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「望月ちゃん、最近大丈夫~?」
「ン、あァ……」
とある休日。病院近くの喫茶店で、アタシの同僚・越水瑞稀はそう言った。こっちの顔を覗き込み、酷く心配そうな顔をしている。
「もしかして、例の子のことかしら」
「……まァ、そんなところだが」
「あまりプライベートなところまで詮索してくるようなら、私から院長に伝えておきましょうか」
「大丈夫だ。気にするな」
「なら……いいけれど」
少し不服そうにはしてたが、越水は一応の納得はしたようだった。アタシもそれを見て、目の前に置いてあった茶を口にした。ほどよい苦味が心地いい。例の事件で元々の病院はほぼ閉鎖状態になった。まァ、その後、病院を移ったことで夜勤も少なくなり、こうして休日に食後の一時をゆっくりとれるようになったのは、悪くねェな。不謹慎すぎて、そんなことは口には出さねぇが。
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「じゃあ、望月ちゃん、休み明けにね~」
「おう」
結局、昼飯時の1時間くらいを越水と過ごし、アタシたちは無事解散した。共通の趣味のDIYの話をしたり、イベント事の予定を立てたりと充実した時間だった。そんな休みを満喫していたアタシの視界は、
「だ~れだ?」
突然、覆い隠された。別に皆既日食とか、失明とかでは勿論ない。目元を覆う柔らかい感触は明らかに人のそれだ。
「あ゛?」
「ほら、当ててくださいよ、センセ♡」
「はぁぁ……」
当てるも何もねェだろうがよ。そもそも声で分かるし、アタシにこんなことをする奴は1人しかいねェ。
「バカなことしてんじゃねぇぞ、陽田ァ」
「正解です、センセ♡」
振り返ると、アタシに目隠しをしていた張本人『陽田あかり』がにこりとこちらへと笑みを向けていた。
陽田あかり。
アタシが担当している患者で、元勤務先・螢川総合病院院長の一人娘だ。いや、一人娘だったってのが正しいか。例の事件……院長一家が強盗に惨殺された事件で、あいつは自分以外の家族を失くしちまった。今は親戚に引き取られてる。そんときに名字も変わったんだっけかな。
そんな事件があった後、紆余曲折あって、1年前、陽田はアタシのトコに来た。最初、前評判では心を一切開かない、笑うことのない患者だって話だったが、別にアタシが何かするまでもなく、こうして笑うようになった。初対面のアタシになんでここまで懐いてるのか全く分からん。主治医としてはいいんだが、悪いこっちゃねぇんだがなぁ。
「フフッ、流石はセンセ。すぐにわたしだって分かってくれたんですね」
「ンなことするの、お前しかいないだろうが」
「ちゃんと当ててくれたセンセには、豪華景品がありますよ」
「聞け、おい」
「豪華景品は……わたし、です♡ 結婚しましょ♡」
「…………はぁぁぁ」
いつものように、こいつはアタシに求婚してくる。こいつと知り合った1年くらい前から、変わらずそう言ってきやがる。まぁ、ちゃんと検診には来るし、今のところ鬱陶しいくらいだ。好きだの結婚だのそんな冗談か気の迷いだかで、アイツの精神状態が安定すんなら言わせておいていいだろう。そんなんで放置してるんだが……。
「お前……学校は行ってンだろうな」
「勿論です! センセが学校は行くように、って言ってくれたんですから、ちゃーんと守りますよ」
「……なら、主治医なんて放っといて、ガッコの友達と遊ぶなり、部活するなりしろよ」
不健全だろうが、といつものように厄介払いするわけだが、こいつはめげない。友達とは学校で会ってますから。部活もおばさんにこれ以上、金銭的なご迷惑をかけるわけにはいきませんから。そんな風に、のらりくらりと躱しやがる。
「とにかく、貴重な休みを浪費すんじゃねェ。アタシのことはほっとけ」
「もう! 分かってないですね、貴重なお休みだからこそ、センセに会いに来たんですよ♡」
「…………アタマ痛くなってきたわ」
「え!? ダイジョブですか!? こんなときのために……じゃじゃーん! 頭痛薬ですよ~」
そう言って、陽田はポーチから白い錠剤を取り出し、手渡してくる。こいつ、毎度毎度妙に用意がいい。こえぇよ、お前。
「………………」
「なんですか? ほら、センセ、どーぞ♡ おクスリです♡」
「医者が素人から渡された薬を飲むわけねぇだろ」
「ちぇ~」
「はぁぁ」
誰が原因だと思ってやがる。
「あ、そういえば、センセはなんでこんなところに? こんな喫茶店、センセ、いつも来ませんよね」
と唐突に陽田は訊ねてくる。たった今、喫茶店から出てきたところをこいつに捕まったから、まぁ、アタシの直前の行動は予想できるか。
「あ? あァ……たまには、いいだろうが」
そんな風に適当に誤魔化すアタシ。別に同僚と飯を食っただけだからやましいことはないんだが、こいつの名前を少し話題に出していた手前、正直に話すのも憚られたからだ。他意はねェ。
「…………………………ふーん」
「なンだよ」
「ほら、いつもセンセは、わたしを色んなところに連れていってくれるじゃないですか」
「お前に強引に押し切られて仕方なくな」
「今度は喫茶店デートもいいなぁって思っただけですよ♡」
「聞け、おい。だから、デートじゃねぇって言ってンだろ」
「好きな人と行ったら、それはデートなんですよ?」
ああいえばこう言う。もう疲れてきた。休日くらいはゆっくりさせろよ、本当に。
「あ!!」
「あ゛?」
急に大声をあげる陽田。いきなり大声を出すなと注意すると、ごめんなさいと素直に謝りながらも、自分の鞄から何かをゴソゴソと取り出した。陽田の手にあったのは、2枚の紙切れ。というか、なんかのチケットだ。
「これ、センセにお渡ししようと思ってたんです」
「なんだ、これ」
「チケットです。知り合いからもらったんですけど、美術館のチケットらしくて」
「……美術館?」
「はい。なんでも結構話題みたいですよ」
「…………」
陽田から1枚受け取り、表裏を確認してみる。別にそこまで美術品に興味はないが……。
「受け取ってください。いつも優しくしてもらってるお礼です」
「礼って…………別に、こっちは仕事でしてンだ。礼なんてもらうようなことじゃねぇよ」
「………………フフッ。じゃあ、お礼じゃなくて、ただ、わたしがセンセと行きたいんです♡」
「美術館デート、わたしと行ってくれませんか?」
陽田は上目遣いでそう訊ねてくる。アタシの20cm近く下から覗き込んでくる。あざとい表情で、まぁ、同年代の男とかだったらコロッと落とされちまうんだろうなと予想はできる。アタシはなんとも思わんが、だが、まぁ……。
「構わねェよ」
そんな風に答えちまうアタシもなんだかんだ甘いよな。医者と患者としての一線は引いてるつもりだが、このくらいはいいだろ。こいつ、妙に危ういからそれも含めて治療だよな、と。
「やったーーー!! もう、センセだーいすき♡」
「はァ……別にいいが、デートじゃねェからな!」
「フフッ、分かってますよ、センセ♡」
「あ゛ァァ! 抱きつくな、引っ付くな」
「約束、ですからね?」
「…………あァ、分かったよ」
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これがアタシと陽田の日常だ。
あいつの変なアプローチは鬱陶しいが、それなりに治療も上手くいってるし、別に困ることもない。順風満帆。
きっとそのうち、こいつも離れていく。騒がしいのは、それまでの辛抱、だな。
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