暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
賢者の石、作成開始です。
本作での賢者の石は、理論上は現実でも金を作り出す機構を備えています。
それだけでああ、となる人はいるかもしれないですね。
もっとも、あくまで理論上の話ですが。
アトリエに戻る。
ロロナは冷やしておいた井戸水を飲み干すと、大きく嘆息した。
これほど陰鬱な気分になったのは、いつぶりだろう。クーデリアの悲しみを取り除くことも出来ず、真相を喋ることも出来ず。
結局、何もせず、戻ってきてしまった。
クーデリアは、しばらく精神を立て直すのに、時を必要とするだろう。
それにしても、考えてみれば。色々と変なところが、最初から多々あった。
エージェントやメイド達の態度も、あまりにもおかしかったのだ。
雇い主であるフォイエルバッハ卿に、どうしてああも楯突くような真似ばかりをしていたのか。
あれは、最初から、一種の出来レースとして仕込まれていたことだったのだ。
全てフォイエルバッハ卿に、命じられてのことだったのだろう。
勿論、アルフレッドのように、クーデリアを心底から娘のようにかわいがっていた人もいたのだろう。フォイエルバッハ卿のやり口に、好感を持てずにいた人もいたに違いない。それでも、やはり。
主従の関係ではあったし、何より主君の悲しみを理解していたからの行動だった部分はあるのだろう。
クーデリアは、どうするのだろう。
父を生涯許さないのだろうか。
わからない。今のクーデリアは、肉体的な戦闘能力に加えて、社会的な地位も得た。充分に、これから生きていけるはず。ロロナが支えてあげれば、その気になればアーランドでも屈指の存在になれるはず。そうなれば、簡単に彼女のことを脅かせる者など、いなくなるだろう。
もう憎しみで、心を燃やさなくても、強く生きていける。
クーデリアには、気付いてあげて欲しいと、思うばかりだった。
しばらくぼんやりした後、ふと思い立って、錬金術の基礎について記している本を手に取る。
錬金術の究極なら。基礎学問書に、記されているかも知れない。
しばらく無心に本をめくる。
錬金術とは、本来は金を作る事を目的に、発展していった学問である。それは、言われるまでも無く、ロロナも知っている。
この基礎学問書には、それが懇切丁寧に記されていた。
つまり、金を作る事。
金を作るには、どうしたら良いのだろう。
しばらく無心にページをめくっていく。そうすると、面白い事がわかってきた。
金を作るには、賢者の石なるものを生成する必要がある。しかしこれは本来、驚天の奇跡を引き起こす存在。
卑金属を貴金属に変えることは、摂理を曲げることなのだ。
摂理を曲げずに、金を作り出すには。方法は一つだけ。
途方もなく巨大な力を、一点に集めなければならない。
それには、鍛錬され切った魂と、相応しい器が必要なのだ。
その器こそ、賢者の石。
そして、賢者の石を用いて、卑金属を金にすることは。すなわち、神を誕生させる事に等しい。卑金属を貴金属に変えることなど、余技に等しい。最大の効果は、使い手を神へと変えることなのだ。
歴史上、完成品の報告は、今だ上がっていないと、最後に締めくくられていた。
神か。
ロロナは、神様には興味が無い。
大事な人を救えて、この世界を少しはましにできるのなら、人を越える存在になることは、吝かでは無いとおもうのだけれど。しかし、神様がいるのなら、あれだけ酷い生活をしながらも、世界をマシにしようとしている悪魔達を放っておかないはずだ。あの人達を一として、虐げられた存在をまず救うのが、神の仕事の筈。その程度の基本的な事さえしない、或いは出来ない存在なんて、無力でしかない。
結論は、神などどうと言うことのない存在というものしか、出てこない。
ならば、賢者の石だって。
しばらく悩んだけれど。しかし、考えて見れば。
賢者の石を、単純な己の強化装置として用いれば、有用かも知れない。神になるというのは大げさだとしても、だ。
少なくとも、ロロナの大事な人達を、スピア連邦の凶刃から守れるくらいの力は欲しい。魂を昇華させるというのはよく分からないけれど。たとえば、それが単純に魔力の絶対量を増やすというのなら。
或いは、肉体の力を強靱にするというのなら。
作って見る、価値はある。
ふと気付くと、心配そうにリオネラが此方を見ていた。
「どうしたの、りおちゃん」
「ロロナちゃん、その不思議な石を、作るの?」
「うん……それが一番良さそうだね」
何にしても、この課題さえ突破すれば。後は、ジオ王がポストを提供してくれる。あの人は、約束を破るような下郎ではない。残酷で、きっと色々と悪いことも企んではいるけれど。何しろ、王なのだ。
王が約束を破るようでは、国など立ちゆかない。
ポストさえ確保できれば、クーデリアだって、リオネラだって、今まで以上にしっかりした形で守れる。
錬金術だって、もっとやりやすくなる。
今まで以上に、困っている人達を救えるはずだ。悪魔達を、あんな悲惨な生活から救い出す研究や。
或いは、あのオルトガラクセンで眠っていた人達を、この世界に助け出す研究も、出来るかも知れない。
自分の事は、あまり考えていない。
きっとそれは、師匠に調整されたからだとわかる。
ただ、こうやって、ポストが欲しいと願うのは。人間らしい、野心の発露の一種、なのかも知れなかった。
「りおちゃん、今回も手伝ってくれる?」
「無理しすぎるようだったら、力尽くでも止めるからね」
「うん、その時はお願い」
リオネラの腰には、あの睡眠針発射装置がくくりつけられている。
最初はびっくりしたけれど。
今は、そうまでして、自分を止めてくれるリオネラの存在がありがたい。
流石に基本の書物だけあって、これに具体的な賢者の石の作り方なんて、載ってはいない。
それならば、歴代錬金術師の記した本を読んで、調べていくしかなかった。
今なら、だいたいの理論は理解できる可能性が高い。
リオネラと手分けして、順番に本を出していく。
勿論これから王宮の図書館にも、出向く必要があるだろう。本格的に調査するのはクーデリアが来てからにするとはいえ、下準備はやっておいたほうがいい。
研究資料を分別していくと、師匠が珍しく、疲れ切った顔で自室から出てきた。
スピア関連で、何かあったのかもしれない。
この課題が終わったら、ロロナもそれにかかわる可能性が高い。今では、もはや他人事では無かった。
「おや、何か作るつもりか」
「はい。 錬金術の究極だという、賢者の石を」
「ほう……」
一瞬だけ、師匠の目に、邪悪な光が宿るのを、ロロナは見逃さなかった。
これはおそらく、予想通りというか、計画通りという事なのだろう。でも、いつまでもロロナだって、子供ではない。
掌で踊らされるだけの時は、永遠には続かない。
「賢者の石なら、恐らくはオルトガラクセンに資料があるだろうな。 十六層まで降りてみろ。 其処にふんぞり返っている邪神をどうにか出来れば、明確な資料が手に入る筈だ」
「どうして、それを?」
「決まっているだろう。 私自身が、そうやって賢者の石を完成させたからだ」
なんと。
天才だとは思っていたけれど。完成品を作り上げた存在が、こんなに近くにいたとは。
レシピを見せてくれる、筈はないか。
この師匠が、そんなに親切だったら。ロロナは此処まで、苦労など重ねてはいない。勿論、いきなり邪神の所に行っても、そんな情報は得られまい。
可能な限りの知識を積み上げて、賢者の石について知ってからでないと、意味が無い可能性が高い。
あくびをしながら、師匠はアトリエを出て行った。
しばらく準備を続ける。
リオネラが咳払いした。もう、そんな時間か。ホムを見ると、既にロロナが指示した中間生成液の調合を終えている。
この辺りで休憩も、良いかもしれない。
体はまだまだ動くけれど。友達に心配を掛けてしまってはいけない。言われるままに、休むことにした。
席に着く。
リオネラが、お茶を淹れてくれる。
持ってきていたらしいお菓子も出してくれた。ロロナがパイを出しても良いのだけれど、今日はリオネラの好意に甘えることにする。
年頃だからだろうか。
ふと気付くと、リオネラは、最初に出会った頃よりも、ずっと女性らしくなっていた。このまま行けば、後二年か三年で、絶世の美女になるだろう。元々薄着で人形劇をしているだけで、おじさま達がわいわい寄って来るくらいだったのだ。
特殊能力持ちだし、戦闘経験も豊富。
アーランドであれば、彼女はもてる。結婚だろうが就職だろうが、想いのままだ。勿論、アーランドを出てしまえば、そうではない。
彼女の過去を考えれば仕方が無い事だけれど。
「りおちゃんは、これから何かしたい事はあるの?」
「私は、お医者様になりたいの。 魔術を使って、多くの人達の体と心をいやしていくお医者様に」
「素敵だね」
「有り難う」
はにかむリオネラは、とても嬉しそうだ。
事実、リオネラの回復魔術は、非常に強力なものだ。本職の医療魔術師にも、そうそう劣らないはず。
リオネラは、過去に多くの人を傷つけてしまった。不可抗力とは言え、三桁に達する人間をあやめたのだ。今は、生きて良いと、知ってはいるけれど。それでも、何処かで償いたいという気持ちはあったのだろう。
あんな事をされたのに。
何処までも優しいから、苦しみ続けた。
最近では、アラーニャとホロホロと会話しているのを見るのは、めっきり減ってきた。あの、影のような、闇を全て圧縮したリオネラも、表には出てこない。きっと心の中では会話したりしているのだろうけれど。
人格の統合は、目に見えるところにまで、迫ってきている。
休憩を終える。
納品用の栄養剤をまず調合して、ホムに持っていってもらう。
その後は、ひたすらに、集めた資料に目を通し続けた。
王宮に出向いて、図書館をリオネラと一緒に調べる。
課題をクリアして実績を上げ続けたからか。今までは閲覧できなかった貴重な書物も、みて良いとエスティに言われている。
流石にこの国の深奥に触れる技術を修めた図書館だ。此処には、非常に貴重な書物が、山積している。
英雄達が作った道具についての、貴重な資料もあった。
これで、神速自在帯も、ブレイブマスクも、更に改良していくことが出来る。
歴代の錬金術師達が書き残した、奥義についても、書物がまとめられている。なるほどと頷かされることが非常に多い。
メモにまとめていく。
まとめきれない分は、アトリエに持ち帰って、其処でメモに書き起こし直した。
クーデリアはまだアトリエに来てくれないけれど。彼女は仕方が無い。今は出来るだけ、休んで欲しいとも思うから、何も言わない。
比翼の友であるという自負はある。
だからこそ、一人になりたいときもあるのだ。気持ちの整理がついたら、きっと来てくれる。それでいい。
オルトガラクセンに出向く準備も、しておいた方が良い。
発破はできる限り準備。
見た資料を使って、神速自在帯と、ブレイブマスクについても改良する。今まで、リオネラの師匠をはじめとする現役最高峰の魔術師達にも意見を聞いていたから、それらの情報とも合わせれば、かなり画期的に改良が出来る。副作用はこれでどうにか出来そうなのだけれど、その代わり一度の戦闘での使用制限が生じそうだ。しかし体への負担を考えると、使用制限の方がまだマシ。
どちらも貴重な素材を使うので、量産は出来ないし。
かさばるから、複数を持って行けないのが問題か。
武器屋の親父さんの所に行って、杖も改良してもらう。複数の宝石をはめ込んだ強力なものへ既に生まれ変わっているけれど。更に改良できるのなら、やっておきたい。ロロナの杖を見て、親父さんは言う。
「もう、英雄達が使ってた杖と、遜色がねえな」
「本当ですか?」
「ああ。 クーデリアの嬢ちゃんにも、早く来るようにいっとけ。 オーバーホールしておきたい」
杖は親父さんに任せて、ティファナの店も覗きに行く。
うら若き未亡人は、いつも新しい魔法の道具を仕入れている。だから、使えそうなものは、有り金をはたいてでも買っていく。
お酒さえ口にしなければ、ティファナはとても優しくて美しい、聡明な女性だ。
ロロナにも、いろいろなアドバイスをしてくれる。
魔術師としても、女性としても。
それが色々と有り難い。
後はパメラの店に。
ネクタルがかなり補充されていたし、他にも不可思議な道具類があった。お金に余裕があるので、買い込んでおく。
自分で作っても良いのだけれど。
ネクタルは、いくらあっても足りると言うことがない。
いくらでも、補充できるときにしておいた方が良いだろう。
後はホムに工場に行ってもらって、幾らか素材を購入してきてもらう。野外で採取できるような素材は、もう充分に手元にあるから、わざわざ出なくても大丈夫だ。
幾つかの作業を並行してやっていくのも、苦にならなくなっている。
リオネラがお茶を淹れるのを横目に、ロロナは今までの成果をまとめていく。賢者の石は、材料さえ集まれば、作る事は難しくないかも知れない。
問題は、材料。
ドラゴンの体の一部。
これは既に在庫がある。この間オルトガラクセンで葬った紅い暴君からも、角や鱗、牙や爪、それに燻製にしてある肉などが、入手できている。内臓類も、使えるかも知れない。紅い暴君だけではなく、スニーシュツルムからも同じような素材はある程度得られているから、これについては問題ない。
日食の時だけに得られる不可思議な花、ドンケルハイト。
不思議な赤い花だ。
これについても入手済み。以前、黒き大樹の森に出かけたときに採取した花の一つが、偶然にもこのドンケルハイトだったのだ。
そして、アロママテリア。
高度な錬金術による結晶体。
此方は、これから調合していけば問題ない。
そして最後に、これらを組み合わせる技法だ。どうしても見つからない。ただ、これについては不安は無い。
オルトガラクセンにいる邪神とやらが、きっと知っている。
師匠も嘘を言ってまで、あんな危険な場所にいる存在に、ロロナをけしかけたりはしないだろう。
それに、オルトガラクセンの主には、聞きたいことが山ほどある。
場合によっては、落とし前だって、付けてもらわなければならない。
一通り調査を終えると、クーデリアを待つ。
後は、アロママテリアを調合して。
オルトガラクセンに潜る準備を終えれば、終わりだ。
前回は七日かかった。今回は、その倍はかかると見て良い。更に賢者の石の調合を考えると、一月くらいは余裕を持っておいた方が良いだろう。
そこそこに余裕は残るけれど。
増援には、できる限り知っている人全員に来て欲しい。
出来ればジオ王にも。
あの魔境には、それくらいの戦力が攻略に必要だ。問題は、どうやって王に来てもらう許可を得るか、だけれど。
今は、考えていても仕方が無い。
ロロナは頭を切り換えると、出来る事を、するだけする。それに、集中しはじめた。