暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ある理由で魔界に等しい世界と化したそこでは、生物として超強化された人々が暮らしている土地がありました。
その中心地はアーランド。
もとの人間とはほとんど代わらない大陸北部の人々からすれば、魔界の住民も同じです。
ライフル弾を喰らってもちょっと痛い程度で済む人々がくらす戦士の国は
そうでない人間にとっては、まさに異世界に等しいのです。
暗黒!アトリエシリーズ。暗黒錬金術師伝説3、暗黒!ロロナのアトリエ
開幕です。
序、辺境の恐怖
こんな筈じゃない。
こんな事は、あり得ない。
既に大小を失禁してしまっている男は、なりふりも構わず、武器さえも投げ捨てて、逃げていた。
彼は親分と呼ばれる盗賊の頭目。
今まで暴れてきた土地では、畜生働きの限りを尽くし、多くの金品を奪い取っては豪遊を続けてきた、札付きの悪党だ。
その残虐さから、ついたあだ名は悪竜。
だが、その悪竜が。今は、まるで子犬のように、悲鳴を上げながら、逃げているのだ。
ライフルが、効かなかった。
いや、効いたのだが。少しのけぞったくらいの打撃しか、与えられなかった。
噂には聞いていた。
此処アーランドを中心とする辺境は、文字通りの魔界。住んでいる者達は、人間の形をした、別次元の生命体。
後ろで、悲鳴。
散り散りに逃げていた部下の一人が、上げたものに間違いなかった。
そして、前に立ちはだかるのは。
上品な口ひげを蓄えた、老紳士だった。髪はまだ黒いが、明らかに中年を通り越している。
本来なら、悪竜が怖れるような相手では無い。
だが。
このじじいは。
本物のドラゴンが、小便を垂れ流して逃げ出すような、常軌を逸した怪物だ。
「お前で最後だな。 私の国で、好き勝手をすることは許さぬと、事前に警告していたのに。 愚かな事だ」
「……っ!」
悲鳴は、後ろから聞こえた。
つまり此奴は、後ろで、悪竜の部下を斬った。その筈なのだ。それなのに、どうして前から現れる。
若い頃は韋駄天で鳴らした悪竜なのだ。世の中には超絶的な武勇を発揮できる達人がいる事くらいは知っているが、それでもなお、信じられない。
「案ずるな、殺しはせん」
歩み寄ってくる。
悲鳴を上げながら、隠していた、最後の武器を。ハンドガンを懐から取り出して、撃つ。一発、弾がバケモノの顔面に飛ぶ。
しかし、バケモノが、軽く剣を。
そんな時代遅れの武器を振るうだけで。金属音がして、弾かれたのが分かった。もはや、垂れ流す小便もない。
「それで最後のようだな。 いるな、エスティ」
「はいはーい、お呼びですか」
いきなり、場に別のものが現れる。
いなかった。一瞬前までは、絶対に存在などしていなかった。周囲は平原で、身を隠す場所もないのだ。
震える悪竜に、エスティと呼ばれたまだ年端もいかないように見える女は、舌を出しておどけてみせる。
「貴方の部下も、全員捕縛済みよ。 とりあえず、工場で二十年は働いてもらうから、覚悟してね」
「ひ……」
「なあに、死にやせん。 強制労働から解放される頃には、お前のようなクズでも、真人間に戻れているさ」
お前のようなバケモノが、真人間とか口にするのか。
そう言いたかったが。
口は、縫い合わされたように、動かなかった。子ウサギが、本物のドラゴン以上のバケモノを相手にしているのだから、当然だろう。
エスティとやらは。軽々と悪竜を担ぐと、苦労する様子も無く運んでいく。
どちらかといえば大柄な悪竜だというのに。此処では、小娘までもが、人間離れしているというのか。
「そういえば、エスティ」
「はいはい、何ですか、陛下」
「こ奴らの別働隊が襲撃した村はどうなった」
「どうも何も、自力で撃退しています。 当然じゃないですか。 ライフルなんかに頼ってる連中が、この地方のモンスターを相手にして生活している人達に、かなうと思っていますか? 勿論人的被害も出ていませんよ。 全部捕縛して、近場の駐屯軍につきだしてきたそうです」
背筋に寒気が走った。
ひょっとすると、自分たちは、運が良かったのかも知れない。
このバケモノどもに此処まで言わせるモンスターとやらと、もし遭遇していたら、どうなっていたのか。
やがて、中心都市アーランドが見えてくる。
予想よりも、ずっと大きな街だ。分厚い城壁に囲まれ、大きな工場が幾つも見える。それだけではない。
鉄道らしきものも通されているし、活動している人間達も、ずっと文明的だ。それに、ざっと見たところ、貧民街がない。
下ろされる。
街の側にある森の中に、悪竜の部下達が、皆縛り上げられて、集められていた。全員いる。
全員が、まるでこれから屠殺されることを知っている豚のような顔をしていた。
バケモノが、皆の顔を見回す。
「さあて、お前達はこれより貴重なこの国を下支えする労働力だ。 逃げようとしても無駄だ。 この町の人間にライフルなど通用しないし、街の外に出ても、モンスターの餌になるだけだ」
ほれと、バケモノが顎をしゃくる。
森の中から、此方をうかがっている無数の影。
人間よりも二回りは大きな、二足歩行の蜥蜴が見える。見るからに凶暴そうな奴だ。あんなのが、群れを成してうろついているのか。
分厚そうな鱗で武装している上に、子供など一呑みにしそうな顎。
「ちなみに、あれはこの地方のモンスターでは、極めて与しやすい相手だ。 毎年雑草のように駆除されている。 この地方の者達は、子供の戦闘訓練の相手として、あれを使うほどでな」
あの体格。それに分厚そうな鱗。
ライフルなど、通じそうにもない。大型のヒグマか、それ以上の戦闘力を有しているのは明らかだ。
追い討つように、バケモノが言う。
「勤務態度が悪い者は、あれが多数生息している鉱山で仕事をしてもらう。 何、お前達の代わりは貴重とは言え、いくらでもいる。 それを忘れぬようにな」
それを聞いて、泣き出す部下もいた。
悪竜はこの時。
完全に、逃げる事を断念した。
アーランドの城壁の上。
工場に引っ立てられていく盗賊達を見下ろす影一つ。
このアーランドで、唯一存在する錬金術師。名をアストリッドという。今日、国家からの指示で、調査していた遺跡から帰還したところだ。
流石のアストリッドでも、かなり手強い遺跡だった。ガーディアンと呼ばれる怪物が多数存在し、そいつらとの交戦で大事な眼鏡を潰されてしまった。衣服も埃まみれである。出来れば、早いところ風呂に入りたい。
ただし、苦労しただけあって、成果はあった。
以前から立てていた仮説が、調査によって、ほぼ確実な所にまで進展したのだ。だが、めでたいとは思えない。
まだ妙齢の女性であるアストリッドだが、被保護者はいる。まだ幼く、とてもではないが世の荒波に耐えられる存在では無い。彼女がこれから巻き込まれる運命を思うと、あまり心穏やかにはいられない。
遺跡の深部で見た光景も、あまり気分が良いものではなかった。
何かしらの形で、人類は一度絶滅寸前にまで追い込まれた。
何が起きたのかは分からない。
分かっているのは、ある時、とんでも無い規模の大量絶滅が発生した、という事だ。その結果、大陸全土に蟻のようにはびこっていた人間は、都市国家にまで衰退。人口は一万分の一にまで減少した。
最盛期の人類は、現在とは比較にならない文明を保持していたが。
しかし同時に、比べものにならないほどに脆弱だった。
かっては、戦場では銃火器が主体だった。だが今では、護身用にするのがやっと。
工場に引っ立てられていくあの脆弱な盗賊どもも、かっての人類に比べれば、ずっと強靱である事が明らかだ。
現在、剣や槍が主力武器の座を取り戻しているのは、人間の戦闘力が、以前とは比較にならないからである。銃器などを使うよりも、剣や槍を使った方が、遙かに強いのだ。
同様に、鎧も殆ど今では存在しない。
身につけていても、邪魔なだけだからである。
「此処にいたか、アストリッド」
「ステルクか」
横に並んだのは、強面の青年。名はステルケンブルク。長くて呼びにくいので、昔からステルクと呼んでいる。
軍事階級である、いわゆる騎士の一人。この国に存在する、何名かの国家軍事力級と言われている使い手の一人だ。
騎士と言っても、馬に跨がり、フルプレートメイルを着込んでいるというような姿ではない。
腰に剣を帯びてはいるが、着込んでいるのは宮仕え用のコートに近い意匠のスーツだ。服そのものは極めて強靱な繊維で作られているが、今の時代、道具は人間の能力に追いついていない。多少、攻撃を緩和できるかどうか、という程度の気休めに過ぎない。
若々しいが、年はアストリッドと変わらない。
また、此奴でも、この国では最強ではない。更に上の使い手が、複数存在しているからだ。
先ほど嬉々として盗賊団を壊滅させた二人が、その中に含まれている。
「王がお呼びだ。 いよいよ、計画を実行に移すときだそうだ。 これより八年を準備期間とし、その後の三年で、予定通りに計画を進めるとか」
「いよいよ来たか……」
ため息が漏れる。
師が亡くなってから、この時のために、備えてきた。
過酷な運命を、背負わせることになる。もっとも、本人はそれには、気付くこともないかも知れないが。
あれは、あまり頭が良くない。
だからこそに、適任なのかも知れない。
これはアストリッドの持論だ。
中途半端な普通の人間には、極められない。天才か、極端な馬鹿こそが、錬金術の極みに昇ることが出来る。
あれは、後者だ。
師の悲劇は、未だにアストリッドの脳裏に焼き付いている。引き取ったばかりのあれを、同じ目には遭わせたくない。
年の離れた妹か、或いは娘か。
いずれにしても、可愛い事に変わりはないのだ。自分を愛してくれた師の心が、今更になってようやく理解できたのは、皮肉という他ない。
「辺境に住まう者は、決して弱者では無い」
「うん?」
「何でもない。 すぐに出向く」
先にステルクを行かせると、大きく嘆息するアストリッド。
だいたいの予想は、出来ていた。
アストリッドが育てている弟子が、十五になるまでの八年を準備期間として確保するのが、精一杯。
其処からは、本人に頑張ってもらう他無い。
さて、どこまでやれるか。
素質は充分。
後は努力するように、ひたすら足を引っ張ってやればいい。あれは叩けば叩くほど、伸びる逸材だ。
城壁の内側にある階段を下りていく。
かっての文明を少しずつ取り戻しつつある人間の街が、視界の隅々にまで、広がっていた。
とは言っても、全ては借り物。
林立する工場も、殆ど内部の技術は理解できていない。アストリッドが解析して廻っているが、それでも追いつかないほどだ。
人口を増やす過程で、労働力は確保できている。
だが、このままでは危険だ。
アストリッドは無数の遺跡を調査してきたから、知っている。かっての人類は、個としては著しく貧弱だった。だが、文明として見れば、現在とは比較にもならないほどに、強大だったのだ。
王の懸念は当然のこと。
そして、今後の人類のためにも、計画は完遂しなければならないのだ。
「周辺の人材は準備できているか」
「問題ない。 スペシャリストを用意すると、王は約束してくれている」
「環境がぬるくなる分は、私が補ってやれば良い。 いや、補うと言うよりは、足を引っ張ってやればいい、と言うのが正しいな」
「相変わらず性格が悪い。 あの事件のせいで、心身ともに発育が著しく悪いと聞いているぞ。 お前が足を引っ張って、立ち直れなくならないようになっては本末転倒だ。 もう一人の被害者も、苦しい立場にいると聞いている。 あまり無体なことはしてやるなよ」
生真面目なステルクに、分かっていると応えると。
アストリッドは、あまり良い思い出がない、自分の家。今は二人が住んでいる、錬金術のアトリエに向かった。
途中でステルクと分かれると、あくびを一つ。
まあ、なるようになるだろう。
昔から、余計な事ばかり分かってしまった。アストリッドは、自分が天才である事を子供の頃から自覚していた。
自覚したのは、いつだろう。多分物心ついた頃には、すぐに。
だが、それを幸せだと思った事は一度も無い。
それ故に、もう考える事は、極力しないようにしている。楽天的に振る舞う癖がつき始めたのは、いつ頃からだろう。
アトリエに戻る。
出迎えてくれる、あの人はもういない。
無言のまま、寝室へ移ると。何も知らず、平和な夢を貪っている、自分の弟子をアストリッドは見つめた。これから、過酷な運命を、多分何も知ること無く背負うことになる、悲劇の主を。
戦いは、既に始まっている。
毛布をかけ直してやると、アストリッドは。もう使うことも無いだろう、アトリエを一瞥だけしたのだった。
※銃弾が効かないにんげんについて
これは原作でも同じです。
それほど頑丈では無いロロナさんでも、ライフルで撃たれて痛がる程度ですので。人によってはかすり傷にしかなりません。
これを合理的に説明しようとした結果、こういう設定になっています。