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「あァ……ねみぃ」
朝、洗面所にて、顔を洗う。鏡を見ると、きっちりと隈ができていた。昨日、いつもよりも遅く寝たせいだろう。今日、休日だからといって、調子に乗りすぎたな。
欠伸を噛み殺しながら、リビングへ。なにはともあれ朝飯だ。休日とはいえ、朝飯を抜くわけにもいかねぇ。これ以上生活リズム崩して、医者の不養生なんてアホなことにならねぇようにしないとな。さて、
「……珈琲、はあり得ねぇな」
とりあえずケトルでお湯を沸かす。確かインスタントのスープがあった気がする。それとパンでも焼けばいいだろ。
「…………」
椅子に座り、テレビをつけた。平日に非番なのは珍しく、いつもは見ないような時間に朝のニュース番組を見る。これほど有意義な時間の使い方もない。
少しして、ケトルのスイッチがオフになる音がした。キッチンに行き、デカフェの紅茶を淹れる。あァ、何分だったか。まあ、その辺は適当でいいか。パンもちょうど焼き上がる。トースト2枚を皿にのせ、ドカッと座る。あァ、そういえば、スマホ見てなかったな。そう思い、スマホをチェックすると、新着は5件ほど。3件は公式からで、あと2件は……。
「ゲっ」
陽田からである。いつものようなラブコール。ッたく、毎日毎日飽きないもんだな。これもいつものごとくあしらう返事を送る。また返ってはくるが、それには返さない。正直通知をオフにしてやりたいが、万が一ってこともあるからな。はぁ、面倒だ。で、もう1件は
「お? 越水から?」
同僚の越水からだ。どうやらDIY関係のイベント情報をもってきたらしい。相変わらず耳が早い奴だ。感謝の言葉と日程調整をすると伝えると、
『ねぇ、今日、暇かしら? 少し使いたい木材が足りなくて、ホームセンターにでも行こうかと思うのだけれど』
そんなメッセージが返ってくる。まあ、この後何をするかと聞かれたらニュースを見ながら、ダラダラと時間を浪費するだけだろう。なら、越水の買い出しに乗るのもいいか。
『了解。準備して向かう』
パンにバターを塗り、食う。ん、ウマイ。ジャムもあったらよかったんだが、生憎切らしちまってた。帰りにでも買ってくるか。
アタシはそのままパンとスープを腹に入れ、多少ぬるくなった紅茶を飲む。さて、テキトーに身なりだけ整えていくか。
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「どうかと思うわよ、望月ちゃん」
「あ?」
ホームセンターでの買い出しを終え、近くの喫茶店で休憩していると越水がそう言ってきた。何がだよと返すと、彼女はそれと指を差してくる。
「メイク。それ、ほぼノーメイクでしょ?」
「あー」
多少、眉をかき、隈をファンデーションで隠しただけ。だから、越水の言う通り、ではあるが。
「別に同僚とホームセンターに行くだけだぞ? ンなこと気にすんなよ」
「はぁぁぁ、それでも人の目はあるのよ? どこに運命の相手がいるか分からないんだから。そんなんだからいい歳して、いい人の1人もいないんじゃない」
「ハッ、運命の相手って…………ンなのどうでもいいな」
夢見がちな越水の言葉を一蹴する。チューッとストローでメロンソーダを飲むアタシを見て、越水はまたため息を吐きやがる。
「…………ご両親からも言われているんじゃないのかしら?」
「うぐっ」
アブねぇ。メロンソーダ、変なとこ入るところだった。越水の言うことは図星も図星であった。実家に帰る度に、両親から彼氏はいないのか、結婚はまだか、孫を早く抱かせろと、さんざん言われている。キョーミねぇ、するわけねぇ、アタシに期待すンなと返すが、多少は引っ掛かるものはあり……。だから、絶妙に越水の言葉が刺さる。
「……てめぇもだろうが」
「あら? 私は婚約者いるわよ」
「あー」
そういや、こいつ、実家がそれなりにいいお家柄だったか。そりゃ婚約者の1人や2人いるか。
「だ・か・ら! 異性がいる前では、バッチリメイクしておきなさい? あなた、素材は本当にいいのだから」
「…………あァ、ハイハイ」
「する気、ないわね?」
「まァな」
ただでさえ日々気を張っているのだ。休日にそういう方向で気を張ってたら死んじまう。
「……はぁ、分かったわよ。でも、今度のDIYイベントの時はもう少し作ってくるのよ?」
「おう」
そんな話をしていると、タイミングよくケーキが運ばれてくる。アタシの方はチョコレートケーキ。越水のはミルクレープだ。フォークを入れると分かるみっちりとした感覚。それを1口大にして、口に運ぶ。
「ん、うめぇな」
口に広がる少し苦めのチョコレートの風味。舌触りのよく、みっちりとした食感ながら、しっかりと口の中で溶ける感じがする。脇に添えられた生クリームをつけると、口の中でそれらが混ざりあってちょうどいい甘さになった。
「うん、美味しいわね」
「あァ」
しばらく静かに、ケーキを食べる。やがて、
「ふぅ、美味しかった」
「あァ、なかなかいい店だった」
いつもは利用しない喫茶店だったが、悪くなかった。グラタンやらナポリタンやらの食事系もあるみたいだから、今度は昼食で利用してみるのもありだろう。そんなことを考えながら、食後に頼んでいた紅茶をすすっていると、
「で、どうだったの、デートは」
「ぶッ!?」
唐突かつ語弊のある言い方に、思わず軽く吹き出した。越水を睨み付けながら、口を拭く。
「行ったんでしょ? 美術館、だったかしら」
「行ったが……そもそもデートじゃねェ」
「はいはい。ただそう言いつつ、付き合ってしまうのは、あなたの……なんというか……」
「あ? ンだよ?」
「人の良さがでているわね」
「そンなんじゃねぇよ。あいつはアタシを……そうだな、心の拠り所にしてる部分がある。いずれ離れさせねぇといけないが、今はまだその時じゃねぇよ」
「……はぁ、お人好しよね、望月ちゃんも」
「うるせェ」
吐き捨てるように返すと、越水は困ったように笑った。それから、まぁ、一応、美術館での話をしてやった。あれは妙な体験ではあったからな。それなりに話の種にはなる。……勿論、あの時にアタシが感じていた陽田への妙な感情のことは伏せて、だが。
そんな話をしていると、ふと越水はうーんと唸って、口を開く。
「まるで、『オカルト』の世界ね」
「……『オカルト』なぁ」
医者で病院に勤めている関係で、幽霊だのの類いの話はよく聞く。だが、今回のは幽霊というよりも、なんかの白昼夢だったと言われた方が納得がいく。あとは集団幻覚とかな。
「気をつけた方がいいわよ? そういうの、1回体験すると続くって、前、美容院で読んだ雑誌に書いてあったわ」
「ンだその雑誌チョイスは……」
「80万部くらい売れた雑誌らしいわよ」
「世も末だな」
「とにかく! 気をつけること!」
「ハイハイ」
越水の話を適当に流し、話は次のDIYイベントの話へ。そんなよくある休日をアタシは過ごした。
まあ、そんな妙なことに巻き込まれるなんて、二度とないだろ。
そんなアタシの予想は簡単に裏切られることになるのだが、それはまた別の話。
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