暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
賢者の石、作成開始。
それを作成することで、完全に人間から外れることになります。
それは錬金術師の宿痾ともいえるでしょう。
パメラの所に持ち込んだ古代の書物を、解読しながらロロナは思う。
古き時代、人間は今とは比べものにならないほど体が弱かった。その反面、それこそ世界の外に到るまでの知識を持っていた。
書物をひもといていくと、それがよく分かるのだ。
師匠は古代の文字を、その場で解読していたと言うけれど。流石にロロナには、それほどの頭は無い。
だから、パメラにざっと内容を分析してもらって、使えそうなものだけを重点的に翻訳していた。
使っている単語は、昔と今で、同じ場合もある。
しかし、全くわからないものもあって、翻訳は簡単にはいかない。ただ生き証人というか死に証人というか、当時を生きていたパメラがいるので、大概のことはわかるのが救いだろうか。
数日間、クーデリアと一緒に作業を進めていく。
持ち込んだ資料の大半を片付けると、色々と面白い事がわかってきた。
金を卑金属から作る事は、多分出来ない。
しかし金に近い存在を、無理矢理金に変えることは、膨大な力を加えることで、出来るようなのだ。
それは、水銀。
毒性が強い液体で、比較的簡単に入手できる。
この水銀に、巨大な魔力をぶつけ続ければ、金を作る事が出来る。問題は、魔力と、生じる熱をどうするか、だ。
いずれにしても思うことは。
これはとてもではないが、割に合わないという事。
別の道具を作るべきなのだろうか。
しかし、摂理の中に、金を作り出す技術があるのなら。それをやってみたいとも思う。だが。
悩んでしまう。
金を作り出す事が。しかも、苦労してもせいぜい少量しか作り出せない金などが。誰かを救う事が出来るのだろうか。
それに、金は掘り出すことも出来る。
改良を重ねた発破、テラフラム。
これを使えば、トンネル工事などが、今までとは比較にならないほどはかどる。戦闘用も作ったが、採掘用のものも作ってある。以前納入した発破の技術を用いれば、人に害を為さないように、工夫をすることも可能だ。
これを用いれば、ずっと効率よく金だって掘り出せる。他の鉱物資源も。
摂理の究極に。本当に意味があるのだろうか。
どうするか。悩み所だ。
「ロロナ、悩んでいるようだけれど。 金を作るのは、止めるの?」
「だって、宝石と違って魔力を蓄える事が出来るわけでもないんだよ。 確かに貴重な金属だけれど、誰かをそれで救えるのかな」
ロロナは。あのスピアの錬金術師達や。この間葬った、邪神死の王のようにはなりたくない。
弱者が排除されるのは、この世の理かも知れない。
だが、弱者を目的なくもてあそぶのは、最悪の外道だ。ましてや自分が、創造主を気取るなんて。
力を得た。
それで、誰かを救いたい。それがロロナの願うことなのだ。
「まず、作って見てから考えれば」
「くーちゃん?」
「どうせ悪用はできないでしょう。 何か副次的な効果があるかも知れない。 あんたのスキルアップにもつながるし、問題は無いわよ」
そうか。確かに、そうかも知れない。
それにどのみち、このままロロナが生きていても、アーランドとの関係は切れない。課題を突破して、ポストをもらっても。誰かを救うために、錬金術とはかかわっていかなければならない。
今後はスピアとの戦争も、更に激しくなるだろう。
どんな恐ろしい怪物が、アーランドに現れるかわからない。或いは、とんでもない規模の軍勢だろうか。
ロロナは、きっと。錬金術という点で、悲劇を食い止めるための中核になる。
そしてロロナは。
他者の研究を飲み込み、アレンジする才能を与えられている。事実、今どうすれば賢者の石を作れるか、レシピは浮かんで来ているのだ。
翻訳が終わったので、パメラに礼を言って、その場を離れる。
古代の証人は。少し寂しそうに言った。
「この本達、くれないかしら」
「……そうですね。 差し上げます」
「良かったわあ。 何だかね、どれも懐かしいの。 私も恋人と一緒に、研究施設で育ったから。 子供の頃から読んでいたのは、こういう学術書ばかりだったのよ」
目を細めるパメラ。
それは悲劇の残滓。勿論、ロロナに、断る理由は無かった。パメラが飽きるまで、本はどうしても良い。
全てを見届けるつもりで、死ぬ事さえできなくなった事の人には。それくらいは、許されるだろうから。
アトリエに戻る。
クーデリアに休憩を取るように言われたので、お茶にした。ホムは外で、猫の世話をしている。
猫の成長は早い。
もう子供が出来ていて、間もなく生まれる筈だ。馬と同じく、もはや自然では生きていくことが出来ない生物であるけれど。こうしてたくましく生きているのは、良い事だとロロナは思う。
パイを焼いたので、食べてみる。
余ったドラゴンの乾燥肉を用いたパイだ。ドラゴンパイと、そのまま名付けた。ドラゴンの肉は力が出るけれど、食べてみるとあまり美味しいものではない。だから味付けを工夫して、なおかつ肉を出来るだけ薄くしている。
こうすることで、ドラゴンの肉のまずさを認識しないまま、力が出る部分だけを楽しめるのだ。
味付けもこしょうなどを使って、濃いめにしている。
それに温かければ、多少まずくても食べる事は苦にならない。クーデリアと一緒にドラゴンパイを食べていると。
クーデリアが、ぼそりと告げてくる。
「公爵家、潰さないことにしたわ」
「また、どうしたの」
「ただ、ビジネス面では縮小して、事業そのものを一本化するわよ。 あんたが作った錬金術の道具類を、国に委託されて販売する企業にしようと思ってるの。 道具類を、どう捌くかは、あたしが決めて、素材も出来るだけこっちで集める。 あんたは調合と、後は国から言われる戦闘に集中すればいい」
それで負担が小さくなる筈だと、クーデリアは言う。
ロロナは、それで充分だと応えた。
クーデリアが手伝ってくれるのは嬉しいし、今後も一緒にやっていけるのはもっと喜ばしいからだ。
しばらく、ドラゴンの力がこもったパイを食べて。
それから、作業に取りかかった。
最初にはじめたのは、膨大なハルモリウムの精製である。
これはドラゴンの角などに含まれる成分を用いた稀少金属合金で、非常に頑強で、熱にも耐える。
材料はある。
まず何個かあるドラゴンの角を、粉々にする。幾種類かの鉱石と混ぜ合わせて、中和剤を入れる。この中和剤は、ドラゴンの肉をすりつぶして作ったものだ。中和剤だけでも、非常に稀少な品である。
釜に入れて、しばらく馴染ませた後、炉に。
それから何段階かに温度を変えて、ゆっくり溶かし込んでいく。
これはどういうことかというと、いきなり混ぜると、全部がぐしゃぐしゃになってしまうからだ。
ハルモリウムに関しては、王族などが使う貴重な武器の素材として、昔から良く扱われていた。
当然精製技術も確立されている。
今のロロナは、それを再現することが、さほど難しくない。
一日ほど温めてから、ハルモリウムの前段階にあるインゴットを、炉から出す。こうすると、丁度上下に分離している。下には不純物が溜まり、上には純度が高い合金、ハルモリウムのインゴットが出来ているのだ。
ハルモリウムは強いが軽い。この軽さも、ハルモリウムの強みなのである。
ハンマーで叩いてみるが、非常に硬い。
鋼鉄などの比では無い。これなら、充分に賢者の石の素材になる筈だ。
此処から分離して、更に炉で暖める。
同じように、不純物を分離するためだ。
クーデリアに火ばさみで挟んでもらった後、何度かハンマーで叩いていると、綺麗に二つに分かれた。
分離部分を砕きやすくする工夫も、先人の資料に載っている。
載っているのなら、再現はもう難しくない。
すぐにどちらも炉に入れて、再び温める。時間などの微細な調整についても、散々経験を積んだから、大丈夫だ。
二度目の分離作業が終わる。
不純物がまた出ていた。まだ熱いインゴットをハンマーで叩いて、不純部分を分離。ハルモリウムだけを二つまとめて、また炉に入れる。不純物の部分も。
こうして四回ほど繰り返して、充分な純度のハルモリウムを作る事が出来た。
これを隣の親父さんの所へ持ち込む。
親父さんは、ハルモリウムと聞いて驚きの顔を見せた。更に設計図を見せると、小首をかしげる。
「これは何だ。 釜か?」
「似たような感じです。 これが、賢者の石です」
「石? よく分からんが、今の嬢ちゃん……いやロロナ。 あんたならば、ハルモリウムを無駄にしたりはしないと信じているぜ」
作るまで、数日かかるという。
何しろハルモリウムだ。ちょっとした加工をするだけで、相当な手間になる。ドラゴンの角はまだあるけれど。出来れば失敗はしたくない。だから、加工は全部、最も信頼出来る親父さんにやってもらう。
これで、ガワは出来た。
次だ。
着手するべきは、アロママテリア。
賢者の石の中核部分となるものである。
正確には、多分古代では違う名前で呼ばれていたはず。膨大な魔力をこれに集積して、一気に水銀へと投射する役割を果たす。
魔力自体は、ロロナが自前で用意する。足りなそうだったら、リオネラにも手伝ってもらうだけだ。
後はドンケルハイトだが。これについても、使い道がある。
いずれにしても、今の時点ではまだ使わない。
アロママテリアを作るには、魔術でのサポートがいる。魔法陣について、ティファナをはじめとする専門家に、意見を聞く必要がある。もっとも、書くべき魔法陣さえわかれば、誰にでも出来る。
錬金術とは、そういうものだ。
作業を順番に進めていく。
一日がかりで、いろいろな魔術師達に、話を聞いて廻った。その中には、以前世話になったリオネラの師匠や、ロロナの母であるロアナも混じっていた。賢者の石の精製というと、ロアナはいい顔をしなかった。
またおかしなものを作ってと。顔に書いてあった。
ロロナも、今回はあまり強く言えない。しかし、アロママテリアの理論を説明すると興味を持ってくれたらしく、色々とアドバイスをくれる。これらの情報をメモしていって、最終的にアトリエでまとめ上げる。
アロママテリアそのものは、さほど大きくもない結晶だ。
必要とされるサイズは、精々ひとつまみ。
真っ黒な結晶で、非常に硬い。多分大きな塊であれば、鈍器としても使用が可能なはずだ。
これについても、調合方法が乗せられているので、どうにでもなる。
硫黄を中心に、何種類かの物を中和剤で混ぜ込む。そして、蒸留して、可能な限り純度を上げた大量の水に入れる。
ただ結晶化させるだけでは駄目だ。
錬金釜で混ぜ込みながら、不純物を取り除く。この時酷い臭いが出るが、我慢。じっくり混ぜ込みながら、結晶へと昇華させていく。温めながら、錬金釜の周囲に、魔法陣を書いたゼッテルを張る。
こうすることで、魔力を収束する。
幸いこのアトリエには、ロロナとアストリッド師匠がいる。魔力には、事欠かない。
釜が煮立ちそうになる度に、温度を抑える。魔力を収束しているからか、アロママテリアの原液が煮立つのが、非常に早い。
ある程度透き通ってきたところで、本命の投入。
酸によって溶かした、宝石。
今回は、アーランド石晶を用いる。勿論、アーランド石晶には、可能な限り強い魔力を込めてある。
透き通っていた原液が、ここで一気に毒々しい虹色に染まる。
此処からは、硝子棒を使ってゆっくりかき混ぜながら、水分を飛ばしていく。勿論出てくるガスは猛毒だ。其処で、ゼッテルに書いた魔法陣で気流を微調整して、煙突にガスを逃がす。
多分本格的に作るなら、煙突を延長するくらいの工夫が必要だけれど。
今回はこれでどうにかする。
時々仮眠を含みながら、硝子棒を用いて、何度も何度も釜をかき混ぜる。やり方を教えてからは、ホムにも時々代わって貰った。
ホムがかわいがっている猫こなーは、無事に子供を産んだらしい。
下手に近づくと子供をかみ殺しかねないので、今はそっとしておくしかない。ホムは少しだけ、寂しそうだった。
作業をしながら、少しだけその話をする。
「こなーは赤ちゃんを産んで、気が立っているのです。 父親も、威嚇して追い払っていたのです」
「うん。 ホムちゃんも、こなーを遠くから見守ってあげよう。 きっと落ち着いたら、またホムちゃんを頼ってくれるよ」
「はい。 そうします」
着々と、進む作業。
だんだんガスが出て行くと、また液体が澄みはじめる。
そうして、出来てくるのが、黒っぽい塊だ。膨大な魔力を内包している存在。さながら、魔力の塊。
これが、アロママテリア。
今まで酷い香りがするものばかり入れていたのに。これはわずかに何とも言えない芳香を放つのだ。だから、臭いの元と言う事で、アロママテリアと錬金術師に名付けられたらしい。
ただ、古代の参考資料を見る限り、これはもっと別のものだ。
理屈はわからないけれど。ぐっと潰されたものが、極限まで固まったもの、のような感じらしい。
実際には、この調合で造り出すのが上手く行っていると言うだけで。他にも作り出す事は、出来るのかも知れない。
塊を取り出す。
この頃には、すっかり酸は無くなっている。
トレイに入れて、炉に。
丸一日ほど、焼け焦げるような熱を入れる。取り出した時には、すっかり形が変わって、塊としても完成している。
正八角形の、黒い塊。
持ってみると、ずっしりと重い。
そして、呆れるほどに硬い。
触ってみると、じんわりと温かい。内部に含まれている熱量が、尋常では無いからだ。
出来たものを使って、実験する。
事前に用意しておいたゼッテルを、外に作った実験設備に貼る。棒を地面四ヶ所に突き刺しただけの簡単な設備だ。中央には、燃えやすいただのゼッテルを置いてある。四方に貼り付けた後、上に手をかざす。
瞬間。
ゼッテルが、燃え尽きていた。
ロロナの手から出る微弱な魔力が、アロママテリアに収束して、下に放出されたのである。
勿論魔法陣と組み合わせないと使えないけれど。
これでいい。
どうやら、順調に、賢者の石は出来ているようだ。
次は動力である。
此処で、ドンケルハイトが使われる。
まず、ドンケルハイトをすりつぶして、液体状にする。貴重な花なのでもったいないけれど、こればかりは仕方が無い。
このドンケルハイトは、生物界でも屈指の魔力蓄積装置なのだ。
つまり、これを一旦すりつぶして結晶化すれば。
恒常的に、魔力が供給される仕組みを作る事が出来るのである。
結晶化の作業は、さほど難しくない。
何種類かの鉱物を砕いて、中和剤と一緒に投入。これに十数倍の水を混ぜ、ゆっくり火を掛けて、水を飛ばしていく。
ある程度水が減ってきたところで、中和剤を追加投入。
この中和剤に、ドラゴンの肉をすりつぶしたものを混ぜる。ドラゴンの体には強い魔力が籠もっているので、中和剤としては最適。
此処に、ドンケルハイトのすり下ろしを投入。
火力を上げて、一気に水分を飛ばす。
水分が減ったところで、炉に投入。
まだ柔らかいゼリー状だけれど。しかし、手に持つと熱いくらいで、凄まじい魔力が内包されているのがよく分かる。
炉の温度は低めに保つ。
金属加工ではないのだから、当然だ。
パイを焼くよりも低いくらいの温度で、じっくりと。三日掛けて、丁寧に火を通していく。
こうすることで、結晶化を促進するのだ。
本当は。時間さえ掛ければ、常温でも結晶化は出来る。しかし炉で暖めることによって、任意の形に調整しやすいのである。
三日間で注意するのは、火力の調整のみ。時々火の様子を見て、薪を足していく。クーデリアとリオネラにも、火の番は頼むことが出来た。というよりも、彼女らはロロナを休ませる目的で、監視しに来ていたみたいだ。
三日が過ぎた時点で、ドンケルハイトの結晶体が完成。
そして、その時には。
ハルモリウムを用いた、賢者の石のガワも、完成していた。
これで、準備は整ったことになる。
実験は、近くの森で行う事にした。技などを試すために開かれているスペースで、である。勿論、使用申請は出してある。
これは、相当量の熱が出るからである。熱そのものは上空に逃がすように構造を工夫しているけれど。
それでも、危険なことに代わりは無い。
アトリエで行ったら、天井が吹っ飛んでしまう可能性もあった。
先に来ていた魔術師が、訓練を終えるのを見計らって、賢者の石一式を持ち込む。既に組み立てるだけの状態なので、問題は無い。
まず、ガワを設置。
水平計を用いる。これは、傾きを計測するための道具で、平たい容器に水を入れただけのものだ。簡単な仕組みだけれど、非常に正確に、水平かどうかを調べることが出来る。
完璧に水平になるように調整する。
その周囲に棒を立てる。これも縄張りを用いて、天に向けて垂直になるように調整。いずれも、細心の注意を払う。
立ち会いには、クーデリアとリオネラに来てもらった。作業自体は、むしろクーデリアの方が、てきぱきと進めてくれるくらいだ。リオネラには作業の付帯準備をしてもらう。
出来ればステルクかエスティにも来て欲しかったのだけれど。
これで上手く行ったら、王宮でも試運転をするから、今は身近な二人だけでも大丈夫だ。
まず、ガワに水銀を注ぐ。釜のような形状をしているので、注ぐと錬金釜に調合材料を注いでいるようで、ほほえましい。
ただし水銀は非常に毒性の強い金属なので、扱いには注意しなくてはならない。
どちらにしても、このガワの内部は、何度か練習して水銀を入れている。あまり安全とはいえない作業だし、そもそもこの実験そのものが未知の要素を多数含んでいる。おおまかな理論ははっきりしているのだけれど。細かい過程には、分からない事が多すぎるのだ。
古代の書物によると。
水銀と金は、極めて近い位置にあるものなのだという。
そして水銀に力を加えることによって、金を作り出す事が可能なのだとか。書物によると、その力はガンマ線と呼ばれていた。ガンマ線の作り方についても、書物を見て確認し、アロママテリアによる放出した力の増幅時、含ませるようにしてある。
本来、古代の力では、その巨大な力を造り出すのには、色々と向いていなかった。だが、今の人類は違う。
むしろ、こういった点に関しては、古代の文明を遙かに凌ぐ力を出すことも可能なのである。
その理屈を信じて、今、賢者の石を起動させるべく、準備をしていくのだ。
立てた棒に、ゼッテルを貼り付けていく。このゼッテルには、言うまでも無く。魔術師達の協力を仰いで作った魔法陣が書き込んである。
何度か測量して、位置が間違っていない事を確認。もしも間違っていたら、熱量が放出される方向がずれてしまう。
アロママテリアを設置。
ガワの上部に、アロママテリアをはめ込む場所がある。
釜のようになっているガワなのだけれど。4本の棒状の構造がある。それはガワの上部で交差していて、此処にアロママテリアをはめ込めるのだ。
そして、このアロママテリアの更に上。
紅い結晶を設置できるように、わっか状の構造がある。
緊張の一瞬だ。
火ばさみを使って、紅い結晶を置く。
すぐに、反応が始まった。棒を倒さないように、すぐにその場から距離を置く。水銀が、膨大な力に晒され始める。
普通に熱を浴びせただけでは、水銀は蒸発してしまう。
しかしこのガワの中では、魔術の力によって、水銀は蒸発して逃げる事が出来ない。不可視の蓋をされているような状態なのだ。
そして、膨大な力が、水銀に照射される。
力はガワの中で乱反射しながら、水銀の一点に集中していく。その過程で大量の熱が出るのだけれど、それは上空へと逃がされる。水銀は一瞬で気体に変わり、その気体が力を浴びながら、高速回転を続けていた。魔法陣によって、水銀はガワの中を廻るように、干渉されているのだ。
「……っ!」
クーデリアが息を呑んだ。
上空にあった雲が、消し飛んだのだ。
それだけの熱量が、放出されているという事である。ひょっとして、この世界の外にまで、熱は届いているかも知れない。
熱線がアロママテリアとドンケルハイト結晶を直撃しないように、魔法陣を組むのが本当に大変だった。
これで、一刻ほど置くと。少量の金が出来る。
もう少し離れた方が良いかもしれない。ガワがかなり熱くなってきているのが、見て取れた。
リオネラに、魔法陣を見てもらう。今の時点では問題なし。
魔法陣を書くのに使ったゼッテルも、ロロナが丹念に作った最高級品だ。強力な魔力を含んでいて、ちょっとやそっとの負荷ではびくともしない。しかし、そのゼッテルさえ、熱を持っている。
これは想像以上に、危険な実験かも知れない。
賢者の石のガワの周囲から、陽炎が立ち上りはじめている。逃がしきれない熱が、荒れ狂っているのだ。
頑強極まりないハルモリウムでこれだ。
鉄か何かだったら、とうに溶けてしまっていただろう。勿論、ハルモリウムも極限まで強化してあるのだけれども。それでも、この状態である。
状況を見守る。
しばしして。様子を覗き込んだロロナは、火ばさみを使って、ドンケルハイト結晶を外した。
熱線に触れてしまうと、一瞬で火ばさみが蒸発してしまうので、気をつけなければならなかったけれど。
火ばさみを伸ばしただけで、炉に近づいたような熱さを感じた。これはミトンを使った方が良かったかも知れない。
ドンケルハイト結晶さえ外してしまえば。後は、反応も収まっていく。
しばし見て行くと、熱線はほどなく消えた。ハルモリウムも、熱が収まっていく。水銀の有毒なガスが出ないように、次はガワを冷やす。棒に貼ってある魔法陣の上から、今度は冷却の魔法陣を張り直す。
水銀はぎらぎら輝きながら回転を続けていた。熱線が消えたとは言え、それでも相当な熱量を孕んでいるのだ。
冷却の魔法陣に、魔力を注ぎ込む。リオネラにも手伝ってもらった。
賢者の石のガワの周囲に立ち上っていた陽炎も、収まる。
しばらくしてから、ガワを覗き込む。
輝きが、確かに其処にはあった。液体に戻った水銀の中に、浮かぶ黄金の輝き。存在している。
全部が金になったわけではない。
ごく一部。
精々、ひとつまみという程度だろうか。
だが、それでも。
本物の賢者の石が、此処に完成したのだと、その輝きは主張していた。
「やった……」
呟いたのは、クーデリアだ。
ロロナは、何となく。今、頂というのが何だか、理解できた気がしていた。
クーデリアが怪訝そうに眉をひそめる。
「ねえ、くーちゃん。 空を見て」
「それがどうかしたの?」
直上の空は、異常なほどに晴れ渡っている。
あまりにも異常な熱線が通過したからだ。あの熱線、直撃すれば、ドラゴンを焼き殺したのではあるまいか。
武器に使う事も出来るかも知れない。
だが、そうはしない。
出来ないように、幾つものプロテクトを掛けてあるし、何よりその意思がロロナにはない。
「摂理の範囲内で、摂理を曲げるってのは、結局こういうことなんだね」
「……何となく、言いたいことは分かったけれど。 それで、どうあの王に、賢者の石について説明するつもり?」
「今、思った事を全部」
「知らないわよ、どうなっても」
そうは言っていても。
クーデリアは、決してロロナに反対している様子は無かった。
彼女も、今回のプロジェクトには、色々と思うところがあるのだろう。それにこの賢者の石が、錬金術の究極である事は、事実なのだ。
水銀からの、金の生成。
それに成功したのは、紛れもない事なのだから。
ただ、一つ気になることもある。
師匠は、一体どういう賢者の石を作り上げたのだろう。
物音がしたので、振り返る。
そこにいたのは、師匠だった。どうやら、実験の結果を、見ていたらしい。そして珍しく、険しい顔をしていた。
「どうしてこのような賢者の石を作った」
師匠は、歩み寄ってくる。
そして、賢者の石を一瞥する。
「今のお前なら、作る事が出来たはずだ。 銅などから、己の魔力を媒介して、金を作り出す賢者の石を。 それはお前の体を更に進化させ、神へと近づける存在だったのに」
「師匠が作った賢者の石は、それなんですか」
「そうだ」
師匠が懐から取り出したのは、小さな。それこそ、何処にでも転がっていそうな石だった。
桁外れの実力を持つ師匠だ。何をやっても不思議では無いと、ロロナは思っている。実際、出来ない事は、この世にそうそう無いだろう。死んだ人を生き返らせることでさえ、擬似的にやっているほどなのだ。
師匠が、ロロナが作った賢者の石を覗き込む。
周囲の魔法陣も一瞥。
それだけで、構造を理解したらしい。流石にこの人は、いろいろな意味で造りが違っている。
「魔力でガンマ線を増幅照射し、水銀に当てて金を造り出す……。 無茶な仕組みを作り出したものだな。 だが、これではお前の体の進化を促進しない。 確かに相応のスキルがついたことは認めるが、それだけだ」
「師匠……」
「いい加減にしなさいよ」
クーデリアが、今まで聞いたことも無いほど、低い声で言う。
ロロナは、師匠に哀れみさえ感じていた。だから、クーデリアには、何も言わなかった。こればかりは、クーデリアが正しいと思うからだ。
「ロロナはいつまでも子供じゃないし、あんたの出来が悪い操り人形でも無いわよ! いい加減弟子の人生を私物化しようとするのはやめなさいよね! あんたが第二の命を与えたからって、やって良い事と悪いことがあるわ!」
「残念ながらなあ、くーちゃん」
「くーちゃんいうなっ!」
「親とは、そういうものだ。 私はロロナにとって第二の親だ。 そして親にとって子供は可愛いと同時に、好き勝手に玩弄したいものなのさ」
今更、何とも思わない。だが、改めて、何度も何度も悟らされる。アストリッド師匠は、致命的な所から歪んでいる。
だがこの人は、そうすることでしか、愛情を示せない。
殴りかかろうとするクーデリアを止める。
もう、ロロナは怒っていない。
師匠を歪ませてしまったのは。世界そのものの狂った構造。一度世界が滅びても、愚かなままだったこの世界に住む人々だ。アーランドに住む人々だって、それに変わりはないのだ。
「それを見て、王が何を言うか。 私は知らんぞ」
「でも、これが……」
ロロナには、もう結論は出ていた。
この賢者の石こそが、ロロナが考える、頂の形だと。
顔を上げる。まっすぐに、アストリッド師匠の顔を見る。視線はそらさない。やましいところなど、一つも無いのだから。
「私にとって、錬金術の結末です」
「そうか、ならば好きにしろ」
師匠はロロナが作った賢者の石を、もう一度だけ一瞥すると。
マントを翻して、その場を去って行った。ロロナは大きくため息をつく。クーデリアは、火でも出そうな視線を、師匠が去った後の場所にぶつけ続けていた。
「で、どうするの。 あの王が、これを見てどういうか、本当にあたしでも責任は取れないわよ」
「いいの、それでも。 どうにか出来る自信はあるから」
どのみち、もう時間は無い。
ロロナにとって、錬金術の究極がこの賢者の石である事実に、代わりは無いのだから。
賢者の石の完成は。
アストリッドさんとロロナの完全な決別も意味していました。
原作でも歪んだ関係でしたが、本作ではここで完全にその関係は破綻することとなります。
感想評価などよろしくお願いいたします。励みになります。