暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
破綻していた関係が、終わります。
アストリッドさんは以降、アーランドにとって最大の厄となります。そして同時に、世界を破綻させないための鍵ともなる。
極めて面倒な存在へ変わるのです。
アトリエに戻ったロロナは、ソファに座って天井を見つめた。
ぼんやりとしていて、意識が定まらない。
お祝いの会が終わった。
みんなおめでとうと言ってくれた。
有り難うと、応えた気がする。
それなのに、どうしてこんなにむなしいのか。
クーデリアが、側に座っている。
何故、このような結果になったのか、よく分からない。
さっき、自分が言ったことは本音からの言葉だ。技術の究極は、無為でしかない。身の丈に合わない技術なんて、人を不幸にするだけの存在。それについては、今でも真実だと、わかっている。
だが、どうしてだろう。
王は、ロロナを罰しなかった。
そればかりか。
今後も働けと、地位をくれた。
以前の約束通りに。
これから、ばりばり働いて、多くの人達を救う事が出来る。何とかナノマシンに汚染された世界を、元に戻す研究だって出来る。
もしそれが出来れば、パメラは救われるかも知れない。
荒野だらけのこの世界を、平穏に戻すことだって出来るだろう。時間は、いくらでもあるのだから。
「くーちゃん。 私……」
「いいの。 何も言わないで」
「うん……」
クーデリアは、どうなのだろう。
ロロナのこのもやもやの理由を、理解してくれているのだろうか。
いきなり、口に耐久糧食を突っ込まれた。
抵抗する気力も無く、食べる。
「今は少し休んで。 一月くらいはゆっくりして、気持ちを整理するといいわ。 今後は長くなるんだから」
「ごめんねくーちゃん。 さっきだって、ばかな私のために、本気で死ぬ気だったんでしょ?」
「いいのよ。 あまりこういうの、恥ずかしいから言いたくないんだけど。 あんたのためだったら、死ぬのなんて怖くないんだから。 今までだってずっとそうだったし、これからだってそうよ。 あんたはあたしの全て。 だから、もう心配しなくていいの」
涙が出そうになる。
クーデリアは、しばらくアトリエにいてくれるという。それだけで、随分気持ちが楽になった。
ロロナにとっても、クーデリアは比翼。誰よりも大事な、友達の中の友達だ。
言われるままベッドに移動して、しばらく眠る。
絶望に浸された心を、眠ることで、少しでも緩和するべきだと、クーデリアは言う。だから言われるまま、ひたすら睡眠を貪った。
こんなに眠ったのは、いつぶりだろう。
思えば、最近は睡眠さえ殆ど必要になっていなかった。
だから余計に、無心に眠るのは、気持ちが良かった。
恐らくは、四日ほどは眠っていたはずだ。
気がつくと、多少は、気持ちも楽になっていた。
アトリエに出ると、ホムが生まれた子猫たちの世話をするといって、ミルクを用意していた。
どうもこなーが、上手く子猫の世話を出来ないらしい。
何処までも手間がかかる猫だけれど。ホムは嫌がっていないようだった。ちょっと様子を見ていると、ホムは普段の器用さが嘘のように、子猫たちにはぶきっちょに接している。こなーもホムの事を信頼しているようで、子猫を好きにさせていた。
新しく、命は生まれてくる。
どんな形であっても。
だから、絶望して、力を全て投げ捨ててしまうのは。まだ早いかも知れない。
クーデリアがあくびして、奥から出てくる。ソファで眠っていたのだろう。ずっとアトリエにいてくれたという事だ。
「ありがとう、くーちゃん。 なんとか立ち直れそうだよ」
比翼の友は、此処にいる。
だから、ロロナはやっていける。
翌日、ステルクが来た。
納品した賢者の石の文句を言われるかとかすかに思ったのだけれど、やはりそれは無かった。それどころか、一月は休んで良いと言う。
「三年間の課題、本当に大変だっただろう。 今は休んで、力を蓄えるんだ。 君には、長期休暇を取る権利がある」
「はい。 わかりました」
「少し、元気も出てきたようだな」
わずかにステルクが笑う。そうなのだろうか。
よく分からないけれど。
軽く、書類の説明を受ける。これから国に所属した錬金術師として、幾つかの書類にサインをしなければならないという。
ざっと契約の内容を見る。
あまり問題がある文章は書かれていない。
たとえば、発明した道具類は全部国のものだとか、そういった強欲な事は、何処を探しても無かった。
ただし、国益に叶う行動をするようにとは書かれている。これから、公務員になるのだ。それは当然だろう。
「それと、君にはおそらく、弟子の育成を頼むことになるだろう」
「私が、弟子、ですか?」
「錬金術師が君だけでは、手が足りなくなるという事だ。 アストリッドはあの通りの性格だし、生真面目で優秀な錬金術師がもう何人か欲しい。 君の作った発明の数々で、今後アーランドは一気に発展していく。 スピアとの戦いも続くが、それによる疲弊以上の速度で、だ」
本当にそう上手く行くだろうか。
疑念は持ち上がったが、どうもステルク自身もそれは信じていないようだし、何も言わない。
ただ、これから国力を増すことは有意だろう。
スピアを潰すこと自体には、ロロナも大いに賛成だからだ。特にスピアを事実上動かしているという錬金術師達は、必ず殺さなければならない。あのような人達を、許してはおけない。
気力が戻ってきたからだろう。
少しは、外にも目が向くようになり始めていた。
言われるまま、ステルクに連れて行かれて、王宮へ。
其処で書類にサインをした。
書類自体にはじっくり目を通したので、内容には間違いが無い事がはっきりしている。これで、ロロナは国所属の錬金術師だ。以降は予算も支給され、動くのも色々とやりやすくなる。今までのように、課題を納品してお金を受け取るのではなくなるのだ。
これまでに以上に図書館の本も見ることが出来るようになるし、アーランド内の機密性が高い場所にも入る事が出来る。これについては、ロロナがドラゴンスレイヤーとなった事も大きいだろう。
ポストを得たし、クーデリアの状況だって改善出来る。
いや、もうクーデリアは。
自分で立場を改善していたか。
最初目的だった一つは、いつの間にか達成されていた。クーデリアはロロナと一緒に困難に立ち向かう内に、それだけ強くなっていたのだ。今度はクーデリアがロロナを守る番かも知れない。
お互いを支え合えば、きっと何だって解決できる。今のクーデリアの実力は、一流と言って過言ではない。クーデリアは記憶力も優れているし、ロロナにないものをたくさん持っている。だから、とても心強い。
書類の手続きが終わったので、アトリエに戻る。
少しずつ、気分が上向きはじめる。
今後も過酷な世界と戦わなければならない現実については変わらない。だが、ずっとどうにかしたかったクーデリアの家庭問題はひとまず片付いた。ロロナ自身だって、今後の見通しが立っている。
世界がどれだけ闇に満ちているとしても。
ロロナは、それをどうにかするべきだと思うし、力もついている。少なくとも賢者の石を作ったのは事実なのだ。それならば、今後出来る事は、三年前とは比較にもならない。ならば、するべきだ。
心が沈んでいて、見えなかったことが、見えてくる。
悪魔達の状況だって、改善したい。
苦しんでいる人達を、一人でも多く救いたい。
そう願ったはずなのに。
いつの間にか、沈み込んでしまった心で、周りが見えなくなっていた。
頑張らなければならない。
今は休んで、鋭気を蓄えて。
それから、また現実に立ち向かおう。
歩きながら、そうロロナは考えを、まとめ直していた。
アトリエにつく。
其処では。
師匠が難しい顔をして、待っていた。
足が止まる。なにやら、非常に嫌な予感が、胃の辺りからせり上がってきていた。
「どうしたんですか、師匠」
「国所属の錬金術師になったのか」
「はい。 この方が、動きやすくなりそうでしたから」
「……そうか」
座るように言われたので、椅子とテーブルを出してくる。
師匠は勿論、ソファを独占した。テーブルを挟んで、向かい合って座る。何か、大事な話だろうか。
師匠の様子が、おかしい。いつも変な人だけれど。何だか、敵意のようなものを感じるのだ。
「私はこの街を離れる」
「え……」
「ホムンクルスの量産については、パメラや他の魔術師が出来るように、既に引き継ぎをした」
いきなり、何を言い出すのだろう。
笑おうとして、失敗した。
師匠は、いつになく真面目な顔をしている。不真面目を絵に描いたようなこの人が、だ。それに、そのような事を、国が。
いや、国が命じたのか。
「既にお前は錬金術師として充分な力を得た。 私はそれに伴って、別の場所で遊撃の立場につく。 街を造り、其処で色々とする作業だ。 極めて面倒くさいが、やるほかない」
「ま、待ってください、師匠、その」
「これは決定事項だ。 それに私は、前からこの街を離れたかった」
雷が落ちたかと思った。
そうか。
そうだった。この人は。
だいたいは知っていた。この人は、世界そのものを恨んでいる。大事な人を迫害し、死に至らしめたこの街の人々も。
だから、この街からはいつか出たかったのだろう。
国にそうさせては貰えなかったはずだ。ロロナだって、今はわかっている。この人も、ロロナの周囲で蠢いていたプロジェクトに荷担していたのだろうから。それも、かなり深い所で。
或いは、ロロナが一度死んだとき。
この人自身が、プロジェクトを持ち込んだのかも知れない。
「お前はどうして、あのようなことを。 実用性の欠片もない賢者の石を納品したにもかかわらず、認められた。 私のように、世界から弾かれると思ったのに」
不意に、師匠の声のトーンが変わる。
今までは、声に感情が一切こもっていなかった。うっすらと、怒りが籠もっていたくらいだった。
今度は違う。
地獄の底からあふれ出てくるような憎悪と怨念が、声に籠もっていた。それは、おそらく師匠自体に起因するものではない。
師匠の大事な人。迫害に命を落とした、先々代の錬金術師。
彼女に対する、周囲の仕打ちが。回り回って、今ロロナにぶつけられている。
「私の師はな。 どれだけ迫害されても、この街の人々を愛していた。 私が必ず復讐をすると告げたときも、優しい声で言ったものだ。 私の大事な街と人達を壊さないで、とな」
ホムンクルスの基礎となる研究をした人。
わかりにくい研究をしていたから、認められなかった人。
誰もが彼女を無能と呼び、役立たずと蔑み。
そして、失意の中、命を落とした。誰も見舞いに来なかった。感謝の声など、どこからもなかった。寂しくアストリッドだけしか側にいない中。冷たい世界に見放されるようにして、死んでいった。
「今、ホムンクルスが、この街の、いや世界そのものの防衛にどれだけ役立っていると思っている。 師匠の貢献度は、お前などの比では無い。 何故、そんな事も理解できない愚民共が、師匠を殺した! 師匠は、どうしてこのような愚民共に、殺されなければならなかったんだ!」
何も言い返せない。
アストリッドは、ロロナの才能を調整した。嬉々として。
ひょっとして、それは。
この街に生きているロロナに対して、復讐をしていたのだろうか。生まれついての才能では評価されない、人間でさえない存在に作り替えることで。勿論、言われたとおりの仕事をしていた事もあるだろう。しかし、アストリッドの内心では、人間でさえ無い事をロロナが気付いた後、苦悩するのを見越して、復讐の糧にしていたのか。
あり得る話だ。
アストリッドの闇は深い。
もはや、誰にも。その闇を払うことは出来ない。きっと先々代の錬金術その人が、この場にいなければ。
今では、ロロナはそれを、酷いとは思わない。
人では無い存在になってしまったのは、自分の愚かさが故。そうでなければ、クーデリアもろとも命を落としてしまったのだから。
どのような思惑があったとは言え、アストリッドのことを恨むのは筋違いだ。
それを伝えると、ますますアストリッドの眉間の皺が深くなるのがわかった。本気でキレそうになっているのは、一目で分かる。
昔だったら、怖くて膝が笑ってしまっただろう。
だが今は。この人の事が、悲しく思えてならなかった。
「私は此処を離れて、対スピアの最前線となる街に出向く。 国境付近にある砦を改装した場所だ。 其処でしばらく修羅となり、敵を殺す事だけに専念するつもりだ。 ただひたすら敵を殺す事で、己を全て無にしたい」
「……いつでも」
「なんだ」
「いつでも、帰ってきてください。 私は、師匠を待っています」
まるで、汚物か。
それとも、邪魔なゴミか。
或いは、何だろう。もっと酷いものか。
そんなものを見るような目で、アストリッドはロロナを見ていた。その目には、闇だけが宿っていた。
首を掴まれる。
ぎりぎりと、アストリッドの手が、ロロナの首を絞めていくのがわかった。
アストリッドの握力なら、ロロナの首を折ることくらいは、簡単なはずだ。だが、アストリッドは、そうしなかった。
ほどなく、手を放すアストリッド。
彼女の目からは、涙が伝っていた。
「どうしても、殺せない。 愚民共の見本のようなお前を一体何度殺そうと思ったか、わからないのに。 師匠の肉片が、体の中に埋め込んであるからか」
「っ……!」
「最初、お前の体を修復補填したとき。 調整の過程で、師匠の培養した肉を幾らか埋め込んだのだ。 だからか。 お前を、殺せないのは。 ふ……くくっ。 お前を嬲るのが楽しくて仕方が無かったのも、きっとそれが故だろうな」
アストリッドの手に触れる。
もう、苦しまなくて良い。そう伝えたい。
だがアストリッドは、手を払った。身を翻すと。此方から視線を外した。
気まずい沈黙が続く。
アストリッドは、ロロナの助けなど、求めていない。この人の心は、例え手を伸ばしても、届く所には無い。
救いを求めていたリオネラや、ずっと悲しみを一人で循環させていたクーデリアとは、違う。
文字通りの地獄が。
アストリッドの心の中には、存在しているのだ。
「お前の補助用に、ホムンクルスは何体か置いていく。 お前が新しくホムンクルスを作れるようにも、レシピは残しておこう。 今のお前なら、再現は極めて容易なはずだ」
「師匠、いつか私を。 いいえ、人々を、許してくれますか。 師匠のことを、私はもう、恨んでいません」
「……恐らくは、無理だろうな。 私はもう、考えを変え、愚民を許すには年を取りすぎた。 だが。 お前の事は、どんなに愚かでも。 嫌いでは無いよ。 どうして私を恨まずにいられるかは、理解の範疇外だが。 だが、お前が何の役にも立たないものを作ったにもかかわらず認められ。 師匠がわかりにくいと言うだけで、この世界に最高の貢献を果たすものを作ったにもかかわらず認められなかったことは、生涯許さん」
師匠が、アトリエを出て行く。
ホムも連れて行くようだ。猫たちは置いていくようにと、師匠が言っていた。
ならば、ロロナが面倒を見なくてはならないだろう。一ヶ月、ただ休むだけではなく。これで、する事が出来た。
こなーを撫でながら、なんとなしに、ロロナは理解できていた。
アストリッドが許せなかったのは。
きっと、愚民よりも。
その時。何も出来なかった。自分自身だったのだろうと。
だから、あれほどに闇は深い。
いつか、師匠は自分を許せるのだろうか。
わからない。
こればかりは、アストリッドの問題なのだから。
空を見上げると、嫌みなほどに晴れ渡っている。きっとしばらくは、快晴が続くことだろう。
今頃になって。
ロロナは、全てがようやく終わったのだと、理解できていた。
その終わりというものが。絶望と、悲しみと。それに虚無で構成されているという事も。
街の門で、ステルクは待っていた。
気が進まない任務だが、やるしかない。
アストリッドを北にある国境街の建設地まで案内するようにと言う王の指示である。護衛も兼ねているが。アストリッドに護衛など、必要ないだろう。彼奴は、ステルクよりも実力が上だからだ。
アストリッドは、ステルクを見ると、案の定不愉快そうな顔をした。任務を告げると、もっと不愉快そうな声を出す。
「余計な真似をするな」
「そういうな。 さっさと行くぞ」
「……わかった。 どのみち、逆らうことは出来ないか」
これから行く所は、アーランド王都に次ぐ第二の規模を持つ街となる予定だ。
だが、元が砦なので、何も無い。
まずは水を確保し、街の周囲に城壁を作る。荒れ地を森にし、インフラを整える。近くには、夜の領域もある。
夜の領域を監視しつつ、いざというときには悪魔と接触するために、新しく街を作るのだ。
主にこれから、労働者階級の人間が、此処に越してくる。
防衛戦力は、ホムンクルスの部隊が担う。
そう言う意味でも、アストリッドがこれからやらなければならない仕事は、とても多いのだ。
ステルクはしばらく常駐して、防備が固まるのを見届けてから、離れる。
しばらくモンスターをけしかけてくるスピアとの戦いが続いたが、経済や産業に打撃を受けたわけでは無い。
むしろ幾つかの国との水面下交渉が上手く行き、アーランドの経済そのものは極めて潤沢な状態にあるのだ。
だから、街を作る事自体は、難しくはなかった。
歩きながら、会話をする。
元恋人同士とは思えない、色気が無い内容ではあったが。
「あの賢者の石は、実用性は無かったが、だがしかし凄い技術の結晶だったな」
「意外だった。 あいつは錬金術の実用性に特化した才能を与えていたのに。 どうして最後に、あのようなものを作ったのか。 この私としたことが、完全に予想を外すとはな」
「陛下は予想していたようだ」
「……そうか」
王の方が、アストリッドより一枚上手。これについては、ステルクも前から知っていた。
アーランドはこれで、極めて優秀で戦闘力も高い錬金術師を一人手に入れた。スピアは今後更に勢力を広げていくだろうが、おそらくロロナの成長の方が早い。そう、ステルクは見ている。
絶望は、していない。
建設予定地に到着。元の砦はそのままで、それを中心に広げていく方式を採っている。納品された湧水の杯を十個も用いている。水は街を作るのに、いくらでも必要だからだ。労働者階級の人間が、既に百人以上は働いているのが見えた。この街は、アストリッドが守って行くのだ。
アストリッドの機嫌は、非常に悪い。
ロロナと別れたのが、それほど悲しかったのだろうか。
違う。
ステルクは、知っている。これでも、元は恋人だったのだ。
アストリッドは、ロロナをかわいがっていたが。その一方で、殺してやりたいほど何処かで憎んでいた事を。
ロロナは周囲に愛されていた。
一生懸命だったし、分かり易かった。
才能はアストリッドが調整したとは言え。周りに愛される努力は、ロロナはいつも欠かさずしていた。
周りに圧迫感を与えない容姿も、それに寄与していたかも知れない。
発育は悪かったけれど。
そう、何もかも。アストリッドの師匠である、先々代アトリエの主と、正反対だった。愚民を憎むこと甚だしかったアストリッドが。それを見ていて、気分が良いはずもないだろう事は、ステルクにはわかっていたのだ。
最近、調べて分かったことがある。
アストリッドは非常に幼い頃、両親に捨てられた。幼い頃からあまりにも才気煥発であった事が理由だ。
アストリッドの両親は、没落した魔術師だった。才覚がなくて、実力主義のアーランドでは、地位が保てなくなっていった者達だった。彼らにとって、先祖返りにも等しい存在だったアストリッドは、最初希望の光に見えたのだろう。溺愛して、結果としてどんどん性格を歪ませていった。
やがて、掌を返すように。
自分たちに出来なかった事をこなしていくアストリッドを、両親は憎み、恨むようになっていったのだ。
両親の愛情を、わずかな間しか、受けられなかった。
子供は、愛情を受けて育って、はじめて心を作り上げることが出来る。それくらいは、ステルクも知っている。
だからこそに。
アストリッドは、自分を受け入れてくれた先々代アトリエの主に、親以上の愛情を向けるようになった。
そして慈愛に満ちた性格の主だった先々代も。アストリッドのことを、受け入れるようになったのだ。
だからこそ、だろう。
アストリッドは、親以上の存在を。分かり易い貢献がなければ認めないという、近視眼的で愚かな民に奪われたことを、恨んだのだ。
そして、守る事も出来なかった、自分も。
本当に荒れていた頃のアストリッドは、手が付けられなかった。
恋人であるステルクは何度も彼女を救おうとしたけれど。アストリッドの闇が、自責にある事を見抜いていたから、どうすることも出来なかった。他国を放浪するアストリッドは、破壊の魔女などと言って怖れられた。
それだけ多くの人を殺したのだ。モンスターもたくさんたくさん殺したようだが、それ以上に殺戮した人間の方が多かった。
ジオ王がどうにか捕縛して連れ帰って。首に鎖を付けて、アトリエに押さえつけるまで、一年程度。
その間にアストリッドは、二千五百を超える人を殺したらしいと、ステルクは風の噂で聞いている。
主に戦場で、だが。
捕まえたときなどは、ある列強に所属する一個師団相当の戦力を一人で壊滅させ、血と肉塊の中で、立ち尽くしていたのだそうだ。
文字通り、一人で国一つを潰しかねない、破壊の申し子と化していたのである。
その頃のアストリッドが、どんな精神状態にあったのか。どれほどの地獄に、自らの心を沈めていたのか。
戦士としての訓練を続けてきたステルクでさえ、身震いするほどの悪夢だ。
アストリッドは、その頃に戻ってしまったのだろうか。
否。
今のアストリッドは、心の整理がついていないだけ。
実用品でないものを納品したロロナが認められたことで、怒りを覚えているだけだ。ロロナ自身は、アストリッドは愛している。憎悪以上に、愛情が深い。それは、ステルクにも、理解できている。
「ロロナ君に、たまには会いに行ってやれ」
「……どうしてだ」
「あの娘は、お前がどうであろうと、受け入れてくれる。 それはお前自身が、一番よく分かっているはずだ。 お前の心にある自責の地獄だって、理解した上で受け入れてくれるだろう」
にらまれる。
だが、怯まない。
しばらく無言で火花を散らしたが。視線を先にそらしたのは、アストリッドだった。
「わかった。 一段落したら、顔を出してやることにするさ」
「そうしてやれ。 あの子はもう独立した大人だし、周囲にも愛されている。 だがきっと、一番認めて欲しいのは、お前にだろう」
「愚かしい話だ。 私があの子を、どんな目で見ていたか。 それに痛めつけることと、嬲る事しかしていなかった」
「だが、親としても、見ていたはずだ」
アストリッドが、黙り込む。
ステルクは咳払いすると、その場を離れることにした。
これ以上は、自分自身で決めること。自分を許すことが出来るかも、アストリッド次第だろう。
これからは、何年も、此処でスピアと戦う事になる。
勿論妨害工作は即座に仕掛けてくるだろうし、此処を起点に出撃して、敵と戦うことも多くなるはずだ。
プロジェクトMは第二段階に入る。
その過程で、アーランドはまず連邦国家となる。既に隣にある二つの国との併合が決まっており、更に併合する国は増える。今はそれを推進している状況だ。
混乱も生じるだろう。
ステルクには、寝る暇も無くなるが。
しかし、その一方で。誰かを守るために、体を粉にして働くという、とてもやりがいのある人生が来る事も意味している。
騎士という地位は消滅する事が決定してはいるが。
今後も、ステルクは騎士という存在そのものの生き方が出来る筈だ。勿論、ダーティワークもこなさなければならないだろうが。
やりがいは、ある。
黙々と仕事に入るアストリッドの背中を見て、ステルクは思うのだ。いつか、あいつをまた、支えてやりたいと。
それはいつのことになるかわからないが。
いずれにしても、今は。与えられた仕事をこなしつつ、時を待つ。それだけだった。
※アストリッドさんについて
原作においてアーランドシリーズといわず、全てのアトリエシリーズで間違いなく最強候補の錬金術師です。かろうじて比肩するのはソフィーさんくらいでしょうね。圧倒的天才。それがこの人を示す言葉です。
とにかく滅茶苦茶な人ですが、原作でも圧倒的な性能を持っていることが新ロロナなどでわかります。重力操作に永久リレイズと、はっきり言って化け物です。
そんなアストリッドさんですが、原作でも最終版のシナリオで「できが悪い錬金術師だった」お師匠様にだけは心を許していたことがわかります。天才だったアストリッドはその分孤独で、そんな彼女を唯一認めてくれていた人だったからですね。
本作では、その辺りが更に闇深い、そして病み深いものへと変わっています。
そしてこの問題が解決するのは、ずっと未来のこととなるのです……