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わたし、陽田あかりの朝は早い。
「おはようございます、おばさん」
「っ、お、おはよう、あかりちゃん」
自室で着替えを済ませたわたしは階段を降り、キッチンへ向かう。そこにはわたしを引き取った親戚のおばさんがいた。一声かけると、彼女はビクリと肩を震わせ、それに応える。
「朝御飯はいる、かしら」
「いいえ、今日はいりません。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「い、いえ」
「………………」
そんなにビクビクしなくてもいいのに。何を恐れているのか……は明白でしたね。
「大丈夫ですよ。わたしのすることの一切を黙認していてくだされば、息子さんのことは警察沙汰にしませんので」
「っ、ありがとう、ございます」
「では、いってきます」
ガチャリと玄関の扉を開け、外へ出る。天気は快晴。まるで、わたしとセンセの未来を暗示しているみたい。
「フフッ」
ああ、ホントにいい天気。
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「おい、なんでいる、陽田ァ」
「おはようございます、センセ♡」
センセの家の前で、新聞をとりに玄関を出たセンセに朝の挨拶を交わすわたし。センセは照れているのか、眉をひそめていた。
「なんでって、一緒に病院に行こうかと」
「……今日は通院の日じゃないだろうが」
「だから、来たんじゃないんですか。病院で一緒にいられない分、こうしてぇ……えいっ」
「うっとおしい! 絡んでくるな」
「もう~! 照れなくてもいいじゃないですかぁ」
「はぁぁ……」
頭を抱えるセンセ。大丈夫かな、今日はお仕事休んだ方がいいんじゃないでしょうか。
「お前、朝飯は?」
「まだですよ。コンビニかどこかで買おうかと」
「……チッ、入れ。パンしかねぇが文句言うなよ」
「フフッ、はーい」
なんだかんだ言っても、こうしてわたしのことを案じてくれる。ああ、本当にセンセは優しいなぁ。結局、登校ギリギリまで粘って怒られてしまったんですけれど。
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「あ、陽田さん、お昼こっちで食べない?」
そんな声をかけられたのは、4時間目が終わってすぐのこと。この人は確か…………名前、思い出せませんね。
「ありがとうございます。でも、先約がありますので」
そう言って、いつものように断り、教室を後にするわたし。教室の中からは、やっぱりとか、無駄だよ無駄とか聞こえてくるけれど、気にしない。いつものように、わたしは購買に向かった。
これもまたルーティーンのように、焼きそばパンだけを買い、中庭へ。
「よいしょ」
木陰に設置された木製のベンチに座る。いただきますと手を合わせてから、戦利品を口に運ぶ。あまり食べるのは速くないから、ゆっくりしっかり噛んで食べる。
「……ふぅ、ごちそうさまでした」
昼休みの半分くらいを使って平らげた焼きそばパンの包みはビニールに包んでひとまずポケットに入れておきます。あとで教室のゴミ箱にでも捨てればいいでしょう。さて、ではーー
「日課に入りましょう」
ベンチからおもむろに立ち上がり、わたしは中庭の一区にある花壇に向かう。そこはわたしが用務員さんに任せてもらっている場所だった。じょうろを手に水をあげていく。チューリップ、牡丹、百合などなど。様々な花が区画ごとに少しずつ植わっている。花が咲いたら摘んでいってもいいとも言われているから、綺麗に咲いたらプレゼントしたいな、なんて。
「…………あ、これ、いい感じ」
そう考えていたこともあって、真っ赤な薔薇を一輪切り取る。そのまま棘をとっていく。フフッ、これ、今日の帰りにセンセのお家のポストに入れておこうかな。そうしたら、センセ、喜んでくれるかな。
「っ」
ふと指先に痛み。見たら、棘が刺さっちゃったみたい。咄嗟に指を口に含もうとして、止まる。思考。その後、わたしは目の前の真っ赤な薔薇にそれを垂らす。1滴、2滴、3滴。
「フフッ」
わたしの血液が花弁に染みていくのを見ながら、わたしは自分の指を舐めた。
「……あ、そういえば」
たしか、薔薇は本数で花言葉が変わるんでしたっけ。1本で大丈夫かな。あんまりよくない言葉だったら、あと何本かもらっていってもいいですよね。そう思い、わたしはおもむろにスマホを取り出し、調べる。赤い薔薇、1本、花言葉……。
「『ひとめぼれ』『運命の人』………………フフッ」
よかった。ピッタリ。
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「セーンセ」
「あ゛?」
仕事終わりのセンセを待ち伏せ、もといお出迎えすると、センセは一瞬、驚いた後に、呆れたような表情をわたしに向けた。
「ンでこんな時間に学生が彷徨いてんだよ」
「センセにこれを渡したくて」
「あァ?」
そう伝え、わたしは赤い薔薇を1本手渡す。それを見たセンセはため息を吐き、頭を軽くわしゃわしゃとした後、
「理由になってねェよ」
眉をひそめたまま、そう言った。
「もういい時間だ。家まで送る」
「! やった♡ センセ、やさし~♡」
「くっつくな! うっとおしい! 未成年をこんな時間に1人で帰らせられねェだけだ、ったく」
そんなことを言いつつ、センセはわたしの渡した薔薇を潰れないように、カバンにしまっていたのをわたしは見逃さなかった。本当に、ほんとに優しい人。
でも、この優しさはわたしだけに向けられてない。センセの優しさは『患者』であるわたしへのもの。それは分かってる。だから、種を撒く。センセがわたしから離れないように、離れられないように、種を撒く。こんななんでもない日に、少しずつ、少しずつ。
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