通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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枝垂れ桜の木の下で酒を酌み交わそう。
どれ、最後にもう一献。
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困った。迷子になった。
電車で寝てしまい、いつも降りている駅から5駅ほど先で仕方なく降りたわたしは、スマホのナビを使って歩き始めたのだけれど。
「……充電切れ」
珍しくスマホの充電を忘れて寝たせいで、もうスマホは息絶えていた。
「はぁ……」
その辺の石段に座った瞬間に、思わずため息が出る。まるで迷路のような町の路地裏になぜか入り込んでしまって、かれこれ20分。ため息を吐いたことで張り詰めていた何かが切れたみたいで、意識を手放してしまった。直前……お酒と桜の匂いがした。そんな気がした。
ふと目を覚ます。どうやらまた眠ってしまっていたみたい。今日はよく寝る日だと思いながらも気づく。わたし、石段に座ってたはずだけど、今はベンチに座っていた。それに周囲の景色が変わってる。目が覚めるまでの路地裏じゃなく、温泉街みたいな雰囲気の見覚えのない場所だった。周りを見回すと、空は暗くて深夜なんだろうなと分かる。ただ月は真っ赤で。
「……綺麗」
それから淡く辺りを照らすガス灯とその下のベンチでうたた寝をする不思議な服装の女性。木造の大正?明治?っぽい建物、すぐ側には川があって、川の上には橋がかけられていた。少し前に旅行サイトで見たような、大正ロマンといった風情の不思議な街並みが広がっていた。それにーー
「……この匂い、お酒ですよね……」
むせ返るくらいのアルコールの匂い。匂いの大元は、川? 川へと降りる階段を下りていくと、お酒の匂いはますます濃くなる。川自体がお酒なのかな。その証拠に、川には鯉がプカプカと浮かんでいる。死んではないけど、酔っぱらっているんでしょう。そして、
「人……?」
川縁に、魚と一緒に軍服の男の人が浮かんでいる。赤い顔で酔っ払っているみたい。辺りを見回すと、他にも水面に浮かんで寝てる人がいるようだった。
「うわ……」
浮かんでる人たちは幸せそうな表情で。酒に溺れるって言うけれど、本当にお酒で溺れそうな人たちを見るとは思わなかった。でも、今は手がかりがないし……仕方ないですね。
「あの、大丈夫ですかー?」
少し遠くから川縁の男性に声をかけると、
「ハッ!? 何事でありますか!?」
「それはこちらの台詞なんですが……あの、ここはどこでしょうか」
「拙は……申し訳ない、己の名も思い出せんのです。一つ覚えてるのは、待ち合わせをしていた気がするのですが……これも詳しくは思い出せんのです」
「………………そうですか。では、お邪魔しました」
なんだ、役に立たないな。仕方がありません。自分でここを調べるしかないでしょう。背中でびしゃんと川に男がまた川に落ちる音を聞きながら階段を上がる。
キョロキョロと辺りを見るが、建物もガス灯も現代のものではないことくらいしか分からない。あと手がかりとしては、ベンチで寝る女性。梅柄の着物と赤い袴。そこにブーツを組み合わせ、同じく紅い大きなリボンで髪を結った女性。わたしよりも少し年上? 学生のようには見えるけど。他の人は酔い潰れているのに対して、目の前の人はほんのり頬が赤いくらいで、うたた寝をしている様子だ。この人なら一応、話ができる、かな。
「はぁ、仕方ない………………あの、すみません」
「んん……? おや、おはようさん」
ひとつ欠伸をしつつ、わたしへ話しかけてくる女性。おはようって夜なんですが。まぁ、そんなことはどうでもよくて……。
「あの、すみません。ここ、どこかご存じですか。実は気づいたらここにいて……」
「なるほど、分からないってことはあんた迷子だね」
迷子。それはそうだろう。少し呆れながらも、わたしは唯一の手がかりであるその女性の話を聞く。
「ここは『酩酊街』。現世と幽世の狭間にある場所、水も空気も酒で満ちた異界」
「何処にも行きたくない者が辿り着き、何処へ向かうべきか分からない者が迷い込んじまう街さ」
「……何処にも行きたくない者、何処へ向かうべきか分からない者ですか」
「ああ」
「それに、異界……。ここは現実世界じゃないってこと、ですね」
「ま、そうなるね」
『酩酊街』。異界。何処へ向かうべきか分からない者。ふと前にセンセと行った美術館を思い出す。そんな変な場所ならば、あそこにあったような化物なんかもいるのだろうか。いや、今はそんなことよりも……。
「…………あの、わたし、元の世界に帰らなくてはいけないんですが、戻る方法を知りませんか?」
「ふむ。あんた、道は見えているかい? 暗い道か、明るい道か」
そう聞かれ、わたしは辺りを見渡す。そこにはさっきまで気づかなかった道が1つだけあった。そちらを指差し、答える。
「ほの暗い道が1本」
「ふむ。暗い道はあんたを招く道だよ。悪いヤツじゃない、ちょっとデカくて怖いけど、とてもいい子さ……行っておやり。明るい道があんたを帰す道だよ。そこを歩いていけば現世に帰れるさね」
「……なるほど」
予想以上に明確な答えが帰ってきて、少し肩透かしだ。その人がわたしを騙そうとしている可能性もないではないけれど、悪意があるかは……よく分からない。
「……………………」
そういえば、ここは『酩酊街』と言っていた。それに酔っぱらってしまいそうなほどのお酒の匂い。つまり、ここはお酒の街。ふーん。
「すみません。もうひとつお聞きしたいんですが」
「ん? なんだい?」
せっかく、こんな不思議な世界に迷い込んだんです。利用しない手はありませんよね?
「この世界に強いお酒はありませんか? どんなにお酒の強い人間も朦朧とするような、つよーいものは」
「うーん、心当たりはなくはないけど…あんた未成年だろう?お友達、よっぽどの酒好きなのかい?」
「そうですね。ベロベロに酔ったところを見たことないくらいには」
酒好き、ではない。むしろ職業柄か、ほとんど酒を飲まないくらいだ。だから、どこまでお酒に耐性があるか分からない。なら、思いっきり強いやつを仕入れておく方がいいだろう。前後不覚になってしまえば…………フフッ、こっちのものですから。
「……ふーん、なるほどね。ここの管理者は無類の酒好きでね、自分でも酒を造るほどさ。あの子なら力になれるかもね」
「へぇ……。その方はどちらに?」
「仄暗い一本道のその先さ。ただしーー」
そこまで言って、女性は表情を変えた。そして、告げる。
「あんまり、おイタしちゃあ、バチが当たるよ。ほどほどにしなさいな」
……そう、ですね。フフッ、ほどほどにします。わたしも彼女の言葉にそれだけを返す。
「それじゃあ、わたし、進んでみますね。あの道に」
「……ま、頑張りな」
「わざわざご丁寧にありがとうございました」
ペコリと頭を下げ、わたしはそちらへと進む。わたしを招くという道へと。
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