暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

112 / 121



ついにくーちゃんが恨み重なる毒親と決着をつけるときが来ました。

立ち会いが必要とされたのは、そのままだとぶっ殺しかねないからですね。

くーちゃんもそれを判断する理性は残っていた、ということです。





1、積年の決着

クーデリアから、立ち会いをして欲しいと、ロロナは言われた。

 

何かは、聞き返すまでも無い。

 

この間言っていたことだろう。

 

決闘だ。

 

決意を固めたクーデリアと一緒に、屋敷に歩く。彼女は、正装である上仕立ての服を完璧に着こなし、絹製の手袋を手にしていた。貴人を相手に決闘を申し込むのだ。高級品でなければ、失礼に当たる。

 

ロロナの親友の目は燃えるようで、既に完全に臨戦態勢に入っている。

 

積年の恨みを晴らすときなのだ。

 

どれだけの憎しみと怒りをクーデリアが蓄積してきたか。他ならぬロロナが、一番よく知っている。

 

クーデリアの家族は、あまりにも酷薄だった。

 

あの悲劇の後、家に戻ったクーデリアは、冷酷な家族によって、ずっと苦しめられてきた。

 

兄姉達は、クーデリアが自身で叩き伏せた。そして相続権を奪い去り、放逐した。今、フォイエルバッハ家を離れたクーデリアの兄姉達は、それぞれ普通の戦士やら、騎士やらとして暮らしているらしい。いずれにしても、現在のクーデリアとの戦力差は歴然。決闘を申し込まれても、余裕を持って撃退できるだろう。

 

問題は、フォイエルバッハ卿だ。

 

昔、野獣と言われた男。極めて狡猾で残忍な戦い方をするが故に、味方からも怖れられた人物である。

 

戦士として名をあげた後は、経済に力を置いて、起業を成功させた。

 

勿論武勲もあるけれど。このような屋敷に住むことが出来ているのは、その狡猾な人柄で、お金を稼ぎ続けたからだ。

 

勿論、立会人はロロナだけではない。

 

クーデリアに親しいロロナだけでは、決闘が不平等だと見なされるからだ。他に何名か、有名な戦士が立ち会う筈である。ただ、具体的な面子は知らない。

 

既に、決闘の下準備は出来ているという。

 

屋敷に着いた。

 

玄関を抜けて、庭に入る。

 

此処は訓練所も兼ねていて、戦う事が可能なのだ。

 

緊張した面持ちで、エージェントやメイドの人達が、クーデリアとロロナを出迎えた。エージェントの長であるアルフレッドが、クーデリアに深々と頭を下げる。

 

「既に立会人の手配は済んでおります、お嬢様」

 

「ありがとう。 でも、今日、この決闘が終わった後は、お館様と呼んでもらうわよ」

 

「ええ、そう願いたいものです」

 

クーデリアの望みは。

 

このフォイエルバッハ家の、当主の引退。

 

つまり、父を権力の座から、引きずり下ろすこと。

 

実際の所、彼女に権力欲は無い。それはロロナが一番よく知っている。クーデリアは、潰したいのだ。

 

自分にとって、全ての災厄の象徴である、この貴族の家を。

 

当主になった後は、貴族の称号を返上するつもりだとも、クーデリアは言っていた。

 

屋敷から、フォイエルバッハ卿が出てくる。

 

相変わらず、険しい表情のお爺さんだ。全身が筋骨たくましく、今でも充分に一線級で戦えることを、その肉体で示している。彼は厳しくスーツで身を覆い、一分の隙も周囲に見せていない。

 

この人と話したことは、ロロナはない。

 

ただ、笑っているところも見た事はない。クーデリアに、酷い事をいったり、している所しか、見た記憶がない。

 

だから、好きな人ではない。

 

ただ、嫌いだからといって、死んでしまえとか、そんな風には思わない。どうしてクーデリアに酷い事ばかりしてきたのか、それだけが悲しい。

 

「何事だ、これは」

 

中庭に勢揃いしているエージェントとメイド達。

 

そして、正装したクーデリアは。躊躇うことなく、父に手袋を投げつけていた。

 

「わかっているんでしょう、お父様。 いいえ、今日からご隠居と呼ばせてもらうわ、フォイエルバッハ卿ウォーレン!」

 

「笑止! その程度の力量で、この私に決闘を挑むというか! 馬鹿息子共を撃退したことで、調子に乗っているようだな……」

 

戦士としての顔を、気むずかしいフォイエルバッハ卿がむき出しにする。

 

スーツの上着のボタンを外すと、脱ぎ捨てる。シャツ越しにも、歴戦に鍛え抜かれた凄まじい筋肉が見て取れた。

 

何人か、庭に入ってくる。

 

驚いたのは、いずれも名が知れている人ばかりだと言う事だ。リオネラの師匠を務めている有名な魔術師もいた。アーランドの最重鎮である騎士団長に、それにメリオダス大臣までいる。

 

全員が正装している。

 

これは、完全に、クーデターだ。

 

「決闘の立会人の皆様には、条件確認をしていただきます!」

 

アルフレッドが、声を張り上げる。

 

つまり略式ではない。

 

互いの願いがはっきりしている場合、略式で決闘が行われることがある。この場合は、手袋を投げつけるだけで、決闘開始が成立する。

 

しかし今回は、国家の重鎮であるフォイエルバッハ卿の地位に関わる事だ。だから、正式にやるというわけだ。不正が一切許されない場で、徹底的に叩き潰すという意思表示である。

 

クーデリアが、高らかに宣言した。

 

「あたしの望みは、フォイエルバッハ卿ウォーレンの引退! 家督の譲渡!」

 

「ふむ、明確極まりない」

 

既に年老いて、戦士としては引退を間近にしている騎士団長が、白い髭だらけの顎を撫でた。

 

ロロナも、分かり易いと思ったので、条件確認に同意した。

 

一方、フォイエルバッハ卿も、声を張り上げる。

 

「私の望みは、この不出来な娘の、望みを叶えないこと! 私は私が望むまで、当主の座につく!」

 

「これまた分かり易い」

 

「どうでも良いが、さっさとはじめてくれぬかな」

 

騎士団長は、フォイエルバッハ卿の言葉に、大いに頷いた。ロロナもそれに同意する。

 

一人冷めた様子のメリオダスが小声で文句を言う。

 

彼は戦士階級ではないし、こういった血と汗が飛び散るような儀式は、或いは好きではないのかも知れない。ロロナは、不満げな大臣を横目で見て、苦笑いしてしまった。隣にいるリオネラの師匠も、くすくすと笑っている。

 

ロロナが見たところ、フォイエルバッハ卿は強い。

 

しかし、クーデリアの実力は、今やそれをわずかに凌いでいる。

 

だが油断は禁物だ。相手は歴戦の猛者。長く戦士として前線に立っていなかったとは言え、この国でも有数の戦士として、名を鳴らした強者だ。その蓄積した戦闘経験値は、尋常な次元ではないだろう。

 

此処からは、口出し手出し、いずれも無用。

 

ロロナは、クーデリアを信じる。

 

「決闘、開始、よろしいか!」

 

アルフレッドが、手慣れた様子で声を張り上げる。

 

クーデリアが頷く。

 

フォイエルバッハ卿が、獣のように低く応えた。

 

「異議など無い! どこからでも掛かってこい、不肖の馬鹿娘がっ!」

 

決闘開始の合図と、それがなった。

 

いきなり、クーデリアの姿がかき消える。フォイエルバッハ卿が右手を振り上げる。頭上から強襲してきたクーデリアの蹴りを、老貴族が丸太のような腕で防ぐ。地面に、ひびが入るほどの一撃。

 

これは、クーデリアは、延髄を砕くつもりで蹴り込んでいる。

 

場合によっては、殺す事も辞さないつもりだ。

 

飛び退くと、クーデリアは複数の残像を残しながら、父へと迫る。ドラゴンと接近戦をするほどにまで成長した彼女だ。人間を相手に臆することなどない。豪腕一閃、フォイエルバッハ卿が、左に回り込んできたクーデリアを迎撃。

 

弾かれたクーデリアを、更に追撃。前蹴りが、うなりを上げる。

 

だが、真横にずれることで、クーデリアがかわす。踵落とし。それも、横っ飛びに避けてみせる。

 

不意に、左へ肘撃ちを叩き込むフォイエルバッハ卿。空気を蹴散らすような、猛烈な一撃だ。

 

だがそれは、クーデリアの体を捕らえることなく、残像を抉るのみ。吹っ飛ばされたのは、空気ばかり。

 

クーデリアが少し離れた所に着地。

 

発火するほどの視線が、ぶつかり合う。

 

ロロナは息を呑む。

 

かなりのハイレベルな攻防だ。クーデリアの攻撃を的確に読んでいるフォイエルバッハ卿は、やはり強い。

 

クーデリアも、まだ本気を出していない様子だが。そろそろ、更にギアを上げていくことだろう。

 

いきなり、クーデリアがフォイエルバッハ卿の顔面に、飛び膝蹴りを叩き込んでいた。普通だったら、鼻骨を砕かれるほどの一撃。だが、歴戦の猛者は、凄まじい打撃音を立てながらも、掌で娘の蹴りを受けきってみせる。

 

その受けられた勢いさえ利用して、クーデリアが態勢を変える。

 

父の頭を掴むと、体を捻って、今度は延髄に蹴りをたたき込みに掛かった。だが、これも防がれる。しかし、掌だけで、今のクーデリアの一撃を防ぎきるのは難しい。体が、前のめりになる。

 

着地。

 

クーデリアが、前に加速。

 

父の膝に後ろから蹴りを叩き込む。だが、敢えてフォイエルバッハ卿は不意に身を低くし、膝でクーデリアの蹴りをつかみに掛かるという奇策に出た。慌てて一歩引いたクーデリアに、続けざまに豪腕が襲いかかる。抉ったのは残像。だが、擦ったのを、ロロナは確かに見た。

 

吹っ飛ばされたクーデリアが、右手を押さえている。

 

それに対して、フォイエルバッハ卿は、手を振りながら立ち上がった。

 

いや、あれは。

 

指が数本折れている。

 

流石にあの無理な体勢で、必殺の蹴りを防いで、無事では済まなかったか。

 

身を低く沈めるクーデリア。無理矢理折れた指を折り曲げて拳に固めると、来いと叫ぶフォイエルバッハ卿。

 

どうしてだろう。

 

戦士としての姿を見ている限り、そんなに卑怯な人だとは思えない。今までクーデリアを虐げてきた残酷な父親とは、どうしても存在が被らないのだ。本当にこの人は、噂通りの存在なのだろうか。

 

クーデリアは、まったく遠慮しないどころか、本気で殺すつもりで殴りかかっている。それを、真正面から受けて立つフォイエルバッハ卿。積年の恨みから考えれば当然の話で、クーデリアにしてみれば、全ての恨みの元凶だ。決闘に乗じて、本気で殺す気なのかも知れない。

 

だが、殺してしまうと、決闘は負けになる。しかもそうして死んだ戦士は、例え生前がどれだけのゲスであっただろうと、名誉の存在として扱われるのだ。クーデリアには、最も望まないことだろう。

 

クーデリアを止めたいとロロナは思ったけれど。

 

外部からの干渉があった場合も、決闘は負けになる。もどかしい。こんな時、親友のために、何も出来ない事が。

 

少しずつ、力の差が出始める。

 

クーデリアは、ずっと父との戦力差を計っていたはずだ。この日を迎えるために。この時に勝つために。

 

今日、戦いを挑んだのも、勝てるという確信があったから。

 

クーデリアの拳が、ついに父の鳩尾に叩き込まれる。それも一発や二発では無い。小柄なクーデリアだが、今の彼女の一撃は重い。跳び離れる。フォイエルバッハ卿の拳が、少し遅れて、クーデリアのいた場所を抉っていた。

 

まだ、フォイエルバッハ卿は、片膝を突かない。

 

呼吸を整えながら、クーデリアが構えをとる。

 

「その程度で、終わりか」

 

フォイエルバッハ卿はそう強がるが、疲弊はロロナの目から見ても明らかだ。やはり年齢もあるし、戦場から離れていたブランクもある。体が思うように、トップギアに持って行けないのだろう。

 

フォイエルバッハ卿が全盛期だったら、クーデリアはまだまだ勝てなかったかも知れない。

 

しかしビジネスマンとして戦いの場から離れて、年月を重ねてしまったことが、命取りになっている。

 

「そろそろ勝負がつくな」

 

「そうあってほしいものですな」

 

騎士団長と、メリオダスが、小声で話し合っている。

 

特にメリオダスは、「野蛮な殴り合い」がとことん嫌いらしく、見ていて露骨に顔を歪めていた。

 

再び、クーデリアが仕掛ける。

 

左右にステップしながら、相手の左後ろに回り込む。抉りあげるような蹴りを、無理な体勢から繰り出すフォイエルバッハ卿。擦る。だが、クーデリアは、その瞬間、完全に上を取っていた。

 

踵落としが、フォイエルバッハ卿の脳天を直撃する。

 

更に顔面を掴んでの、膝蹴りがはいる。まるで羽でも生えているかのような、空中での連撃だが。

 

一撃一撃が重くて、血がしぶく。

 

戦いは華麗でも何でもない。

 

根本は殺しあいだ。

 

クーデリアを払いのけようとするフォイエルバッハ卿だが。もはや、勝負はついた。更に岩でも砕くような音と共に側頭部にクーデリアの蹴りが叩き込まれると、それが決め手になる。

 

前のめりに、フォイエルバッハ卿が倒れ込んだ。

 

騎士団長が動く。

 

倒れたフォイエルバッハ卿の首をへし折ろうと、クーデリアが上空からの蹴り降ろしを叩き込もうとしたからだ。だが、騎士団長よりも更に早く、アルフレッドとロロナが動いていた。

 

訓練用の槍を使って、クーデリアの蹴りを前から防ぐアルフレッド。

 

ロロナは、後ろからクーデリアを抱き留めて、蹴りを叩き込むのを防いでいた。

 

「……っ!」

 

「落ち着きなされませ。 決闘は貴方の勝ちです。 勝負はついております」

 

「これ以上やったら負けになっちゃう! くーちゃん、落ち着いて!」

 

「わかった、わよ」

 

クーデリアが凄絶な表情を一瞬浮かべたが、やがて動きを止める。

 

フォイエルバッハ卿は、倒れて動けなくなっているが、息はあるようだった。担架が持ってこられて、運ばれていく。

 

魔術師が付き添っているのは、回復の術を掛けるつもりなのだろう。決闘は勝負がついたのだし、これくらいは認められる。

 

「決闘は、クーデリア・フォン・フォイエルバッハの勝利とする」

 

騎士団長が宣言する。

 

ロロナは嘆息する。

 

所詮修羅の世界。戦士である以上、人を殺すことは避けられない。事実、この間クーデリアは、ホムンクルスとはいえレオンハルトの分身を殺している。

 

しかし、この殺しについては、何だか妙な忌避感があったのだ。

 

それに、ロロナにはわかる。

 

何だか、成し遂げた達成感が、クーデリアにあるようには見えなかった。

 

 

 

自室でぼんやりしているクーデリア。

 

ロロナはしばらく一緒にいたが、何だか気が抜けてしまったかのようだった。お茶を出しても、無言で口を付けるだけ。今は一人にして欲しいと言われたので、頷いて、ロロナは部屋を後にする。

 

クーデリアは、ロロナにとっての一番に大事な友達だ。世間で言う比翼の友以外の何者でもない。

 

だからこそに、わかるのだ。

 

それに比翼とは言っても、いつも一緒でいる事が正しいとも思えない。自分だけの時間だって、必要になる。

 

苦しいときには支えてあげたい。

 

だけれども、自分一人で、心を整理したい時だってあるのだ。

 

それに、ロロナだって、今は状況を整頓しておきたい。

 

クーデリアの部屋を出ると、フォイエルバッハ卿の所に向かった。

 

いや、元フォイエルバッハ卿とでも言うべきなのだろうか。既に家督はクーデリアのものだ。

 

この公爵家を潰そうがどうしようが、自由。

 

そもそもアーランドで、貴族の称号などは、名誉的なものにすぎない。金で売買される程度の存在で、其処に誇りやら実権やらはない。フォイエルバッハ卿が国政に噛んでいるのは、歴戦の強者として多くの武勲をあげているからだ。国政に噛んでいる人間は、殆ど爵位などには興味を見せないので、そう言う意味では変わり者だと言える。また、家督を譲ったとは言え、国政への発言権が揺らぐことはないだろう。

 

つまり、これは完全な私闘だったわけだ。

 

不可思議なことが、この私闘にはあった。いや、それだけではない。

 

思い返してみると、フォイエルバッハ卿には、不可解な行動が目立っていたと言える。クーデリアの憎悪に引きずられて見えていなかったけれど。勿論、彼がクーデリアに対して加えていた酷薄な仕打ちは許されることでは無い。今回の件は、起きるべくして起きたことだし、クーデリアの言い分も正しい。それはロロナにはわかっている。

 

ただ、戦いを見ていて、ロロナは思ったのだ。

 

フォイエルバッハ卿は、どうしてあのようなことをしたのだろうと。

 

クーデリアに勝とうとしていたようには見えなかった。

 

そればかりか、ひょっとして。

 

屋敷の一室が、病室になっていた。恐らくは、エージェントやメイド達は、既にこの結果を予想していたのだろう。完璧に医療の態勢が、整えられていた。

 

病室に入ると、既にフォイエルバッハ卿は、意識を取り戻しているようだった。この辺りは、流石に歴戦の猛者である。多少の攻撃を頭にもらったくらいでは、致命に到らないというわけだ。

 

魔術師に話を聞くと、容体は安定しているという。

 

怪我は相応にしているが、回復できない規模のものではないそうだ。頭への打撃も何度か受けているが、それも既に回復済み。

 

この間パメラが話してくれたのだけれど。

 

旧時代の人間は、頭の中で出血すると致命的な事になりやすかったそうだ。

 

アーランド人に限らず、現在の人間は、それがほぼない。脳そのものが、以前の人間とは比較にならないほど頑強だから、だそうである。

 

ただ、それにも限度がある。頑強とは言っても、あくまで旧時代の人間に比べれば、だからだ。治療しなければ、フォイエルバッハ卿は危なかったかも知れない。

 

「席を外してくれるか」

 

「……」

 

魔術師が、フォイエルバッハ卿に機能的に一礼すると、部屋を出て行った。

 

ロロナと、老戦士だけがその場に残される。

 

ベッドの上で、白衣を着せられ、包帯まみれで横たえられていると。如何に筋骨たくましくても。フォイエルバッハ卿は、悪名を轟かせた戦士だったとは思えなかった。何処か、弱々しくさえあった。

 

「くーちゃんに、どうしてあんな冷たい仕打ちばかりしていたんですか」

 

「……君をクーデリアの最大の親友だと見込んで話しておこう。 この件は、他言無用に頼むぞ」

 

椅子があったので、フォイエルバッハ卿の側に座る。

 

やはり、何か事情があったのか。

 

「最初私は、クーデリアに愛情を注いでいた。 あの事故の前までは、だ」

 

それは、知っている。

 

確か、記憶が戻った後の事だ。クーデリアが話してくれたことが、一度だけある。

 

フォイエルバッハ卿は、事故の前は優しかったと。

 

兄姉達は事故の前から酷い扱いばかりをしていたそうだけれど。少なくとも、事故の前までは、フォイエルバッハ卿は兄姉達と同じように、クーデリアを扱っていたのだそうだ。だからこそに、怒りも募っていたのだろう。

 

幼い頃は、親を憎むことが出来ない。

 

これは、子供の精神構造的な問題だ。

 

しかし、虐待が続くと、それも変わってくる。

 

ましてやクーデリアの場合、片親だったという事もあるだろう。愛情を最初受けていたのに、それが一転して虐待に変わってしまえば。憎悪は天文学的にふくれあがっていく事になる。

 

「だが、不幸な事故が起きて。 戻ってきたクーデリアは、廃人同様の有様になってしまっていた」

 

そうだ。

 

クーデリアには、記憶がほぼ綺麗なまま残っていたのだ。それは今だから、知っている事だ。

 

モンスターに蹂躙され、殺戮される恐怖。

 

ホムンクルスの技術を使って、アストリッドに体を修復される過程で、酷い痛みを受け続けた絶望。人間では無くなっていく悲しみ。そして、ロロナを死なせてしまったという罪悪感。

 

それらが全て、幼い女の子の心と体に、のしかかっていったのだ。

 

耐えられるわけがない。

 

「だから、心に火を注ぐ必要があった」

 

「それが、憎悪、ですか」

 

「そうだ。 幸い、愛情は君が注いでくれる事がわかっていた。 当時から、君は無能な子供達と違って、誰よりもクーデリアに近かったし、優しかった。 君と接しているときのクーデリアは、本当に幸せそうにしていたし、家では絶対に浮かべない笑顔も作っていたからな」

 

だから、酷薄な態度を取った。

 

それにどんな状態でも生きていけるように、可能な限り厳しく接した。戦いの技術も、できる限り仕込んだ。

 

なるほど。

 

クーデリアは戦の才が無いと、時々嘆いていた。ロロナから見ても、天才という柄ではなかったし、確かに覚えはあまり早くなかった。

 

だが、幼い頃からの基礎訓練が、最近はものを言っているのだろう。

 

他の兄姉達が、役立たず、出来損ないとクーデリアを嘲笑っている間も、過酷な環境で、クーデリアは努力を続けていた。体を鍛え、技を磨き。来るべきその日に備えて、我が身を抜き身の剣のように鋭く手入れしていたのだ。

 

ロロナと最初に採取に出たとき、クーデリアはウォルフ数体にも手こずっていた。あれは、まだまだ基礎訓練が、花開いていなかったから、だろう。

 

今ではドラゴンとの接近戦まで出来るようになり、大型のモンスターに致命打を与える切り札まで習得している。

 

そして、勝つことができた。

 

そうか。

 

このあらゆる手段を用いてのし上がってきた、獣とまで呼ばれた凶猛な戦士なりの。不器用な愛情の示し方が、あれだったという事か。

 

その結果、クーデリアは一流の戦士にまで成長した。

 

「クーデリアが私を恨むのは当然だ。 だが、私は今、安心している。 兄姉達を押しのけてのし上がり、今私さえ打ち破った。 これで、私は何時でも死ぬ事が出来る」

 

「そんな、そんな事をいわないでください」

 

「くれぐれも、クーデリアには、言わないように頼むぞ。 あの子にとって、私は憎悪の対象。 これから一生憎まれ続けるとしても、構わぬ。 いや、むしろそうでなければ、せっかく生えた若き獅子の牙を、抜いてしまうことになるだろう」

 

ロロナは、それ以上何も言えなかった。

 

憎まれることがこの人の望みであるのだ。尊重しなければ、これほどの手酷い怪我をした意味が無くなってしまう。

 

部屋を出る。

 

この親子の確執は、やはり相当に根深いものだった。それに、一度クーデリアの死の原因を作ったのは、ロロナなのだ。

 

此処で、偉そうに何か言うことなど、出来なかった。

 

クーデリアの様子を見に行く。

 

まだ消沈しているようだ。今日は、帰った方が良いかもしれない。

 

フォイエルバッハ卿は満足しているようだったけれど。

 

この決闘は、誰もが不幸になる結果しか、招かなかったように思えてならなかった。

 

それと、聞きそびれてしまったのだけれど。

 

まだ一つ、疑問点があった。

 

それについては、おそらく今後、情報を集めて、解決していくしか無いだろう。

 

「そんな顔をしているって事は、どうせ彼奴に、ろくでもない事情があったのね」

 

クーデリアが、此方を見ずに言う。

 

ロロナは足を止めた。流石に、フォイエルバッハ卿との約束は破れない。苦しいけれど、黙っているしかなかった。

 

クーデリアは、ぽつり、ぽつりと話し始める。

 

「いいの。 戦っている最中には、何となくわかってたから」

 

そうか。側で見ていたロロナでさえ、違和感を覚えたほどだったのだ。実際に拳を交えていたクーデリアでは、なおさらだったという事か。

 

しばらく、沈黙が続く。

 

「これで、良かったのかな」

 

良いわけがない。

 

振り返ると、クーデリアは涙を拭っていた。

 

ロロナは無言で、クーデリアを抱きしめて。自分も涙を流していた。きっと、何もかもが、何処かで壊れてしまったのだ。

 

悲劇だけしか。其処には残らなかった。

 

二人で泣くのは、あの時。

 

もう、ロロナとクーデリアが、人間でさえないと、わかってしまった時以来だった。







虐待の真相。

それはクーデリアの境遇を知ったがゆえの行動でした。

不器用すぎるにしても愛情はあったのです。

もっとも、それが許される範囲を超えてしまっていた。それがすべてでした。



感想評価などよろしくお願いいたします。励みになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。