暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ついにくーちゃんが恨み重なる毒親と決着をつけるときが来ました。
立ち会いが必要とされたのは、そのままだとぶっ殺しかねないからですね。
くーちゃんもそれを判断する理性は残っていた、ということです。
クーデリアから、立ち会いをして欲しいと、ロロナは言われた。
何かは、聞き返すまでも無い。
この間言っていたことだろう。
決闘だ。
決意を固めたクーデリアと一緒に、屋敷に歩く。彼女は、正装である上仕立ての服を完璧に着こなし、絹製の手袋を手にしていた。貴人を相手に決闘を申し込むのだ。高級品でなければ、失礼に当たる。
ロロナの親友の目は燃えるようで、既に完全に臨戦態勢に入っている。
積年の恨みを晴らすときなのだ。
どれだけの憎しみと怒りをクーデリアが蓄積してきたか。他ならぬロロナが、一番よく知っている。
クーデリアの家族は、あまりにも酷薄だった。
あの悲劇の後、家に戻ったクーデリアは、冷酷な家族によって、ずっと苦しめられてきた。
兄姉達は、クーデリアが自身で叩き伏せた。そして相続権を奪い去り、放逐した。今、フォイエルバッハ家を離れたクーデリアの兄姉達は、それぞれ普通の戦士やら、騎士やらとして暮らしているらしい。いずれにしても、現在のクーデリアとの戦力差は歴然。決闘を申し込まれても、余裕を持って撃退できるだろう。
問題は、フォイエルバッハ卿だ。
昔、野獣と言われた男。極めて狡猾で残忍な戦い方をするが故に、味方からも怖れられた人物である。
戦士として名をあげた後は、経済に力を置いて、起業を成功させた。
勿論武勲もあるけれど。このような屋敷に住むことが出来ているのは、その狡猾な人柄で、お金を稼ぎ続けたからだ。
勿論、立会人はロロナだけではない。
クーデリアに親しいロロナだけでは、決闘が不平等だと見なされるからだ。他に何名か、有名な戦士が立ち会う筈である。ただ、具体的な面子は知らない。
既に、決闘の下準備は出来ているという。
屋敷に着いた。
玄関を抜けて、庭に入る。
此処は訓練所も兼ねていて、戦う事が可能なのだ。
緊張した面持ちで、エージェントやメイドの人達が、クーデリアとロロナを出迎えた。エージェントの長であるアルフレッドが、クーデリアに深々と頭を下げる。
「既に立会人の手配は済んでおります、お嬢様」
「ありがとう。 でも、今日、この決闘が終わった後は、お館様と呼んでもらうわよ」
「ええ、そう願いたいものです」
クーデリアの望みは。
このフォイエルバッハ家の、当主の引退。
つまり、父を権力の座から、引きずり下ろすこと。
実際の所、彼女に権力欲は無い。それはロロナが一番よく知っている。クーデリアは、潰したいのだ。
自分にとって、全ての災厄の象徴である、この貴族の家を。
当主になった後は、貴族の称号を返上するつもりだとも、クーデリアは言っていた。
屋敷から、フォイエルバッハ卿が出てくる。
相変わらず、険しい表情のお爺さんだ。全身が筋骨たくましく、今でも充分に一線級で戦えることを、その肉体で示している。彼は厳しくスーツで身を覆い、一分の隙も周囲に見せていない。
この人と話したことは、ロロナはない。
ただ、笑っているところも見た事はない。クーデリアに、酷い事をいったり、している所しか、見た記憶がない。
だから、好きな人ではない。
ただ、嫌いだからといって、死んでしまえとか、そんな風には思わない。どうしてクーデリアに酷い事ばかりしてきたのか、それだけが悲しい。
「何事だ、これは」
中庭に勢揃いしているエージェントとメイド達。
そして、正装したクーデリアは。躊躇うことなく、父に手袋を投げつけていた。
「わかっているんでしょう、お父様。 いいえ、今日からご隠居と呼ばせてもらうわ、フォイエルバッハ卿ウォーレン!」
「笑止! その程度の力量で、この私に決闘を挑むというか! 馬鹿息子共を撃退したことで、調子に乗っているようだな……」
戦士としての顔を、気むずかしいフォイエルバッハ卿がむき出しにする。
スーツの上着のボタンを外すと、脱ぎ捨てる。シャツ越しにも、歴戦に鍛え抜かれた凄まじい筋肉が見て取れた。
何人か、庭に入ってくる。
驚いたのは、いずれも名が知れている人ばかりだと言う事だ。リオネラの師匠を務めている有名な魔術師もいた。アーランドの最重鎮である騎士団長に、それにメリオダス大臣までいる。
全員が正装している。
これは、完全に、クーデターだ。
「決闘の立会人の皆様には、条件確認をしていただきます!」
アルフレッドが、声を張り上げる。
つまり略式ではない。
互いの願いがはっきりしている場合、略式で決闘が行われることがある。この場合は、手袋を投げつけるだけで、決闘開始が成立する。
しかし今回は、国家の重鎮であるフォイエルバッハ卿の地位に関わる事だ。だから、正式にやるというわけだ。不正が一切許されない場で、徹底的に叩き潰すという意思表示である。
クーデリアが、高らかに宣言した。
「あたしの望みは、フォイエルバッハ卿ウォーレンの引退! 家督の譲渡!」
「ふむ、明確極まりない」
既に年老いて、戦士としては引退を間近にしている騎士団長が、白い髭だらけの顎を撫でた。
ロロナも、分かり易いと思ったので、条件確認に同意した。
一方、フォイエルバッハ卿も、声を張り上げる。
「私の望みは、この不出来な娘の、望みを叶えないこと! 私は私が望むまで、当主の座につく!」
「これまた分かり易い」
「どうでも良いが、さっさとはじめてくれぬかな」
騎士団長は、フォイエルバッハ卿の言葉に、大いに頷いた。ロロナもそれに同意する。
一人冷めた様子のメリオダスが小声で文句を言う。
彼は戦士階級ではないし、こういった血と汗が飛び散るような儀式は、或いは好きではないのかも知れない。ロロナは、不満げな大臣を横目で見て、苦笑いしてしまった。隣にいるリオネラの師匠も、くすくすと笑っている。
ロロナが見たところ、フォイエルバッハ卿は強い。
しかし、クーデリアの実力は、今やそれをわずかに凌いでいる。
だが油断は禁物だ。相手は歴戦の猛者。長く戦士として前線に立っていなかったとは言え、この国でも有数の戦士として、名を鳴らした強者だ。その蓄積した戦闘経験値は、尋常な次元ではないだろう。
此処からは、口出し手出し、いずれも無用。
ロロナは、クーデリアを信じる。
「決闘、開始、よろしいか!」
アルフレッドが、手慣れた様子で声を張り上げる。
クーデリアが頷く。
フォイエルバッハ卿が、獣のように低く応えた。
「異議など無い! どこからでも掛かってこい、不肖の馬鹿娘がっ!」
決闘開始の合図と、それがなった。
いきなり、クーデリアの姿がかき消える。フォイエルバッハ卿が右手を振り上げる。頭上から強襲してきたクーデリアの蹴りを、老貴族が丸太のような腕で防ぐ。地面に、ひびが入るほどの一撃。
これは、クーデリアは、延髄を砕くつもりで蹴り込んでいる。
場合によっては、殺す事も辞さないつもりだ。
飛び退くと、クーデリアは複数の残像を残しながら、父へと迫る。ドラゴンと接近戦をするほどにまで成長した彼女だ。人間を相手に臆することなどない。豪腕一閃、フォイエルバッハ卿が、左に回り込んできたクーデリアを迎撃。
弾かれたクーデリアを、更に追撃。前蹴りが、うなりを上げる。
だが、真横にずれることで、クーデリアがかわす。踵落とし。それも、横っ飛びに避けてみせる。
不意に、左へ肘撃ちを叩き込むフォイエルバッハ卿。空気を蹴散らすような、猛烈な一撃だ。
だがそれは、クーデリアの体を捕らえることなく、残像を抉るのみ。吹っ飛ばされたのは、空気ばかり。
クーデリアが少し離れた所に着地。
発火するほどの視線が、ぶつかり合う。
ロロナは息を呑む。
かなりのハイレベルな攻防だ。クーデリアの攻撃を的確に読んでいるフォイエルバッハ卿は、やはり強い。
クーデリアも、まだ本気を出していない様子だが。そろそろ、更にギアを上げていくことだろう。
いきなり、クーデリアがフォイエルバッハ卿の顔面に、飛び膝蹴りを叩き込んでいた。普通だったら、鼻骨を砕かれるほどの一撃。だが、歴戦の猛者は、凄まじい打撃音を立てながらも、掌で娘の蹴りを受けきってみせる。
その受けられた勢いさえ利用して、クーデリアが態勢を変える。
父の頭を掴むと、体を捻って、今度は延髄に蹴りをたたき込みに掛かった。だが、これも防がれる。しかし、掌だけで、今のクーデリアの一撃を防ぎきるのは難しい。体が、前のめりになる。
着地。
クーデリアが、前に加速。
父の膝に後ろから蹴りを叩き込む。だが、敢えてフォイエルバッハ卿は不意に身を低くし、膝でクーデリアの蹴りをつかみに掛かるという奇策に出た。慌てて一歩引いたクーデリアに、続けざまに豪腕が襲いかかる。抉ったのは残像。だが、擦ったのを、ロロナは確かに見た。
吹っ飛ばされたクーデリアが、右手を押さえている。
それに対して、フォイエルバッハ卿は、手を振りながら立ち上がった。
いや、あれは。
指が数本折れている。
流石にあの無理な体勢で、必殺の蹴りを防いで、無事では済まなかったか。
身を低く沈めるクーデリア。無理矢理折れた指を折り曲げて拳に固めると、来いと叫ぶフォイエルバッハ卿。
どうしてだろう。
戦士としての姿を見ている限り、そんなに卑怯な人だとは思えない。今までクーデリアを虐げてきた残酷な父親とは、どうしても存在が被らないのだ。本当にこの人は、噂通りの存在なのだろうか。
クーデリアは、まったく遠慮しないどころか、本気で殺すつもりで殴りかかっている。それを、真正面から受けて立つフォイエルバッハ卿。積年の恨みから考えれば当然の話で、クーデリアにしてみれば、全ての恨みの元凶だ。決闘に乗じて、本気で殺す気なのかも知れない。
だが、殺してしまうと、決闘は負けになる。しかもそうして死んだ戦士は、例え生前がどれだけのゲスであっただろうと、名誉の存在として扱われるのだ。クーデリアには、最も望まないことだろう。
クーデリアを止めたいとロロナは思ったけれど。
外部からの干渉があった場合も、決闘は負けになる。もどかしい。こんな時、親友のために、何も出来ない事が。
少しずつ、力の差が出始める。
クーデリアは、ずっと父との戦力差を計っていたはずだ。この日を迎えるために。この時に勝つために。
今日、戦いを挑んだのも、勝てるという確信があったから。
クーデリアの拳が、ついに父の鳩尾に叩き込まれる。それも一発や二発では無い。小柄なクーデリアだが、今の彼女の一撃は重い。跳び離れる。フォイエルバッハ卿の拳が、少し遅れて、クーデリアのいた場所を抉っていた。
まだ、フォイエルバッハ卿は、片膝を突かない。
呼吸を整えながら、クーデリアが構えをとる。
「その程度で、終わりか」
フォイエルバッハ卿はそう強がるが、疲弊はロロナの目から見ても明らかだ。やはり年齢もあるし、戦場から離れていたブランクもある。体が思うように、トップギアに持って行けないのだろう。
フォイエルバッハ卿が全盛期だったら、クーデリアはまだまだ勝てなかったかも知れない。
しかしビジネスマンとして戦いの場から離れて、年月を重ねてしまったことが、命取りになっている。
「そろそろ勝負がつくな」
「そうあってほしいものですな」
騎士団長と、メリオダスが、小声で話し合っている。
特にメリオダスは、「野蛮な殴り合い」がとことん嫌いらしく、見ていて露骨に顔を歪めていた。
再び、クーデリアが仕掛ける。
左右にステップしながら、相手の左後ろに回り込む。抉りあげるような蹴りを、無理な体勢から繰り出すフォイエルバッハ卿。擦る。だが、クーデリアは、その瞬間、完全に上を取っていた。
踵落としが、フォイエルバッハ卿の脳天を直撃する。
更に顔面を掴んでの、膝蹴りがはいる。まるで羽でも生えているかのような、空中での連撃だが。
一撃一撃が重くて、血がしぶく。
戦いは華麗でも何でもない。
根本は殺しあいだ。
クーデリアを払いのけようとするフォイエルバッハ卿だが。もはや、勝負はついた。更に岩でも砕くような音と共に側頭部にクーデリアの蹴りが叩き込まれると、それが決め手になる。
前のめりに、フォイエルバッハ卿が倒れ込んだ。
騎士団長が動く。
倒れたフォイエルバッハ卿の首をへし折ろうと、クーデリアが上空からの蹴り降ろしを叩き込もうとしたからだ。だが、騎士団長よりも更に早く、アルフレッドとロロナが動いていた。
訓練用の槍を使って、クーデリアの蹴りを前から防ぐアルフレッド。
ロロナは、後ろからクーデリアを抱き留めて、蹴りを叩き込むのを防いでいた。
「……っ!」
「落ち着きなされませ。 決闘は貴方の勝ちです。 勝負はついております」
「これ以上やったら負けになっちゃう! くーちゃん、落ち着いて!」
「わかった、わよ」
クーデリアが凄絶な表情を一瞬浮かべたが、やがて動きを止める。
フォイエルバッハ卿は、倒れて動けなくなっているが、息はあるようだった。担架が持ってこられて、運ばれていく。
魔術師が付き添っているのは、回復の術を掛けるつもりなのだろう。決闘は勝負がついたのだし、これくらいは認められる。
「決闘は、クーデリア・フォン・フォイエルバッハの勝利とする」
騎士団長が宣言する。
ロロナは嘆息する。
所詮修羅の世界。戦士である以上、人を殺すことは避けられない。事実、この間クーデリアは、ホムンクルスとはいえレオンハルトの分身を殺している。
しかし、この殺しについては、何だか妙な忌避感があったのだ。
それに、ロロナにはわかる。
何だか、成し遂げた達成感が、クーデリアにあるようには見えなかった。
自室でぼんやりしているクーデリア。
ロロナはしばらく一緒にいたが、何だか気が抜けてしまったかのようだった。お茶を出しても、無言で口を付けるだけ。今は一人にして欲しいと言われたので、頷いて、ロロナは部屋を後にする。
クーデリアは、ロロナにとっての一番に大事な友達だ。世間で言う比翼の友以外の何者でもない。
だからこそに、わかるのだ。
それに比翼とは言っても、いつも一緒でいる事が正しいとも思えない。自分だけの時間だって、必要になる。
苦しいときには支えてあげたい。
だけれども、自分一人で、心を整理したい時だってあるのだ。
それに、ロロナだって、今は状況を整頓しておきたい。
クーデリアの部屋を出ると、フォイエルバッハ卿の所に向かった。
いや、元フォイエルバッハ卿とでも言うべきなのだろうか。既に家督はクーデリアのものだ。
この公爵家を潰そうがどうしようが、自由。
そもそもアーランドで、貴族の称号などは、名誉的なものにすぎない。金で売買される程度の存在で、其処に誇りやら実権やらはない。フォイエルバッハ卿が国政に噛んでいるのは、歴戦の強者として多くの武勲をあげているからだ。国政に噛んでいる人間は、殆ど爵位などには興味を見せないので、そう言う意味では変わり者だと言える。また、家督を譲ったとは言え、国政への発言権が揺らぐことはないだろう。
つまり、これは完全な私闘だったわけだ。
不可思議なことが、この私闘にはあった。いや、それだけではない。
思い返してみると、フォイエルバッハ卿には、不可解な行動が目立っていたと言える。クーデリアの憎悪に引きずられて見えていなかったけれど。勿論、彼がクーデリアに対して加えていた酷薄な仕打ちは許されることでは無い。今回の件は、起きるべくして起きたことだし、クーデリアの言い分も正しい。それはロロナにはわかっている。
ただ、戦いを見ていて、ロロナは思ったのだ。
フォイエルバッハ卿は、どうしてあのようなことをしたのだろうと。
クーデリアに勝とうとしていたようには見えなかった。
そればかりか、ひょっとして。
屋敷の一室が、病室になっていた。恐らくは、エージェントやメイド達は、既にこの結果を予想していたのだろう。完璧に医療の態勢が、整えられていた。
病室に入ると、既にフォイエルバッハ卿は、意識を取り戻しているようだった。この辺りは、流石に歴戦の猛者である。多少の攻撃を頭にもらったくらいでは、致命に到らないというわけだ。
魔術師に話を聞くと、容体は安定しているという。
怪我は相応にしているが、回復できない規模のものではないそうだ。頭への打撃も何度か受けているが、それも既に回復済み。
この間パメラが話してくれたのだけれど。
旧時代の人間は、頭の中で出血すると致命的な事になりやすかったそうだ。
アーランド人に限らず、現在の人間は、それがほぼない。脳そのものが、以前の人間とは比較にならないほど頑強だから、だそうである。
ただ、それにも限度がある。頑強とは言っても、あくまで旧時代の人間に比べれば、だからだ。治療しなければ、フォイエルバッハ卿は危なかったかも知れない。
「席を外してくれるか」
「……」
魔術師が、フォイエルバッハ卿に機能的に一礼すると、部屋を出て行った。
ロロナと、老戦士だけがその場に残される。
ベッドの上で、白衣を着せられ、包帯まみれで横たえられていると。如何に筋骨たくましくても。フォイエルバッハ卿は、悪名を轟かせた戦士だったとは思えなかった。何処か、弱々しくさえあった。
「くーちゃんに、どうしてあんな冷たい仕打ちばかりしていたんですか」
「……君をクーデリアの最大の親友だと見込んで話しておこう。 この件は、他言無用に頼むぞ」
椅子があったので、フォイエルバッハ卿の側に座る。
やはり、何か事情があったのか。
「最初私は、クーデリアに愛情を注いでいた。 あの事故の前までは、だ」
それは、知っている。
確か、記憶が戻った後の事だ。クーデリアが話してくれたことが、一度だけある。
フォイエルバッハ卿は、事故の前は優しかったと。
兄姉達は事故の前から酷い扱いばかりをしていたそうだけれど。少なくとも、事故の前までは、フォイエルバッハ卿は兄姉達と同じように、クーデリアを扱っていたのだそうだ。だからこそに、怒りも募っていたのだろう。
幼い頃は、親を憎むことが出来ない。
これは、子供の精神構造的な問題だ。
しかし、虐待が続くと、それも変わってくる。
ましてやクーデリアの場合、片親だったという事もあるだろう。愛情を最初受けていたのに、それが一転して虐待に変わってしまえば。憎悪は天文学的にふくれあがっていく事になる。
「だが、不幸な事故が起きて。 戻ってきたクーデリアは、廃人同様の有様になってしまっていた」
そうだ。
クーデリアには、記憶がほぼ綺麗なまま残っていたのだ。それは今だから、知っている事だ。
モンスターに蹂躙され、殺戮される恐怖。
ホムンクルスの技術を使って、アストリッドに体を修復される過程で、酷い痛みを受け続けた絶望。人間では無くなっていく悲しみ。そして、ロロナを死なせてしまったという罪悪感。
それらが全て、幼い女の子の心と体に、のしかかっていったのだ。
耐えられるわけがない。
「だから、心に火を注ぐ必要があった」
「それが、憎悪、ですか」
「そうだ。 幸い、愛情は君が注いでくれる事がわかっていた。 当時から、君は無能な子供達と違って、誰よりもクーデリアに近かったし、優しかった。 君と接しているときのクーデリアは、本当に幸せそうにしていたし、家では絶対に浮かべない笑顔も作っていたからな」
だから、酷薄な態度を取った。
それにどんな状態でも生きていけるように、可能な限り厳しく接した。戦いの技術も、できる限り仕込んだ。
なるほど。
クーデリアは戦の才が無いと、時々嘆いていた。ロロナから見ても、天才という柄ではなかったし、確かに覚えはあまり早くなかった。
だが、幼い頃からの基礎訓練が、最近はものを言っているのだろう。
他の兄姉達が、役立たず、出来損ないとクーデリアを嘲笑っている間も、過酷な環境で、クーデリアは努力を続けていた。体を鍛え、技を磨き。来るべきその日に備えて、我が身を抜き身の剣のように鋭く手入れしていたのだ。
ロロナと最初に採取に出たとき、クーデリアはウォルフ数体にも手こずっていた。あれは、まだまだ基礎訓練が、花開いていなかったから、だろう。
今ではドラゴンとの接近戦まで出来るようになり、大型のモンスターに致命打を与える切り札まで習得している。
そして、勝つことができた。
そうか。
このあらゆる手段を用いてのし上がってきた、獣とまで呼ばれた凶猛な戦士なりの。不器用な愛情の示し方が、あれだったという事か。
その結果、クーデリアは一流の戦士にまで成長した。
「クーデリアが私を恨むのは当然だ。 だが、私は今、安心している。 兄姉達を押しのけてのし上がり、今私さえ打ち破った。 これで、私は何時でも死ぬ事が出来る」
「そんな、そんな事をいわないでください」
「くれぐれも、クーデリアには、言わないように頼むぞ。 あの子にとって、私は憎悪の対象。 これから一生憎まれ続けるとしても、構わぬ。 いや、むしろそうでなければ、せっかく生えた若き獅子の牙を、抜いてしまうことになるだろう」
ロロナは、それ以上何も言えなかった。
憎まれることがこの人の望みであるのだ。尊重しなければ、これほどの手酷い怪我をした意味が無くなってしまう。
部屋を出る。
この親子の確執は、やはり相当に根深いものだった。それに、一度クーデリアの死の原因を作ったのは、ロロナなのだ。
此処で、偉そうに何か言うことなど、出来なかった。
クーデリアの様子を見に行く。
まだ消沈しているようだ。今日は、帰った方が良いかもしれない。
フォイエルバッハ卿は満足しているようだったけれど。
この決闘は、誰もが不幸になる結果しか、招かなかったように思えてならなかった。
それと、聞きそびれてしまったのだけれど。
まだ一つ、疑問点があった。
それについては、おそらく今後、情報を集めて、解決していくしか無いだろう。
「そんな顔をしているって事は、どうせ彼奴に、ろくでもない事情があったのね」
クーデリアが、此方を見ずに言う。
ロロナは足を止めた。流石に、フォイエルバッハ卿との約束は破れない。苦しいけれど、黙っているしかなかった。
クーデリアは、ぽつり、ぽつりと話し始める。
「いいの。 戦っている最中には、何となくわかってたから」
そうか。側で見ていたロロナでさえ、違和感を覚えたほどだったのだ。実際に拳を交えていたクーデリアでは、なおさらだったという事か。
しばらく、沈黙が続く。
「これで、良かったのかな」
良いわけがない。
振り返ると、クーデリアは涙を拭っていた。
ロロナは無言で、クーデリアを抱きしめて。自分も涙を流していた。きっと、何もかもが、何処かで壊れてしまったのだ。
悲劇だけしか。其処には残らなかった。
二人で泣くのは、あの時。
もう、ロロナとクーデリアが、人間でさえないと、わかってしまった時以来だった。
虐待の真相。
それはクーデリアの境遇を知ったがゆえの行動でした。
不器用すぎるにしても愛情はあったのです。
もっとも、それが許される範囲を超えてしまっていた。それがすべてでした。
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