暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
明確な異常行動を起こしているスピア連邦への先制攻撃作戦!
しかしそれを実施したエスティ達は、おぞましい光景を目にすることになります。
中枢を押さえようとしても。
中枢など既に物理的に存在しなかったのです。
序、戦場の異様
先行してスピアに向かったエスティから連絡があった。
状況がおかしいというのだ。
王の直衛についていたステルクは、不安を感じながらも、前衛とともに状況確認に出向く。
今回は、スピアは本気での迎撃を試みてくると思っていた。
しかしエスティが率いる前衛は、敵の国境線を容易く突破。被害も殆ど出していない。何かがおかしいのだ。
ステルクは精鋭とともに、エスティが抑えに向かった議事堂に向かう。
スピアの頭脳とも言える、議員達が集う場所だ。既に護衛の兵士達は、ホムンクルスとエスティが率いる先遣部隊に潰されており、辺りは静かだった。
中に入って思ったのは、血の臭いがあまりにも濃い、という事だ。
エスティが、血みどろのまま立っていた。
周囲には、倒したらしい敵のホムンクルス部隊。既に命はない。一瞥だけすると、ステルクは何がおかしいのか、先輩であるエスティに聞く。彼女は、無言のまま、顎をしゃくった。
会議場と呼ばれる空間だ。
議員達が集まって、様々な事を決める、スピアの意思決定機関。
其処は。
血と臓物の、展覧会場となっていた。
「先輩、生かしたまま議員達を拘束するという作戦だったはずです」
「知らないわよ。 私が来た時には、既にこうなっていたの!」
憤慨するエスティに、ステルクは辟易しながらも、すぐに話し合って方針を決める。
証拠は残さず、撤収。それ以外には無い。
協力を申し出ていた議員の死骸もあった。どうやら、議員達が集まって、重要な決定をしているときに、何かとんでも無い事が起きたらしい。
まっすぐ王の所に戻る。
他の施設に向かっていた部隊も、続々戻ってくる。これは情報の整理が大変なことになるだろうと、ステルクは思った。
「どこもかしこも、血の海です。 重要施設はあらかた壊滅。 スピアの幹部は、殆ど誰も生きていない様子です」
「外には警備兵がいたのに、何が起きている」
「わかりません。 このスピア首都は、既に麻痺状態。 民は何が起きているかわからずに、右往左往だけしている模様です」
「まさかとは思うが、クーデターか?」
エスティが、首を横に振る。
連れてきたのは、捕虜にした兵士達だ。彼らには魔術師が催眠を掛けたが、何も知らされていない。
普通に護衛をしていただけだ。
つまり、兵士達がいるその中で、殺戮が行われ。
スピアの首都機能は、完全に麻痺した、という事だ。
悪魔を率いているロードが来た。
青ざめている。
「我々の部隊も、君達と同じものを目撃した。 何が起きているのか、全くわからない」
「此処にいるのは危険だ。 偵察部隊は、周囲に可能な限り散れ。 とにかく異常を発見したら、即座に戻って知らせるように。 主力部隊は、国境まで後退。 何か、とんでも無い罠に巻き込まれている可能性がある」
エスティが頷くと、精鋭部隊を率いて、周囲に散っていった。
ロードが呻く。ステルクだって、このような事態は、予想できなかった。
「空間転移を利用した殺戮か?」
「可能性は考えられるが。 貴殿らも、少し前に空間転移の技術を実用化したと聞いているぞ」
「いや、それには正確な座標が必要だ。 このような的確な殺戮には用いる事が出来ない」
「確かにそうだ。 そうなると、スピアの内部で、何かが起きていると言うことになる」
歴戦のアーランド戦士達は、一糸乱れぬ動きを見せ、無事に国境の外にまで出た。
悪魔達も使い魔を可能な限り放って、状況の確認に努めている。スピアの軍も混乱しているようで、各地の軍基地に張り付かせた斥候は、内部が支離滅裂の有様だと報告してきていた。
夜明けまで、待つ。
日の出とほぼ同時に、エスティが、一度中間報告をまとめに戻ってきた。
スピアの中枢機能は、完全に消滅しているという。
インフラは無事で、民の生活自体は保証されているようなのだけれど。役所の類は大混乱で、まともに機能していないそうだ。
ロード級の悪魔が一体、慌てて戻ってくる。
「首都の一角で、我らの部隊が襲撃を受けています。 非常に強力な敵で、我が一族だけでは、歯が立ちません!」
「ステルク。 すぐに支援に向かえ」
「御意」
周囲を一瞥。
アストリッドはいない。奴はパラケルススを連れて、単独での行動をしていると聞いているが。
まさか、今更馬鹿な事をしないだろう。
ステルクは何名かの部下とともに、危急の支援を求めている地区に向かう。家々の屋根を伝って移動していくステルクを見て、時々スピアの王都に住まう民が、不思議そうな顔をしていた。
モンスターを見た事も無い。
戦ったことさえ無い。
そんな彼らは、ステルクがただの不思議な影にしか見えないのだろう。
弱き者達だ。彼らを剣にかけるなど、出来ればあってはならないと思う。しかし、今は戦場にいる。
部下の一人が、あっと声を上げた。
必死に逃れてくる数体の悪魔を見たからだ。
屋根の上で合流。
「戦況は」
「逃れられたのは、我らだけです。 敵は正体が全く分かりませんが、恐らくはドラゴンだと思われます」
「専用の装備は持っていかなかったのか」
「それが……」
悪魔の一体が、悔しそうにうつむく。
何もかもが、通用しなかったという。案内されるまま行ったのは、あまり大きなものとは思えない施設。
周囲に転々としているのは、見張りらしい兵士だ。スピアの歩哨。何も知らされずに、ただ守っていただけの者達。
当然、既に命は無い。死体を隠すように指示をすると、ステルクは施設の中を覗き込む。
強い血の臭い。
それに、これは、地下に大規模な何かがある。
感じるのだ。凄まじい力を。
それは単純な戦闘力では無い。何というか、禍々しい気配そのものだ。爆発物などではないだろう。
何か、とても良くないものが、この先にいる。
「すぐにエスティ先輩と王を呼んでくるように。 おそらく、此処に何か大規模な敵の拠点がある」
「罠ではありませんか」
「だから、私と先輩で、突破を計る」
あまりもたついていると、民が騒ぎ出す。
大勢が押しかけると、処理が面倒だ。
実のところ、スピアの首都に限っては、だが。民の評判そのものは悪くない。勝者だからというのもあるだろう。敗者は奴隷にされるのが、列強での当たり前の決め事。その一方で、勝者の民は、多くの利潤に恵まれる。
列強の理論。
彼らはそれにより、そこそこに豊かな生活を保障されている。
だから、ステルク達には逆らうだろう。
王がエスティと一緒に来るまで、半刻ほど。呼んでもいないアストリッドも、来ていた。アストリッドは、ステルクに何も言わず、ずかずか入っていく。困惑したように王を見ていたパラケルススだが。ジオが好きにするようにと言うと、アストリッドについていった。
「よろしいのですか」
「アーランドでも余につぐ力の持ち主が、あっさり倒されるようなこともあるまい。 だが、あまり好き勝手もさせられぬな」
「前衛は私が務めます。 ステルクくんはバックアップを」
「承知……」
エスティが先に入る。
王の周囲を、数体のホムンクルス達が固めた。
最後にステルクが入る。悪魔達も、少し躊躇った後、ついてくる。最悪の場合に備えて、空間転移の技を何時でも使えるようにと、話し合っているのが聞こえた。
案の定と言うべきか。
建物の下には、極めて広大な空間がある。
更に言えば、この壁床の材質には見覚えがあった。それも、嫌と言うほど、だ。
「オルトガラクセンと酷似しているな」
戦いの音が響きはじめる。先行していたアストリッドが接敵したのは、確実だった。
駆けつける。
アストリッドが、手を叩いて、埃を払っていた。その隣には、既に剣を抜いたエスティと、ジオ王もいた。
彼女の前にいるのは。
あれは、どういうことだ。見覚えがある存在だ。
スニーシュツルム。
アーランドにも姿を見せる、危険なドラゴンである。白銀の鱗を持ち、広い縄張りを飛び回る。
そして勝てそうな相手だけを襲撃し、そうでない敵からは姿を隠す、狡猾なる空の王者。
その背中には、五人の人間達。
間違いない。
あれは、スピアを支配しているという。錬金術師達だ。
ドラゴンは非常に知性が高い上に狡猾で、飼い慣らすことが出来るなどという話は聞いたことが無い。
そうなると、他のモンスター達と同じ。
脳を弄って、傀儡にしたのか。
「さすがはアーランド人戦士。 想像を超える実力じゃなあ」
「お褒めにあずかり光栄だが、貴様らも本気など出してはいまい」
「なんだ、ばれていたのか。 もっとも、戦うつもりなどは最初からないがな」
スニーシュツルムが、翼を広げて雄叫びを上げる。
五人の錬金術師は、年格好もばらばらに思えた。その中で、どうやらリーダー格らしいのが、若い女性である。
ただ、何だろう。
どうも見かけ通りの存在には思えないのだ。
彼らは例外なく強い魔力を身につけているのだが、妙な雰囲気がある。ひょっとして彼奴らは。
「惜しいな。 あれは体をホムンクルスと入れ替えている」
「何故わかる」
「アーランド人でも無いのに、私と素手で渡り合って見せたのだぞ? それくらいは誰でも想像がつくさ」
アストリッドがへらへらと笑う。
いずれにしても。
国家軍事力級の使い手が、此処に四人も集まっている。それに、悪魔達十体以上に、歴戦のアーランド戦士が同数。そしてホムンクルスの戦士達も。
如何にエンシェント級ドラゴンだろうが、ひとたまりも無い戦力だ。
だが、錬金術師達は、慌てる様子も無い。
「そろそろ失礼させてもらおうか。 もう、用事は済んだからなあ」
「用事、だと?」
「気がつかなかったのか。 全ては此奴らの思惑通りだった、ということだ」
いきなり、スニーシュツルムが消え失せる。
最初から、其処には何もいなかったかのように。
それだけではない。
激しい振動が、空間を襲いはじめていた。これは、この施設そのものが、崩れると見て良い。
逃げろ。
ステルクが叫ぶ。
皆、我先に入り口へと走り始める。
悪魔達が空間転移を使って、身近な数人ごと、入り口へ飛ぶ。ステルクは、自分は良いから他の者をと叫びながら、天井から落ちてきた材質不明の板を切り割った。
崩落が激しい。
ジオもエスティも、パラケルススも逃れたことを確認。
面倒くさそうに、アストリッドが片手で払う動作をする。冗談のように、頭上に迫っていた金属板が吹っ飛んで、壁にぶつかった。
悪魔が戻ってきて、また数人を連れて行く。
入り口が崩落していて、そうしないと逃げられないらしい。
舌打ちすると、ステルクはアストリッドへ叫ぶ。
「どういうことだ、説明しろ」
「錬金術師達にとって、この国はもう傀儡だ。 だから、権力者達も、いらなくなっていたんだよ」
「何だと」
「一種のクーデターだな。 我々は、罪を押し被せるためだけに此処に呼ばれた、とみていいだろう。 権力者の代わりは、ホムンクルスか何かで代用するつもりとみて良いだろうな」
何という下劣な連中か。
さっき奴らが使ったのは、恐らくはテレポートの一種とみた。
魔術に関しても一流の奴らだと見て良いだろう。
悪魔が来て、ステルクとアストリッドを空間転移で運ぶ。確かに、入り口は完全に潰れてしまっていた。
一応、突入部隊は、全員が無事だ。
だがこれでは。
「このままでは、非常にまずい事になります」
エスティが、王に青ざめた顔で説明している。
ステルクにもわかる。
この国の権力者達は、これで完全に錬金術師達の傀儡だ。今までとは違って、文字通りの意味で、である。
勿論混乱はあるだろう。
しかし、その後はどうなるか。
「あの錬金術師共がどこに行ったか突き止める方法は、何か無いか」
「あれは五人がかりで使った超長距離テレポートと見て良いだろう。 とてもではないが、居場所など特定できない」
「くそっ!」
ステルクが地面を蹴りつける。
アストリッドは、にやにやとその様子を見つめていた。
いずれにしても、もはや撤退しか無い。ひょっとすると、だが。この件は、此方が想像していた以上に、根が深いのかも知れない。
あの錬金術師達は何者だ。
ジオ王に、決断を迫るエスティ。
確かにこの場にいても、もはや益は無い。
「一つだけ、作業をしてから戻ろう」
「作業、とは」
「此処から東で、ホランドを攻撃しているモンスターの集団がある。 間違いなく、実戦投入されているスピアのモンスターによる兵団と見て良いだろう。 ホランドの軍勢ではなすすべがなく、多くの被害を出しているようだ」
「なるほど、潰してから戻る、という事ですね」
ロードも、口惜しそうに頷く。
せめて帰り際の駄賃という訳だ。これで進行速度を削れば、ホランドが体勢を立て直すことも出来る。
あの錬金術師達が如何に怪物じみていても、これだけ一気に国上層の権力者を消したのだ。
すぐに国を掌握し直すのは難しいだろう。
せめて、戦力のバランスを崩してから戻る。それが最適だ。
すぐに、部隊が動き出す。
作戦はもはや、元の目的どころでは無い。どうにか、スピアの進撃速度を削って、兵力を奪うこと意外には、何も残ってはいなかった。
恐怖の姿を見せる一なる五人。
最強最悪の錬金術師達が、既にスピア連邦など完全にあらゆる意味で掌握していたのです。
あまりにも強大な世界の敵が、ここに出現したことになります。