暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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人間をやめ始めたロロナは、半強制的に快進撃を始めます。

それは完全に体の構造が人間から乖離し始めていることを意味しています。





1、快進撃

リオネラに無理矢理眠らされた後、しばらくして目を覚ます。

 

眠った後だというのに、あまり快適感が無い。

 

ただ、小さくあくびはした。

 

ロロナはベッドから起き出すと、アトリエに出る。ソファに座っていたリオネラが、ロロナを見上げた。

 

「おはよう、りおちゃん」

 

「……おはよう」

 

何かあったのだろうか。リオネラの顔は、青ざめていた。

 

早速作業を始める。今日辺り、クーデリアが来てくれるはずだ。このまま行けば、課題の期日を半分残して、作業を終えられるかも知れない。

 

そうなれば、神速自在帯の研究も、ブレイブマスクの改良も、思いのままだ。勿論、合間にオルトガラクセンの調査をしなければならないが、それでも時間は余るとみて良いだろう。

 

今回の課題が終われば、残りは一つ。

 

ステルクの治療も、一月ほどで終わると聞いている。それならば、きっと大丈夫な筈だ。

 

クーデリアの手伝いが必要な作業は、まだある。

 

特に湧水の杯は、緻密な研究が必要になってくるはずだから、最後まで残しておいた方が良い。

 

栄養剤の調合を、先に済ませておく。

 

錬金釜に向かって、中間液の混ぜあわせをしていると。リオネラが、後ろから声を掛けてきた。

 

「ロロナちゃん、本当に、疲れとか、溜まってない?」

 

「うん、へっちゃらだよ。 なんで?」

 

「ううん、何でも無い」

 

リオネラが悲しそうにしているけれど。どうしても理由が推察できない。何か、あったのだろうか。

 

ステルクとクーデリアは無事なことも、じきに復帰出来ることもわかっている。悲しむ時期は終わった。帰ってきた二人を、笑顔で迎えてあげるべきなのだ。

 

調合が仕上がる。

 

出来た栄養剤を、順番に樽詰めしていく。夕方までに、5樽分が出来た。

 

それぞれ用途別に分けた栄養剤である。もしもまた大規模な開拓作業が始まったときには、すぐに量産できる体制も作っておきたい。だから、マニュアルの整備と、実際に調合して効果を試せるようにすることは重要だ。

 

すぐに、王宮へ運んでいく。エスティは今日はおらず。その気が弱そうな妹さんが、受付に立っていた。

 

何でも、騎士団は皆出払っているという。

 

おそらく、スピアが余計な事をして来ているのだろう。モンスターの退治なら、ロロナも引き受けたい。

 

やたら手際が悪い受付のせいで、少し時間は掛かってしまったけれど。

 

無事に納品は終了。

 

次だ。

 

耐久糧食については、圧縮パイと、ネクタルの配分が重要になる。更に、包み紙としてのゼッテルにも、改良の余地がある。

 

圧縮してなお美味しく、栄養があるパイは、流石に今のロロナでも難しいけれど。

 

ゼッテルは、それこそ山のように調合してきた。しかもクーデリアが、どういう素材を使えば、よりよくなるかをしっかり記憶してくれている。ロロナ自身も、だいたいは勘でわかる。

 

今回は、素材も充分に揃っている。

 

以前のものとは、根本的に違う耐久糧食を作る事が可能だ。

 

調合の準備を始める。

 

ホムが、ふらついているのが見えた。

 

リオネラが支えて、寝室に運んでいく。どうしたのだろう。また、ロロナより先にばてるなんて。

 

ホムは少し前のクーデリアが、自分より強いと太鼓判を押していたほど、身体能力が優れているはずなのに。

 

何かの病気だろうか。

 

それなら、師匠に見てもらわないと、直せないかも知れない。

 

寝室からリオネラが出てきた。ロロナに、抗議の目を向けてくる。

 

「どうして! 気付いてあげられないの!」

 

「えっ!?」

 

「ホムちゃん、ロロナちゃんにつきあって、ずっと作業していたんでしょ? 体力がもつわけないよ!」

 

「……そんな」

 

困り果てて眉を下げたロロナから、リオネラが視線をそらす。

 

どうしたのだろう。

 

何だか、急激に物事が、かみあわなくなりつつある気がした。

 

 

 

クーデリアがアトリエに来る。

 

すっかり体の調子は良いようだ。この辺りは、アーランド人なだけのことはある。ロロナが笑顔で、無事で良かったというと。

 

クーデリアは、渋い顔をした。

 

「リオネラから聞いているけれど、様子がおかしいわね」

 

「え、わたしが?」

 

「とりあえず、作業工程はあたしが作るから。 ちょっと見せて」

 

言われるままに見せる。

 

作業工程そのものは、以前クーデリアと一緒に作ったものだ。それほど無理がある内容では無い、筈なのだけれど。

 

「休憩がごっそり削られてるけど、これは」

 

「うん、体が軽くて、頭も働いて仕方が無いの。 だから休憩、削ってみたんだけど」

 

「駄目、戻して」

 

「ええー」

 

クーデリアまで、そんな事をいうのか。

 

だが、リオネラも、ずっと厳しい表情のままだ。二人がそう言うのならば、仕方が無い。リオネラとクーデリアは、前は良く対立していたのに。どうしていつの間にか、結託してロロナにこんな事をするようになってしまったのか。

 

とにかく、言うとおりに、行程を直す。

 

この様子だと、徹夜も出来なくなる。ちょっと、面倒かも知れない。

 

いずれにしても、クーデリアが来れば百人力だ。

 

さっそく、どう改良するかの図を見せる。

 

リオネラも、内容を見た。圧縮するパイには、いろいろな旨みの成分を凝縮して入れる。通称、一なる粉。

 

これだけで、だいたいの料理が美味しくなるという、究極の調味料。幾つかの文献から情報を集めて、この間の課題前に調合に成功した。ただ、まだまだこれ自体は改良が見込める。

 

何度か試してみて、実際に味がどうなるか、確認する必要もあるだろう。

 

これについては、綿密な実験が必要だ。だから、クーデリアが来るまで、残しておいたのだ。

 

「最初は普通にパイに入れる適正量を……」

 

「問題はこの一なる粉が、圧縮時に変質しないか、だけれど」

 

「うん、それは多分大丈夫だと思う」

 

実のところ、何度か一なる粉に対する実験はしているのだ。

 

この粉そのものは、非常に安定していて、焼こうが煮ようが、変な味になることはないと、証明できている。

 

問題は、料理に混ぜて使った場合だ。

 

それだけは、まだよく分からない。

 

今までのノウハウがあるとはいえ、新しく主軸に使うものに関しては、まだわからない部分が多いと言うのは、充分な不安要素だ。

 

だからこそ、クーデリアを待ったのである。

 

早速、今回使うパイを焼く。

 

痛みやすくなる素材は使わない。

 

干し肉や乾燥フルーツといった、簡単には傷まない素材を用いる事で、更に耐久性そのものをあげるのだ。

 

含ませるネクタルの量も、以前とは微妙に変えてある。

 

最初に焼いたパイ自体を、皆で試食。

 

非常に味が薄い。

 

これから圧縮するのだから、当然だ。

 

更に、その間に、包装に用いるゼッテルを引っ張り出してくる。此方も改良を進めてあり、生半可な事では痛まない。

 

今度は作ったパイを圧縮。

 

その間に、ゼッテルについて、説明をしておく。

 

外側に用いる耐水ゼッテル。これに関しては、何種類かの薬品を塗ることで、浸水を防ぐ。一方で、内側には、耐水ゼッテルは使わない。

 

また、何層かにしてある。

 

真ん中のゼッテルは、少し耐久性をあげていて、小さな魔法陣を書いてある。

 

遮断のエンチャントだ。

 

「なるほど、これなら大概の環境には耐えられそうね」

 

「魔法陣の内容も難しくは無いから、多分駆け出しの魔術師が、片手間に作れるはずだよ」

 

「つまりそういった層の、小遣い稼ぎにもなると」

 

「うん。 問題は量産する場合だけれど」

 

幾つかの問題を詰めていく。

 

そうこうしているうちに、パイの圧縮が仕上がった。

 

炉から出して、皆でまず食べてみる。

 

今までの耐久糧食の圧縮パイよりも、数段美味しくなっている。しかもネクタルの味を感じさせない。

 

ただ、少しぱさついているように、ロロナには思えた。

 

耐久糧食の肝は、食べて喉が渇かない、と言うことにある。食べた後にぱさついてしまっていては、その肝が潰されてしまう。

 

「これは駄目ね」

 

「くーちゃんもそう思う? やっぱり、ちょっと水分が足りないね」

 

「もったいないなあ」

 

リオネラが眉をひそめた。

 

勿論、無駄にはしない。元々圧縮してあるから、掌サイズだ。皆ですぐに分けて、食べてしまう。

 

最初のレシピを改良。

 

多分、一なる粉を入れた影響だ。一なる粉が、水分を飛ばす役割を果たしてしまったのかも知れない。

 

いっそのこと、一なる粉は、圧縮した後に振りかけるか。

 

それも手の一つだろう。

 

クーデリアに相談しながら、何種類かレシピを造り、すぐにパイを焼いてみる。

 

やはり圧縮前は、かなり味気ない。炉で同時に何個かの試作品を圧縮しながら、ロロナは他の作業を、並行で進めていった。

 

第二陣が焼き上がる。

 

皆で分けて食べてみる。

 

やはり、焼く前に一なる粉を入れたパターンは。ぱさつきが出る。

 

どうしてかはわからない。

 

或いは、一なる粉が、水分を吸ってしまうのかも知れない。

 

そうなってくると、パイそのものの種類を変えていく必要があるか。

 

外側に、ちょっと堅めの皮を作って、内側にしっとり柔らかい部分を作る。そして、一なる粉は圧縮後、皮の部分に掛ける。

 

すぐにレシピを書く。

 

これでも作ったパイの種類は既に百を超えているのだ。このくらいのレシピ改造くらい、すぐである。

 

作業の合間に、ホムにゼッテルを生産してもらう。

 

素材は、山ほどある。

 

生産自体には、困らない。

 

黙々とパイ生地をこねていると、リオネラが咳払いした。

 

「そろそろ、休憩の時間だよ」

 

「うん、じゃあこのパイを焼いている間に、休むね」

 

クーデリアにも言われ、リオネラにも怒られてしまっては、仕方が無い。

 

本当はもっと働きたいのだけれど。普段温厚なリオネラがあんなに怒るくらいなのだ。こればかりは、どうしようもなかった。

 

パイを炉に突っ込んだ後、ソファに座る。

 

リオネラが、甘いお菓子を外で買ってきた。ティファナのお店で売り出した新作らしい。とはいっても、ティファナ自身が焼いたわけでは無くて、幾つかの小売り先から仕入れているもののようだけれど。

 

食べてみたが、どうやら内部に魔法陣が仕込まれているようで、非常に新鮮な甘みがした。

 

素材の品質を保つための工夫というわけだ。

 

焼き菓子なのだが、慎重に開いてみると。なるほど、中の生地に、焼きごてを使って魔法陣が書かれている。

 

耐久糧食に用いる圧縮パイには使えない手法だ。

 

「これは、面白いね」

 

「良いから、今は休む」

 

「……」

 

ロロナが腰を浮かせかけたのを見て、クーデリアがぴしゃりといった。

 

流石だ。

 

ロロナが、レシピに応用できないかと思ったのを、即座に見抜いたのだろう。リオネラが、お茶を淹れてくれる。

 

とても美味しく淹れられていて、感心した。

 

お砂糖もミルクも、ロロナの好みの量どんぴしゃである。この辺りは、リオネラの細かい気配りがうかがえて、とても嬉しい。

 

お茶菓子を食べ終えた後、言われるままゆっくりする。

 

自覚症状は無いのだけれど。

 

これだけクーデリアが血相を変えるのだ。余程何かおかしい状態なのだろう。そう判断するしか無い。

 

「昼寝した方が良いかもしれないわね」

 

「え、そんなの、流石に怠けすぎだよ」

 

「あんたは、ちょっとは静かにしてなさい。 リオネラ、どう思う?」

 

「お師匠様に、睡眠導入剤と、眠りへ誘う魔術を聞いてくる。 ロロナちゃん、お願いだから、眠るときは眠って」

 

そう言われてしまっても、困る。

 

ただ、眠れないという訳では無い。眠っても、あまり体に変化が感じられない、というだけなのだ。

 

ただ、リオネラは顔をくしゃくしゃにしていて、泣きそうなのだ。ならば、休むしか無い。

 

規定の時間が過ぎたので、作業に戻る。

 

早速、圧縮パイを焼いてみるけれど。炉から取り出したパイは、割れてしまっていた。

 

表面を硬くしたパイの場合、圧縮が難しい事は知っていたけれど。中身のしっとりした柔かさを保全したまま、表皮の硬さを保とうとすると、こうも難しいのか。

 

他にも、色々と試してみる。

 

パイに関しては、ロロナが他の錬金術師に一歩も二歩も先んじている自負がある。ただ、それでも過去の業績は偉大だ。調べて見ると、何かわかるかも知れない。

 

それに、割れてしまっているとは言え、この場で食べる分には問題ない。外側に一なる粉を振りかけて食べてみると、充分以上に美味しい。あまりそうな分は、近所の家にお裾分けして行く。

 

無駄に捨てるのは、止めておきたいからだ。

 

パイの表皮の硬さを調整して焼いてみる。

 

半生の状態にしても、他と堅さが違うと、どうしても圧力が集中して、砕けてしまうらしい。

 

しかしながら、最初からものすごく硬くしてしまうと、圧縮後に歯が立たなくなってしまう。

 

クーデリアが、できあがり品のデータを取りながら、まとめてくれる。

 

「これは思ったよりもずっと難しいわね」

 

「うん。 結構技術がついてきたと思ったのに」

 

「その一なる粉が全ての原因じゃ無いの? 今までのレシピでも、充分に美味しいものは作れるんだし、ゼッテルの包装だけ改良するのもアリよ」

 

腕組みして、小首を捻る。

 

それでも良いのだけれど。

 

何だか、悔しいのだ。

 

実際問題、包装部分については、とっくに完成している。しかも、実証実験も済んでいる。

 

今まで採取地に持っていった際に、様々な工夫を凝らしてきている。それらの集大成になるわけだから、問題は無い。

 

ホムが、ゼッテルを大量に仕上げてくれた。

 

品質も問題ない。

 

以前とは、使っている魔法の草の品質が根本的に違うのだから、当然だ。今使っている魔法の草は、シュテル高地の奥地で取れるものを厳選している。そして、これで上手く行った後、近くの森などで取れるものに素材をグレードダウンして、品質を出来るだけ近づけるように、工夫しているのだ。

 

処置も、ある程度はホムに任せようとロロナは思ったけれど。

 

ただ、ホムがぐったりしているのが、気になった。

 

「どうしたの? 疲れた?」

 

「はい。 ここのところ、マスターの方が、ホムよりも体力があるように感じます」

 

「感じるじゃ無くて、あるのよ。 其処まで燃え尽きる前に、自己申告しなさい」

 

「……はい」

 

クーデリアに促されて、ホムが休む。休む前に、ホムは悲しそうにロロナを見た。殆ど感情が顔に出ないホムだから、ちょっと驚きだ。

 

大きくクーデリアが嘆息した。

 

「あんた、このままじゃ、あのホムンクルスまで死なせるわよ」

 

「そんな、くーちゃんってば、大げさだよ」

 

「気付いてないのは、本当に重症だわ」

 

リオネラが青ざめている。

 

何か、何処かで聞いたのだろうか。会話の流れからして、ロロナに何が起きているのか、師匠にでも聞いたのかも知れない。

 

だとすると、色々と面倒だ。

 

きっとろくでもない事を、吹き込まれたのだろうから。

 

作業を再開する。今日中に、表皮が硬いパイを圧縮して、硬くて歯ごたえの良い外側と、しっとり柔らかくて喉が渇かない内側。それに、一なる粉を完成品に振りかける事で、味を良くする。以上の行程を、終わらせてしまいたかった。

 

 

 

早朝。

 

ロロナは夜半手前に無理矢理クーデリアに眠らされて、ベッドに突っ込まれた事を思い出した。

 

当のクーデリアは、おそらく雷鳴の所だろう。あれだけ酷い怪我をした後だ。リハビリ代わりに修行しておかないと、腕も鈍ってしまう。

 

起き出した後は、顔を井戸水で洗った。冷やしておいた井戸水を呷る。

 

以前は、こういう作業が、リフレッシュを促してくれたのだけれど。

 

今では、起きたときにはもうからだが覚醒してしまっていて、あまり代わりがあるようには思えなかった。

 

リオネラもいない。

 

彼女は多分、クーデリアと示し合わせて、先に上がったのだろう。帰るところは見なかったけれど、それくらいは推察できる。

 

ただし、普段と違う事もあった。

 

珍しく、師匠が朝から起きてきている。

 

何か調合しているようだけれど。作業は、すぐに終わった。

 

作業を横目に、てきぱきと着替える。錬金術師の正装に着替え終えた頃には、師匠は錬金釜から、携帯用フラスコに、怪しげな液体を移動させていた。スポイトで採っては、何回かに分けてフラスコに移している。手際は非常に良くて、まだまだロロナではこの人に及ばないと悟らされる。

 

「珍しいですね、師匠がアトリエで調合するなんて」

 

「あくまで私用に使うものだ。 ホム、釜を洗っておけ。 念入りにな」

 

「はい、グランドマスター」

 

師匠が持っていたのは、淡く光る液体だ。

 

あれを飲むのは、流石に今のロロナでもぞっとしない。

 

無造作にアトリエに誰か入ってくる。見覚えが無い子供だ。綺麗な顔立ちをしていて、何度か見かけたことがある。

 

「ん? 用が無い限りここには来るなと教えてあるはずだが」

 

「マスター、緊急事態です」

 

「ふむ……」

 

師匠は自室に薬を置くと、子供と一緒に出て行った。ほぼ間違いなくホムンクルスだろう。何か大きな事が起きたと見て良い。

 

外から声が聞こえてくる。

 

パラケルススと、子供は呼ばれていた。

 

足運びを見る限り、他のホムンクルス達よりも、一段上の使い手に設定されているようだ。

 

それに、何だか嫌な予感がする。

 

すぐに、師匠が戻ってきた。

 

「面倒くさい事になった。 私は数日、アトリエには戻らん」

 

「スピア連邦に関連することですか?」

 

「さあな。 だがどちらにしても、放置する訳にはいかん案件だ。 留守にしておくのは……まあお前はもう一人で放って置いても大丈夫だろうから、心配はしていないがな」

 

ロロナに内容を教えてくれないという事は、それだけろくでもないことなのだろうと言う事は、間違いない。

 

すぐに荷物をまとめて、師匠が出ていく。

 

アトリエの外を見ると、数人のホムンクルスが、武装したままいた。つまり、実戦があるのだろう。

 

リオネラが来たのは、直後のこと。

 

彼女はなにやら、魔術の道具らしいものを持ってきていた。ロロナが聞くと、強制睡眠導入用の魔術が掛かったものだとか。彼女の師匠に借りてきたのだという。

 

形態的には、小型の針を撃ち出す、片手で扱えるボウガンのようになっている。

 

これを撃ち込んで、眠らせるのだという。

 

「戦闘時に、モンスターを眠らせるくらい強力なものよ」

 

「ちょっと、ええと。 あの、それをわたしに撃つの!?」

 

「うん。 だってそうでもしないと、ロロナちゃん寝てくれないもの。 これ以上、絶対に無理はさせられない」

 

即答したリオネラの目が完全に据わっている。流石にロロナも、笑顔が引きつる。

 

落ち着いてと言おうと思ったけれど。ロロナの事を思っての行動だから、それ以上文句は言えなかった。リオネラは本気だ。ロロナの様子がおかしいから、何をしてでも止めようと、考えた末の行動だろう。

 

ロロナには自覚が無いのだけれど。やはり、それだけ、本当に調子がおかしいのだとみて良いだろう。

 

此処まで来ると、そう判断する他ない。

 

スケジュールを確認。

 

今日も色々と実験をして、作業を進めるのだけれど。その合間に強制的に休みを入れられた。

 

抗議出来る雰囲気ではなかったので、しぶしぶ受け入れるしかない。

 

昨日の実験の続きをはじめると。リオネラはホムと何かをはじめていた。横目で見ている限り、物騒なことでは無さそうだけれど。

 

パイはすぐに焼き上がる。

 

そして、圧縮すべく、炉の設定を切り替え。中に放り込んで、次のパイに取りかかる。もう、こうなると好きも何も無い。

 

完全に作業だ。

 

クーデリアが来る前に、昨日の積み残しは片付けておきたい。

 

しかし、作業と割り切ると、効率が上がるのも事実。

 

圧縮パイが仕上がった。

 

やはり、表皮がひび割れている。これも駄目か。リオネラが、罅の状態をメモしてくれた。

 

「わたしの後に続く錬金術師が、こういうデータを参考にしてくれるのかな」

 

「きっとその筈だよ」

 

リオネラが嬉しそうにはにかむ。

 

ただし、その腰には、ボウガンがくくりつけられたままだ。

 

トラウマを克服したリオネラだけれど。ひょっとして将来特定の相手が出来たら、滅茶苦茶相手を拘束するのかも知れない。

 

次のパイが焼き上がる。

 

すぐに圧縮行程に掛かる。勿論、全てレシピは変えてある。

 

昼までに、二十三枚のホールパイを作った。その内、二つがひび割れを克服。ただしどちらも、表皮がさほど硬くない。

 

これでは、一なる粉を後から掛けても、あまり意味が無いだろう。

 

クーデリアが来たのは、昼少し過ぎ。

 

疲れが残っているように見えた。

 

雷鳴の所で、壮絶な訓練をしているのだろう。聞いてみると、その通りだった。

 

「クロスノヴァの改良をしようと思っているのよ」

 

「あの必殺技?」

 

「そう言いたいところだけれど、この間レオンハルトを殺しきれなかったし、まだまだ必殺と言うには足りないわね」

 

敵への飽和攻撃と、強力な魔術を込めた弾丸による制圧力という点では素晴らしいと、雷鳴は太鼓判を押してくれたという。

 

ただし反動をどうにかしないと、実戦では使用するための場が限られすぎる。

 

今、幾つか緩和策を考えていて、雷鳴と一緒に練習中だという。

 

クーデリアが、今日の実験結果を見る。

 

目を留めたのは、ひび割れてしまった一つだ。

 

複層にして焼いたパイなのだけれど。表皮はかなり硬くなっていた。しかも、上手い具合に中のしっとり感を閉じ込めることに成功している。

 

これなら、長期的にも保つ。

 

しかし、ひび割れてしまうと、やはり其処から状況が変わってしまう。如何にネクタルを練り込んでいるとは言え、痛んでしまう可能性もある。

 

「何も圧縮前に硬くしなくても良いんじゃ無いの?」

 

「ううん、素材だけを変えて作って見ろって事?」

 

「そういうこと。 堅さが他と違うから、圧力が変に掛かってひびが入るっていうんだったら、他と同じ柔らかさで、圧縮すれば堅さが変わるっていう風にすればいいんじゃないのかしら」

 

リオネラは、口出ししてこない。

 

黙々と笑顔のまま、メモを取っている。

 

彼女が機嫌良くしている理由は、先ほどクーデリアが来る少し前に、ロロナが予定通り休憩を取ったからだ。

 

というよりも、そうしないと、睡眠針で撃たれるところだった。

 

クーデリアの意見を元に、作業を進めていく。

 

レシピを改良して、最初のものを焼き上げる。早速圧縮。

 

完成品を炉から引っ張り出したときには、夕刻になっていた。

 

ひび割れていない。

 

口に入れてみると、かなり良い感じだ。味は悪くない。外はぱりぱり、中はしっとり。しかも複層の皮が水分の浸透を防いでいる。これならば、長期間品質が変わらずに保つはずだ。

 

何回か同一レシピで焼いてみて、同じものが作れることを確認。

 

一なる粉を掛けて食べてみると、更に美味しくもなる。これは、パイ自体は完成とみて良いだろう。

 

問題はこの後の耐久実験だ。

 

さっそく用意しておいたゼッテルに包んで、外に。

 

魔法陣を書いて、何種類かの環境を再現した実験スペースに置く。酷暑、酷寒、湿気、腐敗物、いろいろな要素に耐え抜けるようでないと、戦場で耐久糧食になどなりえない。ただ、此方の耐久実験については、さほど心配はしていない。

 

使用するゼッテルは、今まで何度も改良して、外で実績を確認しているものばかりだからだ。

 

問題は、中のパイである。

 

ゼッテルに仕込んだ魔法陣の中には、環境安定も含まれる。これはゼッテルで包んだパイそのものに作用するから、湿気が皮を腐食させる事も防いでくれる。事実、今までの実績で確認済みだ。

 

ただ、此処までゼッテルにいろいろな処置を施すと、量産の際に邪魔になるかも知れない。

 

ロロナは簡単に作れるけれど。

 

工場で量産する際に、何か簡略化する工夫が必要かも知れなかった。

 

魔法陣に試作品をセットして、パイについては完了。

 

次は大砲か。

 

大砲については。幾つかの案がある。実際、最初に納入したものよりも、今は良いものを作れるはずだ。

 

問題はその次。

 

「湧水の杯の改良ね」

 

クーデリアが、核心に触れる。

 

恐らくは、今回の課題における、それが最大の難関になる筈だった。







戦略物資の量産開始……!

それは今までにないアーランドの戦略的な活動に関わることを意味しています。




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