暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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4、錬金術に出来る事

クーデリアのために作った傷薬を持参して、ロロナは意気揚々と、無二の親友の家を訪れたのだが。

 

外出中と言われてしまった。

 

そうなると、恐らくは近くの森か何かで、修練を積んでいるのだろう。

 

少しがっかりしたが、クーデリアがロロナのために頑張ってくれていることは知っている。

 

それに、時々クーデリアは言うのだ。

 

こうやって腕を磨いておけば、いずれ自立も出来ると。

 

クーデリアは、親のことや、兄弟のことを殆ど話さない。

 

ロロナにも分かる。

 

クーデリアが、両親と上手く行っていないことくらい。何度か顔を合わせたクーデリアの兄弟も、例外なくロロナをゴミでも見るかのような目で見ていた。ロロナも、クーデリアのことは大好きだけれど。彼女の家族のことは、どうも好きにはなれそうにもなかった。

 

どうして、クーデリアの家族は。あんなに酷薄なのだろう。

 

背が低いから、だろうか。

 

クーデリアが自分の背丈を過剰に気にしていることは知っている。ロロナだって、かなり小柄な方だけれど。クーデリアは、発育が気の毒なくらいに悪い。あのまま大人になってしまったら、いつまでも子供と間違えられるのではないかと思ってしまう。

 

発育を促進するお薬を作れないかと、一度調べたことはあるのだけれど。

 

そんな便利なものは、なかなか見つからなかった。

 

それに、ロロナだって背が他より低いことには変わらないのである。どうにかできるのなら、何とかしたいという思いはある。

 

いや、背が低いから、ではないだろう。

 

クーデリアは戦士としての力量がまだまだだと自嘲している。それが原因なのかも知れない。

 

一緒に戦うと、いつも頼りになるクーデリアだけれど。前衛としての仕事は、完璧に果たしてくれるけれど。

 

それでも、彼女は自分の腕が稚拙で非力だと、思い込んでいる。

 

分からない。

 

どうしたら、クーデリアを助けられるのだろう。

 

自分をいつも助けてくれるクーデリアを、何とかロロナも、助けてあげたいのだけれど。方法がどうしても分からなくて、心を痛めるばかりだった。

 

アトリエに戻ると、お薬を量産する作業に戻る。

 

マニュアルを見る限り、もっと効果を上げることも出来るようなのだけれど。今の時点では、まず実用に耐えるお薬を、作っておく事そのものが重要だ。生傷が絶えないクーデリアのためになるはずだ。勿論、他の護衛を雇っているときには。彼らを助けるためにもなる。

 

ロロナ自身が実験で付けた傷は、三日で完治。

 

既に包帯はとってある。

 

傷口は、痕跡も残っていない。触っても痛みはないし、何処に傷があったかさえ分からないほどだ。

 

しばらく無心に傷薬を作っていると、訪問者があった。

 

クーデリアである。

 

どうやら、今帰ってきた所らしい。近くの森に出かけていたのかと思ったのだが、どうやら違う様子だ。

 

頬に傷が出来ている。それも、かなり大きな獣の爪が擦った跡だ。

 

「どうしたの、くーちゃん。 何と戦ったの?」

 

「ベヒモスよ。 幼獣だけど」

 

「へえー!」

 

「一人で倒したわけじゃないわよ」

 

クーデリアの話によると、近所の村の近くで、ベヒモスが住み着いた。退治のために、クーデリアの家にいるエージェントに声が掛かった。

 

クーデリアは手を出す暇も無かったという。

 

戦い慣れしている村の戦士達と、本職のエージェント数人が相手だったのだ。彼らの実力は圧倒的で、成獣のベヒモスは、殆ど一方的に嬲られて、這々の体で逃げていったという。既に死体も発見されているそうだ。

 

その戦いの最中。

 

クーデリアは村の経験が浅い戦士達と一緒に、他のモンスターの駆除を行った。狼や熊の類も、少し増えすぎていたので、駆除した。

 

その中に、ベヒモスの幼獣がいたという。

 

幼獣と言っても、普通のドナーンなどとは比較にならない体格だ。二本足で立ち上がった牛のような姿をしたベヒモスは、経験が浅い戦士達の中に踊り込むと、大暴れしたという。

 

クーデリアも何発かもらった。

 

この間、ロロナに見せてくれたスリープショットを叩き込んで、地面に押しつけて。其処を、戦士達がよってたかって切り刻んで、どうにか倒したという。

 

武勇譚と言うには、凄惨だ。

 

敵の動きを止めたのはクーデリアだが、あの技を発動するまでには、リミッターを二つ解除しなければならなかったはず。其処まで追い込まれたという事は。楽な戦いではなかっただろう。

 

戦利品もない。

 

フォイエルバッハ家が賃金として受け取ったという事だ。クーデリアは、愚にもつかない相手に苦戦しただけ、という評価しか得られなかったという。

 

酷い話だと、ロロナも思うけれど。

 

クーデリアの表情は沈痛で、余計な事を言う隙はなかった。

 

「くーちゃん、お薬作ったの。 傷、見せて」

 

「……」

 

クーデリアは上着を脱ぐと、座る。

 

見ると、打撲傷も多い。擦過傷も、彼方此方に見受けられた。

 

本当に激しい戦いだったのだと、一目で分かる。

 

傷薬を塗っていく。クーデリアは眉一つ動かさなかったけれど。きっと、痛かった筈だ。クーデリアの小さな可愛い手にも傷がついていたので、ロロナは心を痛めた。

 

「くーちゃん、もっと自分を大事にしようよ。 わたし、心配だよ」

 

「あたしのことなんかどうでもいいのよ。 どーせあんた以外、心配する人間だっていないんだから」

 

「そんな事言わないでよ」

 

「事実なんだから、しょうがないでしょ」

 

苛立ちが声に混ざったので、ロロナは首をすくめた。包帯を巻いてあげると、そそくさとクーデリアは服を着る。

 

鍛え方が違うから、包帯なんていらないとクーデリアはぶつぶつ言っていたのだけれど。

 

ロロナが茶を出した頃には、少しずつ機嫌も良くなってきていた。

 

やはりこの薬は効く。

 

マニュアルを熟読して理解したところによると、回復効果の増強を行う薬と、痛み止めが入っていて、なおかつ化膿も防ぐという。非常に強力な薬なのだけれど。アーランド人以外には効果が強すぎて、却って毒になるかも知れないので、気をつけるようにと注意書きがあった。

 

まだ、数日、次の課題が始まるまで、時間はある。

 

その間に、幾つかやれることはやっておきたい。

 

「ねえ、ロロナ」

 

「どうしたの?」

 

「もしも、よ。 この国を離れるとしたら、何処へ行きたい?」

 

「そうだねえ。 出来れば、この国は離れたくないかな」

 

短期間の旅行や赴任だったら別に良いのだけれど。

 

やっぱり、思うのだ。

 

ロロナはよそで生きていけるほど強くない。かといって、強くなりたいとは思う。だから、今必死に努力はしている。

 

クーデリアが、一瞬だけすごく悲しそうな顔をしたのをロロナは見たけれど。

 

気付かないふりをした。

 

彼女が何を悲しんでいるのか。苦しんでいるのか。まだ、ロロナには分からない。

 

瓶詰めしたお薬を渡しておく。

 

使い方については、傷口に塗るだけ。飲み薬ではないので、注意。あと、体が弱り切っているときには、使わない方が良いかもしれない。それだけ告げると、クーデリアは鼻を鳴らした。

 

「まあ、いらないけど。 あんたがくれるもんだし、もらっておくわ」

 

「うん、それでいいよ」

 

しばらくお菓子でも食べてゆっくりしたい所だけれど。

 

数日の無駄が、今後はどう響いてくるか、分からない。出来るだけマニュアルを整備しておいた方が良いだろう。

 

クーデリアが付箋を付けると良いかも知れないと言ってくれたので、その作業に入る。ゼッテルに色を付けて、折り曲げる。それをマニュアルに挟んでおくのだ。色によって、道具の特性を分ける。

 

爆弾なら赤。

 

回復なら青、という具合だ。

 

分別していくと、いわゆる魔術と混合したような道具類も目につく。こういったものも、いずれ作れるようにならなければ。

 

その後は、今後いくらでも必要になるだろう材料を補充するために、クーデリアと連れだって、近くの森に出向いた。勿論、じっくり休んだ後だ。怪我をしているクーデリアに無理もさせたくなかったので、敢えて近場を選んだ。

 

丁度、傷薬を量産したことで、マジックグラスも切れていた。他にも、マニュアルを見た限りでは、欲しい素材が幾らかあった。

 

近くの森の奥地までいかなければならないが、採集は可能。

 

ただ、師匠が言うように、品質が良い素材は、此処では手に入りそうにない。よそで見つけ出すしかないのだろうけれど。

 

キャンプスペースには、同年代の戦士達が屯していた。

 

クーデリアが挨拶されている。

 

或いは、修行の際に、共闘していたのかも知れない。

 

「姐さん、今日は友達と一緒ですか?」

 

「何だか細そうな子ッスね」

 

「あんた達には関係無いでしょ! いいから、修行に行ってきなさい」

 

「はーい。 今度も手伝ってくださいよ?」

 

クーデリアは馬鹿にして不快な奴らだと言っていたけれど、ロロナにはそうは見えなかった。

 

話によると、此処で修行していたとき、多数の狼を深追いして逆襲され、危地に陥っていたところを助けたのだという。

 

ロロナはそれを聞いて思ったのだが。

 

クーデリアは、囮になるという役割を今は自身に課しているけれど。それがなくなれば、むしろもっと力を増すのではないかと。

 

それならば、壁役として、別の戦士が入ってくれれば。

 

ステルクは忙しそうだし、適任はいるのだろうか。難しい所だ。いずれにしても、戦略を練り直せば、戦術の幅も広がるかも知れない。

 

お昼ご飯を出して、二人で食べる。

 

ノノと呼ばれる食べ物だ。簡単に説明すると、穀類を油で揚げて、固めたものである。肉から採れる油を使って工場で量産していて、安くて美味しいので、アーランド人の庶民の味方である。持ち運びにも便利で、傷みにくい。

 

クーデリアは庶民の食べ物だとかいいながら、これを食べているときはすごくよい笑顔をする。

 

その笑顔を見たくて、ノノを持ってきている事情もある。

 

「今後はどんな課題が出るのかなあ。 今回はすごく厳しかったし、同じくらい難しかったら、つらいなあ」

 

「同じ程度の課題だったら、次は問題なく行けるでしょ」

 

「そうかなあ。 ちょっと自信ないよ」

 

「あんたの実力、確実に上がってると思うわよ。 今後は完成品のあの不格好さをどうにかしていけば、もっと良くなるんじゃないかしら」

 

それを言われるとつらい。

 

確かに、見かけは子供の工作みたいなできばえだったのだ。字も下手だし、マニュアルを見たときのステルクの顔を忘れられない。ロロナの字が下手だというのも、理由の一つだろう。絵は得意なのに。

 

ゼッテルの素材を含めて、色々と集めていく。

 

今後のためにも、素材はいくらあっても足りない。コンテナにはどれだけ詰め込んでも平気だから、今は何も考えずに、素材を徹底的に集めておく。

 

狼を見かけたが、巡回中の戦士の人が口笛を吹いているのを聞いて、手を出さないようにする。

 

今、狼の数を調整中という合図だ。

 

これが出ているときは、狼を殺してしまうと罰金を払わなければならない。品種改良で増えやすいようにはなっているけれど。それでも、個体数が減りすぎると、回復させるのが、大変なのだ。

 

また、この口笛が吹かれているときは、専門の管理者が、狼を繁殖ゾーンに追い込んでいる。普通は狼と遭遇もしない。

 

それよりも、今日は入手しておきたいものがある。

 

「マンドラゴラが欲しいんだけれど、くーちゃん、手伝ってくれる?」

 

「なによそれ」

 

「毒性が強い植物なんだけど、人の姿をしているの」

 

毒性が強いという事は、薬にも転用可能ということだ。

 

実際、参考資料を見る限り、かなりマンドラゴラを使用するレシピは多い。使用次第では、かなり強い薬も作る事が出来る。

 

上位の錬金術になってくると、それこそ奇跡とでも言うべき道具を作り出す事が出来るけれど。

 

それらには、とても強い毒や酸、危険な物質が必要になるのだ。

 

マンドラゴラは、森の深部に生えている。

 

周辺には、年を経て地面の外に這いだし、動けるようになったマンドラゴラが徘徊しているが。それも排除しなければならないだろう。

 

あまりメジャーなモンスターではないので、クーデリアは多分、知らずに排除していた可能性も高そうだ。

 

生息地域については、事前に調べてある。

 

巡回の戦士達は忙しそうにしていたが、場所を告げると、入って良いと言われた。頷き合うと、一緒に出向く。

 

クーデリアは戦闘から戻ってきたばかりだから、無理はさせられない。ただ、傷の手当てはしてあるし、ロロナは気力充分。きっと大丈夫なはずだ。

 

森が深くなってくる。

 

奥の方に、川が流れていて、かなり水深がある。水の勢いも強い。水の奥底には、きらきらと何か輝いている。いずれ取りに行ければ良いのだけれど。この水流では、潜るのは危険すぎる。

 

大きな肉食の魚も泳いでいるので、素潜りは自殺行為だ。

 

川の沿岸では、かえるが鳴いている。

 

捕まえて、焼いて食べると、おやつに最適なのだけれど。今はそうしない。クーデリアに、書いてきた絵を見せる。頷くと、すぐにクーデリアは周囲を見回しはじめた。

 

マンドラゴラの重要な部分は根で、表に出ている箇所は、普通の草と殆ど見分けがつかない。

 

幸い、今は若いかぶを守るために徘徊している老マンドラゴラはいない様子だ。

 

戦闘も想定していたのだけれど。

 

急げば、戦闘を行わずに、切り上げられるかも知れない。

 

毒は使いようでは、非常に便利な効果を作り出せる。

 

クーデリアを見た。

 

ひょっとしたら、彼女の背を伸ばせるかも知れない。上手く行けば、人並みくらいにまでは。

 

そうなったら、クーデリアのコンプレックスは、一つなくすことが出来る。

 

草をかき分けて探していると、バッタが飛んでいった。きちきちと、小気味の良い音。羽を広げて飛んでいく様子を見ると、つい手を伸ばして捕まえそうになる。バッタもたくさん集めて焼いて食べると、美味しいのだ。もっと小さいときは、両親やアストリッドと一緒に外出したとき、お外で焼いて食べた。子供の栄養源としては、理想的なのだ。

 

注意を草の捜索に戻す。

 

クーデリアは草を探しながら、周囲を警戒してくれている。中々、マンドラゴラは見つからない。

 

場所を移す。

 

「生息に適していない場所を探していない?」

 

「うん、川から少し離れて見ようか」

 

「それがいいわね。 おっと」

 

ひょいと、噛みついてきた毒蛇を掴むクーデリア。そして放り捨てた。

 

食べても美味しい品種ではない。というよりも、今は捌いて食べている暇がないというのが事実だ。

 

少し、木の陰になっている暗い場所を見つけた。

 

クーデリアが頷く。

 

これに間違いない。密生しているけれど、どれも葉がしおれていて、元気がない。もってきた耳栓を、クーデリアにも渡す。

 

自衛能力として、マンドラゴラは音を操作する。

 

それが、徘徊している老個体を呼び寄せる可能性も小さくない。持ってきたスコップを使って、マンドラゴラを掘り返していく。

 

ある程度掘ったところで、急激に耳の奥にダメージが来た。

 

耳栓を入れているから分からないけれど。多分、マンドラゴラが、自衛の金切り声を上げたのだ。

 

クーデリアが、拳銃を取り出す。

 

どうやら、老個体が現れたらしい。

 

一気に一つ、根を掘り出す。掘り出してしまうと、根はもう金切り声を上げることもなかったようで、耳の奥にも何も響かない。

 

ハンドサインを、クーデリアが入れる。

 

どうやら、マンドラゴラの老個体が、戦闘態勢に入った様子だ。若いかぶを掘り返しているのだから、当然だろう。

 

確か、老個体も音を操って、敵を排除するはず。

 

耳栓は外せない。音を聞き取れないと、著しく感知できる攻撃が減る。ロロナは荷車に今掘り出した根を積み込むと、杖を掴んで、振り返る。

 

顔面に、蔓が飛んできたのは、その時だった。

 

杖で受け止める。かなり距離はある筈なのに、こんな所まで届くなんて、少し驚かされた。

 

マンドラゴラは、ロロナを狙っている。

 

改めて、その姿を見た。

 

大きさは人間の子供くらいだろうか。人間に近い形状をしている。茶色い体だが、頭に相当する部分がない。根のマンドラゴラにはあるのに。

 

動きは緩慢。

 

しかし、胴体部分の真ん中ほどには、微妙にずれた一対の目。そして、大きく開いた口。今もきっと、頭をおかしくするような音波を放ってきているはず。短時間で、決着を付けないと危ない。多くが集まってきたら、大変だ。

 

クーデリアが発砲。

 

十発以上の弾丸を、立て続けに叩き込む。触手がしなり、盾のように、網のように、ガード。だが、半分以上の弾丸が、触手を素通りして、その体に届く。

 

ぶつぶつと、老マンドラゴラの体に穴が開く。

 

だが、致命打には遠いようだ。触手がしなり、クーデリアを追う。バックステップで距離を取りながら、クーデリアはリボルバーを開け、弾丸を装填。跳躍中に、一連の作業を済ませてしまう。更に発砲しながら、左に走るクーデリア。触手がしなり、何度も地面を叩いた。

 

また、腕が上がってきている。

 

体術も銃の扱いも凄い。これで、半人前だというのだから、アーランド戦士の恐ろしさがよく分かる。

 

ロロナも、クーデリアが気を引いてくれているうちに、木陰に。

 

詠唱を進めるが、耳が聞こえにくいから、上手く行っているか分からない。マンドラゴラは弾丸を散々浴びているけれど、全く効いている様子が無い。

 

至近に迫ったクーデリアが蹴りを叩き込んだ。

 

だが、とんでもなく重いらしく。クーデリアの方が顔をしかめて、自身を捕らえようとした触手から、慌てて飛び逃げた。何度か鞭のようにしなる触手。更に、老マンドラゴラが、耳まで裂けた口を開く。

 

クーデリアが耳を押さえて、横転。

 

触手が、クーデリアの足を掴んだ。

 

敵の口の中に連射するクーデリアだけれど。じりじりと引っ張られていく。今のは、音に指向性を持たせて、耳栓を突破したのか。

 

もう少し。詠唱が完成するまで、まだ少し掛かる。

 

クーデリアは、相手の口の中に、更に弾丸を叩き込んでいく。

 

敵の攻撃が小威力だからか、リミッターを外せないらしい。上下に振り回され、地面に叩き付けられる。

 

クーデリアは、良く気を引いてくれている。

 

後は、ロロナがドジを踏まないようにするだけ。

 

周囲を見るが、新しい老マンドラゴラは現れない。あれだけやっつければ、終わりだ。

 

クーデリアは抵抗しているが、まだ敵の至近へと引きずられて行っている。体格は同じくらいなのに、老マンドラゴラ、相当なパワーだ。

 

詠唱が、完了する。

 

マンドラゴラは、口から何かとがったものを出している。あれで血を吸うのだろうか。確かに、植物がもりもり肉を食べるというのは、想像しづらい。血を吸う方が、まだあり得そうだ。

 

クーデリアが、とがったものを蹴り挙げるけれど、執拗に老マンドラゴラは、それで刺そうとしてくる。

 

更に、何度も振り回して、地面に叩き付ける。

 

くぐもった声を、クーデリアが上げているのが分かった。

 

前の戦いのダメージが、思った以上に深刻なのだろうか。それとも。

 

ロロナと、クーデリアの目が合う。

 

同時に、クーデリアが。足を掴んでいる触手に発砲。三発同時に同じ場所に当てて、一気に切断。

 

ロロナが、杖を向けて。

 

勢い余って、尻餅をついたような形になった老マンドラゴラに、光の槍を撃ち込む。

 

光の奔流が、辺りを包んだ。

 

爆発音は当然聞こえない。

 

しばしして、耳栓を外す。呼吸を整えるが、耳の奥がじんじんする。クーデリアが此方に歩いて来るが、何を言っているか、全く聞こえなかった。

 

ばらばらになった老マンドラゴラの触手が、まだ動いている。

 

クーデリアはリミッターがやっと外れたらしく、触手の付け根辺りを炎の弾丸で焼き払う。

 

それで、やっと老マンドラゴラは動かなくなった。

 

近くで見てみると、白っぽい体液が、かなり豊富に含まれているようだ。触ってみると、硬いと言うよりも、肉質がとても厚い。

 

まるで大木のような重みがある。

 

なるほど、クーデリアの蹴りが、はじき返されるわけだ。

 

二人がかりで、荷車に乗せる。老マンドラゴラも、かなり豊富な材料として活用できるだろう。

 

「くーちゃん、傷口に液が入らないように気をつけて。 猛毒だよ」

 

返事はない。

 

というよりも、クーデリアがぱくぱくしているのは分かるのだけれど、やはり言葉としては聞き取れなかった。

 

あの音は、やはり指向性が強い存在だったようで、森にいる他の動物たちは、別に逃げ出すことも、嫌がっている様子も無かった。

 

キャンプスペースまで到着して、一息。

 

老マンドラゴラの死体というべきか、動きが止まったかぶを確認してみる。あのとがった器官は、やはり吸血を目的としたものであったのだろう。いや、調べて見ると、どうも何かの毒液を注射するための管らしきものがある。

 

つまりこれは毒針、或いは麻酔針。管の先にある器官を調べて見るが、どうも麻酔のようだ。

 

マンドラゴラ自体は、血や体液を吸うのではなくて、単にクーデリアを無力化するために、攻撃していたのかも知れない。

 

少しずつ、音が聞こえるようになってきた。

 

キャンプスペースで、呆れたように戦士の人達が言う。毒性が強い上に、面倒なマンドラゴラに、どうして喧嘩を売ったのかと。

 

「というより、彼奴らはまず仕掛けてこないぞ。 なんで戦いになったんだ」

 

クーデリアと、顔を見合わせる。

 

なるほど、この森では、そもそも錬金術師以外、マンドラゴラを襲う外敵がいなかったのかも知れない。

 

クーデリアに傷を見せてもらったが、思ったほどではない。多少擦過傷があったけれど、打ち身にもなっていない。地面に叩き付けられたときにも、しっかり受け身をとっていたのだろう。

 

「というより彼奴、露骨にパワー不足だったわ。 狼相手に自衛は出来るだろうけど、ドナーンが相手だったらまず無理よ」

 

そうか。それは、可哀想なことをしたのかも知れない。

 

元々、他の植物にしてもそうだ。

 

この森は、人間にとって一種の牧場。狼にしても、戦士の最初の訓練相手として、数を調整されている。

 

木々にしても、街のために生えている。

 

植物も、川の中の魚たちも。

 

人間に、生殺与奪を握られてしまっている。

 

話を聞く限り、老マンドラゴラはそんな状況で、若いかぶを守ろうとしたのだろう。相手を殺すつもりもなく、気絶させて追い払うつもりだったに違いない。

 

ロロナは、近頃の戦いで、完全に生死のやりとりの恐ろしさを学んでいた。だから、相手の見極めが、逆に出来なかった。

 

しかし、悔やんでいても仕方が無い。

 

奪ってしまった命は帰らないのだ。それに、植物も採取すれば死ぬ。荷車を見る。今日だけで、かなりの量のマジックグラスを摘んだ。これだって、植物にして見れば、体を引きちぎられたようなものだ。

 

この世界には、人間の手が及ばない地域がたくさんある。

 

そういった場所では、文字通り意味が分からないほど強力なモンスターが闊歩し、魔界とさえ言われている。

 

人間に近い知能を持った生物が、独自の文明を作っているという噂さえある。

 

勿論ロロナ自身が見たわけでは無いので、何とも言えないのだけれど。そういった場所なら、マンドラゴラは幸せにいられたのだろうか。

 

いや、その幸せという概念が、人間の押しつけかも知れない。ロロナには、まだ手が届かない問題だ。

 

クーデリアは、リボルバーを開いて、また弾丸を装填している。

 

さっきの戦いでも、二十から三十は消費したはずだ。工場で大量生産されているとは言え、毎回これだけ消費していれば、お金もかなり使っているだろう。

 

彼女はまだ戦闘態勢を崩していない。

 

キャンプスペースとは言っても、此処は街ではないのだ。

 

「くーちゃん、いつも本当にありがとう」

 

「どうしたのよ、急に」

 

「ううん、何でもない」

 

こんな事のために、命を張ってくれるクーデリアのためにも。

 

ロロナは、足踏みしている訳にはいかなかった。

 

 

 

アトリエに戻った後、採取してきた素材をコンテナに移す。その後、ロロナは頑張ってくれた親友のために、パイを出した。

 

昨日から研究を始めて、やっと作れるようになったのだ。作り方はそれほど難しくはないのだけれど、中々美味しくは出来ない。五回失敗して、ようやく多少はましになってきたから、クーデリアにも出す事にした。

 

クーデリアはフルーツを入れたパイが好きなようだけれど、今日は戦いの後だからミートパイにする。

 

森で帰り道に仕留めた雉の肉を贅沢に使って、美味しく仕上げた。

 

肉が美味しければ、そこそこに食べられる、はずだ。

 

二人で並んでミートパイを食べる。

 

少し口に入れて分かったけれど。やっぱり、料理して作ったパイには、まだ遠く及ばない。

 

「いつものあんたのに比べると、まだまだね」

 

「うん。 もっと美味しく作りたいね」

 

やっぱり、生地が駄目か。

 

小麦粉を中和剤と混ぜ合わせて、釜で煮込む。水分が飛んできたら釜から出して、調味料と混ぜ合わせて、練る。

 

その後、魔法陣に乗せて、生地をこなれさせる。

 

普通、パイを作る場合、これで一晩かかるのだけれど。中和剤を利用したパイ生地の熟成を、こうして短縮するのだ。

 

後は、釜で焼くのだけれど、ここからが更に難しくなる。

 

中和剤を霧状にして、釜の中に。

 

焼き上げる際の調整も、これで行う。釜に書いてある魔法陣を利用して、一気にパイを焼き上げるのだ。

 

これらの作業では、当然熟練がいる。

 

普通にパイを作るより、ずっと早く仕上げられるけれど。その代わり、料理をするの以上に、経験が必要になってくる。

 

更に、中和剤の素材も問題だ。

 

液状のものなら何でも中和剤に出来るのだけれど。ただの水を使うか、パイの味を上げるためにミルクでも用いるか、かなり悩む。ミルクは基本的に貴重品だし、工場で生産される分は配給制。

 

パイを作るために、しかも中和剤として使って。その上で失敗してしまったら、工場で働いている人達に申し訳ない。

 

まだまだミルクを使うのは早い。

 

だが、水で作った中和剤では、味が頭打ちなのも事実だった。

 

「随分面倒くさい事しているのね」

 

「それでも、これから来るだろう課題に比べたら、ぜんぜん簡単だよ。 これくらいは出来ないと」

 

「随分勉強家になったじゃない」

 

それは。

 

クーデリアがすごい努力をしているのを見て、無駄にしたくはないと思ったからだ。

 

これだけ努力して強くなってくれているのに。ロロナがそれに応えなかったら、あまりにも酷い気がする。

 

「くーちゃん、疲れてない? ソファとか、わたしのベットとか、使っても良いよ」

 

「あんたは?」

 

「わたしはこれから錬金術の勉強をしないと。 次の課題がどんな内容か分からないけれど、しっかり対策しておかないと、ね」

 

クーデリアは、きっと疲れていたのだろう。

 

ロロナが促すと、寝室に向かった。

 

少しでもこうして休んでくれると、嬉しい。

 

クーデリアはあんなに可愛いのに。どうして、家族は、彼女に冷たいのだろう。だからあんなに心が冷えてしまっている。まだロロナと同じく、十四なのに。戦士階級としては大人だけれど。それでも、まだまだ心の発達は中途の筈。それなのに、どうして親は、酷薄に接するのだろう。

 

ロロナの両親は優しい。

 

お父さんもお母さんも、ロロナのために、色々してくれる。アストリッドに預けているのも、「素晴らしい錬金術師」の弟子になる事が、将来につながると本気で思ってくれているからだ。少なくとも、ロロナはそうたびたび聞かされている。何か問題があったら、親身になって接してくれるだろう。そういう優しい二人なのだ。

 

クーデリアの両親が、もう少し優しかったら。

 

ロロナの前でしか笑顔を見せないクーデリアが、もっと優しい子になっていたのではないのか。

 

いつも傷だらけで、それでも誰にも助けを求めない、痛々しい有様にはならなかったのではあるまいか。

 

クーデリアはいつも強がっているように見えるけれど。ロロナを必死に守ってくれるけれど。

 

それはきっと、ロロナしか、クーデリアにはいないからだ。

 

ロロナにとってだって、クーデリアは無二の親友だ。だから、彼女が酷い事になってしまったら、悲しい。

 

どうにかしたい。

 

でも、どうすれば良いのか、分からなかった。

 

ふと、思い当たる。

 

錬金術師として大成して。この街で、誰にでも認められる人間になったら、あるいはどうだろう。

 

師匠もロロナを見て、奮起してくれるかも知れない。

 

クーデリアは、ロロナの親友と言うことで、少しは扱いがマシになるかも知れない。今のところ、クーデリアは両親に酷い仕打ちは受けていても、幼い頃のように、同年代の子供から虐められるような事にはなっていない。

 

ただし、イクセルのような例外を除くと、ほぼ彼女を無視するのが普通だ。

 

ただ、昨日のように、仕事を供にした一部は、きさくに話しかけたりはしているのだけが救いか。

 

クーデリアの周囲は、どちらにしても、あまり温かいとは言えない。

 

そんな孤独を、どうにかしたい。

 

ロロナが頑張るのは、自分の身を守るためだけにはならないかもしれない。

 

そう思うと、少しは体の奥底から力がわいてくるのを。ロロナは感じた。

 

もっと真面目に勉強して。

 

色々身につけて。

 

大事な人達を、守れるようになろう。

 

まだ、次の課題が発表されるまで、二日ほどある。この二日を、できるだけ無駄にはしたくない。

 

机に向かうと、ロロナは勉強に没頭しはじめた。

 

クーデリアはあんなに疲れていたのに、ロロナのために頑張ってくれたのだ。

 

それを無駄にしないためにも。

 

ロロナも、頑張らなければならなかった。

 

 

 

エスティが出向いたのは、国境近くの小さな村。

 

今日は暗殺や汚れ仕事ではない。いや、ある意味では汚れ仕事、とも言えるか。プロジェクトMの追加人員を迎えに来たのだ。

 

数人の戦士が、すでに待機していた。

 

エスティを見ると、敬礼してくる。

 

「状況は?」

 

「やはり我々を見ると、怖がって出てきません。 よほど過去に酷い目にあったのでしょう」

 

戦士達は、みなむさ苦しい男ばかりだ。

 

追加人員である彼女は、非常に臆病な性格だと聞いている。まあ、事情を聞く限り、無理もない話である。

 

ロロナの側で直衛をしているクーデリアは、世間から隔離された存在だとすれば。

 

彼女は、世間から否定され、排絶された存在だ。

 

小屋に入ると、膝を抱えて蹲っている姿が見えた。

 

ロロナやクーデリアと違って、発育の良い体。ある程度の年までは、ちゃんと食事を与えられていたのだと、一目で分かる。

 

エスティに気付くと、その女の子は、無言で顔を上げた。

 

最近まで、近くの森で魔術の性能実験をしていたのだ。何人かの魔術師が立ち会ったが、問題ない腕前だと太鼓判を押してくれている。もっとも、その全員が、コミュニケーションに大変苦労したとクレームを入れてきていたが。

 

ただ、有能な人材は灰汁が強いのが当たり前。それがエスティの持論だし、別に気にはならない。

 

「貴方がリオネラちゃんね?」

 

「んだよ、此奴はデリケートなんだ。 あんまり脅かさないでくれよ」

 

不意に別の声色が、場に割り込んでくる。

 

かなり大きな、猫の人形だ。それも二体。その内の一体が喋ったらしい。膝を抱えたままの女の子を守るようにして、人形はエスティに立ちはだかる。

 

「ホロホロ、きっと彼女が、迎えの人よ」

 

「わーってるよ。 でもなあ、もうちょっと配慮してくれねえか? 此奴、人と目を合わせることも出来ない位なんだ」

 

「ふうん、なるほどね……」

 

エスティには、だいたい仕組みが分かったが。

 

相手の事情に合わせている訳にもいかなかった。

 

「男の人達が怖いのなら、私がアーランドまで案内するわ。 報酬については支払われるから、心配しないでね」

 

「大丈夫、何だろうな」

 

「貴方の能力については把握しているわよ。 アーランドでは、能力があれば評価されるから」

 

無言で、猫たちが、リオネラを立たせる。

 

露出の多い服。顔立ちも整っていて、いわゆる体で商売をする人間にさえ見える。その割には、表情は非常に暗くて、目にも輝きが見えなかった。顔立ちは、相当整っているのに、である。立ち上がった後も、一言も喋ろうとしない。

 

エスティは先に外に出ると、護衛の男達にハイドシフトへの移行を指示。

 

戦士達は頷くと、気配を消して、それぞれ周囲に散った。

 

喋るのは苦手なようだから、ついてくるよう促して、そのまま無言で街道を行く。途中、大きなモンスターの声が何度かしたが、此方に仕掛けてくる気配はない。仕掛けてきたとしても、ハイドシフトに移行している戦士達が、視界に入る前に処理する。

 

モンスターについては、あまり怖れている様子も無い。

 

自衛能力に、自信があるのだろうか。

 

「もう少しよー。 疲れてはいない?」

 

「此奴はこれでも旅慣れてるから平気だぜ。 それにしても、噂通り、物騒なところだなー」

 

「辺境は初めてかしら?」

 

「何度か来たことがあるけれど、此処までモンスターがたくさんいるところは、はじめてだと思うわ」

 

雄猫の方がホロホロ、雌猫の方がアラーニャというらしい。

 

数刻も歩いていると、アーランドの城門が見えてきた。

 

入るように促す。

 

「まずは王宮で仕事の話。 その後は、早速仕事に入ってもらうわよ」

 

無言のまま頷くリオネラ。

 

何とも脆弱な心だけれど。

 

そのくらいが、ロロナには、丁度良いかも知れない。

 

朝日が見えてくる。

 

まだまだ、プロジェクトMは、始まったばかりだ。

 

 

 

(続)







複雑なくーちゃんの家の事情が少しずつ分かり始める中、リオネラさん登場です。

当面出てくる事はないだろうなと思っていましたが、ルルアのアトリエで登場して驚いた人は珍しく無いかと思います。

リオネラさんも色々と問題を抱えている人ですが、この巨大なプロジェクトに巻き込まれ、そして嫌でもたくましくなっていくことになるのです。







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