陽田あかりと望月鏡花に関する記録   作:藍沢カナリヤ

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11 もし、明日がくるなら【あなたがそれを望むなら】

ーーーーーーーー

 

 時刻は午前2時30分。話はまだ終わらない。でも、そろそろ終わらせなきゃ、ともお互い思ってたでしょうね。だからこその質問。

「……センセ、じゃあ、原点回帰です。『もし、明日世界が終わるとしたら誰と何をします?』」

「そーだなァ、別にどーもしねーな。いつもどーり仕事して、飯食って寝んじゃねーか? あァ、でもちょっと奮発してうまいモン食い行くかもなァ」

「…………フフッ、センセらしい、ですね。わたしは、センセと一緒に過ごしたいけど……」

「ンーーー、陽田がそーしてえってんなら、いんじゃねーの?」

「………………」

 ああ、本当にセンセは優しい。わたしに対しても同じようにやさしい。センセに親しい誰かがセンセにそう言っても、きっと同じように答えるんでしょう、ね。

「………………フフッ、明日世界が終わるなら、デート誘いますからね。断っちゃダメ、ですよ」

「はいはい、わーったよ」

 また、視線がそちらへ向かう。気がつけばアニメが進んでいた。

ヒーローが呟く。

『俺は世界を守りたい。けれど、君に死んでほしくない』

 テレビの中でまたもノイズが走った。次に映ったのはーー

 

ーーーーーーーー

『やだよ、センセっ! 死んじゃやだッ!!』

『あァ…………そう、か……死ぬのかァ、アタシは』

『ちがうちがうっ、ちがうちがうちがうちがうちがうッ、センセは死なないッ、死なないっ』

『ハッ、アタシは医者、だぞ。自分が手遅れかどうか分かってら……』

『ッ、やっ……いやっ』

『……口、開けろ。ほ、ら……オマエの、だい……すきな、センセの血だぞ……』

『ッ』

『これで……オマエは、抗体ができ、る……』

『なんでっ、イヤ……っ、そんな、さいごみたいな……のっ!』

『最期……なん、だよォ』

『は、はぁっ……いやぁぁ……』

『これが、アタシが医者、として……できる……最期の、治療……だ』

ーーーーーーーー

 

「……………………」

 そうして、センセは息絶えた。再び話すことはない。動くことはない。腹を裂かれ、血塗れの姿のまま動かなかった。それがテレビに映った『わたしじゃないわたし』の記憶。

 また意識がハッキリとする。目の前のテレビの中のヒーローは言う

『もしも、君がいなかったら俺は……』

『………………』

 

 気がつけば、わたしは口を開いていた。

「センセは……わたしが死ぬってなったら………………たすけてくれるもんね。『あの時』、センセは『わたしだから』助けようとしてくれたの? それとも……『誰でも』助けてた?」

「ったく、どうした? 『あの時』ってなんだよ」

 そんな風にセンセは首を傾げる。ああ、そうでした。『あの時』の記憶はない。この記憶があるのは、わたしだけ。その事実に胸がもやっとする。そんなわたしの気持ちを知らないセンセは続ける。

「別に、人を助けるのに誰だなんてカンケーねェだろーが、誰でも助けるよアタシは」

「…………そうだった、ね。うん、うん。センセなら、そー言うよね、うん」

「あ? ンだよ、ちっと様子変だぞ? ハァ、こんな時間に色々考えっとネガティブな方にいっちまうんだよ。ほれ、イヤじゃなけりゃベッド使っていーから、もう寝な」

「…………うん、ありがと、センセ」

 センセの好意をありがたく受けて、わたしはセンセの香りに包まれながら目をつぶる。アタシも皿だけ洗ったら寝るよ。そんな声を聞きながら。

 そうして、世界滅亡の夜が終わる。

 

 

ーーーーザザッーーーー

 

 

 一瞬何かの映像が頭をよぎる。

 わたしとセンセが対立して立っていた。センセの背後には、大量の人間の死体があり、血まみれの中でわたしたちは立っていた。不意に足が止まる。そして考える。

「もっとたくさん話をしていればよかった」と。

 気がつけば視界は暗転していた。うつらうつらと意識が遠退いていく。遠くでまだついていたテレビの音がする。

 

『世界は気がつけば多くの人がちゃんと生きられるように整えられた。この整えられた世界で枠組みから外れた人間や、生まれた感情はどうすればいいのだろう』

『もし、この世界が少し異なる形だったら君はもう少し生きやすくて、違う誰かは生き辛かったのかもしれない』

 

『お人好しすぎるな。何かを守りたいなら何かを壊す覚悟を。そうでなければ何にでも無関心でいなければいけない』

『だから、ヒーローはいつも遅れてくるんだ。その一歩が命とりになるとも知らずに』

 

 

ーーーーザザッーーーー

 

 

 不意に聞こえた大きなノイズの音。今度は幻聴や気のせいじゃない。

「あ゛ァ……!? ンだ、こりゃ!?」

「っ、センセ……?」

 身を起こす。ノイズの発生源、テレビを見れば、流れ続けていたアニメの音声が壊れた機械のようにおかしくなっていた。

 

『目覚めの時間をお知らせします』

 

テレビから無機質な機械音声が流れ始めた。

『England 6.00 p.m.

作戦開始時刻になりました。教典の通り計画を実行します。

-error

管理者不在のため自動的に計画の権限を移行。非常用コードが入力されました。`コード:終末` 実行します。

生贄不在。完全なる招来不可。計画を一部変更。電波により貯蔵した精神力を糧とし招来。我らが神を限りなく地球に近づけます。

99.9%の確立で都市の主要機関が壊滅。初期段階での死者予想数約100万人。もし、神々が覚醒した場合、地球を滅ぼす可能性高。計画を実行。

作成開始のキーを入力してください。自動で入力します。`Ghroth`』

 

『これより、世界終末を始めます』

 

 テレビが音を立てる。その中では、黒いローブを纏った男が立っている。その顔は捕まったとされる教祖の顔で。

『神は仰った! 世界で定められた運命を覆すことはできないと。全ては最初から決まっているのである。私が死んでも世界の滅亡は免れない』

『時間だ。これより終末を始める。せいぜい後少しの時を楽しむがいい』

 不意に窓の外を見れば、街に異常はない。けれど、目の錯覚か空が赤く染まっているように見えた。

「…………これ、は?」

「なんだァ? 急に……」

「世界……終わるんでしょうか」

「さァな……どーなるんだか……」

 その時、ガタリとテレビから歪な音がした。またそちらを見ると、仮面をつけたスーツを着た人がいて。テレビのこちら側に向かって話しかけてきた。

『こちらの映像はテレビ、ラジオ、携帯を通し一部の地域でのみ発信されています。先日の事件の残党が残っていて、奴らの計画が実行されてしまいました。これから話すことは本当のことです。少しでいいので耳を貸してください』

「…………センセ」

「あァ、聞くしかねぇ、みたいだな」

 荒唐無稽だと普通の人なら言うかもしれない。けれど、わたしとセンセは不思議なことを経験している。化物が、魔法のような出来事が、起こり得るのだと理解している。だから、今、テレビの中のその人から目を離すことはできなかった。

 

『今、奴らが神と呼んでいる巨大な惑星が地球に向かってきています。これがぶつかれば世界とまでは行かずとも日本は耐えきれないことでしょう』

『止めるためには皆さんの力が必要です』

『もし、今この映像が届いていて力を貸してくれるのであれば。もし、この世界に少しの情があるのであれば。もし、明日もまたこのくらしが続いてほしいとおもうのであれば。もし、明日会いたい人がいるのであれば』

『今すぐ空に向かって手を伸ばして、一緒に祈ってください。祈るだけでいいです。明日が来ることを祈って、片手を空に伸ばし続けてください。後のことは僕たちがどうにかします。だから、どうかお願いします。力を貸してください』

 

「おいおいおい、マジかよ」

「………………」

 センセはそのまま窓際に向かって、ベランダへ。そこから空を見上げた。わたしも同じように倣う。空を見上げれば、数日前と同じように再びオーロラが出現していた。そして、空がさっきよりも赤く染まっている。SNSを見ると、テレビの内容に触れる投稿がちらほら続いていた。けど、そこまで話題には上がっていなかった。そして、そのままネットに繋がらなくなる。

「一体……なんだってんだ」

「…………ネットにもこの投稿は少しだけですね。そもそも3時ですから。拡散されるほどの影響力はなさそうです」

 

『星の到着まであと3分です! お願いです! これを見てる方!』

 

「……………………」

「だぁぁぁ!! くそっ!! またワケわかんねぇことに巻き込まれんのかよッ」

「……………………」

「チッ!!」

 舌打ちをして、センセは手を挙げた。けれど、まだテレビの中の人は呼びかけてくる。1人でも多く、力を貸してください、と。

 そう。こんなことが、こんなことって……。

「っ、力は少し抜けるが……大丈夫そうだ。おい、陽田!」

「……………………」

「陽田、おい。大丈夫そうだから、お前も手を……!」

「……………………フフッ」

「陽田……?」

 

 

「フフッ、あははっ! あはははははははははははははッ」

 

 

「聞きました? センセ!! 世界、終わっちゃうらしいですよ!!!」

「陽田……? オマエ、なに、笑って……」

「ははははっ、神様っているんですね。だって、こんな……フフフフッ、アハハッ」

 ああ、笑いが止まらない。

「ねー、センセ?♡」

「よ、ようだ……?」

「聞きました? 聞きましたよね? 世界、終わらせないためには、手を挙げないといけないらしいですよ!!!」

「っ、だから、そうして……」

「そう! そうですよねっ、センセはそうです。仕方ねぇって、これしかねぇならって手を挙げる。ははははっ、ホントにやさしいやさしい。本当に素敵で、最高の人……」

 そこでわたしはセンセに向き直る。正面から彼女の顔を見る。少し力を吸われて、辛そうな顔。

「きっと、あの放送を見てたのってごく一部の人だけですよね。今だって、ほら、電波途切れちゃったし。きっと、わたしが手をかざさなかったら困っちゃいます、よね?」

「だからっ、そうだって言ってたろッ! ごく一部の人だけだからこそ、ひとりひとりの協力がでかいンだろーよ」

「ですよね、フフフッ」

「陽田……オマエ、どうしーー」

 

「だから、わたし、手、挙げません」

 

「は?」

 目を丸くして、センセはわたしを見る。センセの瞳に、わたしだけが映る。

「ね、センセ。これってきっと神様からのプレゼントなんですよ」

 笑いながら、わたしはリビングの机の上へと上がる。舞台で語る演者のように、両手を広げて。

「ね、センセ。もう気づいてますよね? ううん、ずーっと気づいてましたよね、わたしが本気でセンセのことが好きだってこと」

「っ」

 目を反らすセンセ。

「まーた目をそらす。ダメですよぉ?」

「………………」

「ねー、センセ♡」

 机から飛び跳ねるように、センセのところに近づき、しゃがむ。うん、俯いたセンセがよーっく、見える♡ じーっと見つめていると、センセは重々しく口を開いた。

「あァ……ずっと、気づいてねーフリしてた。オマエはまだ若い、これからいろんな出会いがある、今は頼れる奴が限られてるだけで、いろんなことを体験すればアタシへの思いも変わるだろうって思ってた。でも……それは間違ってたみてーだな」

「フフフッ」

 そこで、センセは顔を上げた。

「ちゃんと、向き合うよオマエと。全部聞く。全部一緒に背負ってやる」

 

「これは医者としてじゃねぇ、望月鏡花っちゅー1人の人間としてだ」

 

「だから、陽田。オマエがちゃんと考えて決めるんだ。自分がどうするべきか、自分でな」

 まっすぐ目を見てくるセンセ。

「…………………アハハ、真面目だなぁ、センセ」

「悪いか? こーいう性格なんだしょーがねェだろ。これがアタシだ」

「うん、知ってます。そういうところも大好きですから」

 わたしはそこで目を閉じ、ひとつ息を吸う。ここからが大事、だもんね。

「でもね、センセ。手を挙げるかどうか決めるのは、センセですよ?」

「あ゛ぁ?」

「わたしは手、挙げませんから」

「っ、おい! まだ言ってンじゃねェ。向き合ってやる! だからーー」

「でもね、センセが約束をひとつしてくれるなら、挙げてもいいです」

「…………なんだァ?」

 

 

「わたしのものになってください。望月鏡花」

 

「貴女のすべてをわたしにください。心も身体もぜーんぶ」

 

 

 これが、わたしの提案。センセとしたい1つだけの約束。

「………………」

 それをセンセはただ静かに聞いていた。そして、

「ハーーッ……そんなことだろーと思ったよ」

「アハハ、読まれちゃってました?」

 ああ、なんとなくな。センセはそう言うと、不敵に笑った。それは本当にわたしの好きな表情で。

 

 

「全部一緒に背負ってやるって言ったよな」

 

「いいよ、くれてやる。アタシに二言はねェ!」

 

 

「ただ、アタシがオマエ一人で扱えるよーなヤツだと思うなよ?」

「あははははははは、うん、うんうんっ!! 最高だよ、ホントに。最高だよ」

 その眼差しも、その少し歪に上がった口角も、ぜんぶぜんぶ最高だ。わたしの最高で、最愛の人。

「じゃあ、約束して? 望月鏡花。貴女は、わたしのもの。わたしも貴女にぜーんぶ捧げるから」

 そう伝え、わたしはセンセに右手を差し出した。

「だから、ほら…………ゆびきりげんまん」

「ん」

「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら…………許さないからね、キョーカさん♡」

「嘘なんてつかねーよ、ついたこともねー」

「ん♡ それじゃ……」

 わたしはにこりと微笑み、センセはニヤリと笑い、今度は2人で空を見上げる。そして、手を伸ばす。

 ああ、幸せです。これで、これでやっとセンセがわたしだけを見てくれる。こんなに素晴らしい世界はここ以外にあるわけがない。

視界が白んでいく。目を閉じないといけないくらいの強い光で。閉じた目蓋の裏で、わたしはセンセに伝える。

 

 

「アイしてます、キョーカさん♡」

 

「……一緒にたくさん話をしよう、陽田。聞かせてくれ、オマエのことを……最後まで」

 

 

ーーーーーーーー

 

 光が顔に当たる。目を覚ませば、もつ朝日は昇り、窓から部屋に光が差し込んでいた。まだセンセは起きてない。

「………………」

 空は雲一つない快晴だった。その向こう側、小さく星が瞬いている。わたしは選んだ。選んで、勝ち取ったんだ。

「フフフフ……」

 寝息をたてるセンセの顔を見ながら、ふと昨日、話をしたことを思い出す。

 

『もし、明日がこないなら』

『もし、明日がくるなら』

 

 どちらの答えも、おんなじ。

 

 

「わたしは、あなたの側にいますよ、セーンセ♡」

 

 

ーーーーーーーー

 

 もし、明日がこないなら、今日を満足に生きよう。

 けれど。

 もし、明日がくるなら、きっとなんだってできる。

 

 永遠に2人で生き続けることだって、きっとできるから。

 

ーーーーーーーー

 

END『もし、明日を求めるなら』

 

ーーーーーーーー




 これにて、陽田あかりと望月鏡花の物語は一旦、おしまいです。
 望月が陽田を更正させるのが先か。
 陽田が望月と永遠に生きる術を見つけるのが先か。
 それは今後のセッションを通して、2人が決めることでしょう。
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