暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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本作におけるアーランド王国は、大陸南部に存在している国家で最大であり、北部の人間から見れば魔族かなにかかとしか思えないような戦士達が集う国です。

子供の頃から戦士として鍛えられており、汚染された環境でくらしているため、人々はとても頑強です。

ロロナ、ロロライナ=フリクセルは、そんなへいわなアーランド王国の住民です。

色々と秘密とかありますが。






1、へいわなアーランド

目を擦りながら起きると、ロロナは大きく伸びをした。

 

大きすぎるベットでは、自分以外にもう一人二人は眠れそうだ。お外では、鶏が鳴いている。

 

怠け者の師匠は、放っておけば、いつまでも眠っている。だから、自分で起きて、働かなければならない。

 

まずは、水汲み。

 

お掃除に、洗濯。

 

使われることも無いだろう錬金術の道具類も、ぴかぴかに磨いて。それから、お日様が昇る頃には、朝ご飯の準備を始めている。いずれにしても、ロロナが毎日こなしているルーチンワークだ。

 

頬を叩くと、ベットから這い出す。

 

まずはお着替えをして、生命線である水を確保しなければならない。アトリエの外は大通りになっているが。幸い、アトリエのすぐ側に、共用の井戸がある。

 

井戸蓋の鍵を外して、水を桶に汲んでいく。

 

どれだけの水が必要かは、だいたい勘で分かっている。今日は四杯もあれば充分だろう。

 

水を汲んでいると、行き交う人々が、挨拶してくる。みんなに丁寧に礼を返しながら、ロロナは小さな体で、うんせうんせと、水桶を運んだ。

 

ロロナこと、ロロライナ=フリクセルは、今年で十五才になる。

 

錬金術師である怠け者のアストリッドと一緒に暮らしているが。師匠はあまりにも怠け者なので、基本家事の類は何もしてくれない。

 

幼い頃に、大きな病気をして。

 

それで、アストリッドに助けてもらった。

 

その近辺の出来事は、どうも記憶が曖昧だ。まだロロナが幼かったから、という事情もあるのだろうが。いずれにしても、アストリッドが、錬金術師らしい仕事をしたのが、ロロナの知る限りそれが最後である。それ以降、殆どアストリッドは毎日ぐうたらしていて、ほぼ何もしない。

 

それなのに。

 

以来両親は、アストリッドを素晴らしい錬金術師だと絶賛していて、ついに娘であるロロナを弟子入りと称して丁稚奉公させている。

 

ロロナも、昔は無邪気に、アストリッドを尊敬していたが。

 

今では、考えも違う。毎日ぐうたらな生活をしている上、時々ふらっと出かけて数日は帰ってこない師匠を、あまり良くは想っていなかった。生活費をどこから調達しているのかよく分からないが、どうせろくな手段ではないだろう。

 

それに、ぐうたらしている割に、師匠は綺麗だ。身繕いする努力を殆どしていないのに、体は理想的なプロポーションを保っているし、顔立ちも整っている。こういうのを見ると、世の中は不公平だと、ロロナは思うのだ。

 

お洗濯を終えると、額の汗を拭う。

 

師匠は放っておくと、何日でも洗濯をほったらかす。錬金術の道具の一つである鍛錬炉も、今では温度を調整して、パイやパンを焼くための存在と化していた。

 

それでいて、師匠はその気になれば何でも出来てしまうので、ずるい。

 

実際、料理の腕でも、師匠は毎日やっているロロナよりもずっと上なのだ。悔しいが、師匠が天才なのは、ロロナも認めている。

 

ただ、滅多にやる気を出してはくれないが。

 

お布団を窓から干して、叩いて埃をだす。これで、お昼を過ぎた頃には、お日様を浴びて気持ちよく眠れるようになっているだろう。

 

そして、パイを焼く。

 

生地は昨日のうちに仕込んでおいたので、今朝は焼くだけだ。お肉も良い感じになっているはずで、美味しく食べる事が出来るだろう。

 

ロロナはぶきっちょで、お料理も何度も失敗しながら覚えていくタイプだ。ただし、パイに関してだけは、そこそこに進歩が早い。

 

これは、好きだから、だろう。

 

パイを焼いていると、やっと師匠が起きてくる。師匠は基本的に、起こされることを極端に嫌う。

 

いつも寝てばかりいるくせに。

 

「おはようございます、師匠」

 

「んー。 今日は、パイか」

 

「はい。 もうすぐ焼けますよ」

 

「あー」

 

アトリエの隅にあるソファに、ごろんと横になる師匠。まだしっかり目が覚めていないようで、時々何か呟いている。

 

ロロナには関係がない事だ。

 

炉の様子を見ていると、丁度良い具合に、パイが焼ける時間が来た。

 

パイを焼くには、温度、時間、それに事前の温めが重要だ。投入する薪の量も、今では体で覚えている。

 

一気に、炉からパイを引き出す。

 

じゅうじゅうといい音を立てて、パイが焼けていた。

 

「わ、おいしそう!」

 

「パイ焼きの腕前だけは、相変わらず一人前だな」

 

「有り難うございます。 すぐに並べます」

 

師匠は、手伝う筈もない。

 

お皿を並べて、鍋づかみで取り出したパイを並べる。切り出したミートパイは、中まで火が通っていて、パイ生地も充分な仕上がりだ。

 

ろくに家事もしない師匠に対する憤りも、こんな時だけは収まる。

 

しばらくパイを食べていると、不意に師匠が切り出した。

 

「そういえば、お前を預かるようになってから、八年だったな」

 

「はい。 もう、八年も経ったんですね」

 

一瞬だけ、師匠がその時、真顔になったのだが。

 

なぜだか、ロロナには分からなかった。

 

食事を終えると、師匠はなにやら用事が出来たと言って、アトリエを出て行く。見送るが、どこへ行くかは教えてくれなかった。

 

食事の後片付けをすると、後は錬金術の勉強をしようと思う。

 

家事の合間に、少しずつ勉強は進めているのだ。師匠はあんなだし、此処は錬金術のアトリエだ。

 

そして、とても由緒がある存在なのだ。

 

ロロナも、このアトリエの由来くらいは知っている。

 

ずっと昔の事だ。

 

この地方は貧しく、強い戦士達はいたけれど、それ以外にはなんの取り柄もない土地だった。

 

必然的に産業は、人を売ることだけに限られた。

 

つまり、傭兵である。

 

それは不幸なのか幸運なのか分からない。アーランドの戦士達はとても強かったので、奴隷として輸出されることはなかったのだと、幾つかの本には書いてあった。しかし、それは戦争でお金を稼ぐことも意味していたはずだ。

 

若い男女はみんな戦争に出て行った。それはモンスターとの戦争が多かったが、人間同士の戦争も少なくなかった。アーランドだけではなく、この辺境地域全てが、そのようにして生計を立てていた。

 

そして、戦場で金を稼ぎ、場合によっては奴隷を捕まえて、或いは買って、持ち帰ってくるのだ。

 

そうすることで、国の人数を維持した。

 

労働力も。

 

当然、戦士階級と、奴隷階級の間では、歴然たる差があった。戦士階級は何をすることも許され、奴隷階級は物そのものとして扱われた。奴隷階級は当然反発し、年中熾烈な争いが繰り広げられた。内乱は日常的に発生し、街は血と死体にいつも満ちていた。

 

血と油の臭いしかしない世界。

 

殺伐とした国。

 

暴力のみが、支配の理として存在していた。

 

貧しい世の理そのものが、この国をむしばんでいたのだ。

 

この国の王様が、最強の武人である事を要求されるのは、暴力の時代の名残だともいう。

 

かって、アーランドが出来るよりもずっとずっと前には、世界は豊かだったという。だが、今の世界は、とてもそうはいえない。作物が取れる土地は限られているし、モンスターも彼方此方にたくさんいる。ちょっと足を運べば、ドラゴンに遭遇する事も珍しくない。

 

人間はみんな強くても、どうにも出来ない事はあるのだ。

 

いつの頃だろうか。アーランド王都のすぐ側に、遺跡が見つかったが。荒くれ達にはどうすることも出来ず、宝を持ち腐れにするばかりだった。

 

そんなときに。

 

旅の人と呼ばれる錬金術師が、この国を訪れたのだ。

 

屈強なアーランドの戦士達を連れて、錬金術師は遺跡に入った。そして、旧時代の宝である、科学と文明を、このアーランドにもたらしたのだ。

 

一気に生活は豊かになった。

 

作物は科学の力で取れるようになり、荒野ばかりだった街の周囲も緑化された。

 

工場が幾つも作られ、生活必需物資を輸入に頼ることもなくなった。更に、土地が豊かになり、飛躍的に奴隷階級の生活は向上。何より、奴隷階級そのものがなくなった。

 

錬金術師の功績は、計り知れなかった。旅の人をこの国の王にと言う話さえ、持ち上がったほどだ。

 

だが。

 

錬金術師は、どのような褒美でも出そうという王に、言った。

 

錬金術のアトリエを開くことを許して欲しいと。

 

そして、一人の弟子を育成すると、その人物にアトリエを任せ。自分は名前の通りに、再び旅に出て行ったのだそうだ。

 

不思議な事に。

 

十年以上も経っていたのに。その錬金術師は、現れたときと、全く容姿が変わっていなかったという。

 

ロロナも知る、この国の古いお話。

 

そういえば、アストリッドをまだ無邪気に尊敬していた頃。膝の上で、良くそのお話の絵本を読んでくれたような気がする。

 

どこまで本当かは、ロロナも知らない。

 

ただし、錬金術師がこの国にもたらした機械文明が、飛躍的に生活を変えたのは事実だ。実際、ロロナが知る限り、みんなこの国の人達は幸せそうに生活をしている。工場区は比較的すすけているけれど、子供達はみんなたくましく生きている。

 

何よりこの昔話は、ロロナにとっても、無関係な話ではない。

 

ロロナの両親は、どちらも昔は凄腕の戦士だったと聞いている。その割に、ロロナはあまり強くない。ただ両親から戦う術については受け継いでいる。攻撃系の魔術をある程度使いこなせるのも、その影響だ。

 

神話ではなく、現在につながっている事柄なのだ。

 

復習をした後、錬金術の勉強に入る。

 

アトリエの奥に安置されている、巨大な錬金釜。丸いツボのような形状をしていて、口はとても大きい。下には熱を加える複雑な機構が存在していて、師匠が時々手入れしているのを、ロロナは知っている。

 

ロロナが二人は入れるそれが、錬金術にとってもっとも大事な道具だ。

 

アストリッドが何度か教えてくれた。

 

錬金術は、この世の理を操作する学問だと。

 

本来は、普通の金属を、金に変えることは出来ない。

 

しかし、錬金術は、その「本来」を変えてしまう。

 

その結果、様々な奇跡を起こすことが出来るのだと。ただし、ロロナが教わっているような錬金術は、そんな大がかりなものではないともいう。

 

「本来」あるものを理解して、その先に「本来」の破壊がある。

 

よく分からない。

 

ただ、アストリッドに言われたまま実験して、出来なかった事は一度も無い。師匠はぐうたらで怠け者で、人間としてはとうてい信頼出来ないけれど。しかし、錬金術師としては、信用できる。そう思いたい。

 

しばらく、無言で錬金術の本を読み続ける。

 

このアトリエは、歴代の錬金術師が、このアーランドを支えてきた証拠。誇らしく思う。師匠にその事を聞くと、急に機嫌が悪くなるので、目の前では口に出さないが。

 

いずれ、自分でこのアトリエを、もう少しましな状態にしたい。

 

まだロロナは子供だ。結婚できるようになるには、来年まで待たなければならない。この国では、戦士は十四才から、それ以外の人間は十六才から結婚できる。つまり、ロロナは子供と言うことだ。

 

大人になった頃には、この閑古鳥が鳴く錬金術のアトリエを、少しはマシにしたい。

 

そう思って、今日もロロナは、乏しい材料を使って、実験を続けている。実験が終わった後は、機具を綺麗にすることを忘れない。

 

昼を少し過ぎるまで、読書に熱中していた。

 

アトリエには、膨大な錬金術の本がある。基礎理論はたくさん覚えた。後は応用を順番に試していきたい。

 

それに、まだまだアトリエの書棚の本は、半分も読んでいない。

 

十六になる前に、どれだけ覚えられるだろう。ロロナは目を擦りながら、昼食の準備を始めようと、腰を浮かせかけた。

 

アトリエのドアがノックされたのは、その時だった。

 

今まで、アトリエには、友達を除くと、ろくな人が来た覚えがない。その殆どが、師匠が顔を出すと、真っ青になって帰って行った。多分、悪いことをしている人達なのだろう。

 

容姿が怖いと言うのでは無く、雰囲気が怖いのだ。

 

勿論、姿が怖い人も来る。

 

戦士階級をしている人の中には、手足を失っていたり、顔が半分そげてしまっているような人もいる。

 

そう言う人を誇らしいと思うのは、この国の礼儀とされている。戦いの結果の欠損であるのだから、当然だ。

 

しかし、やはり怖いと思う心もあるのだ。ロロナは臆病で、そういった誇りある戦士の人達を、まだ尊敬しきれず、心の何処かで怖いと思ってしまう。

 

勿論、そう言う人さえ黙らせるアストリッドも怖い。

 

「はい、どなた、ですか」

 

「国からの布告を持ってきた。 中に入れて欲しい」

 

「ええと、国から……?」

 

ドアの向こうからは、友達の誰とも違う、低く落ち着いた男の人の声がした。

 

確かにこのアトリエは、アーランド王国でも重要な存在だった。過去形なのは、今では師匠がぐうたらなため、殆ど錬金術のアトリエとして機能していないからだ。

 

何だか嫌な予感がする。

 

しかし、国からの布告となると、開けないわけにも行かない。

 

ドアを開けると、立っていたのは、二十代半ばの青年。騎士団の制服である、グレーの事を着込んでいる。

 

問題は剣をぶら下げているという事。つまり、実戦装備だ。

 

この国では、騎士団はあくまで名誉的な集団と、ロロナは聞いている。実際には軍の方が戦闘力を担っていて、騎士団はあくまで少数精鋭を謳う警護役に過ぎないと。ただ、騎士団の中には何人か、強者揃いのアーランド人でさえ度肝を抜かれる精鋭がいるという。

 

何より、ロロナを怖れさせたのは。

 

青年が強面で、笑顔の一つも浮かべていないことだ。

 

まるで巨大な蛇ににらまれた鼠のように、ロロナは小さな悲鳴が漏れるのを感じた。

 

「君は?」

 

「は、はい! ロロナと言います! このアトリエで、暮らしています!」

 

「アストリッドはいないのか」

 

「師匠は、少し前に出かけて……」

 

騎士ににらまれたので、ロロナは首をすくめた。

 

何だか、悪いことをして、怒られているような気分になる。足の震えが止まらない。青ざめているロロナに、騎士は容赦してくれなかった。

 

一瞥だけすると、アトリエの中を見回す。

 

そして、嘆息する。

 

「今日来ることは、知っている筈なのだがな」

 

「し、師匠の、お知り合いですか」

 

「そうだ。 この布告を渡しておくように」

 

いわゆるスクロールとして処理された書物を手渡しされる。

 

紐の結び目には、当然のように、蜜蝋で処理された封。こんな凝った物、滅多に見たことが無い。

 

間違いなく、この人は王宮から来た騎士だろう。

 

手が震える。スクロールはずっしりと重い。紙そのものの重さではない。中心に入れられている、芯の重みだ。

 

終始にこりともしなかった騎士は、スクロールだけ渡すと、後は何も言わずに引き上げていった。

 

ドアが閉まると、ロロナはその場にへたり込んでしまう。

 

腰が抜けた。

 

上手に立ち上がれない。あんな怖そうな人、はじめて見た……わけではない。今までは、アストリッドが対処してくれた。

 

あれだけぐうたらだと思っていたアストリッドに、随分助けられていたことに。ロロナは今更気付いたのだった。

 

立ち上がろうとするが、なかなか上手く行かない。

 

まだがたがたと体がふるえている。本当に、恐怖から、体が動かなくなることがあるのだと、ロロナは今更に思い知らされていた。

 

四苦八苦している内に、ロロナは気付く。

 

まるで生まれたての子ウサギを見るかのような目で、アストリッドが見下ろしていた事に。

 

「し、師匠! いつからいたんですか!」

 

「ステルク……と言ってもあれか。 あの騎士が帰っていく前くらいからかな。 裏口からアトリエに戻ったのだが、楽しそうだからみていたのだ!」

 

「見ていないで助けてください! 本当に怖かったんですからぁ!」

 

とうとう我慢できずに、ロロナは泣き出してしまう。

 

それを見て、本当に幸せそうにしているアストリッド。酷い。いつも師匠はこうだ。ロロナが悲しんだり苦しんだりしているのを、とても嬉しそうに見ている。

 

ひょいとスクロールを取り上げると、惜しげもなく蜜蝋を開封し、中身を読み始める師匠。

 

ロロナは涙を拭いながら、それを見上げるしか出来なかった。

 

「ほう、こう来るか……」

 

師匠が楽しそうに口の端をつり上げる。

 

それがロロナには、悪魔の笑みに見えた。

 

 

 

翌朝、ロロナは早朝から、錬金術師の正装をさせられた。

 

ロロナも生活しているから、普段は工場で作られているような、カジュアルな服を着込んでいる。

 

食事後に、アストリッドに着せられたのは、錬金術の正装と称する服。スカートにマント、いずれもピンクでどことなくヒラヒラしていた。

 

なんだか恥ずかしい格好である。

 

特にスカートのたけが短めで、パンツが見えそうだったので、何度もロロナは裾を抑えた。

 

「師匠、これ……」

 

「私が現役の時に着ていたものの、丈を直した。 まあ、いまでも現役だがな。 しかしまあ、実に可愛いじゃないか」

 

ぞっと背筋に何か嫌なものが走った。

 

師匠は時々、中年のおじさまのような目で、ロロナを見る。

 

その後は、スクロールを渡されて、アトリエを追い出される。どうしてだか分からないけれど。

 

ロロナが王宮に行かなければならないのだとか。

 

一応聞かされた理論も、訳が分からない。

 

アストリッドが言うには、今回の布告は、アトリエの主に対して出した物だという。それなら、アストリッドが行くべきだとロロナは思う。多分、どこの誰に聞いても、同じ答えが返ってくるだろう。

 

しかし、アストリッドは言うのだ。

 

ロロナはもう十五才。自分が錬金術師として、一人前と師匠に認められたのも、同じく十五才。

 

それならば、そろそろ仕事を任せても良いだろうと。

 

とんでも無い話だ。

 

ロロナはまだ、一度もお客様の仕事など、任されたことがない。いきなり国の仕事を任されるなんて、無茶苦茶だ。

 

何とかなるかなあ。

 

そう呟きながら、ロロナは路を行く。

 

アトリエの前には、通りがある。通称職人通り。工場が拡大している今でも、すぐれた技術者が多く住んでいるという事で、戦士達や魔術師達が、よく利用する場所である。それをまっすぐに行くと、広場に。その広場の先に、アーランド王国の中枢である王宮が存在している。

 

ただし、宮殿としての要素はほぼない。

 

人が住むための仕組みがないのだ。

 

実際、王様は王宮ではなく、離れで暮らしているという。離れは一般の民家よりは大きいが、壮麗とか壮大とか、そういった言葉とは無縁。少し大きいだけの、普通のおうちである。

 

この王宮は、あくまでアーランドという国を動かすための建物。

 

昔は違ったらしいのだが、今では少なくともそうだ。

 

元々この国は、絵本に書かれているように、修羅の世界だった。一番強い者が王様になり、常に最強を示して周囲を引率しなければならなかった。

 

そのためには、贅沢な生活など不要だったのだ。

 

以前、二度ほど王宮に来たことがある。その時、アストリッドが、退屈そうにあくびをしながら、そう教えてくれた。

 

行き交っている人達は、みんな殺気立っている。

 

騎士達はむしろ邪魔に見えた。殆どの人達は、ビジネススーツを着込んだ、工場関係者に見えた。

 

街の外にいなければ、戦う機会はない。

 

アーランドでは、戦士階級が、少しずつ力を失いつつある。

 

代わりに力を伸ばしているのは、工場で真面目にお金を稼いでいる、ああいう労働者階級だ。

 

受付で周囲を見回していると、声を掛けられる。

 

活発そうな、短髪の女性。女性騎士の正装である、若干男性のものよりは雰囲気が柔らかいスーツを着込んでいる。ただし、腰にはきちんと剣をぶら下げているし、目つきはあまり優しくない。

 

「おや? 貴方は、確かアトリエの」

 

「あ、ひゃいっ!」

 

思わず、緊張で声が裏返ってしまった。

 

くすくすと笑いながら、女の人が説明をしてくれる。胸のプレートには、エスティと書かれていた。

 

「其処の門から入って、中の廊下をまっすぐ。 一番奥に謁見室があるから、その手前にいる騎士に、声を掛けなさい」

 

「わ、わかりました!」

 

緊張と恐怖で、まだひざががくがく言っている。

 

師匠の胆力が、こんな時は羨ましい。

 

言われたとおりに、廊下を歩いていると。大きな門が見えてきた。恐らくは、あれが謁見室だろう。

 

中に王様がいるのだろうか。

 

分からない。

 

ただ、入る事は出来なかった。門の前には、騎士が二人立っていて、目を光らせていたからだ。

 

「おや? 君は」

 

横から声が飛んでくる。

 

小さく悲鳴を上げそうになったのは。

 

其処に立っていたのは、昨日の強面の騎士だったからだ。

 

昨日の一件がトラウマになっているロロナは、その顔を見るだけで、腰が抜けそうになるのが分かった。

 

師匠が、一人でここに行くようにと言ったときに、気付くべきだったのだ。

 

この人に、遭遇する可能性がある事に。

 

「アストリッドはどうした。 迷子にでもなったか」

 

「いえ、その……」

 

ふるえながら、スクロールを差し出す。

 

書類への押印は、師匠に教えられながら、自分でやった。スクロールの紐の結び方まで、師匠は知っていた。

 

スクロールを受け取った、昨日師匠にステルクと言われていたおっかない顔の騎士は。怪訝そうにスクロールを受け取ると、その場で待っているようにと言い残して、謁見室の中に消えた。

 

怖くて、今にもその場を逃げ出しそうだ。

 

心臓が胸郭の中で、怯えた兎のように跳ね回っている。

 

四半刻ほども待たされた後。

 

ステルクが戻ってくる。

 

さっき以上に強面になっているような気がして、ロロナは泣きそうになった。

 

「だいたい事情は分かった。 君が、この仕事を受けるというのだな」

 

「仕事……」

 

「アストリッドは、具体的な内容も告げていなかったのか」

 

嘆息すると、ステルクは説明してくれる。

 

今、錬金術のアトリエを潰す計画が進行しているのだと。

 

 

 

呆然としながら、ロロナはアトリエへの帰路を歩いていた。正直、周りがよく見えない。それだけ、言われたことはショックだったのだ。

 

現在、アーランドはめざましい発展の中にある。遺跡からサルベージされた技術によって、次々に工場が作られ、内部で生産される物資は街を潤している。また、先進的な技術によって、荒野の緑化は進展し、森はかなり広がり、耕地も潤いを見せていた。

 

そんな状況である。

 

工場地区のさらなる拡大。

 

それに伴う、役立たずのアトリエの取りつぶしが議題として持ち上がったのは、当然の帰結であった。

 

何しろ、かって国を救った存在とは言え。

 

二代にわたる不摂生が祟り、今錬金術のアトリエは、ほぼ機能していないに等しいのだ。ロロナだって、それくらいは分かっている。

 

問題は、その先だ。

 

アトリエを潰さないようにするためには、活動実績を示さなければならない。

 

それも、これから三年間という長期にわたって、である。更に言えば、三ヶ月ごとに中間実績を示していく必要があるというのだ。

 

ぞっとした。

 

そんな作業、あのぐうたらな師匠がするわけがない。

 

ロロナがそれをやらされるのは、目に見えていた。

 

此処も商業都市の側面が、近年は強くなってきている。冷徹な実績と成果の論理で動いていることくらい、ロロナでさえ知っている。

 

出来なければ、アトリエは取りつぶしだ。

 

ロロナには実家がある。

 

そちらに帰れば良いという理論は。

 

いや、すぐに理解できた。

 

残念ながら、成立しない。

 

受付で涙目のロロナにステルクが説明してくれたのだが。

 

ロロナはアストリッドに養われている身。

 

アトリエが潰された場合、アストリッドは街を出ることになる。

 

ロロナも、それについて、街を追い出されることとなる。アストリッドはどういうわけか、出来が良いわけでもない弟子のロロナを溺愛している。その上、ロロナの両親は、アストリッドを全面的に信頼している。

 

待っているのは、明日も知れぬ、流浪の旅。

 

それだけは、いやだ。

 

アーランドは、かってはともかく、今は穏やかな街だ。ただし、アーランド王国の周辺にある、辺境諸国は違う。

 

今でも訳が分からないモンスターが山ほど住み着いていて、人々もとても荒々しい。

 

都会と言われる国々だって、戦争をしている所が珍しくもないという。

 

とてもではないが。

 

もはや、穏やかな生活になど、戻る事は出来ないだろう。あの面白い事好きの師匠のことだ。

 

戦争でも祭でも、何でもおもしろがって、首を突っ込んでいくのは疑いない。

 

「ロロナ」

 

名前を呼ばれた気がした。

 

ぼんやりとしていた意識が、引き戻される。少しハスキーなこの声は。

 

腰に手を当てて、じっと顔を覗き込んでいる相手が見えた。

 

ロロナの一番の親友、クーデリア。

 

未だに珍しく爵位を持っている一家の娘だ。ロロナとはいわゆる腐れ縁で、幼い頃からの親友である。

 

クーデリアは発育が露骨に悪いロロナ以上に背が低く、それが故に実際よりずっと幼く見える。

 

アーランドは、商業国家の色彩が出始めているとは言え、本質的には凶猛な戦士の国。

 

女性も背丈が高い場合が多く、他の国の平均よりもずっと上だと、何処かでロロナは聞いたことがあった。

 

ロロナもその平均よりかなり低いのだが。

 

クーデリアは、気の毒なほど背が低くて。故に、幼い頃から、ずっと周囲に壁を作っていた。

 

ロロナ以外に親友と呼べる相手もいない様子だし、休日はよく遊びに来る。

 

もっとも、ロロナも同年代の友達はあまり数が多くない。

 

アトリエ周辺の大人達にはかわいがってもらっているが、それだけだ。結局の所、クーデリアとロロナは似たもの同士、なのかも知れない。

 

「どうしたの。 ドブみたいに濁った目してたわよ」

 

「くーちゃん……」

 

「ちょ、どうしたの!? 誰かに虐められたとか! ふ、巫山戯た事を……!」

 

殺気だって周囲を見回すクーデリア。

 

見る間に、その目の色が変わっていくのが分かった。

 

彼女は小柄だが腕力がとても強くて、頭一つ以上大きな男の子を殴り飛ばして気絶させたことが一切では無い。身体能力も高くて、高い所にも平気で昇る。

 

しかも最近は銃と魔術を組み合わせた戦闘術を学んでいるとかで、戦士としては英才教育を受けているに等しい。

 

しかも幼い頃から虐められていた反動からか、非常に気が短い。

 

性格はロロナと正反対なのだ。

 

「いいなさい、誰! 手段なんか選ばない、一族まとめてブチのめしてやるわ!」

 

「くーちゃん、違うの。 その……」

 

「泣いてちゃ分からないでしょ! ほら、鼻かんで!」

 

高そうなレースのハンカチを差し出されたので、遠慮無く涙を拭わせてもらう。クーデリアが話しかけてきてくれた事で、少しだけ気分も落ち着いてきた。背中を撫でられながら、アトリエに戻る。

 

途中、ぽつりぽつりと話をしていく。

 

クーデリアは頭も結構良い。将来は実家を継ぐとかで、経営や難しい勉強についても、学んでいるらしいのだ。

 

「つまり、あの怠け者が、税の納め時って事ね」

 

「うん。 でも、もしそうなったら、きっとわたしもアーランドにはいられない」

 

ふと、気付く。

 

クーデリアは、さっきほど怒っていない。

 

彼女は気が短くて、感情を表に出しやすい。どうして怒らないのだろう。

 

「しっかりしなさい。 まずは役立たずでも、師匠は師匠なんだから、あの怠け者に全部話す。 錬金術師なんだから、働けって言ってみる。 一つずつ、試してみなさい」

 

「う、うん。 分かった。 そ、それで、その次はどうすればいいの?」

 

「多分、いや駄目って言われるかも知れないけど」

 

「やっぱり駄目なんだ!」

 

慌てて、ロロナの悲鳴に満ちた声を遮るクーデリア。

 

足早に行くように急かされた。あまり窮状を周囲に見せるのは良くないと、クーデリアは言う。

 

ロロナが大慌てしてすっころぶのは、この辺りの名物になっているらしいのだけれど。

 

それでも、やはり弱みを見せるのは、良くないとクーデリアは重ねていった。

 

「悔しいけど、あの怠け者は錬金術師としては優秀なんでしょう? どうにもならないとなったら、きっと働くわよ」

 

アトリエに、いつの間にかついていた。

 

涙を拭うと、アトリエに入る。

 

アストリッドはいない。出かけているのか、アトリエの中は、妙にひんやりとしていた。

 

いきなり死刑宣告を突きつけられた気分だ。ロロナはソファに座る。周囲のことを、クーデリアがてきぱきとやってくれた。

 

ホットミルクを入れてくれたので、口にする。

 

ようやく少しだけ、心が落ち着いてきた。

 

「騎士の人、すごく怖かった……」

 

「脅かされてないでしょうね」

 

「ううん、きっとわたしが怖がっただけ」

 

今になって思うが、あの騎士の人は、ロロナを脅すような真似は一度もしていなかった。顔は怖かったし、雰囲気はもっと恐ろしかったけれど。あの人は、むしろロロナを気遣うような行動さえしていた。

 

勝手にロロナが怯えていただけだ。

 

臆病で、情けない自分。

 

ロロナはどちらかと言えば楽天家だけれども、今日ほど自分の情けなさを痛感した日はない。

 

師匠が帰ってきたって、どうにかなるとは思えない。

 

いつの間にか、コートを掛けられていた。

 

「まずは落ち着きなさい。 最悪、あんたが頑張れば良いんだから」

 

「そんなの……」

 

無理と言おうとして、失敗した。

 

アストリッドが帰ってくるのが、見えたからだ。

 

うつむくロロナ。

 

何か、妙な違和感がある。どうしてクーデリアは、アストリッドに食ってかからないのだろう。

 

いつもだったら、天敵同士なのに。

 

悔しそうに顔を背けるクーデリア。アストリッドは、何もかも知っているかのような顔をしていた。

 

隣室に、クーデリアを連れて行くアストリッド。

 

文句も言わずについていくクーデリアを見て。やはり、ロロナは何かがおかしいと感じたけれど。

 

その正体については、ついに分からずじまいだった。









※アストリッドさんについて


原作でもこれは共通していますが、この人は歴代アトリエシリーズでも最強候補の一角です。ロロナのアトリエのデラックス版などでは仲間として参加してくれるのですが(ただし連れていくのに法外な料金を取られる)、無限リレイズが掛かっているわ、重力を自在に使いこなすわで、錬金術師の前に人間かすら怪しいです。

この人に匹敵するのはリディー&スール時代のソフィー先生くらいでしょうね。やったことだけならもっと凄い人もいるんですが、多分そのやったことも見ただけで即座にコピーしかねない。

それほどとんでもねえ人です。

ただ本作ではこの人は、心に超特大の爆弾を抱えていて、世界の危機の一角を担ってしまっているのですが。




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