とす。何かに気づいたようで、アタシの服についている何かを取った。
「これは、宝石みたいな……?」
見た目は完全に紅葉の葉っぱだ。けれど、材質はまるで宝石か何かのように硬質で、決して枯れることはなさそうな代物だった。
「あ? なんだこれ」
「なんでしょうか……? でも、綺麗です」
「まぁ……そうだな」
少しの間、それを2人でボーッと見ていて。やがて、陽田が口を開いた。
「ね、センセ。これから紅葉狩りに行きませんか?」
紅葉狩りに行こう、と。
「わたし、とっても綺麗で人気のない穴場を知ってるんですよ、そこで愛を語り合いましょ?♡」
「今日は……疲れたから却下だ」
「えー、じゃあ……わたしの膝とか使います?」
「使わねぇ! ほら、くらくなる前に早く帰れ!」
「むぅぅ……センセのケチ」
しっしっと手で、陽田を追い払う。流石に今日は色々疲れた。コイツの相手してたら、休み明けの仕事に支障が出かねないからな。
「…………でも、センセ。あの……」
「だからよォ」
どうやらまだ構われ足りないらしい。食い下がろうとする陽田に説教でもかましてやろうかと、その表情を見て、ハッとした。今の陽田の顔が、『あっちの陽田』と重なって見えちまったから。だから、
「あと30分……ううん、10分だけ、近くにいさせてください……。お願いします、センセ」
きゅっと裾を控えめに掴む陽田を振り払うことはできなかった。
「……10分だけだぞ」
「うん、ありがとうございます、センセ」
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それはとある秋の日に彼女たちが体験した不思議で不気味な話。
この日を忘れない、とは言わない。いつか思い出に埋もれてしまうのだろう。
そうなるように『彼女』がきっとしてくれる。だから、今はこの穏やかな秋を。
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END『憑忌と紅葉』
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※1話、2話に相方様からいただいた陽田&望月のイラスト載せてます!
すごいんだぜ、うちの相方様は!!